第328話 「真聖」
ダーザインの乱入により、硬直した場で真っ先に動いたのはミナミ聖堂騎士だった。
彼女は怒りに任せた動きで長剣を私――クリステラに叩きつけて来る。
同時にダーザインの異邦人達も動き出す。
大柄な異邦人とさっき広場で見た少年が真っ直ぐに屋敷に向かい、残った背に甲殻の様な物を背負った者と首が二つある四つ足の魔物がトウドウ聖堂騎士達に襲いかかる。
……彼等の目的もあの屋敷か。
ダーザインが枢機卿に何をするかは不明だが、こちらの目的も同じである以上、奪われる訳には行かない。
「教団を裏切り、仲間を手にかける外道! 葛西君の仇は取らせて貰うぞ!」
何とか止めたい所だが、簡単に通してはくれないだろう。
視界の端で先行した二人が審問官達を蹴散らして屋敷に踏み込んでいる。
それを見て内心で焦りが生まれるが、怒り狂っている彼女を何とかしなければ……。
やる事は変わらないが、撃破は諦めて魔石を破壊して飛び道具を無力化した後に突破する。
「見よ! 我が真の正義の姿を!」
ミナミ聖堂騎士が叫ぶと同時にその肉体に変化が現れる。
軋むような音を立て、彼女の鎧が――いや、肉体が巨大化していく。
変化が済んだミナミ聖堂騎士の体は元の倍以上の大きさになっていた。
異邦人の肉体構造が普通の人と違うのは分かっていたが、ここまでの事が出来るのか。
鎧まで巨大化しているのはそう言う機能を盛り込まれている装備だからだろう。
大きさは倍以上、脅威度はさらに上がったとみていい。
さっきから脳裏で危険だという警鐘が鳴り響いている。
……来る。
ミナミ聖堂騎士の鎧の胸の部分が開き、中に巨大な光を放つ魔石。
不味い。 その光を認めたと同時に走る。
「『
一瞬、周囲から音が消えた。
その後、耳がおかしくなりそうな轟音。
彼女の胸から放出された光は肩から放たれたそれとは比較にならない物だった。
間に合わないと判断して咄嗟に身を投げ出す。
背に熱の感触。 この様子だと服が少し焦げたぐらいか。
地面を転がって即座に立ち上がる。
光は斜め上に向かって飛んでいたので天井の一部を貫通。
空いた穴から空が顔を覗かせていた。
……まともに貰ったら跡形も残らない。
次まで時間がある筈だ。 ここは間合いを詰めて一気に決める。
方向転換して真っ直ぐに突っ込む。
ミナミ聖堂騎士の胸部の魔石は光を失っていたが徐々に戻りつつあった。
「馬鹿め! 我が溢れる正義は無限!」
鎧全体が発光し、胸の光が即座に戻る。
これは――!?
「見たか! これこそこの状態の時のみ使える聖なる光! 『
……誘われた。 怒っていたのは演技……ではないが計算と半々といった所か。
「『
躱すのは無理。 ならば――。
発射直前に魔力を全力で注ぎ込んだ浄化の剣を投擲。
魔力を吸って発光した浄化の剣は狙いを過たず、胸部の魔石を捉える。
「な――」
浄化の剣が突き刺さり、魔石に放射状の亀裂が走る。
発射。
私を焼き尽くす筈の光は、亀裂のお陰で正しく機能せず、細い光の筋が周囲にまき散らされた。
それでも幾筋の細い光が私に襲いかかる。
なるべく身を低くしたが躱しきれずに私の体を射抜く。
咄嗟に腕を交差させて顔を庇ったお陰で即死は免れた。
腕に二本、脇腹に一本光が貫通し、他数本が体のあちこちを掠めた。
激痛が走るが意思で捻じ伏せてミナミ聖堂騎士の懐に入る。
目当ては彼女ではなくその腕だ。
長剣を振り上げようとした所を見計らって、剣の柄頭を蹴り上げる。
腕から長剣が抜けて宙に舞う。
私は彼女の僅かに曲がった膝を踏み台にして跳躍。
空中で長剣を掴んで着地。
流石に浄化の剣より重いが、振れない程じゃない。
魔力を全力で流し込んで刃を輝かせ体ごと回転させて一閃。
ミナミ聖堂騎士は舌打ちして腕で受けようとするが、それは読めていた。
