第343話 「濫觴」
融合召喚、または変異召喚とアメリアはその儀式を名付けていた。
魂に天使または悪魔という
肉体が魂に引っ張られる形で変異を起こすと言う物だった。
考案されてから頻繁に実験が行われていたが未だに完全な成功例は存在しない。
欲を言えばここで成功させて他に先んじたいという功名心も彼女にはあった。
目の前の男もその手順に則って変異を起こすはずだ。
突き刺した魔石はその効果を発揮し、異界から何者かを召喚し速やかに融合を開始する。
這い蹲ったローの体が小刻みに震えた。
――さて、どちらだ?
悪魔であるなら体の一部が極端な変異を起こし、天使であるならば光輪と翼が現れる。
もっとも前者である場合、変異が体内にのみ起こる事も有り得るので、傍目には変化がないように見える事もあるのだが……。
――……?
妙だ。
何も起こらない?
魔法陣の中心に居る男には変化が起こっているように見えない。
魔法陣と魔石は効果を発揮している証として発光している。
間違いなく動作に問題はない。
失敗?
それも考え難い。
今まで得た実験の結果から失敗した場合は人の形を留められずに溶けたようにあちこちが崩れるか内側から破裂するのだが、それすら起こらないのはどう言う事だ?
アメリアはやや訝し気に眉を顰める。
周囲にもやや困惑した空気が流れた……が――
変化は唐突に現れる。 男がゆっくりと立ち上がったからだ。
アメリアは目を見開いて反射的にアーヴァの方へ振り返る。
彼女は何度も首を横に振った。 その表情には困惑と恐怖が浮かんでいる。
明らかに拘束を解いていないからだ。
動けると言う事は何らかの方法で拘束を解いた?
魔法陣から出られると不味い。 そう思ったが、男はそれ以上動く事はなかった。
立ち上がった状態のまま動かない。
「――。 ――――。……――」
何かを呟いている?
距離の所為で何を言っているかは聞き取れないが、何かと会話しているような印象を受けた。
ドクドクと鼓動が早くなる。
こんな反応は今までになかった。
――まさか。
これは成功……なのか?
まだ分からない。 だが、これは全く未知の反応だ。
高鳴る鼓動と興奮を抑えつつ、面白いとアメリアは思う。
どちらにせよ魔法陣で括っている以上、こちらの支配下に――。
「……アメリア殿」
不意に掛けられた声に振り返るとペレルロが目を細めて魔法陣を凝視していた。
その表情にはアーヴァとは別の困惑が浮かんでいる。
「どうかしたのですか? ペレルロ殿?」
アメリアはその反応に訝しみながらも聞き返す。
「いや、私の気の所為かもしれんが、あの魔法陣だが……あんな模様だったかと思ってな……」
――……?
言われて魔法陣に視線を向け――さっと血の気が引いた。
記述の一部が書き変わっている。
それも手口が巧妙で、少し見ただけでは分からないように微妙に形を変えられていた。
――どうやって? いやそれ以前にいつの間に?
詮索は後にして魔法陣を凝視。
敷設を見ていたアメリアだからこそ言われて瞬時に把握できたが、他の者では気付く事すら難しかっただろう。
急いで記述から効果の変動を読み取る。
何だ? どこをどう変えられた?
胸がさっきとは違う意味で嫌な鼓動を打ち鳴らす。
解は直ぐに出た。 これは魔法陣に使用された魔力を中心に収束する物だった。
つまり、あのローという男に魔力を与えていただけで、狙った効果を発揮していない。
……これは不味い。
血の気が引くのを感じる。
「アーヴァ。 拘束は効いているな?」
「……はい。 アメリア様。 ですが、立ち上がれた以上は……」
それ以上は聞かなくても分かった。
精々、動きを阻害する効果しか期待できないと言う事だろう。
「皆! 念の為だ。 奴に魔法による拘束を! それと奴の武器を回収せよ!」
アメリアの判断は早い。
そして訓練された魔法使い達の反応もまた早かった。
全員が彼女の意を正確に汲んで速やかに魔法を使用。
<石鎖>石で作った鎖で相手を拘束する魔法だ。
それが五十人分。 魔法は過たずに対象に絡みつき、その動きを縛る。
アメリアはそれを見てはいたが、気は抜かない。
「重っ!? どうなってるんだ? 誰か手を貸してくれ!」
近衛騎士達がローの手から離れた武器を拾い上げようとしていたが、重量が凄まじく持ち上がらないようだ。
それを尻目にこの後どうするか思考を回していた。
失敗時の保険としてこれだけの戦力を用意したのだ。
最悪、総出でかかれば何とかなると思いたい。
だが、せっかく得た貴重な検体だ。
みすみす逃すのは惜しい。
――どうする?
