第302話 「制圧」

 この店を仕切っているのはアッサンという男だった。

 記憶を見る限り地位はそこそこだったが、立場的には中間管理職だったようで、核心に触れるような情報は知らされていなかったようだ。


 ただ、全くの無知と言う訳でもなかったので、それなりに有用な情報は得る事が出来た。

 セバティアール家の当主についてだ。

 家を取り仕切っている以上、確実に事情は知っているだろう。


 そいつから情報を引き抜けば、テュケかグノーシスのどちらかを切り崩すとっかかりぐらいにはなってくれる筈だ。

 さて、このセバティアール家と言うのは変わった風習があって、現当主が引退する際に候補者達に当主の椅子を賭けて争わせるのだ。


 具体的にどう争わせるのかと言うと、期日を設けて自分の前に来た者・・・を当主とする。

 要は他のライバルを物理的に顔を出せなくした上で、当主の前に出ると言う事らしい。

 この家に古くから仕える者からしたら恒例行事らしいな。


 随分と剣呑な事で、話し合いで決めると言う選択肢はハナからないようだ。


 ……まぁ、当然だろうな。


 候補者連中はほとんど成人しているし、それぞれ様々な仕事に就いている。

 その過程で自分の自由になる人員を得ている者からすれば、他を始末すれば地位は安泰と考える奴が現れるのは当然の流れだろう。


 恐らくは潰し合わせる事が前提の選抜なんだろう。

 最後に生き残った奴が一番有能で当主に相応しいと言う事なんだろうが、随分と乱暴な事だ。

 候補者がどの程度使える奴なのかは、記憶の持ち主の主観が入るから言い切れんところだが、見る限りそこそこ使える奴がそれなりに居たにも拘わらず潰し合わせるのは勿体ない気もするが……。


 嘆息。

 俺には関係のない話か。

 ……でだ、少し前にその選抜とやらを行った結果、代替わりしたらしい。

 

 アッサンも何度か顔を見た事があるようで、記憶にあったが少し驚いたな。

 セバティアール家現当主、アドルフォ・ゾーイ・サマンサ・セバティアール。 

 どう見ても子供と言っていい年齢だ。


 どうやったのか他を押しのけて見事当主の座を得たらしいが…。

 内心で首を傾げる。

 記憶にある限り碌な戦力を持っていない筈だがどうやったのやら。


 傭兵や暗殺者を飼っている候補者もいたようだが、そいつらは残らず死んだらしい。

 好戦的な奴が潰し合った結果と言う事かな?

 後は立ち回りか。


 どうやらアドルフォの姉、パスクワーレとか言う奴も生き残っている事を考えると手を組んで事に当たったと考えるべきだろう。 賢く動いて味方を増やした結果と言う事だろうな。

 アドルフォと言うガキから記憶を引っこ抜けばいいだけの話だが、困った事に居場所が分からない。


 どうもこまめに拠点を変えているようで、特定の場所に居ないようだ。

 まぁ、裏でやっている事を考えれば当然か。

 

 ……だが、それはそれとして居場所は気になるが、アドルフォとかいうガキに関しても引っかかる。


 当主になってすぐにしては随分と順応が早い。

 有能と言うには変化がなさすぎる。

 まるで同一人物・・・・が仕事を回している・・・・・・・・・ような自然さで、アドルフォは組織を掌握して見せたのだ。


 その仕掛けの種に心当たりがあった。

 恐らくは中身は別物なんだろうな。

 連中の中には魂を入れ替える特殊な魔法を扱える奴が居る。


 この様子だと本来のアドルフォは前の当主と体を交換されて死んでいるだろうな。

 ガキだと思って侮るのは論外か。

 後は生き残ったパスクワーレも怪しいな。


 あの女はグノーシスの聖殿騎士を侍らせている。

 ただの護衛かもしれんが、窓口・・になっている可能性も無くはない。

 こちらはアドルフォと違って居場所がはっきりしている。


 襲うならこちらにするか?

 あからさま過ぎる気もするが、もしかして餌か何かと言う事もあり得るな。

 

 ……取りあえず、拠点は他にもある。 いくつか潰してから判断するとしよう。


 俺はアッサンに普通に営業を続けろとだけ言ってその場を後にした。




 取りあえず、次は夜を待って大っぴらに攻めようと決めていたので、昼間はその辺をぶらぶらして食べ歩きながら時間を潰し、日が沈むのを待つ。

 警戒はしていたが尾行や刺客の気配は特に無い。


 誤魔化せているのか、俺が気付いていないだけなのか……。

 分からん以上、居るかもと警戒は怠らないようにしよう。

 次の襲撃予定の拠点は傭兵共の詰所だ。


 ここも表向きは詰所だが、裏では暗殺者共のねぐらになっている。

 さて、飼い主の居場所を知っている奴は居るかな?

