第303話 「密談」
「分かった。 じゃあこっちはこっちで動く事にするよ」
ロー相手に魔石を介した通信をしているアス君を私――夜ノ森 梓はじっと見ていた。
アス君は少しの間話した後、魔石での通信を終えてこちらに振り返る。
「襲われたってさ。 相手は狩人だって」
「狩人? 確か暗殺者ギルドか何かだったかしら?」
「たぶんそれで間違いないと思う。 流石に聖騎士を動かす訳には行かないから搦め手で来たね」
アス君は「こっちにも監視が居ると思うから気を付けた方がいいかな」と付け加える。
この国に居るテュケの構成員は少ない。
本拠をウルスラグナに置いていない以上、人員をそこまで用意できないと言うのが理由だ。
その為、人手が必要な時は
「動きを掴まれるにしても早かったね。 着いたその日に襲われるとは思わなかったよ」
「そうね。 これからどう動くつもりなの?」
アス君は少し難しい顔をした後、うーんと唸る。
「正直、不味いね」
「そうね。 でも、相手の動かせる人員もそう多くないし、まだ――」
「そうじゃないよ」
アス君は私の言葉を遮る。
私が訝しむとアス君は困ったなと言った表情を見せた。
「当然、そっちも問題ではあるんだけど、現状で一番不味いのはローだよ」
「……彼がどうかしたの?」
今一つ、アス君の言っている事が分からなくて思わず聞き返す。
「表には出さないけど、多分僕に対する不満が溜まってきている」
「……どう言う事? 特に蔑ろにした覚えはないけど……」
「基本的に彼は契約や約束事は理由がない限り破らない。 ただ、問題は僕達がそれを盾に色々やらせている事にあるんだよ。それに加えて国内手配だ。 まず間違いなく今回の件、グノーシスの話を持ち出した事で、かなり機嫌が悪い方に傾いたと思うよ」
それを聞いて嫌な汗が出る。
「ロー君と敵対するかもしれないって事?」
「まだ可能性の段階だけど、僕はかなり危ないとみている。 だから可能な限りフォローして置きたかったんだけど、別行動になったからね。 正直、かなり不安を感じてるよ」
ローが相手。
アス君に害を及ぼそうとするのなら戦う覚悟はあるけど、本音を言うのなら避けたい。
今まで彼と敵対した者の末路を考えると、体が震える。
加えて、あの情の欠片もない無機質とも昆虫的とも取れる性格。
敵対する事が決まれば躊躇いも容赦もせずにこちらを殺しにかかるだろう。
私も全力で挑むつもりではあるが、正直勝てる気がしない。
無策で挑めば、宇田津君や梅本のように瞬時に挽き肉にされてしまうのは明白だ。
「それしか手がなかったとはいえ、何かと便利に使っちゃったからね。 ゲリーべの時は戦利品がお気に召したみたいだから特に何も言ってこなかったけど、そろそろ不味い。 これで最後だから何とか乗り切りたい所ではあるけど……」
「難しそう?」
「うーん。 どうだろう。 こっちでグノーシスと手配をどうにかできれば良いんだけど……」
「グノーシスはともかく、国中に広がった指名手配はどうするの?」
「ローにも言ったけど、どうにかして取り下げさせるしかないよ。 降りられなくさせる為に必要だったとはいえ、それが原因で殺されても敵わないしね。 手段を選ばなければどうにでもなる。 最悪、国王とグノーシスの枢機卿とか言うのに誓約を刻んで無理矢理取り下げさせるつもり」
……そうね。
それぐらいしか解決策が見えてこない。
アメリアは殺す必要がある以上、手早くなかった事にするには王に働きかけるしか選択肢がないのは明らかだ。
「盛り上がっている所悪いが、お二人さんよ」
不意に声をかけて来たのは部屋の隅で丸まって眠っていた筈の石切さんだ。
「あんた等とローが敵対するなら、俺はどっちにも付かないぜ。 勝った方に処遇を任せる方向で行くからな」
「それをローが信用してくれる?」
「あぁ、事前に言って了承を取ってある。 悪いがあんた等の揉め事に首を突っ込む気は無い」
石切さんはそう言ってひらひらと手を振って再び丸くなって眠り出した。
「ちゃっかりしてるなぁ……」
アス君はそう呟いて苦笑。
