第309話 「不意」

 降臨祭の急な前倒し。

 普段なら特に気にも留めないけど、この時期にと言うのが気になる。

 本来ならまだ先にも拘らず、今回は八日後。


 僕――ハイディは何だか嫌な予感に襲われていた。

 ローがここに来ていると半ば確信できた矢先にこれだ。

 気にしすぎなんて考えはとてもじゃないが起こらない。


 恐らく式典に乗じて彼は動く。

 ただ、どう動くのかが読めない。

 普通の方法では彼を取り巻く状況の打開は不可能だ。


 歩きながら考える。

 宿に籠っていても気が滅入るだけだし、アドルフォからの連絡もない。

 そう思って当てもなく歩き、思索に耽っていた。


 そう長い時間、一緒に居た訳ではないがローは障害は正面から打ち破る傾向にある。

 言動、戦い方などの細かな所作がそれを物語っていた。

 それを加味して行動を予想。


 何故か王城に正面から乗り込んで王様の胸倉を掴んで恫喝しているローの姿が浮かんだ。

 

 ……いや、まさかそれはないかな?


 そんな妙な想像が容易にできてしまう辺り、僕も彼に対する理解は足りていないなと自嘲。

 ただ、関係者にどうにかして聞き出そうとするというのはあり得る話だ。 

 もし彼を陥れた人物に何かしらの思惑があるのならそれを明らかにすることによって道が開けるのかもしれない。


 うん。 そう言う方向ならあり得るかもしれない。

 なら狙うべきは誰だ? この件に深く関わっており、尚且つ容易に接触できそうな人物。

 国側なら冒険者ギルドに手配の指示を出した人物だろう。 当然ながら公官、それも王の傍にいるぐらいの地位を持っている人物。

 

 グノーシスなら高位の神官? それとも聖堂騎士?

 いや、騎士は純粋な戦闘職という側面が強い。

 聖職者、要は組織の舵取りをしている人物の線が濃厚だ。


 僕自身、グノーシスの施設が密集している区画には余り足を踏み入れた事がないので、あの辺りの地理には明るくないけど、城塞聖堂は有名だ。

 間違いなくあそこに居る人物になるだろう。


 それに――あのシジーロで騒ぎを起こしたのは間違いなくダーザインだ。

 グノーシスを敵視している彼等がこの機を見逃すとは思えない。

 間違いなく何らかの形で介入してくる。


 ……この複雑な状況で僕に何ができる?

  

 ダーザインの排除? それとも何とか手配を取り下げるように動く?

 前者はともかく、後者は難しい。

 国の方針で行った手配を個人の力でどうにかするのは並大抵の事ではないからだ。


 「……ふう」


 息を吐く。

 今までの経験で煮詰まった時は別の事を考えて、切り替えが大事だと言う事を学んだ。

 こういう時は別の事を考えるか、頭から一つずつ整理するのが良い。

 

 物事は可能な限り単純にした方が動く時に迷わずに済む。


 僕の目的は何だ?

 ローを取り巻く状況を把握し、可能であればその一助となる事。


 ローの目的は何だ?

 恐らく、自らにかけられた冤罪を晴らす事。

 具体的には手配の取り下げ。


 国とグノーシスの目的は何だ?

 恐らく、ローを捕らえる事。

 詳細な理由は不明だが、何らかの理由で彼を捕らえたいと思っている。


 ダーザインの目的は何だ?

 ローと一緒に首魁と思われる人物が手配されている所を見ると、ローの手配と何らかの関係があると見て間違いない。

 こちらも詳細な目的は不明だが、何らかの報復?


 次は狙いだ。

 国とグノーシスは分かり易い。

 ローの捕縛だ。


 同様にダーザインの目的も何となくわかる。

 恐らく標的はグノーシス。 ローにも何かしら干渉していた所を見ると狙っているという見方もできる。

  

 ……もしかして取り合っている?


 可能性の域は出ないがあり得る話だ。

 そう考えるとこの件の中心はローと言う考えが強まる。

 一体、彼に何があるというんだ?


 ここまで複数の勢力に狙われる彼の背景が全く想像できない。

 僕と別れた後に何が――いや、もしかしたら別れる前から何かあったのか?

