第291話 「竜砲」

 クリステラが師と仰ぐだけあってサブリナと言う女はかなり手強い。

 俺の動きに慣れたようで、ほんの僅かな攻防でこちらの攻撃の癖と間合いを掴む洞察力は流石だ。

 

 それに連携を意識した動き。

 蠍がニードルガンを撃つタイミングで射線から離れるという離れ業まで披露してくれた。

 ザ・コアの重量と身長の所為で、どうしても攻撃速度に差が出てしまう。


 魔法と左腕ヒューマン・センチピードで埋めようにも、前者は錫杖で後者は常に俺の右側・・に移動する事で対処していた。

 こちらも最初の数回で特性を掴まれたようで、繰り出しても当たらない。

 加えて、自分の攻撃も有効ではないと悟って俺の集中力を削ぐように立ち回るのも鬱陶しかった。


 ……そうする事で本命の蠍の攻撃を当てやすくすると。


 スケールアップしたニードルガンは侮れない威力なので被弾は不味い。

 一対一なら、ザ・コアで粉砕するが、サブリナのお陰でそれが出来ずに躱すしかできなくなっている。

 状況だけ見ると俺がやや押され気味だ。


 だが、それ以上をしてこないと言う事は連中の手札は出尽くしたとも言える。

 片方を落とせば一気に傾くだろう。 それに――。


 蠍もリミットが刻一刻と近づいているだろうし、周囲の変異したガキ共も数を減らしていっている。

 お互い、決め手に欠いた膠着状態であるならば、勝敗は揺るがない。


 動きは衰えないが二人からは焦りが滲んでいる。

 特に蠍は顕著で、ニードルガンの連射速度が上がり、狙いが雑になって来ていた。

 リミットの近さを感じているから尚更だろうな。


 確かに粘れば勝てる。


 ――だが、折角のシチュエーションで、手頃ながいるこの状況。


 使わない手はない。

 大振りで一時的にサブリナに距離を取らせ、地面にザ・コアを突き立てて回転させる。

 地面の石畳が砕け、その下の土と一緒に周囲に派手にまき散らす。

 

 サブリナは咄嗟に顔を庇い、蠍は土や砂ぼこりで視界が塞がったので照準が彷徨う。

 時間にして数秒だが、自由になる時間が出来た。

 それだけあれば充分だ。

 

 俺はザ・コアを真っ直ぐに突き出すように構える。

 狙いは蠍。 元に戻られる前に喰らわせたい。


 ――第二形態だ。


 俺の命令に応えたザ・コアは中心が割れて中身が露出する。

 それは巨大な穴。 砲身・・だ。

 一瞬、首途の言葉が脳裏をよぎった。


 ――敵の大技を食った後以外は使わんといてな? 燃費が半端ないねん。


 無視する形になって申し訳ないが、これでもキャパシティには自信がある。

 問題ないだろう。

 

 ――撃て。


 俺の命令を実行したザ・コアはその開いた口から――  





 その時、街の外及びデトワール領近辺に居た者はそれを見た。

 ある者は驚愕する事しかできず。 

 ある者は美しいと表現し。

 ある者は神の怒りと恐れた。


 仲間を待っていた二人の転生者は呆然とそれを眺め、慌てて無事を確認するために動く。


 屋内に居た街の住人はそれを見る事は叶わない。

 見れたとしても次の瞬間には消失していたからだ。


 移動していた聖騎士達はそれとそれが起こした結果を見て――立ち尽くすしかなかった。







 最初にその話を聞いた時には耳を疑った。

 首途はザ・コアに秘められた能力について語ってくれたのだが…。

 

 ザ・コア。

 正式名称は魔力駆動生体式・・・破砕棍棒 ザ・コア。

 その正体は中にとある生き物の器官をそのまま組み込んだ生体兵器・・・・だ。

 

 だから一定の温度に保って、血液・・を循環させてやらないと壊死するという困った代物だった。

 本来なら誰も使えないただの悪趣味なパッチワークで終わるはずの物。

 だが、俺が根を送り込み、組成を組み替え、単独で生きられる・・・・・ように改造を施した結果、ようやく武器としての産声を上げる事が出来た異形。

 

 この武器は生きている。

 中には魔石と機能を十全に活かす為の臓器が存在し、中で鼓動を刻み、知能は低いが意志を持つ。

 だから少々の破損は再生するし、代謝を行う事で常に最良の状態で稼働する。


 首途はその仕組みを思いついた時、なるべく強い生き物の器官を取り込みたい。

 拘り抜いた奴はある生き物に注目した。


 ――それはドラゴン


 フィクションでよくお目にかかる怪獣その物のビジュアルを持つ巨大生物だ。

 この世界には存在し、その一部は様々な好事家達の間で高値で取引されていた。

 首途は金に物を言わせ、ヴェルテクスの制止を振り切って購入。


 嬉々として使用した。

 ザ・コアが砲身から吐き出す物の正体。

 それは所謂、竜の吐息ドラゴン・ブレスと呼ばれる代物で、仕組みの所為で首途も試射が出来なかった難物だ。


 だが、消耗の激しさは予想できたので注意はされたのだが……。





 竜が吐き出す息だ。

 フィクションみたいに派手な火炎放射を想像していたのだが――どうやら俺には想像力が足りなかったらしい。


 ザ・コアの砲身から吐き出されたのは紅の奔流、要は光線――と言うよりは熱線か。

 威力は何とも言えんが見た所、エルフの里で喰らった光線よりは迫力は上に見える。

 光は蠍の反応速度を軽く置き去りにして直撃。


 その姿を一瞬で蒸発させた。

 正直、自分でも絶句する威力で、凄まじい勢いで魔力が食われるのを感じる。

 早く止めないと不味い。 それに反動が凄まじく、気を抜くと吹っ飛ばされそうだ。


 ……だが、その前に。


 ――アスピザル!