「とにかく、優先順位としてはグノーシスから対処するよ。 一応、部下にもそれは伝えてあるから、突き崩せそうな情報が入ればすぐに動く。……と言うより、自発的に動くローが何をするのか読めない以上、可能な限り早い方がいい。 一日様子を見て、何も掴めないようなら僕も出るよ」
「分かった。 私は――」
「悪いんだけど、梓は目立つから石切さんと留守番。 心配しなくても荒事になったら真っ先に呼ぶから待っててよ」
出来れば付いて行きたいけど、無理に言っても邪魔になるので素直に頷いておいた。
「何かあったら呼んでね? すぐに飛んで行くから」
「ありがとう。 この山場さえ乗り切れば後は楽だ。 頑張ろう」
私はええと頷く。
そうだ、この状況を越えれば一息つける。
テュケと縁切りした事で苦境には立たされるし、今後の脅威となるけど、備える事が出来る筈だ。
そう。 ここさえ乗り切れれば。
どうか上手く行きますように。
私は神様なんて信じないけど、そう祈らずにはいられなかった。
少し前までは天気が崩れやすく、気候が安定しなかったがここ最近はそうでもない。
雲も少なく、夜になると月がはっきり見える。
城内のテラスから夜風に当たっていた女は腕を組んで手摺りにもたれかかった。
女は少しの時間、身に当たる夜風を楽しんでいたが、不意に風が乱れる。
それを敏感に感じ取ったのか手摺りから身を離す。
同時に何者かが手摺りの上に降り立った。
「こんばんは、使徒アキノ。 それともリベリュール聖堂騎士と呼んだ方がいいかな?」
「好きな方でいいわ! こんばんはアメリアちゃん! いい夜ね!」
何者かは蜻蛉を人型に落とし込んだ造型をした異形。
飽野と呼ばれている転生者だ。
アメリアと呼ばれた女はその姿に特に驚きもせず、気安く話しかける。
「それで? 様子はどうだった?」
「前に連絡した通り、ダメね。 調べるどころか近づけもしなかったわ」
飽野はアメリアの依頼でデトワール領にあるゲリーべと言う街を調べに行っていた。
「一応、隙を窺っては見たけど、あれはダメね。 中に入ったら即捕捉されるわ!」
「今一つ要領を得なかったから改めて聞くが、何があった?」
質問に飽野はうーんと腕を組む。
「まず、事の起こりはゲリーべでの騒ぎ。 内容は街中にいきなり魔物の群れが現れた。 この時点で妙なのよね。 知っての通り、あそこは牧場と実験所を兼ねている重要施設でしょ? 押さえた後は徹底的に消毒したから外から魔物、それも群れが来るなんてあり得ない」
あの領はグノーシス、テュケ、ウルスラグナの三者が主導で用意した試験管だ。
妨げになる要因は可能な限り排除している。
外部からの問題であれば兆候が見られ、それがなければ必然、内部からの問題だ。
「ほら、あそこの責任者ってサブリナさんと
外的要因がなければそう考えるのが普通だろう。
あの街で行っていた実験は、
表立って行えないので、様々な意味での誤魔化しが利くあの街で行っていたのだ。
それはアメリア自身も良く知っていた。
何と言っても彼女自身が許可を出したのだから当然だ。
概要は魂と呼ばれる魔力の発生源にエネルギー体である天使を直接融合させ、より高次な人として変性させる。
成功すれば様々な用途で応用が利きそうだと期待していたが、結果はあまり芳しくなかったようだ。
それに関してはアメリアは何とも思っていなかった。
この手の実験がいきなり成功する訳はないと彼女自身が知っていたからだ。
ある転生者が口にしていた「失敗は成功のもと」という言葉は至言とすら思う。
数多の失敗の果てに確実な成果と成功を収める。
これこそが進歩だろう。
……とは言っても限度はあるが。
失敗で街一つ使い物にならなくされても困るのもまた事実だ。
「……自然に考えるのなら魔物の正体は実験の際に出た失敗作なのだけど……」
「何か引っかかると?」
「そうなのよね。 捕捉されるギリギリの所から見て来たけど、確かにそれっぽいのも居たわ! けど、どうやったらあんな造型になるのか分からない個体も居たわ! だから、はっきりと断言が出来ないのよ。 それに――」