 別行動が多かったから有り得なくはない。


 ……もしかして姿を消したのも――。


 内心で首を振る。

 それは今考える事じゃない。

 今の手持ちの情報で推測できる彼の行動は――。


 「おっと」


 不意に正面から歩いてきた人とぶつかりそうになったので、少し横にずれて躱す。

 すれ違う間際に相手の手元が光る。

 僕は反射的に相手の懐に入って膝を叩き込む。


 「こ、ふっ」

 

 相手の口から息が漏れて持っていた短剣を取り落とす。

 落とした刃物を一瞥。 刃の表面に油のような液体が付着している。

 恐らくは毒。

 

 さっと周囲に視線を走らせて走る。 

 同時に脳裏でこの近辺の地図を広げて、巻き添えが出なさそうな場所を選択。

 素早く手近な路地に入る。


 相手の正体は不明。 数は確認できただけで五。

 恐らくはそれ以上居ると見て間違いない。

 人気がなくなった事で隠れるのを止めたのか追ってくる足音を耳が拾う。


 数は――三。 残りは回り込んだか。

 

 ……なら。

 

 先に数を減らす。

 角を曲がると同時に壁を蹴って跳躍。 窪みに掴まる。

 足音の距離から大体の時間を予測。


 声に出さず数を数え、六を数えたと同時に壁を蹴って反転、角へ向かって蹴りを繰り出す。

 落下の勢いの乗った蹴りはちょうど角から顔を出した追手を捉える。

 残り二。 反応する前に片方に左腕を翳す。


 鎖分銅が飛び出し顎の辺りを打ち抜く。

 最後の一人は驚愕の表情を浮かべつつ、何とか立て直し短剣を抜こうとしたけど遅い。

 この距離で悠長に武器を抜くのは愚策だ。

 

 僕は姿勢を低くして肩から突っ込んで体当たり。 

 下から掬い上げるようにぶつかり、相手の腹を狙う。

 

 「が、は」

 

 腹は骨に守られていないから打撃が効きやすい。

 それにこいつらは気配を隠すために音が出ない最低限の防具しか身に着けていないのも有利に働いた。

 そのまま近くの壁に叩きつける。 同時に腰から麻痺毒の塗ってある刺突剣を抜いて太ももに突き立てる。


 相手の男が苦痛の表情を浮かべるが意思は折れていないのか、毒の塗ってある短剣を僕に刺そうとするが、それはさせない。

 刺突剣から手を離して拳を固めて相手の金的を掬い上げるように殴打。


 「~~~~」


 声にならない呻きが漏れて崩れ落ちる。

 男は股間を押さえていたが、毒が効いたのか動かなくなった。 

 僕は念の為、彼等が持っていた短剣で全員を刺してから先へ向かう。


 少し歩いた所で急な曲がり角が見える。

 ここを折れればちょっとした広場の筈だ。

 待ち構えるとしたらここだろう。 僕は腰の袋から魔石を取り出して方向を調整。


 投擲。

 魔石は壁を跳ね返り広場の方へ飛んで行き、炸裂して光をまき散らす。

 光が収まる直前に姿勢を低くして突っ込む。

 

 完全に光が消えた所で顔を上げる。

 数は四人。 二人は光で目をやられたのか腰を折って目を押さえていた。

 残りは何らかの手段で防いだのかこっちを見据え、武器を構えている。


 動いていない二人は後。 残りの二人に注力。

 武器は両者とも短剣。 他と同様に防具は最低限。

 やれる。

 

 左腕の鎖分銅を飛ばす。

 狙った相手は最小の動作で横にずれて躱すが、それは読んでいた。

 途中で分銅を自切。 残った部分が横に広がりながら飛んでいく。

 

 「――っ!?」

 

 流石に読めなかったのか咄嗟に身を固めて鎖を防ぐ。

 残った一人が短剣片手に襲いかかって来るが、毒で僕を制圧する事が目的なのが明白で狙っている個所も傷つけやすい肩だ。


 ……狙いが露骨過ぎる。

 

 刃は通らずに跳ね返される。

 軽鎧は動き易さ重視なので急所以外は全体的に薄い。 

 だから、体重を乗せた刃は大抵通る。

 

 それに制圧や傷を負わせることが目的なら胴体よりまず手足を狙う。

 この手の失敗は何度か経験しているので肩の部分は装甲を二重にしている。

 剣なら抜かれるけど、短剣なら受け方に気を付ければ――


 <活性>で腕力を強化。

 顎を打ち抜いてかち上げ、無防備になった側頭部に拳を叩きつける。


 ――こうして不意を突ける。


 崩れ落ちる前に取り落とした短剣を奪い、鎖を防御した男に投げ付けた。

 当然弾かれるが本命はこっちだ。

 壁に向けて跳躍、向きを調節して壁を蹴って相手に突っ込む。


 蹴撃一閃。

 跳躍の勢いを乗せた蹴りは相手の側頭部を捉える。

 首が変な向きに曲がった気がするが気を使う余裕はない。

 

 残りの二人は視力が回復する前に奪った短剣を突き刺して無力化。

 

 「……ふう」


 一息つくが警戒は緩めない。

 仕留めたのは計七人。

 他が居るなら気を抜いたと思われる今だと思うけど……。

 

 ……襲ってこない。

 

 これで全部?

 それならそれでいいと考え、僕は奪った短剣で念の為に全員をもう一度刺してから最初に倒した三人の下へと向かった。

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