第316話 「開催」

 降臨祭。

 国とグノーシスが主導で行う祭りで、必要な資金もこの両方が折半と言う形で出している。

 内容は誘致した商人達による様々な出店や屋台、聖騎士や騎士達の行進に普段は入れないような施設の見学など、この日にしかできない事や入れない場所があるので人気は高い。


 出店の商品も料金の一部を主催者が負担する形になっているので数割引きで購入できるという旨みもあるので冒険者達も多く参加した。

 彼等は普段なら手が出ない高額な商品を安価で手に入れようと我先にと祭りに加わる。


 当然ながら元々、王都に店を出している人々もその恩恵を得る事が出来、売り上げを申請すれば割引した分の差額が主催側から支払われるのでここぞとばかりに店を広げて在庫を放出しようとしていた。

 売る側に取っても買う側に取ってもこの祭りは外せない行事と言う訳だ。


 開始は朝に王城とグノーシスの教会の両方で行われ、それぞれの責任者が開会の挨拶を始めてからの開始となる。

 挨拶の内容は事前に台本を作っているのでそう変わらない。


 単に話す人間が違うだけなので、グノーシスに傾倒している者は教会へ。

 それ以外は王城へとそれぞれ集まり開始の言葉を聞こうとしている。

 時間が訪れ挨拶が始まった。


 

 

 『皆さん! 今年も無事この日を迎えられた事を――』


 場所はグノーシスの大聖堂。

 普段は信徒や関係者以外は入れないが、今日に限っては一般開放されている。

 中には集まった人が入りきらないので建物の外で挨拶を行うようだ。


 それを少し離れた所から私――夜ノ森 梓は眺めていた。

 隣にはアス君。 石切さんとタロウは近場に設置した木箱に隠れて貰っている。

 事が始まれば動いて貰う予定だ。


 「始まっちゃったけどこれからどう動くの?」


 前日に簡単な動きを話はしたが細かいタイミングはアス君から指示を出すとしか聞いていない。

 流石に少し焦れて来たので思わず聞く。


 「うん。 一応、昨日の内にローと連絡は取っておいたよ。 やっぱり王城を攻めるってさ」


 アス君は視線を前を向けたまま答える。


 「一人で?」

 「そう聞いているけど、どうなんだろうね? こっちがグノーシスを攻めるって話をしたらよろしくって言ってたよ」

 「なら完全に別で攻めるって事?」


 私がそう言うとアス君は小さく首を振る。


 「いや、そうじゃない。 向こうで騒ぎを起こすからそれに便乗しろって」

  

 騒ぎ。

 ローが騒ぎを起こすと聞くと嫌な予感しかしない。

 ウィリードやシジーロ、ゲリーべであの男がやった事を思い出す。

 

 どう考えても酷い事になるとしか思えない。

 必要であれば私自身も巻き添えが出る事を覚悟してやるが、あの男の場合はその手の配慮を一切しないので、相当数の犠牲者が出ると考えた方が良いのかもしれない。


 「……騒ぎって何をするつもりなの?」

 「流石にそこまでは教えてくれなかったよ。 まぁ、正直な所、かなり嫌な予感はしているけどね」

 「アス君はどう思う?」


 正直、落ち着かないし話題もないのでもう少しアス君の意見を聞いてみたいので質問を続けた。

 アス君は少し考えるように俯く。


 「そうだね。 今までのやり方とローの性格を考えれば――派手にやるんじゃないかな?」

 「……でしょうね」


 拠点丸ごと壊滅させたウィリード。

 一般市民を巻き添えにするのを躊躇しなかったシジーロ。

 街を一つ丸焼けにしたゲリーべ。


 今までの被害規模を考えると……。


 「彼って普段冷静な割には加減って物を知らないから、ゲリーべの時みたいに派手に騒ぎを起こすか、ウィリードの時みたいに魔物の群れを嗾けるか、かな?」

 「……魔物の群れは流石にないんじゃない? どうやって街に入れるのよ?」

 「いや、その辺は見当もつかないんだけど、なんと言うかローならしれっとやりそうだなって思って……」

 「そ、そうね」


 そう言われると本当にやりそうだ。

 