飽野は微かに言い澱む。
「それに?」
「数が多すぎる。 どう見ても孤児院の子供を全部改造したとしてもあの街の全体をカバーできる程の数を揃えるなんて無理なのよ……。 だか――」
「貴女の話は面白いが、場所が悪いから端的に述べて貰えるか?」
アメリアが遮るようにそう言うと飽野はうぐっと言葉をつまらせる。
彼女が本気で話し始めたら長くなるのは目に見えているので、それをさせない為に手を打ったのだ。
「……恐らくだけど、中に増殖可能な個体が居るわ」
――増殖。
それを聞いてアメリアが思った事は興味と面倒なという両極の考えだった。
可能であればぜひ手に入れたいと言う事と、どう処理した物かと言う悩みだ。
ゲリーべは現在、厳戒態勢と言って良い状態で、領主に至っては責任を取らされる事を理解して卒倒。
使い物にならないので、生き残りの中から代理で責任者となったマネシア聖堂騎士の指揮の下、遠巻きに包囲している状態だ。
街一つを丸ごと魔物が占拠。 それもほぼグノーシスの直轄地で。
この問題は流石に大っぴらにできず、幸いにも隔離された領なので現在は出入りを禁じて情報の統制を行っているが、果たして露見する前にどうにかできるのやらと言った具合だ。
「情報がある程度出揃ったら枢機卿の嫌味を聞かなければならないと思うと頭が痛い」
「御愁傷様。 まぁ、オールディア、ウィリードに続いてゲリーべまで、使い物にならなくされたからね。 怒るのも無理ないわ。 加えて聖堂騎士の損耗。 えーと何人だったかしら?」
「オールディアでヴォイド聖堂騎士。 ウィリードでリュドヴィック聖堂騎士に、アルテュセール聖堂騎士の二名。 最後にゲリーべでヴィング聖堂騎士とアラクラン聖堂騎士。 いくら何でも死に過ぎだ」
加えてクリステラ・アルベルティーヌ・マルグリットの失踪ともう一人――。
「おトメちゃんも死んじゃったしね」
「あぁ、プテラ聖堂騎士も死んでたか……」
ファニー・プテラ聖堂騎士。
別名、使徒ウメモト。 南の果てシジーロであっさり殺されたらしい。
聖堂騎士が立て続けに六名死亡し、一人が失踪。
合計七名の損耗。
グノーシスからすれば痛すぎる損害だ。
内二名はテュケから出向している転生者で、替えが利かない貴重な人材だった。
アメリアはふうと小さく息を吐く。
「死んだ者は仕方がないだろう。 ゲリーべは放置はできんが、直ぐにどうにかなる問題ではない。 なら、話すべきはそのウメモトを殺したという冒険者か」
「そうね。 哀ちゃんはこっちに引き入れられたし、赤字ではあるけど多少は穴埋めできたと思うわ! 本題に入るけど、あの子達は来た?」
「来たようだな。 こっちで動かせる人員がいなかったので「狩人」に監視を頼んでおいた。 アスピザルと言う者に関しては事前に聞いていたが、同時に手配した例の冒険者がその同類と言うのは本当なのか?」
「確証がある訳じゃないけど、まず間違いないと睨んでいるわ!」
ふむと言ってアメリアは腕を組んで思案。
「分かった。 なら
「それが良いと思うわ!」
話が僅かに途切れた所でアメリアは小さく眉を顰める。
「……こんな手の込んだ真似をする必要があるのか?」
飽野の策を採用して準備をしておいたのだが、疑問ではあった。
正攻法で仕留めた方が早いのではないかと思うが……。
彼女の言う、冒険者の実力を考えるのなら誘い込んだ方が結果的に損害を抑えられると納得したので同意はしたが疑問は残る。
「おトメちゃんを一撃で殺しちゃうような武器を持っているし、他にも何か隠してそうだったわ! あれは下手に力技や刺客を送り込むよりは、監視に留めて行動を制御して誘い込んだ方が安心安全、それに確実よ!」
「……分かった。 私は予定通りに動くとしよう。 細かい仕切りと保険の手配は任せる」
「お任せあれ! まぁ、後悔はさせないわ!」
そう言うと話は終わったのか飽野は夜空へと飛び立つ。
アメリアはそれを見送った後、城内に戻って行った。
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