第335話 「王城」

 降臨祭。

 このウルスラグナで人気の恒例行事らしいが、今年は珍しく諸事情により日程を前倒しにしての開催。

 まぁ、よっぽどの馬鹿じゃない限り事情を知っていれば罠と判断するだろうな。


 ここまで露骨だと不快感より呆れが先に立つ。

 要するに来るなら受けて立つといった所だろう。

 そう言う分かり易いのは嫌いじゃないので遠慮なく誘いに応じる事にした。


 目的は変わらずアメリアとか言う女の始末。

 幸いにも顔が売れている人物なので見間違えようがない。

 

 さて、ここで目的を達成するのに邪魔な連中が居る。

 グノーシスとセバティアールだ。

 降臨祭まで時間があったので当主の身内であるパスクワーレとか言う女を捕まえて記憶を吸い出してやろうとしたのだがまさかの失敗。


 俺が動くのは具合が良くなかったので最近手に入れた隠密行動に長けたレブナントを行かせたのだが、連中うっかり頭をカチ割ってしまったので記憶が吸い出せなかったのだ。

 何をやっているんだと呆れたが、どうも行動不能にしようと斬りつけたタイミングでパスクワーレが死体に躓いて転倒。 狙いがずれて頭に命中と何とも間抜けな結果に終わってしまった。


 仕方がないので連中が持って来た、割れたスイカみたいな有様のパスクワーレの脳みそを詰め替えた後、適当な人格を与えて仮病で引き籠らせたのだ。 同様に蘇生させた聖殿騎士共に客は追い返させた。

 当日まで凌げれば良かったので特に問題はないだろう。


 ただ、記憶が抜けなかった以上、手詰まりになったので、俺は切り口を変える。

 街に居るパトリックにファティマ経由で連絡を取り、協力を要請する事にしたのだ。

 二人は全面的に協力すると張り切り、俺に隠れ家を宛がうとそこで待っていて欲しいと伝え、行動を開始した。


 隠れ家は中々快適だったが、ぼーっと待っていてふと思った。

 

 ……もしかして俺は邪魔者扱いされているのだろうか?……と。


 まさかと一笑に付す。

 単に今は俺が動く時じゃないだけの話だろう。

 そんな訳でしばらくの間、暇だったので隠れ家でせっせとグロブスターを生産していたのだが、数日程で事態が動きだした。

 

 方針としては本格的に動くのは降臨祭当日。

 その前にやれる事はやっておこうと言う事になり、差し当たっては程々に目障りなセバティアールに的を絞る事になった。


 方針さえ決まれば後は動くだけだ。

 以前に配下にした連中とパトリックが集めた情報で連中の拠点の所在は粗方掴んだので、片っ端からグロブスターの群れを嗾けて陥落させた。


 ゲリーべの時と同じだな。

 数を用意するのが手間だが、逆に言えば手間さえ惜しまなければ拠点攻撃にこれ以上有効な手段はないだろう。


 適当な相手に寄生して変異させこちらの戦力として取り込み、内側から攻める事が出来るからだ。

 動揺も誘えるので場を引っ掻き回すという点においてもこの方法は効果がある。

 後は外を固めておけば、余程の事がない限り勝手に落ちるから楽な物だ。


 実際、俺は外で魔法かけて悲鳴が漏れないようにしていただけだったしな。

 結構な数の拠点を落とし、レブナントの数も数えるのが面倒になる程増えた。

 

 ……にも拘らず当主のアドルフォとかいう奴だけは見つからない。


 随分上手く逃げていると感心したが、居場所の絞り込みは終わっていたので祭りの当日までには捕捉はできるだろうとの事。

 関係者の記憶を洗ったが、経験と言う点では体を乗り換えている線が濃厚である以上、かなりの物だろうが肉体のスペックを考えると脅威度はそう高くない。


 付け加えるなら、グノーシスやテュケの息はかかっているだろうが、技術供与を受けている気配がないと言う点も大きい。

 結論としては鬱陶しくはあるが脅威とはなり得ないと言う事で落ち着いた。

 

 普通に始末しても良かったが、レブナントに変異させ、祭りの際に戦力として利用するという使い道が出来たので排除のついでにリサイクルとなった。

 落とした拠点は責任者を捕えた後、洗脳を施して異常を隠蔽。


 こうしてセバティアール家の処理はほぼ完了した。

 残った当主もパトリックがいい当て馬を見つけたからそいつに始末を押し付けると言っていたので、問題ないだろう。 手広くやっていたらしいから相応に恨みも買っているだろうし、そう言う輩を焚きつけて差し向けたと言った所か。


 グノーシスの方も前日にアスピザルから連絡があり、任せて欲しいと言って来たので丸投げする事にした。 こっちの作戦に組み込めそうだったので、騒ぎを起こすので便乗しろとだけ言っておく。

