第349話 「模倣」

 「惜しい。 実に惜しい。 それ程の力があれば聖堂騎士はおろか救世主にすらなれたというのに……」

 

 俺を見てペレルロは悔し気に呟く。

 それを見て内心で鼻を鳴らす。 余りにも下らない事を言い出したからだ。

 折角の名誉を棒に振ったと言わんばかりだが、お前達はあんな話を真に受けているのか?


 「来るべき審判の日に備え、主による携挙とやらを得る為に?」


 そう言うとペレルロは大きく目を見開く。

 表情は何故それをと言いたげだ。 まぁ、教団でも知っている奴はそう多くないだろうしな。

 お前等のお友達のサブリナの頭に入っていたぞ。

 

 「審判の日。 この世界の終焉にして新生。 それによりこの世界の命は全て消え失せ、新たに生まれた大地は霊知によって導かれた主のしもべ達のみが降り立つ事を許される理想郷。 その降り立つ過程を携挙と呼ぶ……だったか?」


 要は世界が滅びるが、霊知を蓄えた奴は生き残って新しく生まれた世界に住む事を許されるって話らしい。

 つまり、こいつ等は死にたくないから次の世界行きのチケットを手に入れようとしていると言う訳だ。

 ちなみに審判の日とやらの正確な日は不明。 滅びと言っているが何が起こるかも不明。


 次の世界がどんな物かも不明。

 それを知った感想としては「お前等正気か?」だ。

 詳細が全く不明な物を妄信して備えると言うのは理解に苦しむ。


 地震等の災害のように起こり得る事象がある程度想定できるのであれば話は別だが、こちらはそれすら不明。

 正確な備え方が分からないから、手探りで知識を得ようと色々やっているらしいな。

 天使の融合実験もその一環で、初めて知った時は流石に驚いた物だ。


 もしかしたらサブリナの知識にないだけでこいつはもう少し深い所を知っているのかもしれんが、今の俺が持っている情報ではそう言う感想しか出てこない。

 携挙と言う単語に対する反応でペレルロの正体も知れた。

 こいつは枢機卿だ。 何でこんな所にまで出張っているかは不明だが、わざわざご苦労な事だ。

 

 ……サブリナが会った事のあるのは別の奴だったが、複数いるという話だし知識量はそう変わらんだろう。


 使える情報が頭に入っているならラベルが違っていようがどうでもいい。

 ちなみに『救世主セイヴァー』と言うのは天使と完全な合一に成功し、御使いとなった人間を指す。 

 ムスリム霊山で戦った時のクリステラが最も近い存在なのだろう。


 救世主とはグノーシスの教義上では新世界へ人々を導く水先案内人といった立ち位置らしい。

 俺に言わせればそれも怪しいと感じている。

 想像を多分に含んでいるが、恐らくは目当ては天使の力ではなく知識と俺は考えていた。


 少なくとも連中はその審判の日とやらに関する知識を持っているだろうからな。

 

 ……正直、審判の日その物の真偽すら怪しいと思うが。


 そこまで明らかになると別の側面が見えて来る。

 教団は救世主を欲しがっている。 その為に必要な候補者の選抜も抜かりはない。

 つまり聖堂騎士って連中は異邦人を除いて、全員が救世主の候補者なのだ。


 選ばれた騎士様と聞こえはいいが実際はモルモット予備軍で、連中の実験が進めば実験台にされるのが目に見えている。

 救いがどうのと言っているが蓋を開ければやっている事は敵視しているダーザインと変わらないどころか、適当言って多くの人間を騙している以上、連中より性質が悪い。


 「そこまで知っているというのに何故だ! 人の世は滅ぶ! それは確実だ! この地に生きる者としてその滅びに備え、一人でも多くの民を次の世界へと導く。 これこそが我等グノーシスの絶対思想! その力があれば目的に大きく近づけるのだぞ! 今からでも遅くない、我々に力を貸すのだ!」


 俺の内心を知ってか知らないでか、見当外れの熱弁を振るうペレルロを冷めきった目で見つめ、少し気になった事があったので質問をぶつける事にした。


 「一応、聞いておきたいが、その御大層な目的の裏で死んでいる連中はその救いとやらを実行するに当たっての必要経費か?」


 こいつ等の主張には突っ込み所が多すぎる。

 人を救うと宣うくせにその裏でその救うべき連中の命を盛大に消費しているのだから、何を言っているんだとしか言いようがない。


 「その通りだ」


 ペレルロは全く恥じ入らずに即答する。

 答えるまでに迷いが一切なかった。

 

 「全ての民が新世界に行けるわけではない。 ならば一人でも多くの者の道行きを照らす灯りになるべきだ」

 

 どうせ死ぬから何をしても問題ないと言う事か?