動きが素直過ぎる。 狙いは関節。
全身鎧でどれだけ頑丈であろうとも関節は稼働させる必要がある為、他より脆い。
回転の勢いを乗せた一撃がミナミ聖堂騎士の肘に食い込む。
「……ぎっ!? きさ――」
硬い。 だが切断は可能だ。
魔力を更に流し込んでそのまま振り抜く。
長剣はミナミ聖堂騎士の肘から先を斬り飛ばす。
「があああああああ! 貴様ああああああ!」
傷口から血が噴出。
彼女は傷口を押さえながら蹴りを入れようとしてくるが反射的に放った物なので雑だ。
私は蹴り込んだ足を踏み台に跳躍。 空中で横回転。
剣を振るって残りの左肩の魔石を破壊。
当てた勢いを利用して離れ、着地。
ちらりとミナミ聖堂騎士の胸を一瞥。
刺さりっぱなしの浄化の剣は光を浴びたお陰で刃の部分は無事だったが柄などは溶けていた。
あれではもう使い物にならない。
私は回収を諦め長剣を持ったまま、背を向けて走る。
目的はあくまで屋敷だ。
彼女達はその目的の前に立ち塞がる障害物でしかない。
避けられるのなら避ける。
「……ま、待て!」
後ろで静止の声がして何かしようとした気配がしたが魔石を破壊した以上、彼女に飛び道具はない。
あったとしたら既に使っているからだ。
周囲を見るとトウドウ聖堂騎士が甲殻を背負った異邦人と戦っている最中で、もう一人が謎の魔物と死闘を繰り広げていた。
審問官達の姿は見えない。
恐らく屋敷に向かった者達を追ったのだろう。
開け放たれた扉から中へ入る。
中では審問官達の死体が散乱しており、激しい戦闘の爪痕があちこちに残され、豪華絢爛であったであろう内装は破壊しつくされ、無残な姿となっていた。
向かうべき所は分かる。 奥から聞こえる戦闘の音が移動しているからだ。
先に侵入を果たした者達の仕業だろう。
移動に迷いがない。 これは目標を捉えたと考えるべきだ。
なら、追えばそこが枢機卿の居場所だろう。
私は正面にある破壊された扉を通って奥へと進む。
廊下は破壊の痕と死体だらけだ。
追って行った者達に加えてここの守護に付いていた者達か。
それが道標のように続いているのでどこに行けばいいのか簡単に分かる。
枢機卿。 滅多な事では顔を出さないこの教団の頂点。
その意志は幹部を通して教団全体に伝えられる。
実際、聖堂騎士と言う肩書を持っていた私もその姿を見た事はなかった。
今までは疑問にすら思わなかったが、代表が表に出てこないというのは異常と言って良いだろう。
姿を見せない理由も主の声を聞く為とあやふやな物で、今まで何を考えて従っていたのかと首を傾げたくなる。
……それにしても……。
この通路は何だ?
全体的に一色に統一された石造りで、廊下と言うよりはもっと別の――。
思考が形を成す前に終わりが見えた。
いつの間にか戦闘の音も止んでいる。
開け放たれた扉を抜けるとそこは聖堂だった。
外にある大聖堂と比較しても内装に力を入れているのが明瞭な作りである事が分かる。
全てが白一色に染まった荘厳とも言える造り。
椅子などがないので実際以上に広く見える。
最奥には巨大な教団を象徴する羽の生えた柱。
――そして。
先に侵入した二人とそれに対峙する形で柱の前に佇む真っ白な法衣を身に着けた者が一人。
役職を考えるのならもっと年配かとも思ったが、その顔つきは幼さすら感じさせられる少女だった。
彼女はその表情に微笑みを湛えて私と他の二人を見やる。
確かに上位者としての風格を感じさせる立ち姿だ。
彼女は私達を順に見ると小さく微笑んだ。
「ようこそ。 真の大聖堂へ」
彼女はそう言うと表情を変えぬまま両の腕を広げた。
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