第333話 「合流」
「こういうのは倉庫みたいな使用頻度が少なさそうな部屋にあるのが定石だけど、あっさり見つかってよかったね」
私の提案――エルマン聖堂騎士の救出依頼を快く請け負ったアスピザルはあっさりと屋敷内に隠し階段を発見し地下へ。
消耗の激しかったアズサは動けるようになったら追いかけると言う事でその場に残し、向かうのは私とアスピザルの二人でとなった。 階段の幅は広く、彼女でも問題なく降りられるだろう。
「……提案しておいて何ですが、良かったのですか?」
階段を下りながら後ろを歩くアスピザルへ声をかける。
「何が?」
「私の依頼を請けた事です。 時間をかければかけるほど不利になるのでは?」
外の騒ぎも時間が経てば収束するだろう。
そうなれば王城の守りも厚くなる。
時間をかけ過ぎる事は自らの首を絞める事につながるといっても過言ではない。
「まぁ、出来れば王城へ行きたい所だけど、既に僕の仲間が行っているからね」
その口調は軽い。
王城はこの国の中枢だ。 守りの固さはここの比ではないだろう。
噂に名高い近衛騎士団が常駐している城は祭りのお陰で比較的、楽に中に踏み込めるとは言え突破は容易ではない筈だ。
「……外の魔物騒ぎと何か関係が?」
「うーん。 それもあるけど、ぶっちゃけるとね。 外で暴れてる魔物って僕等とは別口なんだよ」
「……どう言う事ですか?」
訝しみながら聞き返す。
魔物とダーザインが無関係? 流石にそれはおかしいのではないか?
「実を言うと僕達が用意した手勢ってダーザインの構成員のみで、魔物は用意してないんだ。 ただ、情報提供があったから何かしら起こるのは知っていたけど、まさか魔物とはね」
……どう言う事だ?
先の話にあったテュケから与えられた魔物を解き放ったという訳ではないのか?
「……言いたい事は何となく分かるよ。 でも、街で暴れているのは完全に僕達とは無関係なんだ。 正直、どうやって魔物を街に侵入させたのかこっちが教えて欲しい位だよ」
確かに王都の出入りは厳しく管理されている。
身分を偽って入るだけならそう難しくはないが、魔物を街に入れるのはかなり難しい。
思いつくのは荷物に紛れさせるという手だが、やれても数体が限度だろう。
少なくとも街全体で騒ぎを起こせるだけの数を呼び込むのは不可能と言って良い。
一体、どうやったのか…。
アスピザルは「別に信じなくてもいいよ」と付け加える。
「……外はともかく、王城に向かった僕の仲間は色んな意味で規格外だからね。 正直、負ける心配はしてないんだ。 ……ただ、やり過ぎたり取り逃がしたりする心配はしているから向かっておきたいんだよ」
口調からその仲間の強さに関する自信が垣間見えた。
そこまで聞けば何者なのかは察しは付く。
「私と戦ったあの者ですか」
「想像に任せるとだけ言っておく――おっと、そろそろかな?」
階段を降りると短い通路になり、そこを抜けると巨大な螺旋階段があった。
下を見るとあちこちが破壊されており、戦闘の痕跡が残されていた。
加えて強い血の臭いが鼻を突く。
階段を下りて広場に出ると、いくつか審問官の黒い帷子がいくつか転がっていた。
……装備だけ? 中身はどうなった?
アスピザルは近くに落ちていた帷子を拾い上げると隙間から白い粉が大量に落ちる。
彼は帷子を投げ捨てて落ちた粉に触れて感触を確かめていた。
「あぁ、またこれか」
「……それは一体?」
「塩だよ。 前にムスリム霊山で襲って来た聖騎士がこうなってたね。 殺したら体が崩れてこうなったんだ」
……死ねば塩の塊になる?
