第310話 「尋問」

 全員を拘束した僕はその場に並べて口が聞けるようになるまで待つ。

 しばらく待つと、一人が小さく呻いた。

 彼は僕の姿を見ると起き上がろうとしたが、拘束されていると悟り手足の動きで自分の状況を悟ったようだ。


 「無駄だよ。 手足の腱を切った。 治癒魔法か魔法薬でも使わない限り、手足は動かせない」

  

 男は周囲の仲間へと視線を向けたが全員が同様の有様と知って目を伏せた。

 

 「こういうのはあまり好きじゃないんだ。 だから僕の質問に早く答えてくれないかな? どう言う目的で僕を狙ったんだい?」

 

 男は沈黙。

 当然か、下手に情報を漏らすと依頼人から制裁を受けてしまうだろうし…。

 なら――。


 「話せないなら当てようか? 君達ってセバティアールの人なんじゃないかな? つまり「狩人」だ」


 男の表情に変化はない。

 だけど瞳が僅かに揺らめいたような気がする。

 半ば以上確信していたので、驚きは少ない。 当たって欲しくないとは思っていたけど。


 ……僕だって多少は物を考える。


 彼等が動けない間、自分なりに考えた。

 僕を襲う目的とそうする事でどんな利益があるのかを。

 これでも冒険者業はそれなりだ。 多少の恨みは買っているかもしれないけど、暗殺者みたいなのを送り込まれるほどの事をした覚えはない。


 そう考えるのなら、恨み以外の目的だ。

 なら何だろう? 思いつくとしたらローだ。

 彼に対する人質。 僕にそんな価値があるかは不明だけど、ローとの関係を知っている人物からしたらそう見えるのかもしれない。


 それは誰だ?

 冒険者ギルド? 有り得ない。 即座に否定。

 もしそうならこんな回りくどい事をする必要はない。 依頼にかこつけて罠に嵌めればいい。


 ギルドから情報提供された国やグノーシス?

 考え難い。 もしそうならローと同様に罪をでっちあげればいい。


 ダーザイン。

 同様に考え難い。

 自前の手勢を使わずに、信用できない外部勢力を使う理由が皆無だ。


 そうなると残りはアドルフォと言う事になる。

 セバティアールと考えるのなら自然と目の前の男達の正体は狩人だろうと想像できた。

 何故、アドルフォが僕を狙うか? その点はもう考えるまでもない。


 彼女こそがローを狙っているからだ。

 アドルフォからすれば僕は彼をつり出す餌として上等に見えたのだろう。

 

 ……つまりは……。

 

 最初から彼女は僕に協力する気は無かったと言う事だ。 

 そこまで考えた所で、僕の中であやふやだった考えが形を成していく。

 再会した時から違和感は感じていたんだ。


 姿形、声は間違いなく僕の知っている彼女ではあった。

 けど……。

 細かい所作、口調などの動きの端々に違和感が付いて回っていた。


 正直に言おう。 早い段階でもしかしたらと思った。

 僕とローの関係と僕自身の身に起こった事、そして狩人。 手掛かりは無数にある。

 だけど、それを認めると言う事は――アドルフォはもう……。

  

 いや、恐らく選抜の――あの時にはもう事は済んでいたのだろう。

 空を仰ぐ。 目から熱い何かが零れたがきっと気のせいだ。

 僕には泣く資格なんてないのだから。


 彼女を守る? 守れてないじゃないか。

 それで今までよくもまぁ、のうのうと……。

 考えながら目の前の男達に意識を戻す。

 

 どうせ何も喋らないのは目に見えている。

 小さく嘆息して意識を切り替えた。

 セバティアールがローを狙っていると分かった以上、放置はしておけない。

 

 それに半ば以上、確信しているけど確かめないと。 

 もし、僕の想像通りなら、せめて彷徨っている身体だけでも彼女に返そう。

 それが殺すという結果になろうとも。

 

 僕は男達の装備など、使えそうな物を全て剥ぎ取ると再度毒入りの短剣で刺した後、その場から立ち去った。

 路地から出ると近くの騎士団の屯所へ行き、怪しい男達が倒れていると通報した後、宿へ戻る。

 脳裏でこれからの動きを組み立てながら。


 

 

 匿名・・の通報を受けた騎士達は、路地裏で倒れている男達を保護した。

 こういう話はよくある事で、大抵は喧嘩に負けてのびている酔っ払いが大半だ。

 場合によっては訳アリの者だったり、手遅れで死体だったりする。


 今回は訳アリの連中だったようだ。

 全部で八名。

 綺麗に手足の腱が切られており、自力で動ける状態ではなかったので担いで屯所まで連れて行くことになった。 騎士達は面倒なとは思ったが、定期的に起こる事なので仕事と割り切る。


 彼らはこういう事態には慣れていたので、まずは聞き取り。

 話せるなら素性を聞き出して、然るべき者達に引き取りに来てもらうと言うのが定石だ。

 幸いにも男達は騎士の質問に素直に答え、引き取り主の連絡先を教えてくれた。


 相手はセバティアール家ということで騎士達は少し驚いたが、そんな事もあるだろうと特に考えずに連絡を行うと、向こうの反応は早く、早々に引き取り手が現れる。

 アッサンと名乗った男は当家の使用人を保護してくれたことに対する礼と、金貨の入った袋・・・・・・・を置いて、どうかこの件は内密にと言い含んで男達を荷車に乗せると屯所を後にした。


