第351話 「王剣」

 「……と言う訳だ」

 

 ……あっそ。


 ジェイコブの話を最後まで聞いた感想がそれだった。

 正直、お話としてはそれなりに山あり谷ありだったが、聞かされても所詮は他人事。

 特に興味を惹かれる内容ではなかった。


 「それで? そんな話を聞かせてどうしろと?」

 「……やっと口を開いたか。 要は誰かに聞いて欲しかったと言うのが一つ。 もう一つはお前に俺の求めている物を知ってほしかった」


 そう言うとジェイコブは立ち上がり、玉座に立てかけてあった剣を引き抜く。

 豪奢な意匠の橙色の剣で、鞘から抜けると燦然と煌めいた。

 

 「『壮麗王剣タンジェリン』見事な物だろう? エロヒム・ツァバオトとか言う剣の機能を一部再現した物らしいが、詳しくは知らんが中々便利な代物だ」


 言いながらジェイコブは鞘を投げ捨てて玉座から離れこちらに歩いて来る。 

 そこでようやく意図に気付く。

 全霊を以って対応せざるを得ない危機を求めていると奴は言った。


 つまり、現状がジェイコブにとって待ち望んだ瞬間なのだろう。

 それを言いたくてわざわざこんな回りくどい真似をしたというのか。

 理解に苦しむな。


 「あぁ、そういえば。 王である俺にこんな素晴らしい贈り物をしてくれたのだ。 何か褒美を取らせんとな。 ローと言ったな。 望みはあるか?」

 「なら、俺の手配を何とかしてくれると助かるが?」

 

 そう言うとジェイコブは不思議そうにこちらを見る。


 「何だ? そんな事でいいのか? それならもう用意しているぞ」


 そう言って懐から二つの巻物を取り出し片方を広げて見せる。

 内容は手配中のローという男の罪状は誤りであると言う旨が書いてあり、末尾にはジェイコブとペレルロの署名。

 二つと言う事は残りはアスピザルの分か。


 「アメリアが随分と執心していたから調べさせたが、分かっている範囲でも随分と暴れてくれたようだな。 あの小賢しい女が念入りに下準備をし、降臨祭の前倒しまで進言してきた時点でここまで来るかもと期待していたが、まさか一人でここまで来た上にアメリアやペレルロまで始末するとは思わなかったぞ。 この書類はお前の取り込みに成功した時にでも使うつもりだったのだろう。 ……もっとも、渡す前に事が起こってしまったがな」


 そう言うジェイコブの口調は楽し気だ。 アメリアやペレルロの死に思う所がないようにも思えるが……。

 一応は連中は仲間だと思っていたが違うのか?

 

 「同盟相手ではあるが、いけ好かない奴等だったのでな。 正直、すっきりしたぐらいだ」

 

 俺の考えを読んだかのようにそう答えると、さてと言ってジェイコブは剣を肩に乗せる。


 「お前が勝てば晴れて無罪放免。 後は好きにするがいい」


 俺の分の巻物を玉座に放り投げ、アスピザルの分は魔法で燃やす。

 

 「来たのはお前一人だからな。 褒美を受け取る権利があるのもお前一人だ」

 

 特に何も言わない。

 俺の知った事ではないからだ。

 あの巻物があれば鬱陶しい手配をどうにかできると言うのなら文句はない。


 さっさと始めるとしよう。

 俺がザ・コアを構え、応じるようにジェイコブも剣を構える。

 どう見ても捨て鉢になっているようには見えない。 その表情からは勝算があると窺える。


 ……自信の源はあの剣か?


 エロヒム何とかとか言う剣は知らんが、アメリアが使っていた怪しい剣の事もある。

 油断は――というか、さっきから権能はそのままというのに効いている様子がない所を見ると、少なくとも何かしらの防御能力を備えているのは確かだ。


 先に動いたのは俺だが、先手を取ったのはジェイコブだった。

 奴は即座にこちらの間合いに踏み込むと刺突を放つ。

 狙いは喉。 下がって躱す。 長さが分かっているので間合いを計るのは難しくない。


 お返しとばかりにザ・コアを叩きつけてやろうかと思ったが、次の瞬間には懐に入られる。

 思ったより動きがいいが、速いだけで技量自体はその辺の騎士に毛が生えた程度だろう。

 だが――。

 

 斬り込んで来る動作に合わせて再生の済んだ左腕ヒューマン・センチピードを繰り出す。 

 狙いを散らせて喰らいつこうとした百足達は残らず空を切る。

 ジェイコブが瞬間的に加速し、その動きに付いて行けなかったのだ。


 「ふっ!」


 小さく息を吐くと同時に足を斬られる。

 眉を顰める。 思ったより深いな。 骨まで届いていたぞ。

 速さだけではなく力まで上がっている?


