第336話 「城内」

 レブナント共は嬉々として非戦闘員を優先的に襲い、次々と死体に変える。

 頭から丸齧りにされる者、物理的に叩き潰される者、魔法のような物で消し炭に変えられる者。

 死に方に差異はあれど、秒刻みで死体の総数が増えて行っている。


 騎士達は怒りの声を上げながら次々とレブナント共に挑みかかった。

 

 ……まぁ、精々頑張ってくれ。


 大方、襲撃があると見越して相応の戦力を用意しておいたのだろうが、大した問題じゃないな。

 要はそれを上回る質と量を流し込めばいいだけの話だ。

 こう言うのはシンプルなのがいい。


 後は近衛騎士共が出て来た所で入れ替わりに城へ踏み込んで重役連中を押さえれば終わりだ。

 アメリアとか言う女を挽き肉にして、適当に偉い奴に洗脳を施して俺の手配を取り下げさせればいい。

 それで問題は全て解決だ。 後は責任を全てアスピザル達に押し付けて俺はさっさと逃げてしまおう。


 のんびりとこれからの動きを反芻しながら歩いていると、視界の端で騎士が吹っ飛んで城壁にべしゃりと張り付いているのが見えた。 あぁ、あれは即死だな。

 もう少しで城門の近くを通るからそれまでに出て来てくれないだろうか?


 俺の祈りが通じたのか城門が開き豪奢な意匠の騎士達がぞろぞろと出て来た。

 見た所、連中が近衛騎士って奴だろう。

 近衛騎士達は尚も虐殺を続けるレブナントを認めると怒りの声を上げながら突っ込んでいった。


 ……数十人って所か。


 思ったより少ないな。

 この様子だと残りは中か。

 それなりの数が聖騎士同様に街に出ている事を考えるとこんな物か?


 総数が今一つ分からん以上、減らせただけましと考えよう。

 連中が人の流れに逆らって進んでいくのとすれ違い、城へ足を向ける。


 入り口付近では安全な場所を求めて城へ入ろうとする奴が詰めかけていた。

 当然ながら城に入れる訳には行かないので警護の騎士達が何とか押し留めている。

 

 「頼むよ入れてくれ! 魔物がすぐそこまで来ているんだ!」

 「ならん! ここより先はどうあっても許可なき者の立ち入りは禁じられている!」

 「そんな! 私達を見殺しにする気!?」


 さて、どこを崩せばいいのかな。

 少し迷ったが一番声のでかい奴にするか。


 「だから、魔物は近衛の方々が必ずゅ――」


 最後は言葉にならなかった。 俺が左腕ヒューマン・センチピードで頭を砕いたからな。

 弾け飛んだ残骸が押し合っていた連中に降りかかる。

 少し置いて悲鳴が上がり、踵を返すものと強引に城内に雪崩れ込む者とで別れた。


 ……あれを見て城内に入ろうとする奴が居るとは……。


 パニック状態だと冷静に物を考えられない典型だな。 

 俺は中に入った連中に混ざって城内へ。

 押し留めていた奴は必死に止めようとしているが数が違いすぎる。


 同僚の頭が弾け飛んだ事と入った連中の抑えでこちらも余裕がないのだろう。

 手近な者を掴んで戻るように説得していた。

 豪奢な装飾と床には柔らかい赤絨毯。 王城と言うだけあって廊下一つ取っても金がかかっている。


 少し歩くと開けた場所に出た。

 そこで人の流れが止まっていたので俺も自然と足を止める。

 何だと視線を前に向けると、青を基調とした鎧を身に着けた一団が陣取っていたからだ。


 先頭の隊長格っぽい奴が前に出る。

 兜を被っておりバイザーもしっかりと降りているので、表情は窺い知れないが手に持つ槍の柄を床に立てて仁王立ち。


 「ここは王の城にして領域。 そして我等は王の刃。 これ以上、領域を侵す者は斬り捨てる」


 静かだが、妙に響く声だった。

 先頭を進んで喚き散らしていた連中が押し黙る。

 

 「我等とて無辜の民を傷つける事は本意ではない。 引き返されよ。 今ならば城への侵入、不問にする。 安心するがいい。 外の魔物は我等の同胞が残らず滅する。 其方らは落ち着いてここから離れればよい。 正騎士達がその身を楯にしてでも守る!」


 俺は黙って推移を見守る。

 さて、そんなおためごかしでここまで踏み込んだ連中が引き返してくれるかね?