 騎士達は袋に入った金貨を山分けした後、報告をせずに何事もなかったかのように業務を再開。

 当然、日誌にも異常なしと記載。

 こうして世は事も無く回る。


 

 屯所を後にしたアッサンと動けない八人の男達は、彼が用意した荷車に荷物のように積まれて運ばれていた。 彼の部下は無言で荷車を引き、彼自身はその横を無言で歩く。

 彼等はアッサンとは親しくはないが面識はあるので、口々に礼を言って治療して貰えるよう頼もうとしたが……。


 不思議な事に荷車は治療院ではなく、別の方向へと向かっていた。

  

 「お、おい、アッサンさんよぉ。 どこへ向かっているんだ?」


 一人が思わず口を開く。

 彼等の記憶によれば方向は王城、その付近に自分達の関連施設はそう多くない。

 精々、店舗がいくつかと、荒事専門の連中が寝泊まりしている住居があったはずだ。

 

 少なくとも自分達の体を治療してくれそうな人物が居るとはとても思えない。

 彼等の脳裏に嫌な物が過ぎる。

 もしかして、いや――もしかしなくても自分達は失敗の責任を取らされるのではないのだろうかと。


 アッサンは特に表情を変えずに「来れば分かる」とだけ言う。

 その態度に嫌な予感は大きくなる。

 彼等はセバティアール家に仕える裏稼業の人間だ。

 

 暗殺や誘拐は勿論、細かい所では商売敵に対する嫌がらせや業務妨害まで行う。

 彼等は自分達はこの家に必要不可欠な人間と言う事を理解していたし、替えが利き難いという事も理解していた。


 だから今回の失態も手痛かったが、まだ挽回が利くと思っていたのだ。

 あの女の手の内もある程度ではあるが知る事が出来たし、殺せる敵を殺さない甘ちゃんと言う事も分かった。

 そう言う相手とは幾度となく戦ったのだ。 効果的な方法も心得ている。


 次は間違いなく勝てる。 それは確信だ。

 

 ――だから――。


 「なぁ、なぁ、た、確かに俺達ぁしくじった。 でもよぉ、だからってこの仕打ちはあんまりじゃぁないか? 頼むよぉ、何とかあんたから上に取り成してくれねぇか? 何もタダとは言わねぇ。 これは貸しだ。 でっかい貸しだぜ? 何ならあんたの個人的な依頼を請け負ったってかまわねぇ。 な? な? そうだよなお前等?」


 彼等の一人がそう言うと他も口々に「そうだ」「俺達は恩を忘れない」「頼む」等と必死に頼み込む。

 アッサンは一通りそれを聞くと歩きながら振り返ると小さく鼻を鳴らす。


 「何を勘違いしているのかは知らんが、別にお前達を処分するつもりはない」


 その言葉を聞いた数人がほっと息を吐く。


 「じゃぁ、何処へ向かってるって言うんだよ? この先には治療出来そうな場所なんてないだろうが? それとも治療できそうな奴を用意してるってのか?」

 「……まぁ、そんな所だ。 なに、心配するな。 傷は綺麗に修理なおして貰える。 それどころか生まれ変わった・・・・・・・気分になれるぞ?」


 そう言うとアッサンは「お前達は実に運がいい」と付け加えた。

 男達は顔を見合わせる。

 なにか含みがあるようなのが引っかかったが、一先ず命は拾えたようだと胸を撫で下ろした。


 荷車が動きを止める。

 目的地に到着したようだ。

 男達は顔を上げて確認すると予想通り、例の住居だった。

 

 表向きは傭兵団の詰所となっているがセバティアール家所有の立派な拠点だ。

 アッサンが部下に顎で建物を指す。

 部下は頷くと男達を順番に中へ入れる。


 全員を運び終えると扉を閉めて施錠すると、近くの机に乗っているランプの様な物を操作。

 するとふわりと何かが空間内に広がった。

 

 「あぁ、これが何か気になるか? そんな難しい物ではない。 ちょっと外に音が漏れなくなるだけだ」


 男達の脳裏に疑問符が浮かぶ。

 何故、遮音なんて真似をする? 治療に必要?

 

 「……おい、何だこりゃ?」


 一人が声を上げると他も次々と気付く。

 部屋の異変に。

 薄暗くて分からなかったが、壁や床のあちこちに血痕の様な物が付着していた。


 まるでここで殺人があったかのような有様――いや、あったのだろう。


 「お、おい、こりゃぁ、どう言う事だ? 話が違うじゃ――」

 「嘘は言ってない。 これからお前達を修理する。 ……もっとも、少し見た目は変わるがな」


 アッサンはそう言うと二度、大きく柏手を打つ。

 すると――


 ――カサカサという虫が這いまわるには大きすぎる音が部屋の奥から近づいて来た。

 

 男達は近寄って来る者を見て――悲鳴を上げる。


 だが、それは外には一切漏れなかった。

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