第308話 「式典」

 「ただいまー」


 アス君がそう言って部屋に戻って来たのを私――夜ノ森 梓は笑顔で出迎えた。

 身動きが取り辛い現状は余り居心地が良くなく、焦りに似た物が胸で燻る。

 今の王都の現状を考えると、単独行動を取らせたくはない。

 

 だから無事に帰って来たのを見てほっと胸を撫で下ろす。


 「どうだった?」

 「一応だけど、成果はあったよ」

 

 言葉とは裏腹にアス君の表情は明るくない。


 「何か問題でもあった?」

 「うーん。 問題と言えば問題だね」


 疲れたーと言ってアス君はベッドに腰を下ろす。


 「まず、結論を先に言うと、付け入る隙――というか、ガードが緩くなる日があるんだ。 その日なら比較的容易に城とグノーシスの最奥である城塞聖堂に入れると思うんだけど、ね」

 

 入れるというのは朗報だけど――両方?


 「うん。 両方なんだ。 十日後に国とグノーシス共同で行う式典――というかお祭りがあるんだ。 ほら降臨祭ってあるでしょ? 都合の良い事にそれが前倒しになって城内と城塞聖堂が限定的に解放されるんだってさ」


 降臨祭は有名なお祭りなので、私も存在は知っているけど、本来なら数か月は先だ。

 それが急遽前倒し。 状況だけ見るのなら確かに好都合だ。

 だけど――。


 「……都合が良すぎるよね?」

 「ええ。 いくら何でも露骨過ぎよ」


 どう考えても誘われてる。

 アス君が何とも言えない表情をしていた理由が良く分かった。

 

 「まぁ、考えるまでもなく罠だとは思うんだけど、これを逃すと相手の懐に入るのが難しくなる」

 「虎穴に入らずんばってか?」


 そう返したのは部屋の隅で眠っていた筈の石切さんだった。

 彼はゆっくりと身を起こして寄って来る。

 どうやら話に加わるつもりのようだ。


 「そうだね。 ここで問題なのはどっちを狙うかだ。 アメリアかグノーシスか。 チャンスが一度である以上はどちらかに的を絞りたい」

 「別れて両方狙うというのはだめなの?」

 「どっちも狙ってダメでしたが最悪だし、出来れば片方に集中したい所だね」


 アス君の言う事ももっともだ。

 ウルスラグナの王城、グノーシスの城塞聖堂。

 どちらも立ち入りの制限がかなり厳しく、警戒も厳重。


 加えて詰めている戦力も他とは比べ物にならない。

 城塞聖堂は異邦人や聖堂騎士が間違いなく複数いるだろうし、王城も噂に名高い「近衛騎士ロイヤルナイト」が居る。


 ただ、後者に関しては王の直轄なのでアメリア自身の防備は――いや、狙われていると自覚がある以上、相応の備えがあると見ていいだろう。


 「後はローの動きかな? 彼の事だから十中八九、王城狙いだとは思うけど……」

 

 確かに彼の性格を考えるのなら一番分かり易い標的を選ぶだろう。

 この場合は顔も知らない枢機卿よりも顔が割れているアメリアを狙うのは想像に難くない。

 

 「うーん。 そこなんだよね。 ローなら一人でもやってのけそうな感じはするけど、確実とは言えない。 僕達の目的も彼女の排除である以上、協力して事に当たった方がいいとは思うけど……止めといた方がいいかもね」

 「それは私達だけで事に当たると言う事かしら?」

 「いや、違うよ。 どちらかと言うのならアメリアをローに任せて、僕達はグノーシスを攻めた方が良いって意味だよ」


 意図が分からず首を傾げていると、アス君は苦笑して小さく頬を掻く。


 「そうしておくとローの機嫌も取れそうだしね」

 「……現状、彼との関係が微妙なのは分かるけど、そこまでする必要があるの?」

 「いや、あるだろ? そもそもアンタあいつに勝てんのか?」


 アス君が答える前に口を開いたのは石切さんだ。

 その物言いに私は言い返せなかった。 彼の言う事はもっともだからだ。

 恐らく私ではローには勝てない。


 あの男はクリステラやプレタハングと言った自分の手には余る難敵を一人で倒している。

 実力と言う点では私では及ばないだろう。

 そもそもあの訳の分からない武器を防ぐ手立てがない時点で、勝算が薄い。

 

 「前にも言ったが俺ぁ、殴って貰う分にはいいが死にたいとは思わねぇから、ローと戦うのはパスだ。 ここは素直にアスピザルの言う通り、グノーシスを攻めた方が良いんじゃないか?」

 「……だよねぇ。 本音を言うのならアメリアはきっちりこっちで仕留めておきたいけど、欲張りすぎて今度はローを相手にするなんて事になったら笑えないし、やるならグノーシスだね」

 

