第352話 「満足」
ジェイコブは上半身だけにも拘らず、自ら転がって仰向けになる。 無理に動いたせいか傷口からの出血が激しくなり血溜まりが一気に広がり、顔からは急速に血の気が失せて行く。
その表情は苦痛も多分に含まれていたがそれ以上に妙に満ち足りた物が浮かんでいた。
流石に俺もどう反応していいか分からず足を止める。
目の前の男の思考が理解できなかったからだ。
話を聞く限り、別に人生に不満があった訳ではない。
ただ、退屈だった。 それだけの理由で、こいつは生存の可能性を投げ捨てた。
俺がここまで上がって来る時間を考えると成功するかは別として逃げる時間は充分にあったはずだ。
もしかしたら隠し通路の類もあったのかもしれない。
俺の撃破を狙うのならペレルロと組んで戦うという手もあった。
それら全てのチャンスを棒に振ってたった一人、自分の力のみで戦う事を選択したのだ。
結局の所、こいつがやったのは自殺に等しい。
それが俺には理解できなかった。 普段なら馬鹿な奴だと鼻で笑って終わりだが何故か妙に引っかかる。
「なぁ、お前は……満足か?」
ジェイコブは掠れた声で呟く。
「お前も、俺と……同類だろう? 退屈、退屈……なんだ。 一目で……分かった。 何を……やっても……満たされない。 何をやっても……渇くんだ。 ただ……俺は……それを解消……手段に心当た……った」
…………。
何故か下らないと切り捨てる事が出来なかった。
「そんな生は……つまらない。 だか……お前……この絶望……歩む……考えると、気の毒だな」
そう言ってジェイコブは掠れた笑い声を上げる。
「先達……として……一つ忠告を……やろう。 探せ……お前自身の……望み……を、欲望……」
理解できない。
いや、もしかしたら俺は理解を拒んでいるのか?
目の前の男の考えに。 何故だ? 自分でも分からんがこの思考の答えは出す必要があるのではなく、出さなければいけないような気がすると感じるが、その理由すら理解が出来ない。
「ふ……ぅ。 喋るのが億劫と……感じるのは……久しぶり……だ。 その剣は褒美だ……持ち帰るがいい」
そう言うとジェイコブは懐から魔石を取り出す。
何となくどう言う用途に使う物かは分かったが、何故か止めようという気は起こらなかった。
どちらにせよこの距離では間に合わん。
「あぁ……楽しかった。 次はもっと厳しい環境に生まれますように……」
バキリと音がしたと同時に魔石が砕けると同時にダーザインやテュケの連中が死んだ時に発生する黒霧がジェイコブを飲み込み、その姿を跡形もなく消し去った。
国王と言うのであれば死体であっても使い道はあったというのに、少し惜しかったなという考えとは別で思考の一部にさっきの言葉がこびりついて離れない。
……望みを探せ……か。
望み、欲望、要は目的というやつだろう。
そう言った物に対する執着は薄くなって久しいどころか元々あったのかも怪しいが、少し考えた方が良いのだろうか?
考えてみたがすぐに答えが出そうになかったので一先ず棚上げして、まずはやる事を済ますとしよう。
生かして置いたルチャーノに治療と洗脳を施した後、城の近くに控えさせていたサベージに連絡して合流するように指示。
手配取り下げの指示が書かれた巻物はそのままルチャーノに時期が来れば公表するように指示を出して渡し、ジェイコブから貰った銃杖を拾い、剣を落ちていた鞘に納めて腰に吊り、ザ・コアを拾って準備は完了だ。 さっさと引き上げるか。
俺は踵を返してその場を後にした。
元来た道を戻りながら戦況の確認。
暴れさせているレブナント共はまだ半数近くが健在で、思ったより善戦しているようだ。
少し勿体ないが、回収のしようがないのでここで使い潰すつもりだ。
……近衛騎士は勿論、グノーシスの聖騎士共も適当に処理しておいてくれ。
後は例の城塞聖堂とやらか。
アスピザル達に丸投げしていたのでどうなっているか分からん。
手配の取り下げに関してはどうにかなった以上、無理に攻める必要がなくなったので関心は薄い。
同様に結果に関しても連中なら上手くやるだろうといった投げ遣りな結論を出して脇に置く。
さて、これから俺はどうするのかというと――どうもしない。
やる事も無くなったし引き上げるだけだ。
街の事はパトリックに任せておけばいいし、例のセバティアール家に関しても処理は済んだ。
報告では当主のアドルフォは消え、パスクワーレに関しても処置は済ませた。
もうあの家は終わりだろう。
グノーシスに関しても今後も鬱陶しく絡んで来る可能性はあるが、少なくともこの国での活動は随分と難しくなる筈だ。
枢機卿のペレルロを始め、結構な数の聖騎士が死んでいるし、俺に構っている余裕はないだろう。
テュケもアメリアが死んだ以上、アスピザルの言葉を信じるのなら撤退するはずだ。
蜻蛉女が最後まで出てこなかったのが引っかかるが、引き際を心得ているようだったし逃げたと考えるべきか……。
これでこの国で、処理すべき問題は片付いたか。
小さく息を吐く。 随分と時間がかかった物だ。
こんな状況になった切っ掛けは何だったかと考えていると、気が付けば最初に加々良達と出くわした広場まで戻って来た。
そこではサベージが待っており、どこから持って来たのか死体をバキバキと豪快に喰い散らかしてる。
鐙に持っていた荷物を引っ掛けた後、跨る。
サベージは俺が跨ると小さく振り返り、視線でどこまで?と問いかけてきた。
「オラトリアムへ引き上げる。 行け」
応じるように小さく鳴くとサベージは一気に走り出した。
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