そう考えてしまうほどに目の前の男は彼女に取ってサンプルとして興味を引く存在だった。
だが、その時間こそが致命的となり事態は動く。
――動いてしまった。
「『Περσονα εμθλατε:ψομπελ ενψηαντ』」
ローが何かを口にしたと認識したと同時にアーヴァがガクリと膝を付く。
目を大きく見開き口からは涎が落ちるが、そんな事にも意識を割けないようで表情は恐怖に染まっていた。
「何? これ? 何これ?」
「アーヴァ?」
アメリアは思わず声をかけるがアーヴァの耳には入っていない。
「いや! 違う。 私は私! あなたなんかじゃない! 私の中に入ってこないでえええええええええええ!!」
彼女は狂ったようにそう叫ぶと唐突に嘔吐しながら頭を抱えてその場で手足を振り回して暴れ始め、何かを追い出そうとするかのように蹲ると「出て行け出て行け」と譫言のように呟きながら涙を零しながら自分の頭を殴り始めた。
……何をされた?
あの男の仕業なのは間違いないが一体何を?
いや、それ以前にアーヴァがこうなると<範囲支配>の影響が……。
アメリアの思考を肯定するようにバキリと嫌な音が響く。
音源はローを拘束している鎖。
不味い。 拘束が解かれる。
「儀式は失敗! あの者を討ち取――」
アメリアの指示は――
「『Περσονα εμθλατε:ενωυ』、『Ενωυ ις ηαρδ ανδ σαμε ας ηελλ』」
――その直後に起こった現象に掻き消された。
ローの全身から暗い青色の闇が噴出する。
同時に周囲に居た者達が次々と崩れ落ちていく。
「何だ……これは……」
「力が、くそ、入らない」
その場に居た者の大半が体から力が抜け、思わずその場で膝を付く。
無事だったのは聖殿騎士とペレルロとその護衛に付いていた聖堂騎士。
後は加々良とアメリアだ。 全員の持っている魔法道具や装備が光を放っている所を見ると、魔法的な物で触れた者を行動不能に至らしめる物のようだと彼女は分析。
幸か不幸か防げる代物ではあるが防御手段を持たない者は全て動けない有様となった。
魔法を行使していた者も行動不能になったお陰でローの拘束が完全に砕け散る。
それと同時に刺さっていた魔石が頭の中に沈んでいく。
自由になったローが最初にした事は這い蹲って動かないアーヴァを一瞥する事だった。
ローはアーヴァを無機質な視線で射抜くと、彼女の状態を見て「これは使えんな」と小さく呟く。
「貴様ああああああああああ!!」
咆哮を上げて突っ込んだのは加々良だ。
手に持ったハルバードを振るう。 対するローは左腕を翳すだけで動かない。
ハルバードは左腕の少し手前で何かに遮られて止まる。
加々良はハルバードを止めた何かごと切断するつもりで力を込めて押し込む。
ローは無表情で動かないが、その口が微かに動く。
囁くような声だったので拾う者は居なかったが彼はこう呟いた。
――第三形態。
変化が起こる。
その源は使い手から離れた武器だ。
ザ・コアと呼ばれるそれは縦に開き内部機構が露出。 同時に柄が内部に引っ込む。
その砲身から紐のような物が大量に噴出し、近くにいた近衛騎士達を絡め取るとその体を吊り上げる。
紐の正体は百足だった。 無数の巨大な百足が内部から噴き出して近衛騎士達をその身を巻き付けて捕らえ始めた。
動けない彼等は抵抗もできずにあっさりと捕まり――次の瞬間、自分の身に起こる出来事を悟った。
砲身が更に大きく開く。
開き切ったそれはもはや砲身ではなく
中にスパイクの様な物――口であるならばそれは歯なのだろう。
無数に生えたそれは生えそろったと同時に本体の回転に合わせて内部で火花を散らす。
金属が高速で擦れる音が響き渡る。
「おい……冗談だろ?」
「や、止め――」
それが彼等の最期の言葉だった。
口に引きずり込まれた彼等は呑み込まれたと同時に攪拌され、元が何だったか分からない状態となる。
変化はそれで終わらない。
ザ・コアの装甲の隙間からゴキリと鈍い音が響き、伸びて関節になった。
その姿は
異形の武器は口から百足を伸ばしながらゆっくりと動き出す。
そして――主の命令を実行に移した。
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