第326話 「不通」

 街は混沌に包まれていた。 怒号、悲鳴、そして魔物の咆哮。

 あちこちで戦闘とその余波による建物の損壊。

 それにより発生した火災による煙が幾条も立ち昇っているのが見えた。


 その中を私――夜ノ森 梓は走っている。

 後ろには石切さんとタロウが続く。


 石切さんは隠す必要がないので堂々と姿を晒している。

 周囲は悲鳴と戦闘や破壊の音が鳴り響く。

 中には建物が倒壊したと思われる物まで含まれており、街の被害状況が分かる。


 ……酷い。


 渦中にいる自分にこんな事を考える資格はないが、どうしても苦い思いが胸中に満ちる。

 アス君には騒ぎの制御を頼まれてはいたが、この状況でそんな事をする必要があるとは思えない。

 その為、石切さん達を引き連れて城塞聖堂へと向かっていた。


 街で情報収集している部下からの連絡では異邦人らしき者が見当たらない。 居たとしたらこの騒ぎに引っ張られて出て来るからだ。

 見落としはない。 つまり、彼等は全員あそこか王城に詰めていると言う事だ。

 流石にアス君だけでは不味いと判断した私はこうして急いでいたのだけれど……。


 「すっげぇ事になってんなぁ! ローといると色々刺激的なモン見られるとは思っていたがこいつは極め付けだ!」


 後ろの石切さんはやや興奮気味にそう言っていたが、とてもではないが同意できる物ではなかった。

 比較的近い位置に石切さん達を隠していたお陰で思ったよりも早く合流できたので、そろそろ城塞聖堂が見えて来る。


 上がっていた跳ね橋は下がっており、中では潜入していた部下達が陽動を行っている最中だった。

 橋を越えたと同時に石切さんが体を丸めて近くの聖殿騎士に体当たりを仕掛ける。

 私も同様に手近な敵を殴り倒す。


 「アス君は中?」

 

 戦っていた部下に声をかけると、もう聖堂内に侵入済みらしい。

 ただ、異邦人の姿がここでも見えない以上は内部で交戦中の可能性が高い。


 そうなるとアス君の相手は複数の異邦人。

 私はその場を部下に任せて聖堂内へ向かう。

 中に入ってすぐに奥から衝撃音が響く。 明らかに戦闘中だ。


 「派手にやってんなぁ」

 「他人事みたいにいわないで! これだけ派手にやっているって事はアス君が苦戦しているってことでしょう?」


 いつの間にか隣を走っていた石切さんを窘める。

 タロウは後ろで静かについて来ていた。


 戦闘音は近づくにつれて大きくなる。

 アス君は忍び込んだはずだ。 なら音を消すぐらいの隠蔽は行う。

 それをやらないと言う事は完全に発見されて隠れる意味がなくなったからだ。


 音源にはすぐに辿り着く。 そこではアス君が異邦人らしい聖堂騎士と戦っている途中だった。 


 アス君が魔法で石でできた槍を大量に生成して撃ち出す。

 対する異邦人は長柄のハンマーを一振りするとその全てが空中で砕け散る。

 異邦人は通路の入口に陣取り、通すまいとしているのが見て取れた。


 「あれ? 梓? 石切さんにタロウも? どうしたの?」

 

 気付いたアス君がこちらを振り返る。

 石切さんとタロウが即座に前にでて相手を牽制。

 私はアス君の隣に付く。

 

 「外は?」

 「凄い騒ぎよ。 私達が煽る必要がない位にね」

 「……そっか。 助かるよ。 彼、結構手強くて」

 

 改めて正面の異邦人に視線を向ける。

 かなり大柄だ。 体格的には私と同等かやや小さいぐらいか。

 手には長柄のハンマー。 恐らく何らかの特殊能力を備えた武具だろう。


 「くっ! 増援か! あんた達も異邦人なんだろう? 何でこんな事に手を貸す!? 異世界だからってこんな事をして、許される訳がないだろう!」


 ……?


 思わず首を傾げる。

 彼は何を言っているのだろうか? 少し考えたが、遅れて理解が広がる。

 確かに言っている事は真っ当だ。  


 だけど、この世界では全くと言って良い程通用しない理屈でもある。

 

 「……何言ってんだこいつ?」


 石切さんも似たような印象を抱いたのか声には困惑が乗っている。


 「二人とも、無理に理解しようとしない方がいいよ。 さっきからこんな調子で日本での常識を垂れ流しててね。 悪いけどお話にならないよ」

 「話にならないって何だ! 俺は人として当然の事を言っているだけだろう! 何でそれが分からない? お前達のやっている行為は立派なテロだ! 何かしらの目的があるのは分かる! だが、もっと穏便な方法がある筈だ! 人を傷つける手段は間違っている!」


 無意識に拳を握る。

 こいつは何を勝手な事を無責任に垂れ流しているんだろう。

 私達が好きでこんな事をやっているとでも?


