第317話 「優先」

 ……あぁ、逃げ出してぇ……。


 俺――エルマンは胃痛を魔法で押さえつけながら移動していた。

 降臨祭当日。

 向かう先はグノーシスの大聖堂で開会の挨拶の際に混乱が起きないようにする為に指定された持ち場だ。


 要は警備だな。

 まぁ、急な日程の前倒しのお陰で人手不足だ。

 謹慎中の俺まで駆り出されている時点で忙しさは推して知るべしといった所か。


 面倒とは思うが却って好都合だった。

 あれから俺なりに真剣にクリステラの案を検討したが、どう動くにしても枢機卿を押さえる必要がある。

 その為には城塞聖堂へ踏み込むのは必須だ。


 念の為、散歩にかこつけて下見を行ったが、あれは無理だなと考えるまでもなく結論が出た。

 水堀に侵入者を感知する魔法道具が唸る程配置されている。

 恐らく水堀に入ったと同時に向こうに知らせが行く仕掛けだろう。


 覗き込んだ水底に何かの影が見えた所を見ると、これは見つかるだけじゃ済まないな。

 警備の人員なのかこれ見よがしに歩き回っている奴も多く、脳裏に難攻不落と言う単語が過ぎる。


 いつもこんな調子なのかと気になって、跳ね橋の操作を行っている小屋に差し入れを持って訪ね、話を聞いたが常にこの有様だそうだ。

 橋も通行時のみ降りるので、平時に入りたければ入れる奴に入れて貰う必要がある。


 ……それ以外なら強行突破しかないな。


 論外だ。 俺に自殺願望はない。

 結局、降臨祭を待つしかないだろうという結論に至るまでそう時間はかからなかった。

 祭りの際は例外的にあそこに入る事が出来る。


 幸いにも時期は近いのでそれまでに計画を練ればいいと楽観していた矢先にこれだ。

 祭りの前倒し。

 そのお陰で色々と急がなければならなくなった。


 狙い澄ましたかのようにこの展開だ。

 理由も教団と国の予定の調整がどうのとかはっきりしない。

 どうも作為を感じるな。


 これはあれか? もしかしなくても反乱分子の釣りだしとかそんな感じなのかね?

 誘われている感じなのかねこれは。

 そうなるとこっちの動きが掴まれている?

 

 だとしたら迂闊に動くよりは高飛びの準備をした方が良いかもしれん。

 いっそ適当に動きを撹乱した後、国外に逃げるか?

 国境まで逃げ切る自信はあるが、問題はその後だ。


 ウルスラグナの国土外――南に広がっているのは魔物の領域で、抜けるのは一筋縄ではいかない。

 仮に成功したとしてどうなる?

 枢機卿が主導で色々とやらかしているんだ。

 

 揉み消されるか尻尾切りされて別の奴が来るだけじゃないのか?

 クリステラは行けると踏んでいるようだが、徒労に終わる可能性も考慮に入れた方がいいだろう。

 

 「……はぁ」


 溜息が漏れる。

 仮に罠だったとしてもやらないという選択肢はない。

 結局の所、行くしかないのだ。


 痛みっぱなしの胃を魔法で宥めた後、俺は所定の位置に付く。

 もう少しで開催の挨拶が始まる。

 予定としては終了後、自由時間が出来るので休憩にかこつけてその場を離れ、祭りの参加者に紛れたクリステラと合流、巡礼者に紛れて城塞聖堂へと侵入。


 ……と言った感じか。


 中の詳しい構造が不明な以上、それぐらいまでしか予定に組み込めない。

 何とも行き当たりばったりな作戦だ。

 内部で何とか枢機卿を見つけて捕縛、知っている事を吐かせた後に民衆の前で自白を促すと。


 まぁ、クリステラお嬢さんはそう考えているが、最悪の場合は薬でも何でも使って無理に引き出した方がいいかもしれんな。

 幸か不幸かその手の手法にはいくつか心当たりがある。


 こっちも立場と生活がかかっているからな。 手段を選んでいられない。

 仮に知らなかったとしても自白して貰おう。

 どうせ事実だし、問題はない。


 ……後は理由を付けて後始末・・・をすればいい。


 「あー……いやだいやだ」


 思わず独り言ちる。

 言っても仕方ないが、俺の不幸が本格的に始まったのはオラトリアムに行ってからだ。

 やっぱりあそこは呪われているんだろかねぇ……。


 あそこに踏み込んでからどうもツキに見放されたような気すらする。

 

