第342話 「蠢動」

 目の前で這いつくばる男に魔石を突き立て、首尾よく儀式を行う事に成功したアメリアは表には出さないが、内心で小さく安堵の息を吐いた。 何が起こるか分からないので距離を取る。

 話には聞いていたが、このローと言う男の能力は大した物だ。 彼女は手放しで称賛した。


 自分の敷いた防衛線を突破して本当にこの部屋まで踏み込んで来るとは正直な所、思っていなかったのだ。

 実際、下には近衛騎士団を二つ丸ごとと、完全装備の転生者四人を防衛戦力として配置。

 正直な所、使徒カカラ達が捕えて連れて来る物と思っていたぐらいだ。


 彼等は転生者の中でも戦闘に長け、特に連携に関しては目を見張る物があり、防衛戦力としては何の不安もないと思っていた。

 だが――


 アメリアはちらりと息を切らせたカカラを見る。

 追って来たのは間違いないが、連れているのは同じ場所に配置した近衛騎士が一人のみ。

 信じがたいが他はやられてしまったようだ。


 使徒アキノが提案した捕縛案は過剰な物だったがなるほど。

 結果を見れば適切な判断だったと言わざるを得ない。

 降臨祭という餌を見せれば王城に入る手段を欲しがっている彼等は即座に飛びつく。


 だが、それはアメリア自身に取ってもリスクの高い策ではあった。

 祭りの期間中、治安維持の為に城の外に騎士団を出さなければならないからだ。

 そうなると肝心の城の守りが手薄になる。


 そしてそれをうまく利用したのが今回だ。

 狩りの際に重要なのは何か?

 そう聞かれればアメリアはこう答えるだろう。


 ――獲物の警戒心。


 だからこそ、それを削ぐ事を主軸において策を巡らせた。

 当然ながら向こうも考えるだろう。

 守りが手薄になれば罠を張っているのではないかと。


 まずはそれを悟らせない事が肝要。

 全力で防衛をしているという素振を見せる為に過剰とも言える数の聖堂騎士――転生者を配置。

 加えて彼に対して不快感を得ている使徒ハリヤに襲わせ、彼女にとって有利な場を用意する事によって、誘い込まれた理由を誤魔化す。


 最後に彼女が敗北し、獲物が勝利を確信した瞬間。

 そう、その瞬間こそが最大の好機。

 どんな生き物も獲物を狩る瞬間は無防備になる。


 何故なら狩る事に意識が行っており狩られるという意識が抜け落ちるからだ。

 そして捕縛の手段だが、こちらも過剰な程に用意しておいた。

 城内に居る選りすぐりの魔法使いを五十人。


 それで捕縛できるならばよし。

 もしできないのであれば――。

 ちらりと後ろに居るアーヴァに意識を向ける。


 ――彼女が居さえすれば大抵の相手は無力化が可能だ。


 協奏隊。

 ウルスラグナが用意した戦略級とも言える大魔法を行使する為に用意した部隊。

 百人からなる人員が一丸となって放つ魔法の威力は消し飛んだ王都の一角が物語っている。


 そしてアーヴァはその百人の舵取りを行う部隊の核であり頭脳だ。

 彼女が力を振るえば百人分の制御力と魔力が敵に牙を剥く。


 その彼女が今回使用したのは<領域支配>。

 協奏隊専用魔法として開発した物で、指定した範囲を完全に支配する強力な拘束魔法だ。

 一度捕まれば逃れる事は不可能な筈だったが……。


 ローはどうやってか、一時的にではあるが拘束を解いて襲いかかって来たのだ。

 正直、驚いた。 アレを外せる存在などいないと思っていたし、動けた理由も見当がつかなかった。

 

 アメリアは無意識に腰の剣に触れる。

 

 ――拘束を完全に解かれたならばこれを使う羽目になっていたかもしれない。


 これは正真正銘の切り札で自分では完全には扱えない。

 その為、本当に追い詰めらた時にしか使えない奥の手だ。

 聖堂騎士、異邦人、近衛騎士、協奏隊。


 これだけ使ってようやく手に入れた戦果だ。

 代価に応える成果を期待したい所ではある。

 これから行うのは異界からの天使、または悪魔召喚。


 本来なら指向性と魔力量に制限をかけた専用の器具を使うのだが、今回は別だ。

 使用したのは両方の制限を取り払い、純粋に使用した触媒の適性任せの何を呼び出すか分からない代物で、人間に使用すれば負荷に耐え切れず即座に死亡する危険極まりない代物だ。