 

 ……どちらにせよここは落とすつもりではあったが。


 この詰所は立地・・がいいので知った時から手に入れようと思っていたのだ。

 押さえておくとなにかと都合が良さそうだしな。

 周囲に人影がない事を確認して適当に近づいた所で魔法で音を消す。


 これで悲鳴は外に漏れない。

 さてとやるか。

 まぁ、俺がやる訳じゃないが。

 

 俺の足元に大量のグロブスターが現れた。 さっき作っておいた奴等だ。

 一日、食べ歩いたお陰で腹具合にはまだ余裕がある。

 

 「行け。 ただし、事情を知っていそうな奴は捕らえるか、肉体の制御を奪うに留めろ」


 同時にグロブスター達が群がるように建物に殺到した。

 俺はここで逃げてくる奴の始末だ。

 待っていると中で複数の何かが動き回る気配。


 異変に気が付いたか。

 数十秒後には戦闘が起こったようで窓から漏れる灯りにちらちらと影が映り込み――血のような物がべしゃりと張り付く。


 ……あんまり派手にやるなよ。 掃除が面倒だ。


 そんな事を考えていると勢いよく扉が開き、男が二人飛び出してくる。

 

 「な、何なんだよあれは!? あいつらどうしちまったんだ!?」

 「俺が知るか! 仲間が化け物になっちまうとか悪夢としか――」


 二人か。 思ったより少ないな。

 動転していたのか俺に気付くのが致命的に遅れた。

 二人の口の辺りを掴んで持ち上げ、そのまま手の平から根を伸ばして口腔から体内へ侵入して乗っ取る。


 「この建物に裏口は?」

 「裏手に二ヵ所あります」  


 俺が質問するとぼんやりとした口調で片方が答える。

 

 「そうか。 ならお前等はそこを固めろ。 逃げる奴は捕らえろ。 無理なら殺せ」


 二人は頷いて各々、武器を片手に裏手へと走って行った。

 他に逃げてくる奴は居ないか。

 なら、俺も中に入るとしよう。


 「何なんだ!何なんだよこいつ等はぁ!?」

 「俺が知るか! 余計な事言ってないでさっさと戦え!」

 「ああああああああ!!! 俺のうでが、おれのうでがあああああ!!」

 「外に連絡を! 救援を呼ぶんだよ! 魔石を持っている奴は!?」

 「真っ先に化け物になっちまったよ!」


 入った瞬間に響き渡る怒号と悲鳴。

 加えて剣を振るう音や魔法を撃ち込む音などが響き渡る。

 周囲を見ると、それなりに激しい戦闘があったのか喰い散らかされた死体が散乱していた。


 変異すると腹が減るからな。

 これは仕方ない。 まぁ、この様子なら制圧は時間の問題か。

 

 ……それにしてもグロブスター。 思ったより使えるな。


 いちいち洗脳を施して回る必要もないし、変異に成功すればそれなりに戦力にはなる。

 能力にムラが出るのと確実に成功する訳じゃない事が難点だが、この様子を見る限り些細な事だろう。

 敵を減らして味方を増やせるという点も大きい。


 それに上階の狂乱ぶりを見ると、目の前でお仲間が化け物に変わるのは中々ショッキングらしく、敵の恐怖心を煽るのに一役買っている。 映画等でよく見られるシーンだな。 傍から見るとさっさと動けよと思うが、想像を遥かに超える事象に遭遇すると人間って奴は硬直するようだ。


 フィクションだからと軽く見る物じゃないなと考えている間にも上は大変な盛り上がりを見せていた。

 俺が魔法を維持している間は建物の外に音は漏れないから存分にやってくれ。


 中は荒れていたが、無事な椅子を拾い上げて座る。

 やる事も無いししばらく待つか。

 この様子だと、待ってれば問題なく制圧できそうなので、そのまま椅子に背を預けて目を閉じた。


 時間にして十数分と言った所か、悲鳴と戦闘の音が止んだ。

 少しすると何かが砕ける音と共に天井が砕けて何かが落ちて来た。

 何だと視線を向けると、人型の鉄の塊みたいな奴がおっさんを抱えて落ちてきたようだ。


 鉄の塊からおっさんを受け取って記憶を引っこ抜く。

 うん。 間違いなくここを仕切っている奴だな。

 適当に記憶を漁ったが、アッサンと同レベルの知識しか持ち合わせていなかった。


 使えない奴だな。

 取りあえず洗脳を施して、ここの管理を押し付けておいた。

 さーて、どうした物か。


 ここも空振りとなると、やや危険だがパスクワーレの屋敷を襲うか?

 少し悩んだが、ここは保留にしておいた。

 アスピザル達も動いているだろうし、何も俺だけ頑張る必要もないだろう。


 状況が動くまで少し待つとしよう。

 

 ――取りあえず……。


 腹減ったし飯にでもするか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る