 それでも迫力に押されて迷う奴があちこちで現れ始めた。


 周囲に判断を委ねるように見回す奴、ゆっくりと下がる奴、動かない奴、反応に差異こそあれどいつもこいつも何かしらの切っ掛けを待っている。

 この様子だとしばらく動かんか。


 俺は手近に居る男に肩を組むふりをして頭を固定。

 喚く前に魔法で音を消して耳に指を突っ込んで洗脳を施す。

 

 ……動かないなら動かせばいいだけの話だ。


 俺がやれと命令すると男はギラついた眼で前に出る。


 「じょ、冗談じゃない! 魔物を始末? そんな保証がどこにあるんだ!? 俺ぁ見たぞ! あんた等のお仲間が化け物に殺られてるのをなぁ!」

 「そ、そうだ! 俺も見たぞ!」

 「せめて外の魔物が居なくなるまでここに居させて! こっちには子供が居るのよ!」


 一人が口火を切ると他からも次々と文句が飛び出す。

 手垢の付いた扇動だが、割と効果があるな。

 人間って余裕がないと考えるのを止めてすぐに便乗したがるから、数人釣れれば御の字と思っていたが、釣れる釣れる。


 自分の都合を喚く奴は徐々に数を増やし――遂には動かした。

 一人が飛び出したのだ。 そいつは近衛騎士に縋りつこうとしたようだが、叶わなかった。

 槍で心臓を一突き。 次の瞬間に起こった事だ。

 

 飛び出した者は信じられないと言った表情を浮かべた後、血の塊を吐き出して崩れ落ちた。

 

 ……さぁ、どうなる?


 「疾く去ねぃ!」


 騎士の怒鳴り声が響き渡り、それに突き飛ばされるように次々と悲鳴を上げて引き返すが、それは許さない。

 戻った連中が数人、外に出たと同時にレブナントに叩き潰される。


 更に悲鳴が上がり再度踵を返す。

 戻れなくなったな? さぁ、出るか進むか選べ。

 個人的には進んでくれた方がありがたいが……。


 外の魔物か目の前の騎士か。

 パニックになった連中の大半は後者を選択。

 広場に詰め掛けて強引に突破を試みる。


 「何をしているか! 戻れ! 戻らんか!」

 

 騎士が怒鳴りつけるが、無視して雪崩れ込む。

 

 「……止むを得ん。 斬り捨てよ!」


 騎士が部下に命じ、他の連中も各々武器を構えて広場に入って来た者達を次々と斬り始めた。

 いい感じに場が混乱した所で俺は歩き出す。

 さっさとここを抜けようと――。


 足を止める。 理由は目の前の騎士だ。

 さっきの隊長格の騎士が俺を真っ直ぐに見据えていた。

 おや? 目立つような真似をした覚えはないのだが……。


 「貴様の仕業か?」


 俺は聞こえない振りをして通ろうとしたが槍を突き付けられたので足を止める。


 「貴様の仕業かと聞いているのだ!」


 一喝。

 同時に周囲が静まり返る。

 逃げ惑う連中もそれを片端から押し返していた騎士達も沈黙してこちらに注目が集まった。


 雰囲気で察したのか俺の周囲で押し合いへし合いをしていた連中も波が引くように俺から距離を取り出す。

 おかしいな。 どうしてこうなった。


 俺はどう動いた物かと考えるが、特に思いつかなかったので無駄だと思うが何の事だと首を傾げて見せる。


 「さっきから気になっていた。 貴様だけ集団の中、冷静に俯瞰しているように見えたからな。 加えて、隣に居た男が最初に声を上げた事、そしてこの状況で冷静にここの突破を狙うような動きで確信に変わった。 この騒ぎを煽ったのは貴様だな?」


 これはしまったな。

 上手く溶け込んでいたと思っていたのに浮いていたとは驚きだ。

 

 ……仕方がないか。 予定変更だな。


 瞬間、さっき洗脳した男が騎士に飛びかかる。

 騎士は振り向きもせずに槍を一閃。 男の首が飛ぶ。

 そのタイミングで左腕ヒューマン・センチピードを振るう。


 不可視の百足は真っ直ぐ騎士に襲いかかるが、槍を軽く回転させて弾く。

 

 「……間違いないようだな。 賊め、王城へ土足で踏み込んだ罪、その身で贖え」

 

 騎士の部下達が俺を取り囲むように動き、武器を向けて来る。


 ……まぁ、何事も予定通りには行かんと言う事か。

 

 俺は背のザ・コアの柄に手をかけた。

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