 だが、報告によれば彼は人間を基とする異邦人。

 普通の人間とは比べ物にならない程頑丈な筈だ。

 ならばこれにも耐えきれるだろう。


 既に使役に必要な括る為の魔法陣は敷設済みだ。 

 成功すれば今まで生み出した戦力とは比較にならない程の強力な個体が生まれる。

 仮に失敗したとしても次に繋がる有用な情報は得られる筈だ。


 アメリアは子供のように胸を高鳴らせながら男に視線を注ぎ続けた。

 

 

 そのアメリアの後ろで事の推移を見守っていた初老の男も同様に期待の眼差しを向けていた。

 男はペレルロといい、グノーシス教団の司祭枢機卿という教団の最高位に属する聖人だ。

 彼の目的はグノーシスの教義を世界に深く響き渡らせる事。


 そうする事によって延いては世界の安寧にも繋がっていると信じている。

 教義を以って世界に救いを。 そうすれば結果的に多くの人命が救われると信じているからだ。

 その為には教義を伝え、伝える為には教団を強くし、強くなる為には力が必要となる。


 力とは何か? 信徒の数? それもある。

 だが、力なき信仰は無力。 ならば最も重要な力は何だ?

 答えは単純、戦力である。

 

 だからこそ彼は戦力の拡充に力を入れた。

 学園を作り、雛から才ある者を聖騎士として育て、在野から多くの人材を求めた。

 孤児院を作り、有望な子を取り込むべく積極的に孤児を受け入れた。


 危険な召喚実験も極秘に行わせた。

 技術供与を受ける為にテュケとも手を組んだ。

 奴等の最終的な目的は不明だが、現状では敵対するよりは飼っておいた方が教団の利になると判断。


 そしてそれは正しかった。

 異邦人という異界からの闖入者を効率良く、戦力として招く事に成功したという成果が上がっている。

 そして今回も目の前の男を使った召喚。


 魔石に指向性を持たせていないのでどちら・・・が出て来るかは不明だが、天使であったなら聖堂騎士としてこちらに貸与するという約束だ。

 ここ最近で喪った聖堂騎士や異邦人の穴埋めには最適だろう。


 場合によっては大型の魔物を討伐させて失踪したクリステラの代わりにしてもいい。

 強い力と言うのは光と同じで人を惹きつける。

 問題はそれを使ってどう魅せるかだ。


 これでも長年、枢機卿として様々な人間を動かしてきた身。

 手段ならいくらでも思いつく。

 ペレルロは内心でほくそ笑み、そして祈る。


 ――天使よ。 主の御使いよ。 この男に宿り我等に光をと。



 歓喜と期待を表情に浮かべる二人とは裏腹に拘束を行っているアーヴァという少女の胸中には不安が渦を巻いていた。

 

 ――怖い。


 視線の先で地面に張り付いている男に彼女が最初に抱いたのは恐怖だった。

 魔物などの威圧感などとは恐怖の質が違った。

 そう言う点で言えば這いつくばっている男は違うのだろう。


 実際、そう言った圧力は感じなかった。

 アーヴァは協奏隊の隊長――アメリアは指揮者コンダクターと呼んでいた彼女の感受性は極めて高い。

 その彼女の感覚が訴えていた。


 ――気持ち悪いと。


 この部屋に踏み込んできてからの動きは見ていた。

 同様にその戦いも。

 動きには経験などにより、培った思考や哲学は感じられたが肝心の感情が乗っていない。


 相手を打倒してやろう、殺してやる、痛めつけて辱めてやろうと言った負の感情は勿論、勝ちたい、強くありたい等の矜持や信念の正の感情も含まれているように見えない。

 恐らく、あの男にとっては戦闘は作業か何かで感情を動かすほどの物ではないのだ。


 命がかかっているにも拘わず。

 傷を負っても「あぁ刺されたな」と無感動に自覚するのみで恐怖も感じない。

 唯一感じたのはアメリアが針を取り出した時だ。


 微かに焦りのような物を感じたが、それもほんの僅かな間だった。

 

 ――嫌な感じがする。


 アメリア達はこの国でも有数の賢者だ。

 万全の態勢でこの場に臨んでいると言う事は理解している。

 しかしとアーヴァは思う。


 何か致命的な失敗をしたのではないだろうかと。


 かくして三人は起こった現象に目を向ける。

 向けられた先ではゆっくりと結果が発生しようとしていた。 

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