第283話 「混迷」

 殺されてしまう? 馬鹿な。

 彼女の言葉を聞いて真っ先に浮かんだのはそんな言葉だった。

 何故、子供が殺されねばならないのだ。


 それも子供を守るこの孤児院で。

 有り得ないと切って捨てたい所だが、イヴォンの表情は真剣そのものでふざけているようにはとてもではないが思えなかった。

 

 「どうしてそう思ったのか理由は話して頂けますね?」 

 「……はい。 クリステラ、様は――」

 「クリステラで構いませんよ」

 「えっと――ク、クリステラさん……は、どれぐらいの頻度で里親が決まるかはご存知ですか?」

 「……多くて年に数度、全くない年もありましたね。 正直、珍しいと言った印象でしたが……」


 自分が居た頃を思い出してそう答える。

 私が居た期間だけに絞るのなら精々十数人と言った所だろう。


 「ここ最近は多くて、数十日に一度。 それも数人纏めてです」


 私はそれを聞いて驚きに小さく目を見開く。

 多い。 いや、多すぎるというべきだろう。

 自分が居た頃に比べると異常とも言える。


 教団の定める里親の基準に合致するものがそう何度も現れる物なのか?

 正直、考え辛い。

 そこまで頻繁に子供達を外に出すなんて、まるで何か別の用途に使う為に送り出しているのではないかと邪推してしまう。


 「少し前の事です。 わたしの友達のエマに里親が決まり、ここを去ることが決まりました。 ……ご存知かもしれませんが、別れは決まった発表の翌日夜にそっと行われます」


 それは私も知っている。

 当日とその次の日の昼間に挨拶を済ませ、夜にそっと居なくなる。

 それがこの孤児院の別れだ。 


 私の時もそうだったし、昔からそうしていたから疑問を抱く事も無かったが…。


 「わたし、エマと別れるのが寂しくて、せめてお見送りだけでもと思って消灯後にそっと部屋を抜け出したんです」


 色々と気にはなるが今は彼女の話に耳を傾けよう。


 「……そこで見てしまったの。 修道女サブリナに手を引かれているエマを」


 それだけなら特におかしな事ではないのだろう。

 ただ、問題なのは手を引かれて行った先が修道女サブリナの執務室だったからだ。

 あそこは彼女の私室を兼ねており、貴重品や重要書類などが保管されているので限られた者以外の立ち入りは強く禁じられていた。


 私自身、場所は知っているが入った事はない。

 修道女サブリナに用事がある場合は彼女が直接出向くので、そもそも近づく事もなかったからだ。

 イヴォンはかなり迷ったようだが、気になって後を追いかけた。


 予想通り、二人は修道女サブリナの執務室に入って行ったので、扉に耳を当てて聞き耳を立てたが反応がない。

 不思議に思い、意を決して中に入ったようだ。


 中には書類や用途が不明な魔法道具が並んでおり、雑多な印象を受けたらしい。

 だが、肝心の二人の姿が見えない。

 部屋の奥へ進むと本棚の間に扉があり、そこから微かに光が漏れているのが見えた。


 二人はそこだろうと思い、中へ入る。

 扉の向こうはやや急な階段で、降りて行くと漏れていた光の源が見えて来た。


 そこで彼女は見てはいけない物を見た。 いや、見てしまったというべきか。


 降りた先は広い部屋で、床には意味が分からない文字や図形。

 それを取り囲むようにグノーシスの象徴たる像に似た物が複数。

 部屋の隅に修道女サブリナと――魔物がいた。


 人間と同じく四肢を備えてはいたが、似ても似つかない異形。

 首はなく、胴体と一体化した頭部に、腰の辺りから先端に針のような物が付いた長い尾。

 体表は甲冑のような硬質感。


 無意識なのか尾は小さく風を切って床を叩いたり、彷徨うように動いていたらしい。

 私はその魔物の正体に心当たりがあった。

 異邦人。 異形の人。


 彼等は聖堂騎士の地位を与えられて教団に迎え入れられている。

 規模の大きい拠点であるここに居ても不思議ではないが……。

 そんな事を考えながら彼女の話に耳を傾ける。


 異形の存在に驚き、肝心な物を見落とした彼女はようやくそれに気が付いた。

 部屋の中央に拘束された友人の存在に。

 彼女は頭に長い針のような物を数本突き立てられており、意識はないのか全く動かなかった。


 ――そしてそれは起こった。

 

