第284話 「追突」
「……はぁ」
街をとぼとぼと歩きながらあたし――ジョゼは溜息を吐きました。
ゲリーべに来てもう随分と経つ。
考える事は一つ。
……いつまでこうしていればいいのだろうか?
ここに居る事は当然ながら教団に報告はしていて、休暇と言う形で受理されています。
だから問題はないのですが……。
必要があれば教団から出頭命令が出て、そこへ向かうと言う事になるでしょう。
聞けばクリステラ様の新しい専用装備を製作中なのでそれの完成待ちと言う事もあると聞きました。
……でも。
そんな事をしている場合なのでしょうか?
現在、グノーシスの立場は苦しい物になっています。
オールディアに引き続き、ウィリードでの惨劇。
聞いた話ですが、ダーザインに負け続けているので聖騎士の実力を疑う声もあるとか……。
どうしてこんなに頑張っている教団の皆がそんな風に言われないといけないのでしょう。
道ですれ違った冒険者に弱いから死んだとムスリム霊山を守る為に必死に戦った皆を揶揄された時は怒りでどうにかなりそうでした。
どうして皆が――サリサがそんな風に……。
……だからこそ生き残ったあたし達が頑張らないといけないのです。
なのに肝心のクリステラ様はどうしてこんな所で燻っているのでしょうか。
分からない。 あの人の事が分からない。
今までも分からないと思ってはいましたが、正しいと言う事だけは分かっていたのでそれでいいと思っていました。
でも、今は――。
「わっ」
そんな事を考えていたせいでしょうか?
あたしは目の前の存在に気が付けませんでした。
胸の辺りに軽い衝撃。
誰かとぶつかったと認識した時にはもう遅く、相手は尻餅をついていました。
「ごめんなさい! 大丈夫ですか?」
あたしは慌ててぶつかった相手に手を差し出します。
「いえ。 大丈夫ですよ。 僕の方こそごめんなさい。 不注意でしたね」
相手はあたしの手を掴んで立ち上がる。
可愛らしい少女でした。
髪は腰まで届きそうなほど長く、動き易そうな服装が健康的な印象を与えます。
見た所、手ぶらみたいですが街の子かな?
「本当にごめんなさい。 あたしはこれで――」
「あ、ちょっと待って下さい」
考え事をしていて起こった不注意を誤魔化すように足早にその場を後にしようとすると呼び止められました。
「……えっと……何か?」
「お姉さんってグノーシスの人ですよね?」
「そうですが……」
あたしが答えると少女はぱっと笑顔になる。
「良かったら街を少し案内して頂けませんか?」
アスと名乗った少女はとてもよく笑う人懐っこい印象を受ける子でした。
彼女は将来、実家を継ぐと言う事で、その前に見識を広げる為に友人達と旅をしているらしいです。
大丈夫なのかなとも思ったが、彼女の友人は腕が立つ者ばかりで、現役の冒険者も居ると聞きます。
冒険者という単語に少し胸がざわついたけど、気にしないと自分に言い聞かせました。
「旅の途中でこちらに立ち寄ったと?」
「うん。 そうなんだ。 ここってグノーシスの聖地としては有名だからね。 僕も将来お世話になるかもしれないから」
「なるほど」
家を継ぐと言う事は商人か何かなんでしょうね。
グノーシスの庇護下に入れば商売も円滑に進みますし良い事です。
「僕ばかり話すのもなんだし、良かったらジョゼさんの話を聞かせてよ」
「あたしの話ですか?」
「うん。 聖騎士の人に話を聞けるなんて滅多にないからさ。 話せる範囲で良いんだけど仕事の苦労話とか面白い所とか聞きたいな?」
そう言ってアスさんはにっこりと笑う。
あたしも釣られるように笑ってぽつぽつと話しました。
幸いな事に買い物と言うのは建前で気分転換に外に出ていたので、時間は有り余っていた事。
それに加えて、街は広くはありませんが話しながら歩くには丁度良い広さだった事。
最後にアスさんが聞き上手だった事です。
そのお陰なのか、話したり説明したりが苦手なあたしでもするすると言葉が出てきました。
彼女はもしかしたら将来、凄い商人になるのかもしれませんね。
そんな事を考えながら、あたしが聖騎士を目指す切っ掛けの話から少しずつ、今に続いて行きます。
「へぇ……。 聖騎士になるのも大変なんだね」
「そうなんですよ! でも、人の役に立てる立派な仕事ですし、何よりやりがいがあります!」
あたしは胸を張ります。
そう、聖騎士は主に仕える正義の剣。 正しさの具現なのです!