 凄いなグノーシス。 サブリナと同じで完璧に迷いなく言い切った。

 教団の上はこんなのばっかりなのか? 連中の闇にやや閉口したが、俺には関係ないので質問を続ける。


 「本人の意志とは無関係に?」

 「その通りだ。 これは人という種の存亡を懸けた行い。 ならばそれを導く者として必要な事をするのが我等だ。 当然ながら心は痛む。 我等とて魔物の様な畜生ではない。 しかし誰かがやらねばならん事だ!」


 俺の質問に対して堂々と言い切るペレルロの表情は全く曇っていない。

 少なくとも俺から見た限り、嘘を言っているようには感じられないな。

 まぁ、本気で言っていると言う事と――


 ――話にならないという事が良く分かった。


 「そっちの考えは良く分かった。 だが、悪いが他を当たれ」


 俺がそう言うとペレルロは表情を消して法衣の胸元から例のシンボルがモチーフの首飾りを取り出す。

 

 「ならば主の敵として打ち破るのみだ」


 今までで散々見たからな。 やらせる訳ないだろうが。

 想定していたので準備しておいた左腕ヒューマン・センチピードを嗾ける。

 百足は取り出したペレルロの手首ごと首飾りを粉砕。

 

 「が、あぐ、やってくれるな。 だが、私が身を捧げる事は主の意思。 信徒の祈りを背負う私を霊知を持たぬ者が止められる道理はない!」


 ペレルロは苦痛に呻きながら法衣の胸元の合わせを残った手で引いて胸元をはだける。

 そこには例のシンボルが埋め込まれていた。

 しつこい奴だな。 まだ持っていたのか。


 再度、左腕ヒューマン・センチピードで仕掛けようとしたが間に合わん。

 発光。 薄緑の光に包まれ背から羽が生える。

 次いで頭の上に光輪。 憑依を許してしまったようだな。

 

 これはやるしかないか。

 一応は天使にも効くらしいが、リスクを考えるとやや抵抗があるが仕方がない。

 もう一度だ。 流石に正体までは分からんが第六位――中級三位のΠοςερである事は間違い――ん? 俺は今何を考えた?

 

 まぁ、やる事は変わらん。

 俺は余計な思考を排除して自らの内側に意識を集中。 新たに得た力を引き出す。

 単体では欠片も使えんが、以前に得た力と併用すれば使い道はある。


 「『Περσονα人格 εμθλατε模倣ενωυ嫉妬』、『Ενωυ嫉妬 ις ηαρδ硬く ανδして σαμε陰府 ας ηελλ等し』」


 俺の全身から青黒い霧のような物が噴出。

 瞬く間に周囲に広がる。

 俺が得た新しい力である権能。 名称は『人格模倣ペルソナ・エミュレート』対象に記憶や感情を張り付ける能力で、普通に使う分には余り勝手がよろしくない所か正直使い難い。


 本来は対象に人格を張り付けて強制的に二重人格にすると言うのが正しい使い方だ。

 さっきはアーヴァに疑似的な人格を焼きつけて乗っ取ってやろうとしたが失敗した。

 どうも本来の人格と乖離し過ぎた物を押し付けると拒否反応が出るようだ。


 結局、揺さぶる程度の効果しか発揮できなかった。

 拘束を外せたので結果としては悪くなかったが、微妙としか言いようがない。

 洗脳能力なら間に合ってるしな。 


 仕方がないのでどう使った物かと考えた結果、自分に使えばいいじゃないかという結論に達した。

 体内の補助脳に記憶から抽出した強烈な嫉妬の感情を植え付ける事によって、プレタハングから奪った能力の使用を可能としたのだ。


 本来、俺は根を通して配下に記憶などを植え付ける事はできる。

 だが、それはあくまで知識と言うレベルの代物で、感情と呼べる領域まで昇華できないのだ。

 つまるところ本質的には模倣。 要は猿真似だ。


 だが、これは模倣ではあるが趣がやや異なる物だ。

 人格を植え付けると言う事は、対象にそう思い込ませることができる。

 その為、限りなく本物に近い感情を得る事が可能となった。


 ……まぁ、補助脳を経由して能力を使用しているから手順が地味に面倒だが。


 加えて、妬む対象を明確にしない事によってムラがなくなり、結果として威力が安定したという利点もあった。 もっとも、その分効果はプレタハングが使っていた頃より数段落ちるがな。

 ただ、この能力――権能という魔法より一段上の代物らしく代償もでかい。

 

 起動に使用者の魂を消費する必要があるのだ。

 プレタハングの記憶が虫食いだらけだったのはこの辺が理由だろう。

 俺の場合は根の一部を持って行かれるのだ。

 しかも狙った部分ではなく完全にランダムで消えるので、最悪本体にダメージが入る危険がある。


 根は全身に張り巡らせているので本体に当たる可能性は低いが零ではない以上は使い辛い。

 ただ、維持には魔力を使うだけで充分なので一度動かしてしまえば後は楽なのが救いか。

 今回は相手が相手なので出し惜しみは危険だ。


 こちらの準備が出来たと同時にペレルロの方もふわりと僅かに浮かび上がる。

 向こうも万全のようだ。

 最後にちらりと玉座を一瞥。 王は楽し気にこちらを見るだけで逃げようとすらしない。


 何を考えているのやらと思いながら、意識から締め出して目の前のペレルロに集中。

 そして、どちらともなく動き出した。 

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