第350話 「乾燥」

 先手を取ったのはペレルロだ。

 その動きは速く、腕が霞んだようにしか見えなかった。

 間髪入れずに胴体に衝撃。

 

 だが、権能の効果で威力が減衰しているようで、胸の辺りが多少切れた程度で済んだ。


 ……風の刃か何かか?


 喰らった感触からしてそんな感じのものだとは思うが……。

 俺が反撃に移る前に更に二撃、同様の衝撃に襲われる。

 傷は負うがそこまでじゃない。 即座に修復。


 俺はガードを固めながら左腕ヒューマン・センチピードを嗾ける。

 百足達はペレルロに到達する前に何かに切断された。

 断面から体液が飛び散る。 ただでやられてやる訳には行かないので切断面から毒液を噴射。


 小さく風が吹いたと同時に飛んだ体液は吹き飛ばされ、奴に触れる事はなかった。

 動きを見て相手の力を計る。

 まず、目に付くのは速さ。 特徴としては攻撃の出がとてつもなく速いと言う事だ。

 

 次に気になるのは遠距離攻撃しか使ってこないという点。

 速さに自信があるのなら速度を活かして接近戦で圧倒すればいい。

 それをやらないと言う事は奴自身の動きはそこまで速くない? 


 的を射ているような気はするが、正解とは限らん。

 確証を得る為にもここは攻めの一手だ。

 左腕ヒューマン・センチピードは、どうやってか感知されている上に簡単に迎撃されるので使えない。


 精々、腕に巻いて防具の代わりにするぐらいにしか使えないだろう。

 手数や速度が駄目なら質量で押し潰す。 権能は効果を発揮してはいるが、削るだけで決定打にはなり得ない。

 詰まる所、攻撃手段はザ・コア一択だ。 やはり殴り殺すのが一番と言う事だな。 分かり易くていい。


 起動させて一気に肉薄。

 距離が縮まったにも拘らず、飛行して距離を取る。 明らかに接近戦を避けているな。

 やはり攻撃速度を操作するだけで自身のスピードは弄れないのか。


 ならやりようはある。

 ペレルロは無表情でいつの間にか再生させた腕を振るう。

 フォームを見ると何かを投擲したようにも――。


 連続して硬い物が体のあちこちに当たる感覚。

 恐らく石か何かだろう。 

 かなり深く食い込んでいる所を見ると、銃弾並の速度は出ているのかもしれない。


 投石と侮れないが、貫通しない時点でこちらもそこまでの脅威じゃない。

 俺はザ・コアを楯にしながらその姿を追う。

 ペレルロは僅かに不快気に顔を歪め、逃げながら二種類の攻撃を織り交ぜて来る。


 腕を振るって繰り出す風の刃と投石。

 前者は切り傷、後者は体に多少食い込む程度で済んでいる。

 まぁ、権能で減衰してこの威力なら、万全だったら蜂の巣だったかもしれんな。


 どちらにせよ、今の俺なら仕留めるのはそう難しくない。

 ペレルロは攻撃速度だけが自慢なのか、奴の肉体の限界なのかは知らんがさっきからその二通りの攻撃しかしてこない。


 加えて、白い法衣のあちこちに微かに血が滲み始めている所を見ると、時間の問題だろう。

 結局は悪あがきでしかなかったと言う訳だ。

 

 ……さっさと片付けるか。


 広いとはいえ室内。 限定された空間内ではいつまでも逃げ切れない。

 牽制の魔法で逃げ道を塞いで退路を絞らせた後、部屋の隅に追い詰めれば詰みだ。

 そのまま壁際に追い込んでザ・コアを突きこむ。

 

 ペレルロは無数の攻撃を連続でザ・コアに叩き込むが表面に傷がついただけで止められない。

 俺は壁ごとその上半身にザ・コアを叩き込んで、粉砕してやった。

 法衣に付与された防御効果のお陰か、数秒程粘られたが結果は変わらん。


 どうせ、ああなった以上は記憶は抜けんし、半端な事をすると何をされるか分からんからな。

 情報は少し惜しいがここは始末しておくのが無難だろう。


 上半身を失ったペレルロは残った下半身を痙攣させながら崩れ落ちる。

 少しの間ビクビクと魚のように跳ね回った後、死体は塵となって消え失せた。

 

 さて、これで残ったのは王ただ一人。

 最後の最後まで動かなかったが一体何を考えている?

 玉座へと視線を向けるとこちらを見ていた王と目が合う。 その表情は楽し気だ。


 「面白い見世物だった。 正直、ここ数年で一番かもしれんな」


 開口一番、王はそんな事を言い出した。

 見世物?

 この惨状を見てそんな事を口走れるとは中々大物だ。


 ……もしくはイカれているかのどちらかか。


 「良かったら少し話さないか? 俺はお前に興味がある」

 

 目の前で大量の臣下が殺されたにも拘らずその表情には怒りも悲しみもない。

 上手く隠しているのかもしれないが俺の目には好奇を浮かべているようにしか見えなかった。


 何を考えている?