……ですが。
不意にさっきの事を思い出して気分が少し沈みます。
アスさんはそれを見て何かを察したように頷きました。
「もしかして、最近の事件の事?」
心を読んだかのような言葉にあたしはどきりとします。
「……知っていたのですか?」
「まぁ、有名だしね。 これでもあちこち旅をしているから噂の類は自然と耳に入るんだ」
「そうですか……。 少しお聞きしたいのですが、アスさんも噂と同じ考えなのですか?」
あたしがそう言うと。 アスさんはうーんと小さく唸った後、口を開きました。
「僕は当事者じゃないから、あくまで客観的にしか意見を言わない。 その事を念頭に置いて聞いて欲しいんだ。 ……まず、最初にはっきり言うと、グノーシスの評判が落ちたというのは紛れもない事実だよ」
彼女の言葉はあたしをガツンと打ち据えます。
やっぱりはっきり言われると辛いですね。
「オールディアに続いてウィリードでの惨劇。 これが街外れの教会とかだったら良かったんだけど、両方ともグノーシスの大拠点だ。 そこが事実上、陥落したんだから少なくとも聖騎士の実力を疑われるのは仕方がないよ。 特に両方とも聖堂騎士が居たにも拘わらずでしょ?」
何も言い返せませんでした。
彼女の言う事は正しい。 正しすぎるぐらいの事実です。
グノーシスは敗北しました。 完膚なきまでに。 二度も立て続けて。
「ジョゼさんには酷な話だけど。 僕は商人になるって話をしたよね? 商売をする上で大切な物は何だと思う?」
「……商品の質ですか?」
考えましたがそれぐらいしか思いつきませんでした。
「うーん。 ちょっと違うかな? 答えは「信用」だよ」
「信用、ですか?」
「そう。 それがないとそもそも商売が成り立たないからね。 質の良い商品を提供してお客さんを満足させる。 納期を守って商品を卸す。 そう言うのをひっくるめて信用だよ。 簡単に言うと約束を守る事だね」
今一つ意味が分かりません。
「えーっと……。 たとえ話をするよ。 正直な人と嘘ばっかり吐く人どっちと仲良くしたいと思う?」
「正直な人です」
考えるまでもありません。
「基本はそれだよ。 何をするにしても正直な人と付き合いたいと思うでしょ? 言い方は悪いけど、グノーシスは派手に負けて、
アスさんの言葉はあたしの胸にすとんと落ちた。
つまりあたし達はダーザインに無理矢理嘘つきにさせられたと言う事ですか。
……サリサ――。
「……こう言うのはこれをやればいいっていう簡単な解決方法はないから、地道にやって信用を回復させるしかな――ご、ごめん。 きつく言い過ぎたかな?」
「いえ、こちらこそ――言い出したのはあたしなのに……」
少し良くない雰囲気になりましたが、アスさんは思い直したように表情を変えます。
「ちょっと話は変わるんだけど、ジョゼさんって孤児院の方から歩いて来たんだよね?」
「……? えぇ、そうですが……」
「良かったら中の様子とか教えてよ。 教会は見に行ったんだけど隣の孤児院は入れなさそうだったからさ、中の様子に興味があるんだ!」
……これは気を使われたのでしょうか?
見るからに年下っぽい子にまで気を使われるなんて……。
我ながら情けない。
これ以上気を使わせない為にも明るく行きましょう!
「中の様子ですか? そうですね……」
あまり人に説明するのは苦手でしたが、アスさんの質問に答える形で孤児院について話しました。
一日の流れや外から見えた尖塔についてなど、彼女の質問に次々と答えていましたが……。
……随分、細かく聞いてきますね。
そんなに興味があったのかな?
一通り話し終えた所で、元の場所へ戻ってきました。
「ジョゼさんありがとう、とっても参考になったよ。 そろそろいい時間だし僕は宿に戻るね」
アスさんの言葉を聞いて空を見上げると、いつの間にか日が傾いていました。
そうですね。 夜に街を歩く事は推奨されないので戻るにはいい時間です。
「分かりました。 名残は惜しいですが……」
「じゃあね。 縁があったら、また」
そう言って彼女は手を振って小さく駆け出し、その小さな背が見えなくなった所であたしも踵を返します。
胸のしこりは取れませんが少しだけ気分は軽くなりました。
出た時よりもやや軽い足取りで孤児院に戻ったのですが――
――手ぶらで帰ったあたしを見て、クリステラ様が不思議そうにしていた事は別の話。
……買い物に出るって事で外に出た事をすっかり忘れていました……。
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