 二撃、三撃と何度か斬られたが、最低限の防御を行って相手を観察。

 ペレルロとの戦いで予習されているようで、ジェイコブの動きはこちらの動きの癖を的確に読んで来る。

 それに身体能力強化の出力を意図的に絞っているようで、要所要所で動きに緩急を付けてこちらのペースを崩しにかかるという点も上手い。


 駆け引きや判断力という点ではそこらの連中の比ではなかった。

 だが、戦い慣れていると言う訳ではないので、攻撃という点ではそこまで的確ではない。

 実際、何度か斬られているが、狙いは足の膝裏や腱などに集中しており、露骨に動きを封じようと狙って来る。


 時折、不意打ちのように急所を狙って来るが、体の動かし方で何となく動きの真贋が見えて来るので、凌ぐのはそう難しくない。

 この辺りは戦闘経験の無さが出ていた。 


 ただ、手に持っている剣は中々の代物で、どう言う冗談かザ・コアと鍔迫り合いをして圧し折れていないのだ。

 身体能力の強化もあの剣が担っていると踏んでいるが、どうなっているんだ?

 魔石か何かを内蔵していてそこから魔力を引き出しているのだろうか?

 

 ここにきてからどいつもこいつも、妙な武器を使う。

 ……とは言っても脅威度としてはそこまでじゃない。 こちらもそろそろ目が慣れて来た。

 仕留めに行くとしよう。


 大振りして距離を取らせたところでザ・コアを投擲。

 

 「っ!?」


 流石にこれは読めなかったようで、横に跳んで躱す。

 それに合わせて拳を固めて間合いを詰める。

 斜め下から掬い上げるように一撃。

 

 剣を立てて刃で受ける気のようだが好都合だ。

 そのまま拳を振り抜く。

 俺の拳は刃に縦に割られながらもジェイコブの脇腹を捉えてその体を吹き飛ばす。

 

 手応えはあったが浅いな。

 感触が妙に硬かった。 まぁ、骨を砕いた感触はしたから動きには間違いなく支障が出る筈だ。

 それに剣からは引き剥がした以上、もうどうにもならんだろう。


 腕を肘の手前まで両断してくれた剣を引っこ抜いて握る。

 こちらは触れるのか?

 魔力を流して使ってみようとしたが、剣からは輝きが消え失せる。


 ……どうやら俺では使えんらしいな。

 

 まぁ、切る分には問題なさそうだし構わんか。

 ジェイコブは殴られた脇腹を押さえながら立ち上がる。

 表情は苦悶に歪んでいるが、目だけは爛々と異様な輝きを帯びていた。


 「あぁ、これだ。 俺はこれを求めていた。 今、自分は全力で生きていると感じられるこれを……」


 何だ。 石切の同類か。 そう考えてややげんなりとした気持ちになった。

 分類的には微妙に違うのだろうが、被虐的な思考は似通っている。

 ジェイコブは壮絶な笑みを浮かべ、俺に手招き。

 

 「どうした? かかってこいよ。 まだまだ俺はやれるぞ」


 では遠慮なく。

 剣を片手に斬りかかろうと走る。

 同時にジェイコブは懐から魔石を取り出して放り投げた。


 視界を塞ぐ気か?

 

 そう睨んだが、違った。

 空中で砕けた魔石が内包した魔法を解放。

 その結果、俺とジェイコブの間にある空間が歪む。


 俺はその現象に見覚えがあった。

 <照準>?

 そしてそれは正しかった。


 どこに隠し持っていたのか銃杖――シジーロで見た物とデザインが違う所を見ると新機種といった所だろう――を取り出す。

 形状は狙撃銃ではなく散弾銃に近い物になり、銃口は縦に並んでいる。


 そこまで見た所で発射。

 二つの銃口から同時に加工された魔石が飛び出し、空間の歪みを突き抜けたと同時に一気に軌道を変えて飛来する。


 <照準>と銃杖。

 これを考えた奴は大した物だ。

 現状ではああやって魔石を使い捨てないのであれば二人以上での運用が必須となるが、そこまでの問題ではないだろう。

 

 魔石を高速で飛ばし相手に命中させ、体内で封入した魔法を解放し、標的を撃破する。

 前者を使えば命中精度に関しては、ほぼ必中と言って良い。

 そして破壊力という点では後者は充分な威力を発揮する。


 ただ――

 これには明確にして致命的な弱点があった。

 少し考えれば分かる話で<照準>この魔法は通過した物の軌道を操る事が出来る。


 つまりはこちらも同様に<照準>を使うと――

 

 「ガはっ!?」


 ジェイコブの腹と肩に自分の撃った弾が命中。

 一拍置いて爆散。

 銃杖が肩ごとあらぬ方へ飛んで行き、上半身と下半身が千切れ飛んだ。

 

 上半身は少しの間、床を転がって止まる。

 このように制御を奪えてしまうのだ。

 死んだかとも思ったが、微かに動いている所を見るとまだ生きているようだな。

 

 ……しぶとい奴だ。


 俺はそんな事を考えながら内心でうっかり殺す所だったと、胸を撫で下ろしつつジェイコブへと近づいて行く。

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