第334話 「証拠」

 扉を抜けた先は通路ではあったが、向かう先は下だ。

 やや急な下りになっている通路を進む。

 

 「……坊ちゃんよ。 お前、知っていたのか?」

 「そうでもないよ。 ただ、どこかには間違いなくあるとは踏んでいたけどね」


 先頭を歩く私の後ろでエルマン聖堂騎士とアスピザルがそんな話をしているのを耳が拾う。


 「そっちもゲリーべでの事は知ってるんでしょ? 実際、あそこでやっていたのはダーザインとグノーシスで運用している技術の合わせ技だ。 つまり両方の技術に精通しているのが、後ろに居るって事だよね」

 「つまりはテュケって事かよ。 要はあれか? 連中、新しい技術の運用やらの情報収集を俺達に使わせて潰し合わせる事で得ていたって事か……」

 「そうだね。 ある意味、僕達は共通の被害者だよ」


 ……つまり、グノーシスとダーザインの争いは仕組まれていた?


 「……まぁ、ダーザインはある時を境に急に勢力を伸ばしたから妙だとは思っていたが、技術を流して支援していた連中が居たってだけの話か」


 そんな私の考えを肯定するようにエルマン聖堂騎士が吐き捨てるように呟く。

 

 「そうだね。 骨子となる悪魔の召喚関係はダーザイン独自の物だったけど、部位移植とか召喚周りの技術の最適化は彼等に依るものだよ。 どうもあちこちで変わった技術を持った勢力や個人に近づいて支援と銘打ってその情報を得ているみたいだね。 性質が悪いといいたいけど、それなりにリターン――提供した物とそれなりに見合う配当をくれるから何とも言えないんだよね……」

 「……だろうな。 他所から得た技術の提供もしているみたいだし、教団の上も飼っておいた方が有用と判断したんだろうよ。 例の宰相がその頭と考えるのならこの国自体に深く根を張っているんだろうな」


 二人の話を聞けば聞く程、事態の大きさを感じさせられる。

 教団の腐敗はここまで進んでいたというのか。

 確かに技術を得る事が出来れば、様々な用途に利用、応用ができるのだろう。


 ……だからと言って人の命を礎にしていい筈がない。

 

 そんな事を考えながら警戒は解かずに意識の一部を耳に集中して会話を聞く。


 「……って事はこの先に連中の研究施設があると?」

 「僕はそう睨んでるよ。 根拠はさっきの広場だね。 豪快に水が流れてたでしょ? あれって外の水堀の水だけじゃなくて施設全体の水源も兼ねてると思うよ」

 「水源? 井戸とかではなく?」

 「似てるけどちょっと違うかな? 多分だけど地下の水脈から直接汲み上げてるんだろうね。 僕の昔いた所にあった上下水道って奴に近いんじゃないかな?」


 アスピザルは「自信はないけどね」と付け加える。


 「何だそれは?」

 「生活に必要な水を常に汲み上げていつでも使えるようにして、使用済みの水を処分できる仕組みだね」


 ……?


 今一つよく分からない。

 水は井戸から使う分だけ汲み上げる物ではないのか?

 なければ魔法で生み出せばいい。


 「……要は魔法に頼らず生活に必要な水を回す仕組みって事か?」 

 「驚いた。 理解が早いね」

 「ある程度は柔軟に物を考えないと聖堂騎士なんてやってられんのでな」

 「そろそろのようです」


 二人の会話に割り込む形になってしまったが、先の方に何かが見えて来たので声をかける。

 察した二人は会話を止めた。


 「何が出て来るかな?」

 「……気楽な物じゃないのは確かだろうよ」

 

 坂を降りきった先は真っ白な廊下で、壁も床も全てが白一色だった。

 左右に分かれており、人の気配はない。

 微かに水が流れる音が壁の向こうから聞こえて来る。


 「随分とさっぱりした廊下だな」

 「……取りあえず、手近な部屋でも見てみようか」


 廊下を少し進んだ先に扉があった。

 中に人の気配。 数は――三で呼吸は一定。

 眠っている?