 ……考えても仕方がないか。


 思考を切り替えて、意識を目の前の光景に移す。

 視線の先では挨拶が始まったのが見えた。 

 いよいよか。


 降臨祭。 この国の建国にも纏わる由緒正しい祭りらしいが……。

 色々と後ろ暗い話を聞いてしまった後なので、建国にも何か裏があるんじゃないかと邪推してしまう。

 小さく息を吐く。


 邪推じゃないのかもしれんな。

 何だかんだいっても人間って生き物は自分の都合で生きている。 

 結局の所、この国の建国も人々の安寧だのなんだのと大層なお題目はあったが、誰かの欲望の結果なのだろう。


 それが具体的に何だと聞かれれば俺にはさっぱり分からんし分かりたいとも思わない。

 

 ……霊知、か。


 グノーシスの教義だ。

 色々知った後では聞こえは良いがこいつも結局――。

 

 「……何?」


 ――不意に起こった光景に目を見開く。

 正直、ぼんやりとしか聞いていなかった挨拶の口上を垂れ流していた王国側の代表の頭がいきなり弾けたのだ。


 予想外の展開に俺は思わず目を見開く。 

 周囲にいた民衆もさっきまで喋っていた教団側の人間も一同に口を噤む。

 異常なほどの静寂が場に満ちる。


 数瞬の時を経て、我に返った者が悲鳴を上げた。

 後は大混乱だ。

 俺は混乱を収めようと指示を出しかけ――。


 街のあちこちで轟音。

 

 ……くそっ! 今度は何だ?


 音の感触からして建物が破壊された感じだな。

 次いで魔物の物と思われる咆哮、悲鳴。

 ついさっきの光景で起こった混乱が加速する。


 「おいおいおいおい、これは――また・・なのか」


 差異こそあれど、ウィリードの時と雰囲気が似ている。

 また、アレが起こるのか?

 背から嫌な汗が流れる。


 スタニスラスや死んだ部下、見殺しにしたサリサの顔が脳裏に過ぎった。

 俺は意識して呼吸を整え、やるべき事を整理する。

 まずは他部署に連絡して情報の収集に努めた。


 他も相当混乱しているのか要領を得ない話も多かったが、分かった事は街のあちこちでいきなり魔物の群れが現れて住民を殺しまくっていると言う事だ。

 居合わせた冒険者や巡回中の騎士や聖騎士達が応戦しているが、完全に奇襲を喰らった形になっており、立て直しに少しかかりそうだ。


 さっきの頭を砕かれた代表の事を考えると、騒ぎの発端は王城か。

 俺は舌打ちして考える。

 どうする? 恐らく祭りを前倒しにしたのはこれを見越しての事だろう。


 恐らく王城は固めてあると考えるべきだ。

 この騒ぎも俺の予想より早く鎮圧されると見ていい。

 だが、これは俺達の動向が掴まれていないという事だろう。


 ……行くべきか、引くべきか。


 今なら死を偽装して逃げる事も可能だ。

 後はよその国で名前を変えて生きて行けばいい。

 正直、この地位に居る事にも飽き飽きしていたしある意味では好都合だ。


 「……ここでそうできればどれだけ楽か……」


 自嘲して通信用の魔石を取り出す。

 相手はクリステラだ。


 ――俺だ。 お嬢さん聞こえるか?


 ――はい。 エルマン聖堂騎士。 この騒ぎは一体……。


 返事はすぐだった。

 恐らく向こうもこっちに連絡するつもりだったんだろう。


 ――俺にも正直分からん。 ただ、国側の代表の頭が砕けたのが見えた所を見ると、騒ぎの発端は王城だろう。 後、未確認だが街のあちこちで魔物が暴れているといった情報も入っている。


 そこまで言って少し嫌な予感がした。

 まさかとは思うがこのお嬢さん、民を救う為に自分達も戦おうなんて血迷った事を言い出したりしないだろうなと。


 ……言い出しかねんな。


 さて、どう宥めた物かと思っていたが、返事は意外な物だった。


 ――これは好機では?

 

 ――……そう思うか?


 その反応に内心で少し驚いたがそれを表に出さず続ける。


 ――はい。 この騒ぎに乗じるべきかと。


 しばらく見ない内に随分と人間らしくなったじゃないか。

 正直、信仰に操られてるんじゃないかと思っていた時期もあったのでこの変化は個人的に悪くないと思った。

 連れてた娘の影響か? 何にせよ、いい傾向だと感心する。


 少なくとも自分にとっての優先順位を決められるのなら信用はできるし、なによりやりやすい。


 ――分かった。 鎮圧される前に城塞聖堂に踏み込む。 近くで合流しよう。


 俺は細かい合流場所を指定した後、会話を終了させて魔石を懐に戻す。

 時間はそう多くない。

 急ぐとしよう。


 俺は早足にその場を後にした。

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