 「一応、アメリアの始末に関しては念を押しておいたから大丈夫だとは思うけど、心配だからなるべく早く片付けて僕達も王城へ向かうよ」

 「えぇ。 後は予定通りでいいのよね?」

 「うん。 配置しておいた手勢を率いて城塞聖堂へ行って枢機卿を押さえるよ。 事が済めば後はローと一緒に拷問にでもかけて色々確約させた後、誓約で縛ればいい」


 アス君はそう言うと小さく嘆息して「まぁ、懸念はあるけどね」と付け加える。


 「一応、目下最大の脅威である聖堂騎士の配置は可能な限り調べたけど、はっきり言って今の戦力じゃ正面から行くのは厳しい。 戦闘向きの幹部がほとんど死んじゃった上に組織の立て直しを頼む必要もあったしで、一人も連れて来れなかったからね」


 裏切りの心配はないが、配下の動揺の抑えやシジーロの件をある程度は周知する必要もある。

 その為、ジェルチ達生き残った幹部はそちらに回しており、連れて来れなかった。

 こちらの手勢は私とアス君、石切さんにこの周囲に詰めていた配下が二百弱。


 これが私達ダーザインの用意できた戦力の全てだ。

 出来れば倍の数か転生者が後二、三人は欲しい所だったけど……。

 言っても仕方がないとは思うけど、ここに来て大原田さんや宇田津君が生きていればと思ってしまう。


 視線を前に向ける。

 用意された壇上で教会の神父が演説じみた挨拶を続けていた。

 その隣では半透明な姿をした身分の高そうな人物が同じ事を話している。


 あれは魔法道具で用意された映像で、王城で話している人物をリアルタイムで映しているらしい。

 王城の方にも似たような装置を設置しており、向こうには同様にこちらの映像が出ている。

 

 「取りあえず、いつでも動けるように心構えはしておいて。 さっきも言ったけど正面からは厳しいというか無理だ。 速攻で目標を達成するよ」


 私は大きく頷く。

 足の遅い私と石切さんは派手に暴れて注意を引くのが役目だ。

 その隙にアス君が足に自信のある手勢を率いて城塞聖堂へ踏み込む手筈になっている。


 正直、分の悪い賭けとしか言いようがない作戦だ。

 聖堂騎士の配置は大雑把だが分かった。

 だけど、厄介な異邦人の所在が全く掴めなかったのだ。


 恐らく、この王都に居る異邦人は全員城塞聖堂の中に居る可能性が高い。

 城に詰めているかもしれないが楽観は禁物だろう。

 せめて一人か二人でも向こうに居てくれたら成功率が大きく上がる。


 そうなるとローの負担が増えるなんて事は考えない。

 あの男ならどんな状況でもしぶとく――いや、涼しい顔で返り討ちにしそうだ。

 だからこそ、こんな無責任な事を考えられるのだけど…。


 そんな事を考えていると、不意に浮上するのはローの起こす騒ぎについてだ。

 一体何をするのだろう……。

 分かり易い騒ぎをと言う事だけ――。


 ――それは本当に不意打ちのように起こった。


 壇上で色々と話していた王城側の挨拶役の頭が砕け散る。

 砕けた頭部の破片が周囲に散らばるが、映像なのでこちらに被害はない。

 だが――。


 その光景を見た全員が動きを止め周囲に一瞬の静寂。

 

 ――そして。


 誰かが悲鳴を上げた。

 後はパニックだ。 動揺が波紋のように広がり全員が逃れようと意味も分からずに動き出す。

 場に混乱が満ちたと同時に街のあちこちで爆発と物や建物が壊れる破砕音。


 更に少し遅れて魔物の物と思われる咆哮が多数響き渡る。

 次いで街中から悲鳴や怒号が木霊のようにあちこちから響く。


 「適当に挙げたつもりだったのに全部当たってるとは思わなかったよ」


 アス君はやや引き攣った笑みを浮かべると、私に向かって小さく頷く。


 「じゃあ僕は予定通り、部下を連れて行ってくる。 この様子じゃ陽動は要らないかもしれないけど、石切さんと協力して騒ぎを煽らなくてもいいけど鎮めさせないようにだけ気を付けて」

 「分かった。 アス君、気を付けてね」

 「うん。 梓もね」


 アス君は小さく笑みを浮かべた後、人混みの中へ消えて行った。

 私も石切さんと合流するべく踵を返してその場を後にする。

 始まった以上は全力を尽くすだけだ。

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