 ――わ、何? そろそろ引き上げた方がいい?


 ――今いる場所の位置は?


 ――例のデッドスペース――位置的には多分地下だね。


 ――そのまま動くな。


 ――え? 何? 何?


 応えずに通信を切る。


 俺はザ・コアを斜め上に向けてそのまま薙ぐように振り回した。

 その場で一回転して供給を切る。

 魔力供給を失った事により、閃光が途切れたが周囲はとても明るくなったな。

 熱線は孤児院の上半分を蒸発させ、薙ぎ払った事で街中の二階建て以上の建物は残らず一階建てになり炎上。


 何かに引火したのかあちこちで爆発まで起こった。

 少し遅れて悲鳴や怒号、足音などが聞こえ始め、いい感じにパニックになったようだ。

 さて、当てにしていた援軍とやらは真っ直ぐこっちに来れるのかな?


 それにしても素晴らしい威力だ。

 素晴らしすぎて少しフラフラするな。

 消耗が激しい。 後で死体でも喰って補給しなければ。


 ……その前に。


 残ったこの女の処理だ。

 サブリナは錫杖を構えつつ後退りをしている。

 完全に腰が引けており、思考は逃げる事にかなり傾いているようだ。

 

 「……逃げようとしている所、悪いんだがもうお前は詰んでいる」


 手の内は完全に見たし、頼みの綱のお仲間は――さっきまで蠍が居た場所を一瞥。

 奴が身に着けていた鎧が脛から下だけ残っていた。

 どうやらそれより上は消し飛んだらしい。


 「恐ろしいまでの威力ですね。 貴方は一体……」

 「そんな事より自分の心配をした方がいいと思うが?」

 「私を捕縛するつもりですか? ……ですが、神の僕である私が貴方のような者に捕らえられる訳には行かないのですよ!」


 そう言ってサブリナはポケットから水晶でできた針のような物を取り出――


 ――取り押さえろ。


 ――したと同時に敵が減った事により手の空いたレブナント達に取り押さえられた。


 俺はサブリナが握っていた錫杖を蹴り飛ばし、取り落とした針のような物を拾う。

 サインペンぐらいの太さで、長さは三十センチ程度。

 魔石か何かでできているのか透き通ったガラス細工のようにも見える。

 適当に手の中で弄んだ後、拘束されたサブリナの耳に指を突っ込んで記憶を確認してその正体を知った。


 ……なるほどなるほど。


 ガキ共に施していた処置と実験の詳細も大雑把だが掴めた。

 中々面白い事をやっているな。 成果は余り出ていないようだし俺も協力してやろうじゃないか。


 ……お前で実験してやるよ・・・・・・・・・・


 レブナントに指示を出してガキの死体を持って来させる。

 

 「な、何をするつもりですか!? いえ、私に一体何をしたのですか!?」


 ……別にまだ・・記憶を抜いただけで何もしてないぞ? これからするけど。


 不安なのか震えた声で喚くサブリナを無視して比較的原型を留めている死体を受け取り、根を植え付けた後その辺に置く。

 さて、完成まで少しかかるしお喋りでもして時間を潰そうか。


 「ところで、さっき神だか、主だかの僕がどうのとか言っていたな?」


 サブリナは答えずに意図を探るような目で俺を見る。


 「つまり、ガキ共を実験に使っていたのも、クリステラを嵌めたのも全て、主の為でお前自身には欲望や願望は欠片もないと?」

 「……その通りです。 私は主の僕で、全ては主の為です。 ここでの行いはその為の物で、そこに私の意志が介在する余地はありません」


 ……ほう。


 「つまり性能・・の劣ったガキを使うのも、お前の気分じゃなくて主の意志だと」

 「その通りです! 彼等では主のお役には立てない。 ですからこういった形で主のお役に立って貰ったのです!」


 ……なるほどなるほど。


 「そうか。 良く分かった。 ならちょっとお前の信仰心とやらを試してやろうじゃないか」


 俺が指を鳴らすと、ガキの死体から腹を突き破ってグロブスターが生まれた。

 サブリナはそれを見て驚愕に目を見開く。

 俺は無言で針をサブリナの頭に突き立てた。


 「あ、が……」

 「心配するな。 これでも人体の構造には詳しいんだ。 死にはしない」


 えっと? 確か魔力を送り込めばいいんだったな。

 針が光を放ち、サブリナがガクガクと痙攣し始める。

 

 「放してやれ」


 レブナント達が離れ、同時にグロブスターが痙攣しているサブリナに寄生。

 変異を始める。

 さて、どうなるのやら。


 ――ロー! そっちは大丈夫?


 不意にアスピザルからの連絡が入る。


 ――問題はない。 それよりそっちの作業は?


 ――終わったよ。 重要そうな資料や道具は持ち出せるだけ持ち出した。


 ――分かった。 ならお前は直ぐに離脱しろ。 俺はもう少しやる事があるから少し遅れる。


 ――うん。 分かったけど――さっきから火事みたいで煙がすっごい流れ込んで来るのは君の仕業?


 ――いいから行け。


 質問には答えず、強引に打ち切った。

 これだけ派手にやらかしたんだ。 罪を擦り付ける相手がいるだろうが。

 痙攣しながら全身を異様に波打たせたサブリナを見て、これは行けそうだなと確信した。


 ……何とも本音と建前を使い分けていた女だったな。


 結局、サブリナと言う女に俺が抱いた感想はそれだけだった。

 変異に成功している時点で無欲とは言えないんだよ。

 まぁ、精々俺の役に立ってくれ。

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