 今一つ相手の意図が読み取れない。


 「なるほど。 お喋りは苦手というよりはこれから殺すから無駄と考えているといった所か。 なら、勝手に話すとしよう。 なにちょっとした身の上話だ」


 王は見透かしたように勝手にそう言うと聞いてもいない身の上話を始めた。


 ジェイコブ・イーサン・ヘンリー・ノア・ウルスラグナはここウルスラグナ王国先代国王レイモンドと第二王妃マデリンの間に生まれた子だった。


 レイモンドという男は随分と旺盛だったらしく、世継ぎを作るという目的は二の次であちこちにと種まきに余念がない男だったらしい。

 ジェイコブはもしかしたら自分の知らない兄弟、姉妹が十や二十はいるのかもしれないという。


 さて、その中で第七王子として生を受けた彼の人生は随分と退屈な物だったらしい。

 食事や物に不自由しない毎日、高い身分等は彼に潤いではなく渇きを齎した。

 何もかもが上手く行きすぎてつまらない。


 王族に求められる高等な教育とやらはそれなりに身にはなったが、渇きを癒すには至らなかった。

 兄や姉、弟や妹達は自らの環境に満足しているようだが彼にはさっぱり理解できない。

 何故、与えられるばかりで得ようとしないのだと。 渇きと共に疑問も募る一方だった。


 当初、彼はそんな考えしかできない自分は頭がおかしいのだと本気で思っていたがそれすらも渇きの前にはどうでも良いとかんじてしまう。


 渇く、渇く、渇いて行く。

 恵まれ過ぎた環境は人によっては毒なのだと悟ったのもこの頃だそうだ。

 そんな退屈という名の渇きに喘いでいた時、転機が訪れた。


 父親のレイモンドが余命幾ばくもないという事実が判明したからだ。

 そうなると何が起こるか?

 単純な話だ。 それは後釜を決める為の争い。

 

 真っ先に名乗りを上げたのは第一王子だった。

 主張内容は実に単純。

 自分が先に生まれたのだから順番的に自分が王になるのは当然だろうと言う物だった。


 結果、第一王子はその翌日に死んだ。

 毒殺だった。 こうして血を分けた兄弟姉妹での殺し合いが始まった。

 食事はいつも毒殺を警戒して神経をすり減らし、出歩けば暗殺の危険と隣り合わせと。

 

 ……何とも気の休まらない話だ。

 

 そうなるとこの後の展開は容易に想像できる。

 王子、王女は神経の細い順から狂ったり、血迷ったりして次々と死んで行き、瞬く間に数を減らしてしまったらしい。


 そこでジェイコブが感じたのは恐怖でも何でもなく高揚と歓喜だった。

 明確な脅威が現れた事で、彼は自分が何を求めていたのかを悟ったらしい。

 生きている事への実感こそが渇いた心を癒してくれると。


 ジェイコブは全力でその脅威に立ち向かう事で、生の実感を得続けた。

 敵の謀略を躱し、時には逆に謀殺し、暗殺を独自に護衛や手勢を用意して凌ぎ。

 不正の証拠などを揃えて公表、時には捏造して敵を退け、陥れる。


 そうしていると気が付けば王になっていたとの事。

 本人曰く、その瞬間こそが自分の人生の絶頂だったらしい。

 当然ながら頂点に辿り着いてしまえば後は落ちるのみだった。


 王になった後の事だ。

 近衛騎士団という強力な護衛が揃い、脅威となり得る兄弟姉妹は全滅。 

 現状で玉座を脅かす存在は居なくなってしまった。

 

 そうなると訪れたのはあの時と同じ渇き。

 子供を作って自分を付け狙わせようと画策したが、幸か不幸か兄弟仲は悪くなく、ふざけた事に将来の玉座を譲り合う始末。


 ジェイコブには十人の子供がいるが、どいつもこいつも腑抜けばかり。

 野心のある女を狙って種を植え付けたつもりなのだがどうしてこうなったと頭を抱えた。

 その瞬間の絶望は後にも先にも存在しないとの事。


 ……で打開案を考えた結果がアメリアとか言う怪しい女の起用とテュケとの提携。


 向こうは実験を行うに当たって国という後ろ盾が欲しかったので利害の一致を見た。

 彼等が寄越した技術は大いにジェイコブの興味を引く物だったらしい。

 身内に期待できない以上、自分の渇きを癒す先を外部に求めた。


 ジェイコブの目的は戦力の拡充を行い。

 国境の先にある領域――アープアーバンを越える手段を得て、他国への侵攻。

 要は戦争を起こしたいのだ。


 目的は自分の全身全霊で挑むべき脅威。

 隣国のフォンターナであれば、少しは楽しませてくれるのかもしれない。

 それでも駄目ならこの大陸に存在する残り二つの大国を滅ぼしてしまおう。

 

 渇く、あぁ、渇くんだ……。

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