第327話 「突破」
「鬱陶しいけど、急いでるから適当にあしらうよ」
アス君の意見に私は無言で同意した。
正直、目の前の敵は今の私に取って許容できる存在ではないが、目的は別にある。
小さく頷き、特に打ち合わせもせずに皆が自然に動く。
私はアス君と一緒に五月蠅い異邦人と、石切さんとタロウは北間とそれぞれ対峙する。
二対一。 数では有利だけど、聖堂騎士に与えられる専用装備は厄介だ。
「さっきまで戦ってたけど、鎧は魔法と物理、両面で高い耐性があるみたい。 特に魔法は効きが悪い。 攻撃的な機能はないみたいだけど、問題はあのハンマーだね」
異邦人が握っているハンマーを見る。
長い装飾の施された柄に巨大なヘッド部分。
そして全体が薄く輝いている。 恐らく何らかの能力を付与されているのだろう。
「ヘッド部分に気を付けて。 何回か見たけど、多分透明なヘッド部分を柄の延長線上に出現させることができるんだと思うけど、射程が今一つ読めないから避けるのがちょっと難しい。 注意して」
「えぇ。 分かったわ」
簡単な情報交換を手早く済ませ、私はそのまま突っ込む。
異邦人が迎え撃つようにハンマーを振るう。
咄嗟にガードを固める。
衝撃。
ハンマーは当たっていない。 だけど見えない何かが私のガードを固めた腕に当たっていた。
こうして触れて見て分かった。 恐らく空気か何かの塊なのだろう。
攻撃範囲がハンマーのヘッド部分の直線状という縛りはあるが扱い易そうな武器だ。
私は見えない攻撃を撥ね退けて、異邦人を間合いに納める。
「……くっ! 二人相手は……」
迎え撃とうとするが、床から鎖が現れて拘束しようと絡みつく。
アス君の仕業だ。 攻撃が通り辛いので嫌がらせに徹する気らしい。
私は拳を固めてラッシュ。
元々、武道の心得のない私に効率的な動きはできないが、身体能力と膂力には自信がある。
異邦人はハンマーや腕で一撃一撃を防ぐが、要所で割り込むアス君の援護のお陰で時折、まともに攻撃が入る。
「ぐっ……くそっ!」
防具のお陰でダメージは薄いが効いてはいるようで、苦し気な息を漏らして後退。
私はそのまま逃がさずに畳みかける。
異邦人は私の一撃を下がりながら仰け反って躱し、反撃――できない。
ハンマーに鎖が絡みついているからだ。
強引に引き千切るが、その動作は大きな隙となる。
下から顎を狙っての大振り。
私の拳は完全に目標を捉え、バケツにも似た大きな兜を吹き飛ばす。
異邦人は小さく舌打ちして苛立たし気にハンマーを床に叩きつける。
同時に地面に放射状の亀裂が走り、大きく揺れた。
その場の全員がバランスを崩し、隙が出来た所で異邦人は落ちた兜を拾う。
露わになったその顔は日本ではありふれた生き物――蟻に似ていた。
後ろでアス君が「あ、蟻なんだ」と呟く。
異邦人――蟻は無言で兜を被り直す。
「……俺は元の姿に戻りたい。それだけなのにどうして分かってくれない! あんた等だって元は日本人だろう? 生まれ持った姿に未練はないのかよ!」
口調が変わった。 諭すような感じが消え失せ、苛立ちが混ざっている。
アス君が後ろでやや呆れたように息を漏らす。
「梓達が来る前にも僕は言ったと思うんだけど、君が人間に
アス君にしては珍しく言葉に険が含まれている。
多分だけど、同じ話をしつこくして怒らせたであろう事は想像がついた。
……アス君を怒らせるなんて相当ね。
あの子は滅多な事ではあそこまで態度に出さない。
それを出しているという事はしつこく迫ってああなったと言う事だろう。
「違う! 俺は――」
「梓、やっちゃって」
言われるまでもない。
無言で蟻に拳を叩きつける。
ガードされたが蟻は地面を擦りながら後退。
「ちょっとでいいからあいつを浮かせて。 できる?」
「やるわ」
アス君の意図を察した私は身を低くして肉薄。
蟻はハンマーを振るおうとするが遅すぎる。
戦ってみて分かったがこの異邦人は動きこそ、それなりに訓練を積んだ動きだが時折、攻撃に躊躇いが見えた。
恐らく実戦経験が圧倒的に足りていない。
考えてみれば当然か。 保護されてから殆ど外に出られていないのだろう。
やっている事も訓練ばかりで、命のやり取りの経験は少ないどころか、ないのかもしれない。
そう考えると更に苛立ちが募る。
勝手な事ばかり言って結局、お前は倫理観を楯に手を汚す覚悟もない臆病者じゃないのかと。
渾身の力で下から掬い上げるように一撃。
ガードをすり抜けて蟻の分厚い胸に突き刺さりその巨体を僅かに浮かせる。
「――それで充分。 ありがとう梓」