 アス君はいいよねと言ってこちらを見る。

 私に異論はないので頷いておく。


 「さて、大雑把な方針が決まった所でローには後で連絡するとして、城塞聖堂に的を絞って情報収集と行こうか。 ……後は二人から何かある?」


 考えたがここから動けない以上、特にやる事も口を出す事も無い。

 戦力分析も情報収集に含まれているようだし、完全に結果待ちだ。

 言う事も無いので私は首を振る。


 「俺も特にないが、当日の動きについては詰めといてくれ。 正直、あんまり難しい指示出されても困るからな。 どいつを潰せばいいかだけ教えてくれりゃぁいい」

 

 石切さんはそれだけ言うと部屋の隅で丸くなって眠り始めた。

 アス君は小さく伸びをしてベッドで横になる。

  

 「ちょっと疲れたから眠るよ。 部下には指示は出したから、僕が無理に出なくてもいいからね。 しばらくは泳がせるけど適当な所で、外の見張りも処分しないと……」


 うつ伏せになってもごもごとそう呟いた後、静かになった。

 私はそっと毛布をアス君にかけて小さく息を吐く。

 

 ……後、十日。


 それでこの生活に区切りがつく。

 安泰とは行かないけど、落ち着いた暮らしに戻れる。

 願わくば、ここに居る全員が無事でこの一件を乗り越えられますように。


 そう祈らずにはいられなかった。



 

 記念式典。

 正確には降臨祭と言うらしい。

 ここ、ウルスラグナにグノーシスと言う教義が根を下ろした事を記念する一種の祭りだ。


 本来ならもう少し後に行われる予定だったが、国と教団のスケジュール上の都合で前倒しになったようだ。

 グノーシスとウルスラグナの歴史は王国の起こりから続いていると言われている。


 真偽は定かでないが、初代ウルスラグナ王が巡礼中のグノーシスの神官に導かれた事によって当時は国とも呼べない集落や村の集まりだったこの地が秩序によって統べられたと。

 今日までの平和な日々はグノーシスあっての物で、ウルスラグナは未来永劫にかの教団と手を携え、共に繁栄の日々へと向かう――。


 「ふぅ」


 小さく息を吐いて読んでいた本に栞を挟んで閉じる。

 翌日。

 私は出かけるアス君が暇つぶしにと置いて行った本に目を通していた。


 タイトルは「ウルスラグナとグノーシス~建国から今日こんにちまでの軌跡~」

 発行はグノーシス教団とあるので、鵜呑みにできそうもない。

 他にも何冊かあったので続きを読むか他を読むか――。


 「面白れぇか?」


 いつの間にか眠っていた筈の石切さんが声をかけて来た。


 「気になるなら一冊貸すけど?」

 「遠慮しておく、読めはするが目が滑っちまう。 だから内容の方をちょっと教えて欲しい」


 私はやや呆れた気持ちで読んでいた本を見せる。

 タイトルを見て石切さんは小さく笑う。


 「すっげーつまんなさそうなタイトルだな」

 「実際、面白くはないから私も目が滑って内容を理解するのに時間がかかるのよ」

 「まぁ、歴史書見て楽しめる奴はいくらでも読んでいられるんだろうが、それ以外の奴はよっぽど暇じゃなきゃみんなこれは。 ……で? 内容ってどんなだ?」

 

 私はさっきまで読んでいた本の内容を思い出しながら話を始める。


 「簡単に言うと、ウルスラグナ建国とグノーシス教団との関係性――かしら?」

 「ほー。 この国の建国に連中が噛んでるってのか?」

 「えぇ。 この本によれば初代王が教団の神官に導かれて、この国を興したとあるわ」

 「何だそりゃ? 要はこの国はその神官様に言われてほいほい作ったと?」


 身も蓋もない言い方だけどそう取れる内容ではあった。

 石切さんは「ほー」と何とも言えない反応をする。


 「……それも天使様とやらのお告げの一つなのかね?」

 「それは分からないけど……」


 天使。 天の御使い。

 日本では神の使いとして扱われていた。

 ローは彼等と話した事があると言っていたけど、多くは語ってくれない。


 だけど、珍しく不快そうに表情を歪めていた所を見ると進んで話をしない方がいい存在なのだろう。

 恐らく悪魔と類似の存在で異界から呼び出すというのは知っているが、あそこまで干渉の仕方が違うのはどう言う事だろう。


 悪魔は呼び出さないと現れない。

 対する天使は積極的にこちらに干渉してきているようにも見える。

 その違いはなんだろう?


 プレタハングとゲリーべでの実験を見る限りではこの二種にはそう大きな違いはない。

 だけど、こちらへの影響力の違いは何だ?

 胸に名状しがたい何かが満ちる。

 

 なにか見落としているのではないのだろうか?

 そんな疑問が渦巻き、思わず黙ってしまう。

 不審に思った石切さんが声をかけて来るまでそれは続き、私は何でもないと言って本の解説を再開した。

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