第318話 「扮装」
走り回る群衆を縫うように走り、私――クリステラは目的地を目指す。
人々は恐怖と動揺に我を忘れている。
その証拠に全員が何処に逃げればいいのか分からず散り散りとなっていた。
行動に明確な目的はなく、ただただ目の前の惨事から逃れたい。
それのみが彼等を突き動かす。
正直、助けたい気持ちはある。
騒ぎを収め、動きを導けばそれが出さなくていい死者を減らす事にも繋がるだろう。
だけど――。
――クリステラさま。
イヴォンの顔が脳裏を過ぎる。
私は決めた。 彼女を助けると。
ここの人々は私でなくても救う事が出来るだろう。
だが、イヴォンの味方は私だけだ。
あの燃えるゲリーべで私は悟った。
全てを救う事は不可能だと。 だからこそ、私は選ばなければならない。
主の御心ではなく自分の意志で。
誰を救い、誰を救わないかを。
私はイヴォンを救い、それ以外を救わない。
その葛藤は私の中ではもう終わっている。
だから、私は迷わずに真っ直ぐに向かう。
転倒して踏みつけられた人を努めて見ないようにしながら。
ある程度進むと人の流れが一定になる。
ここまで来ると逃げる場所を定めた者ばかりなのだろう。
向かう先は当然――。
人の流れに乗って進むと目的地である城塞聖堂が見えて来た。
跳ね橋は降りており、続々と人が流れ込んでいる。
私もそれに紛れて中へ向かう。
エルマン聖堂騎士を待ちたい所だが、この様子では合流は難しい。
目的がはっきりしている以上、どこかで会えるだろう。
私は私で動くだけだ。
避難誘導を行っている聖騎士達を尻目に橋を渡って水堀を越える。
中は人で溢れ返っていたが、その荘厳な作りの建物は今まで見た教団の建築物の中でも五指に入るだろう。
流石に中に入れる訳には行かないのか避難して来た人達は外に集まっている。
周囲を確認。
聖騎士は避難民への案内などで動き回っているが、聖殿騎士は動かずに避難民達へ視線を注いでいた。
加えて取り囲むような布陣、明らかに避難以外の目的で来た者を警戒している。
当然の備えだろう。
……どう動くべきか。
強行突破は論外だ。
枢機卿の居場所が不明な以上、下手に騒ぎを起こすと身を隠されかねない。
何とか脆そうな個所を――。
「待て」
不意に後ろから声がかかる。
振り返ろうとするが肩を掴まれて止められた。
「俺だ。 注目されたくないから大きな動きはするなよ? ……ったく探させやがって……」
その声を聞いて力を抜く。 エルマン聖堂騎士だ。
合流できた事にほっと胸を撫で下ろす。
「取りあえず橋は越えられたな。 問題はここをどう抜けるかだが……」
「何か考えが?」
後ろでエルマン聖堂騎士が周囲を小さく見回す気配がした。
「考えって程の物じゃないが、ここは様子を見た方がいい」
様子を見る? 隙を窺うと言う事なのだろうか?
そんな悠長にしてこの騒ぎが収束すれば標的を捕らえる機を逸してしまうのでは?
「焦るのは分かるが 、恐らく外の騒ぎはそう簡単に鎮圧されないと睨んでいる。 この手口、恐らくだがムスリム霊山の時と同じ連中の仕業だ」
それを聞いて背筋に嫌な汗が流れる。
つまりこの騒動はダーザインの仕業?
言われてみれば確かにあの時と雰囲気が同じだ。
「未確認の魔物による強襲。 出現位置も王都の全域と不自然なばらつき。 霊山の時は最終的に拠点の殲滅が目的だと俺とスタニスラスは睨んでいたが、結局その目的の裏にあった意図までは読み切れなかったがな」
後半には自嘲が混ざっていたがエルマン聖堂騎士は続ける。
「今回も無秩序に暴れているように見えるが、恐らくあれは陽動で何か本命の目的がある筈だ。 ……で、俺はここに来るまでに考えたんだが、連中――まぁ、本当にダーザインかは怪しいが、仮にダーザインとしておこう。 その目的は何だと?」
ダーザインではない?