瞬間、アス君が瞬時に巨大な柱を魔法で作り出し射出。
浮いた状態でまともに喰らった蟻はそのまま奥へと吹き飛んで行った。
私はそれを追って通路へ入り、アス君も後に続く。
行かせたくないからと通路の正面に陣取ってくれたお陰で結果的にだけど突破はできた。
「藤堂! ……ぐお……」
北間が蟻――藤堂の名前を叫ぶと私達の後を追いかけようとしていたが割り込んだ石切さんの体当たりをまともに喰らって吹き飛び、タロウが追い打ちとばかりに口から火球を連続で吐き出していた。
……あちらは任せても良さそうね。
北間の相手は石切さんとタロウに任せて、前へ意識を向ける。
予算のかかってそうな内装の廊下を進み、突き当りにある大きな扉に衝突する形で蟻――藤堂が止まっていた。
その扉も藤堂が衝突した事で大きく歪んでおり、向こうに薄暗い通路が見える。
「……くそっ。 これ以上は通す訳には行かな――」
藤堂が私の後ろを見て言葉に詰まる。 こちらも遅れて気がついた。
咄嗟に横に避けて道を空ける。
一瞬後に丸まった石切さんが扉に向けて突っ込んだ。
藤堂もいきなり飛んで来た石切さんを受け止められず思わず躱してしまったので、扉に直撃。
完全に破壊して内部へと入って行った。
「ちょ! おい、待てって! それはないだろ!」
それを追ってあちこち焦げた北間が扉の向こうへと入る。
どうやら相手の攻撃を利用した石切さんが吹き飛んできた……のだろうか?
タロウも私達を無視して奥へ向かって行った。
「……マジかよ……くそっ!」
藤堂はそう呟くと慌てて追って行ってしまった。
気が付けば残ったのは私とアス君だけに。
「…………僕達も追っかけようか」
「……そうね」
やや出遅れて私達も奥へ、間を置かずに追いかけたのですぐに藤堂の背中が見えた。
薄暗い通路を進むと先で石切さんとタロウが北間を相手に戦っていた。
石切さんが体当たりで北間を吹き飛ばすと、タロウが盛大に炎を吐き出す。
狭い通路なので北間は躱せずにまともに浴びる。
「北間! 今――」
「こっちを無視しないでよ」
フォローに入ろうとした藤堂をアス君が魔法で妨害。
通路の床から柱がせり上がって藤堂を下から突き上げる。
「ぐ、くそ……」
「狭いから躱される心配がなくていいね。 石切さん、タロウ左右に避けて」
今度は巨大な柱を空中に生成。 射出。
タロウと石切さんは即座に左右に散る。
「ちょ、冗談だろ」
「北間、踏ん張れ! 防ぐぞ!」
「いや、これ無理じゃ――」
柱は二人を捉えて更に吹き飛ばす。
私達は追って奥へと進む。
二人は通路の出口まで吹き飛んで行ったようで、光が見えた。
抜けた先は広々とした庭園だったが、あちこちが燃え盛り酷い有様だ。
奥には巨大な屋敷。 その前には黒い鎖帷子を身に着けた者達と大柄な全身鎧の聖堂騎士。
ここに居ると言う事は恐らく異邦人だろう。
そしてそれと対峙している者が一人。
ムスリム霊山で恐ろしい強さを見せた元聖堂騎士――クリステラだ。
吹き飛んだ藤堂と北間は即座に下がって、仲間の異邦人と合流。
何事かを話していたが、距離があった為、聞き取れなかった。
どんな内容かは分からないけど、異邦人が怒りに身を震わせるとクリステラに武器を向けるのが見える。
「これ、どうしようか?」
「別に全部やっちまっても問題ないじゃねえか?」
アス君の呟きに答えたのは石切さんだが……。
「石切さんはあの時居なかったから知らないと思うけど、あのクリステラってお姉さん一対一でローとまともにやり合えるほど強いよ」
「……マジか?」
「マジマジ」
確かにクリステラは強敵だ。 少し戦っただけの私でも分かる。
以前身に着けていた防具は失ったようだけど、手強い事には違いない。
霊山で合流したローの装備の損壊具合を見れば彼が苦戦した事が良く分かる。
纏めて相手にするのは危険だ。
「なら、俺とタロウで足止めと道をこじ開ける。 夜ノ森とアスピザルで中に入って標的を捕まえてこい。 例の枢機卿とか言う奴は重要人物なんだろう? ならとっ捕まえて人質にすれば後はずらかるだけだから楽な物だ。 そこの女の目的も同じなら人質は効くんじゃねえのか?」
「分かった。 じゃあ石切さん、タロウ。 お願いしてもいい?」
石切さんは任せろとばかりに大きく頷き、タロウは小さく吼える。
「じゃあ決まりだね。 お互い頑張ろう」
アス君がそう言うと私達は一斉に行動を開始した。
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