 ダーザインの構成員もそれなりの数が街に入っているようだし、グノーシスは任せても問題ないだろう。


 事前の調べでは聖堂騎士は警備の為に街中に散っているようだし、普段に比べれば守りが手薄なのは間違いない。

 枢機卿とかいう連中を捕らえられるならよし、無理なら無理で陽動ぐらいの役には立つだろう。

 正直、同時に相手にするには面倒な相手だったのでありがたい提案だった。


 これで俺は王城に集中できると言う訳だ。

 

 そんなこんなで当日を迎え。

 現在地は王城の敷地内。 でかい城壁を越えて中へ入る事が出来た。

 入れる奴はそう多くないので俺も中の情報は持っていなかったが立派な物だ。

 

 騎士の誘導に従い、開けた場所へ移動。

 服装は軽鎧に背にはザ・コア、灰色の外套で体は隠している。

 顔とザ・コアは<茫漠>で姿を誤魔化しているので俺の背には大剣の柄が顔を覗かせているように見えるだろう。


 周囲には様々な格好をした者達が歩いており、全員が物珍し気にキョロキョロと見回している。

 やはり城壁の向こうを見られる機会は少ないので目に焼き付けようとでも考えているのか、どいつもこいつも熱心だった。


 誘導の騎士達も何かを聞かされているのか、警戒が強い。

 歩いている人の流れに強い視線を注ぎ、異変があれば即座に反応するだろう。

 装備を見る限り、相応に位が高い騎士に見える。

 

 確かこの国の騎士にもランクがあったんだったか。

 騎士、正騎士、近衛騎士の三種だ。

 グノーシスと名称が被るからややこしいが、同じような物なので覚えやすくはある。


 騎士と言う階級は割と括りが大きく、正騎士になる途中の見習いや、犯罪者上がりで出世が頭打ちの連中もこれに含まれる。

 捕らえた犯罪者を免罪を条件に登用するというケースは割と多く、戦闘に長けた者は人格面ではともかく貴重なので戦力として手元に置いておきたいといった考えなのだろう。


 いざとなれば使い潰せるしな。

 そしてその上の正騎士。 こちらは国の正規兵だ。

 騎士が実績を積んでなるらしく、有事の際以外そう頻繁に駆り出される事はないので人気の職種でもある。 ただ、犯罪歴がない、身元がはっきりしている、または推薦が必要と条件が厳しいのが難点ではあるが。


 その為、国で一定の権力を保有している公官の身内が良く目指すらしい。

 親が公官なら推薦は簡単に手に入るからな。

 

 さて、最後の近衛騎士だが、こちらはグノーシスの聖堂騎士と同じでかなり厳しい条件をクリアした者のみが選ばれる騎士の最高峰だ。

 実力は勿論、人格面でも一定の水準が要求されるとかされないとか。


 ……聖堂騎士もそうだが、やはり相応の権力を得るというのは面倒な物だな。


 そんな事を考えていると人の流れが止まる。

 どうやら目的地に着いたようだ。

 何と言うか窮屈だな。 周囲は人で埋めつくされている。


 そろそろ動きたい所だが、まだ配置が済んでいない。

 もう少し我慢する必要がある。

 しばらくの間、その場でぼーっと突っ立っていると広場に流れ込んで来た人の流れが止まった。


 騎士達が集まった人間を取り囲むように配置を変え、前方にある朝礼台みたいな台に偉そうな服を着たおっさんが昇る。

 拡声器の様な物を騎士から受け取り、足元に箱型の魔法道具をセット。


 ややあって話し始めた。


 『皆さん! 今年も無事この日を迎えられた事を――』


 話の内容は挨拶に始まり、回りくどい上に長ったらしい文句を垂れ流していた。

 はっきり言って聞く価値がないので適当に聞き流しながら待つ。

 おっさんの隣ではグノーシスの法衣を身に纏ったおっさんが同じ事を話していた。


 こちらは姿が半透明だ。

 どうもこれは映像で、足元の箱で映し出しているらしい。

 大方、教会の方と同時中継と言う事だろう。


 恐らくこちらの映像も向こうに行っていると見て間違いない。

 

 ……好都合だ。


 内心で大きく頷く。

 配置も済んだようだし動くとするか。

 距離も程よく近いし喋っているおっさんを狙うとしよう。


 俺は左腕ヒューマン・センチピードを一閃。

 喋っているおっさんの頭が大勢の目の前で砕け散った。

 唐突に起こった光景に周囲が静かになる。


 ――そして。


 誰かの上げた悲鳴で周囲がパニックになる。

 全員が訳も分からず逃げ惑おうと動き出す。


 ――やれ。


 俺の命令と同時に街中に配置したレブナント共が一斉に暴れ出す。

 街のあちこちで爆発音や何かが破壊される音が響き渡る。

 そして畳みかけるように城壁を乗り越えてレブナント共がバラバラと落ちて来た。


 混乱を収めようとしていた騎士達はいきなり現れたレブナントを見て驚愕に身を固める。

 こういう時は相手に考える時間を与えないようにするのがいいとよく聞くが正にその通りだな。


 レブナント達が手近な人間に襲いかかり始める。

 いいぞ。 その調子だ、殺せ殺せ。

 

 俺は混乱に紛れて歩き出した。

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