 少なくとも私達は必要だからこそ行動しているのであって殺しがやりたくてやっている訳じゃない。

 そもそも、そんな綺麗事だけでやっていける程、この世界は甘くない。

 ダーザインもそうだったけど、グノーシスも私達転生者を利用しようとしているのが透けて見える。


 そっちこそいいように使われていると言う事が理解できないの?

 

 「なんつーか。 気楽にやってたんだなぁ……」

 「石切さんもそう思う?」

 「あぁ、来たばかりの頃なら似たような事言ってても多少は受け入れられたかもしれねぇが、今はとてもじゃないが無理だな」

 「だよねぇ……。 普通に過ごしてたら間違ってもあんな言葉、出てこないよ」


 私も内心で同意する。

 この世界に私達のような異形の居場所はそう多くない。

 今の居場所を手に入れる為に払った労力と犠牲を考えれば、そんな上っ面だけの正論は出てこない筈だ。

 

 聞けば聞く程、目の前の男の言葉が薄っぺらく聞こえる。

 

 「それはこっちのセリフだ! 話は聞いているぞ! その力で好き放題やっているってな! 力があるからって何をやってもいいと言う事にはならない! どうしてそれが分からない!? まだ遅くない、あんた達もこっちに来い! グノーシスや国の上層部が俺達に力を貸してくれている。 そう遠くない内に元の世界へ帰る手段も――」


 我慢の限界だった。

 気が付けば私は目の前の異邦人を殴り飛ばしていた。

 

 「ぐ……何を――」

 「いい加減にしてくれない? さっきから随分と好き放題言っているけど、あなたは外の事をどれだけ知っているっていうの?」

 

 思わず声に怒気が含まれる。

 後ろで、アス君と石切さんが「あ、梓が怒った」「お前が先にキレるのかよ」と言っていたが耳に入らない。


 「知っている! グノーシスが協力する事によって秩序と平和を――」

 

 もう一度殴る。

 ハンマーで受け止められるが同時に蹴りを放つ。

 後ろに下がって躱される。


 「それはあなたの目で見たの?」

 「い、いや、見てはいないが、皆がそう教えてくれた!」

 

 異邦人はややつっかえながら言い返す。 それを聞いて更に不快感がヘドロのように堆積。

 何なのこいつは? 見ても居ない、人に聞いた話だけでここまで言い切る。

 知りもしないくせに自分の意見を押し付けるその物言いには苛立ちを通り越して不快感しか感じない。


 「梓。 さっきも言ったけどその人とは話にならないから、さっさと仕留めて先を急ぐよ。 先客が居るからあんまり余裕がないんだ」

 「先客?」

 「ほら、霊山にいたクリステラってお姉さん。 すごい剣幕で戦いながら先へ行ったから今頃、奥まで行ってるんじゃないかな?」


 あの凄まじい強さの聖堂騎士?

 そう言えばゲリーベで仲間割れしていたと聞いていたけど何か関係が?

 今一つ事情が分からないけど、奥へ向かったと言う事は狙いは同じと考えるべきか。


 「無駄だ! 葛西は強い。 今頃、彼女を取り押さえている!」


 言いながら異邦人は武器を構えた。


 「残念だ。 どうやら俺の話を聞いてはくれないみたいだしな。 あんた等を取り押さえる!」


 私達も同時に身構えた。

 こっちはタロウも合わせて四人。 装備の差はあっても問題なくやれる。

 向こうもそれは察しているのか、やや及び腰だ。


 それでも退く気は無いようだけど…。

 

 「待てい!」


 動こうという私達の出鼻を挫くように声が響く。

 同時に左側の通路から何かが飛び込んで来た。

 それは即座に広場を駆け抜け異邦人の隣に付く。


 「北間きたま! 来てくれたのか!」

 「おうよ! 随分と危ない所だったようだな相棒!」

 

 名前から察するにこっちも異邦人か。


 「……見た所、俺らの同類っぽいな。 同郷同士ここは穏便に引いてはくれないか?」

 「そこを素直にどいてくれれば僕達はそっちに危害は加えないけど?」

 「目的は?」

 「君達じゃないとだけ言っておこうかな?」


 アス君がそう言うと北間と呼ばれた男は鎧の手首の部分から棒のような物を引き出す。

 棒は即座に警棒のように伸縮する仕組みのようで、二メートル近くまでその長さを伸ばすと先端部分から湾曲した刃が現れる。


 どうやら彼の武器は大鎌のようだ。


 「……それは戦うって意思表示でいいのかな?」

 「あぁ、あんた等の目的が奥にあると分かったんでな。 ここの偉いさんには世話になってる。 あの人らに何かしようって言うのなら流石に黙ってられんな。 ま、渡世の義理ってやつだ」

 「そうなんだ。 じゃあ始めようか」


 アス君がそう言うと同時にその場の全員が動き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る