エルマン聖堂騎士の言葉に内心で僅かに首を傾げるが、今は脇に置いて聞きに徹する。
「最近、立て続けにグノーシスの大拠点が襲われている事と関連付けるなら狙いはここじゃないかと踏んでいる」
「……つまり、目的はここだと?」
「あぁ、待ってれば連中の本命がここを襲いに来ると俺は考えている。 連中の恐ろしさはお前も良く分かっているだろう?」
「……えぇ」
私は同意するように頷く。
あの異形。 あれと同等の存在が複数いるとは考え難いが、間違いなく幾名かの異邦人を抱えている。
確かにそんな戦力がここを襲撃すれば、他に構っていられなくなるのは間違いないが……。
「そうなればここの連中は防衛戦力の大半を吐き出さざるを得ん。 俺達はその混乱に乗じて中へ入ればいい」
「そう上手く行きますか?」
「……ま、何事も都合よくはいかんだろうな。 どちらにせよ、闇雲に突っ込んでも駄目なのはお嬢さんが一番良く分かっているだろう?」
その通りだ。
私達は失敗する訳には行かない。
可能な限り確実な手を打つべきだ。
意識を周囲に向ける。
遠くから叫びや悲鳴、金属を打ち付ける音が風に乗って耳に入って来た。
音は明らかに街の全域から響いている。 やはり襲撃者の狙いは戦力の分散で間違いはないだろう。
仮に狙いはここだとして、最終的な目的は何だ?
以前の襲撃に関しても確かに腑に落ちない点が多い。
ウィリードも拠点の襲撃と物資の略奪、ゲリーべに至っては結果的にではあるが街が一つ焼失した。
前者は略奪とグノーシスの戦力を削ぐ事が目当てとも取れなくもないが、わざわざウィリードを襲うのだろうか? 戦力が集中しているのが分かり切っているにも拘らず?
私が逆の立場ならあんな危険な場所は襲わず、常駐戦力が少ない所を狙う。
ゲリーべに至っては更に妙だ。
あんな戦略的価値の低い拠点を襲う理由はやはり修道女サブリナの行っていた実験関係だろう。
だが、組織の内部に居る筈の私が知らなかった人体実験について知り得た上に、襲撃をかける?
考えれば考えるほど不自然な点が目立つ。
表面上の動きとは別に何か目的があるのではないのか?
そんな考えが浮かぶが、今の私の知識や情報では想像もつかない。
エルマン聖堂騎士はその辺りどう考えているのだろうか?
「エル――」
「おい! どうなってるんだ!」
「状況は分からないの!?」
「何が起こっているのか説明してくれよ!」
声をかけようとした私を遮るように怒鳴り声が響き、周囲の注目が集まる。
視線を向けると、聖殿騎士に避難して来た人が詰め寄っているのが見えた。
不安の捌け口を求めてと言う事だろうか、その表情には――いや、あれは…。
全員ではないが、一部の人間の動きがおかしい。
明らかに詰め寄り方が不自然だ。
「嬢ちゃんは裏から回れ。 俺は手配されていないから適当に理由をつけて正面から入る」
エルマン聖堂騎士が囁くと同時に悲鳴が上がる。
詰め寄っていた者が隠し持っていた短剣で聖殿騎士の喉を抉ったからだ。
「な!?」
「貴様等何をする!」
同時にあちこちで何人かが一斉に動き、聖殿騎士達に襲いかかり始めた。
当然ながら聖殿騎士達も想定していたのか立て直しは早く、即座に応戦に入る。
視界の端で襲撃者の一人が斬られ、倒れたと同時にその体が爆散。
黒い霧のような物を周囲にまき散らして消滅する。
……ダーザイン。
その死に方には見覚えがあった。
やはりダーザインだったのか。
「敵! ダーザイン。 仕留めたら即座に離れろ! 巻き込まれるぞ!」
「同時に民の避難を!」
聖殿騎士達は聖騎士達にそう指示を出しながら動く。
だが――。
誘導しようとした聖騎士が後ろから斬られていた。
動いていない人達の中に混ざっていたのだろう、構成員に不意打ちを喰らっているのが見える。
「上手い手だ。 例の黒ローブじゃないから見分けがつかんし、全員を動かしていないから避難して来た連中は聖騎士達にとって見分けがつかん潜在的な脅威と言う事になる。 さて、標的を見つけたら連絡を頼む」
後ろで動く気配。
振り返ると外套で身を包んでいたエルマン聖堂騎士はそれを脱ぎ捨てて、建物へと向かって行くのが見えた。
……どうかご無事で。
私は内心でそう呟いた後、騒ぎに乗じて動き出した。
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