何だそれは? そんな話聞いた事もない。
「その様子じゃ知らなかったみたいだね。 お姉さんも色々見て来たんだからグノーシスがこの手の人体実験をやっている事ぐらい察してるでしょ?」
何の反論もできなかった。
ゲリーべでの行いを見た後だと全く否定できない。
何をやっていても不思議ではないからだ。
アスピザルは興味を失ったのか視線は壁や床へ向かう。
「帷子のダメージを見ると相手の武器は槍か何かかな? 殆ど突きで仕留められている。 でも数が多いから戦いながら戻った感じだね」
アスピザルは「行こう」と声をかけて歩き出す。
足を早め彼の前を歩く。
あれは明らかにエルマン聖堂騎士の戦った跡だ。
彼がそう簡単に死ぬとは思えないが、戦闘の痕跡を見る限り苦戦しているのは分かる。
少し急ごう。
通路に入り、少し進むと耳が音を拾う。 水が流れる音だ。
それに混ざって金属が打ち合う音が微かに聞える。
「……近いね」
「急ぎましょうか」
あちこちに落ちている帷子を無視して通路を抜けるとエルマン聖堂騎士が、何故か背から羽を生やした審問官達と戦っている最中だった。
「嬢ちゃんか!? そっちは――」
「話は後です、今はこの場を何とかしましょう。 援護をお願いします」
「了解。 多分だけど胃袋の破壊か摘出じゃないと死なないから、下手に急所は狙わないように」
私はその助言に小さく頷いて手近な敵に斬りかかった。
「……すまんな。 助かった」
その場に居た敵を全て撃破し終えた後、息を切らせたエルマン聖堂騎士が礼を言いながら近くの壁に寄りかかる。
「大丈夫ですか?」
「疲れはしたが何とかな。 それより、連れてる坊主? の説明をして欲しい所だが? 俺の記憶違いじゃなければそいつってダーザインの頭だろ?」
「こんにちはエルマン聖堂騎士。 僕はアスピザル、察しの通りダーザインの首領だよ」
アスピザルはエルマン聖堂騎士の剣呑な視線を意に介さずにこやかに挨拶。
「そうかい。 ……で? そのダーザインの首領様が何でクリステラ嬢ちゃんと一緒なんだ?」
「枢機卿を仕留めるのに一時的に手を組んでね。 終わった後、話を聞いたら僕達と目的も被らないしこの件が片付くまでは休戦しようって話になったんだ」
エルマン聖堂騎士の視線が確認するようにこちらに向く。
「……その通りです。 条件としてエルマン聖堂騎士への救援を依頼しました。 彼が居なければこれほど早くここまで来れませんでした」
私がそう言うとエルマン聖堂騎士は溜息を吐いて力を抜く。
「そう言う事ならあんまり邪険にはできないな。 今は素直に感謝しとく。 ただ、霊山での事は忘れないし忘れさせない。 その辺だけ覚えておいてくれりゃぁいいさ」
「……こっちも忘れる気は無いよ。 敵対したいなら終わった後で好きにすると良い。 僕もそうする」
「そうかい。 ならそろそろ前向きな話をしよう、お互い情報交換だ。 目的とここに来るまでの動きを簡単に教えてくれ」
「分かった。 えっと――」
アスピザルが私に語った事をエルマン聖堂騎士に話す。
彼は黙って一通り耳を傾け、終わった所で大きく頷く。
「……取りあえず、そっちの事情は分かった。 いくつか突っ込みたいところだが、今はいい。 問題は枢機卿の捕縛に失敗したって事か。 そのジネヴラって娘の話が本当なら枢機卿は全部で三人。 残りの二人は片方が不在、残りは王城。 ……その王城にはそっちの坊主の連れが行っており、下手をすれば勢いあまって標的を殺しかねないと」
「そうだね。 彼、強さは本物だけど行動が雑だから、うっかり殺してしまったとか言い出しかねないんだよ」
……確かに。
あの者が相手ならば、近衛騎士でも防ぎきるのは厳しいだろう。
枢機卿がいると言う事は異邦人か聖堂騎士、もしくはその両方が護衛に付いている筈だ。
異邦人の強さを以ってすれば、拮抗はできると思うが……。
何故だろう。 あの者が殺される光景が想像できない。
剣を心臓に突き立て、内側からその身を焼いたにも拘らず平然と立ち上がるあの化け物。
思い返すと恐怖に似た物が湧き上がる。
「察するに霊山でクリステラ嬢ちゃんを追い詰めた化け物か。 あんな燃えカスみたいな状態で平然と起き上がる化け物相手じゃ、近衛騎士じゃ手に余るって訳だ。 ……一応、確認しておくが外の魔物はお前の仕切りじゃないってのは本当か?」
「本当だよ。 悪いけど、魔物に関しては僕は何の保証もできない」
「なら、お前の連れの仕業って考えていいんだな?」
アスピザルは答えない。
エルマン聖堂騎士は何かを察したのか「そうか」と小さく呟く。
「お前にも制御できない難物って訳だ。 何となくだが分かった。 なら、早いところ城へ向かうとするか、そこの通路を真っ直ぐ行くと――」
「時間がないのは分かるけど、ちょっと待ってくれないかな?」
エルマン聖堂騎士が踵を返そうとするのを遮ったアスピザルは別の方を向いていた。
視線を追うとそこには大きな扉が見える。
「あの扉は何?」
「……別の出入り口だと思うが……」
「エルマンさんが来た道には何もなかったんだよね?」
質問の意図が理解できなかったようで、エルマン聖堂騎士の表情はやや訝し気だ。
「そうだな。 倉庫とちょっとした小部屋がいくつかあっただけだが…」
「確認するよ。 君達の目的はグノーシスの不正を暴く事で間違いないよね?」
今度は私がアスピザルを訝しむ番だった。
「そうですが、それが何か?」
「なら、そこを調べれば面白い物が見つかるかもね。 時間のロスにはなるけど見ておいた方がいい。 別の通路ならそれでいいんだけど、さっき出て来た連中の事を考えると別の物があるんじゃないかな?」
「……あぁ……そう言う事かよ。 だとしたら連中の自白は要らんな」
何かを察したのかエルマン聖堂騎士は苦い表情で頷く。
「エルマン聖堂騎士? 一体……?」
「見れば分かる」
私の疑問には答えず、そう言って二人は扉へ向かって歩き出した。
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