 「人が居るようですが、眠っているかもしれません」

 「なら好都合だ。 捕らえて話を聞こうか」


 そっと扉を開けると、そこは寝室のようで三段に重なった寝台が左右に一つずつ。

 奥には机が三つ並んでいた。

 寝台へ視線を向けると予想通り右に一人、左に二人合計三人が横になって眠っている。


 私達は各々頷き合い、それぞれ一人ずつ拘束して椅子に縛り付ける。

 アスピザルが魔法で用意した縄で拘束。

 捕らえた者達は途中で目を覚ましたが、取り押さえるのは容易だった。

  

 「さて、起き抜けで悪いんだけど、こっちの質問に答えて貰ってもいいかな?」

 

 拘束された男達は何も答えず、こちらを睨みつけるだけだった。

 アスピザルは小さく息を吐く。


 「どうする? 僕に任せてくれるならすぐにでも吐かせるけど?」


 暗に手段を選ばないといっているような物だ。

 可能であれば拷問ではなく尋問のみで済ませたいが……。


 「おい、そっちの坊主は容赦がない。 質問に答える気があるのなら今の内だぞ?」

 「は、脅したって無駄だ! お前等こそこの縄を解け。 今なら――」


 エルマン聖堂騎士の警告に男は鼻で笑って返す。

 

 ……この男達は一体……?


 部屋の様子を見る限り、仮眠室と言った所だろう。

 役割は警備の類である事は分かるが明らかに教団の関係者ではない。

 どう考えてもこの場に――ウルスラグナの教団中枢に居る事が許される人間には見えない。


 「分かった。 好きにしていいぞ」


 エルマン聖堂騎士が諦めたようにアスピザルに男達の処遇を投げる。

 

 次の瞬間、喚いていた男の首に鎖の様な物が巻き付く。

 完全に首に食い込んでおり、あそこまで深いと呼吸に支障が出るだろう。

 男は必死にもがいているが、縛られているので叶わない。


 「次はどっちかになるけど素直に吐く気はある?」


 喋れる男二人は顔を見合わせるが、顔を引き攣らせる。


 「な、なぁ、坊主? それとも嬢ちゃんか? 悪いんだが言えない事情があるんだ。 俺達だってあんた等が本気って事は分かる。 だがなそれをやっちまうと……その……」


 男が言い澱むのを見てアスピザルは小さく嘆息。


 「あぁそう。 おじさん達って教団の人じゃなくて他所で雇われた刺青いれずみ入れてる感じの人?」

 「そ、そうなんだ! 俺としても話してやりたいんだが――」

 「うん。 おじさん達に何の価値もないのが良く分かったよ」


 次の瞬間、三人の首に縄が巻き付きそのまま絞め殺した。

 ボキリと籠った音が連続で響き、ぐったりと力尽きる。


 「離れて」


 指示通りに私とエルマン聖堂騎士が数歩下がる。

 少し間を空けて三人の体が爆発し、黒い霧がまき散らされた。


 「おいおい、教団施設に死んだら爆発する連中が居るとか、もう疑いようがないな」

 

 どう見てもダーザインの構成員と同じ死に方だ。


 「……知ってると思うけど、条件を満たすか死ぬかするとああなるからね」

 「あぁ、取りあえずここがテュケ絡みの施設って事は良く分かった」

 「どうします? もう少し調べに行きますか?」

 

 そう言うとアスピザルは小さく首を振る。


 「悪いけど、僕はそろそろ王城に向かうよ。 もしこっちを調べたいならご自由に。 その代わり後で見た物についてだけ教えてくれればいいから。 ただ、来ないのなら向こうの事はこっちの好きにさせて貰うよ?」


 ………。

 

 「枢機卿や宰相の事は自分達で料理するってか?」

 「そう取って貰ってもいいよ。 もっとも、結構時間経ってるからもう手遅れかもしれないけどね」

 

 エルマン聖堂騎士がそれを聞いて忌々し気に表情を歪める。


 「……嬢ちゃんはどう思う?」

 

 言われて考える。

 ここの存在を公表すれば形はどうあれ、教団の暗部は白日の下に晒す事が出来る筈だ。

 目的と言う点のみを見ればここを押さえれば達成できる。

 

 だが、最良の結果を求めるのであれば枢機卿や教団の上位に位置する人物の自白が欲しい。

 

 「私としては枢機卿を一人でも押さえておきたいのですが……。 エルマン聖堂騎士は反対ですか?」

 「まぁ、乗り気じゃないのは確かだな。 ここで証拠の一つも見つけて晒せばこっちの目的は完了だろ? そっちの坊主にはここで見つけた物を報告すりゃいいって話だし、欲をかかずにここの制圧と調査に力を入れれば良いだけだ」


 そこまで言ってエルマン聖堂騎士は後頭部を掻く。


 「……とは言ったが、まぁ、あれだ。 意見は言うが最終的にはお嬢さんが決めろ。 どっちにしてもここの制圧は俺一人じゃ無理だ。 行くって言うんなら付き合うさ」


 私は小さく目を閉じて考えるが、結論は変わらない。 

 真っ直ぐにエルマン聖堂騎士の目を見てはっきりと言う。


 「王城へ向かいます。 手を貸してください」

 「了解だ。 お嬢さん」


 迷いなく頷くエルマン聖堂騎士に内心で感謝して私は踵を返した。

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