 地面に描かれた文字や図形が光り輝き、エマの体を包んでいく。

 途中で意識を取り戻したのか、不意にかっと目を見開き悲鳴が上がる。

 表情も凄まじかったらしくその件になるとイヴォンの言葉が詰り、息が荒くなった。


 何をやっているのか彼女には理解できなかったが、知らない方がいい類の事であるのは明らかだ。

 エマは悲鳴を上げながら顔中から血を垂れ流し、背中――肩の辺りが盛り上がり、肉体に何らかの変化が起こりつつあった。


 悲鳴の凄まじさと、友人に起こった出来事にイヴォンの精神は限界を迎え、彼女は必死に息を殺しながらその場を逃げ出して自室に戻る。

 寝台に飛び込んで必死に目を閉じ、なかった事にしようと自分に言い聞かせた。


 それが数日前の事で、次に選ばれたのが自分と言う事でイヴォンは自分の運命を悟ったようだ。

 せめてもの足掻きにとこの孤児院から逃げ出そうとあちこちを見て回っていた所を私に見つかった。


 ――そして今に至ると。


 「……それで全部です。 わたしの思っている事が正しければ、明日の夜にはわたしはエマと同じ運命を辿るでしょう」


 話を聞いた私の頭は混乱していた。

 以前であれば――いや、聖堂騎士なら修道女サブリナを疑うなんて事はあり得ない。

 一笑に付して本人に確認をして、イヴォンを安心させようと考えただろう。


 だけど、今はどちらの言葉を信じればいいか分からない。

 私は……。


 「どちらにせよ明日の夜にはわたしは居なくなります。 それが過ぎれば好きにして頂いて構いません」


 イヴォンは私が何も言わなかった事で気が済んだと判断したのか小さく会釈してそのまま、部屋を後にした。

 一人になった部屋で、私はその場から動けずにしばらく答えの出ない思考を繰り返していた。




 時間を置いて少し落ち着いた私は努めて冷静に思考を巡らせる。


 イヴォンの話は何の根拠もない。

 彼女の話を信じると言う事は修道女サブリナを疑うと言う事だ。

 今の自分があるのは彼女のお陰で、私はそれを忘れた事はない。


 感謝はある。 だが、何故か疑念が消えない。

 イヴォンの話が嘘と思えないからだ。

 私はどうすればいい?


 考える。


 一番簡単なのは何もしない事だ。

 私は何も聞かなかった。 そうすれば何の問題もない。

 今まで通り修道女サブリナを敬い、この疑心も時が押し流してくれるだろう。


 聖堂騎士としての私はそうじゃないと両断する。

 修道女サブリナにこの話をして、真偽を確かめるのだと言う。


 ……それが正しい筈だ。


 だが、疑心がそれを否定する。

 もしイヴォンの話が本当だった場合、彼女の身に危険が及ぶ。

 いや、私が動かなくても確実に彼女は居なくなる。


 修道女サブリナに何か聞くのは不味い。

 

 ……どうする?


 私はどう動けばいい?


 迷って迷って迷い抜いた後、答えが出た。

 




 実験は成果こそ出しているが完成は遠い。

 サブリナと呼ばれている女は自室で今まで付けていた記録を読み返していた。

 彼女に与えられた聖務は新たに得た技術の検証と試用。


 加えてそれを安定して使えるようにする為の実験。

 修道女サブリナ。

 グノーシスに忠誠と信仰を捧げた信徒にして主の僕。


 主命と言うのであればどんなことでも行おう。

 たとえそれが手塩に掛けて育てた子供達を使い潰す事になるとしても。

 彼女は子供達を愛している。


 幼い時分から引き取り、育てて来たのだ。 愛情を抱かない訳はないではないか。

 子供達を失うのは辛い。 胸が張り裂けそうだ。

 だが、躊躇いはない。 理由は簡単、それが必要だからだ。


 反面、自分の意に沿わない成長をした子供へは内心で見切りをつける冷淡さも持ち合わせている。

 その矛盾に彼女は気付いていない。

 何故なら自分は愛情をもって正しく育てているのだから、正しく育つ・・・・・に決まっている・・・・・・・からだ。


 そうでない者は自分の子供であっても愛しい・・・子供ではない。

 サブリナの世界はそのようにして分かたれている。

 今も彼女は自分の成すべき事を成す為に思考を続けていた。

 

 現在考えているのは、決まりを破った愚かな子に贖罪の機会を与える事だ。

 イヴォン。 賢い子ではあったが、間違えてしまったようだ。

 だからこそ彼女の間違いを正す為に明日の夜、儀式を以って罪を浄化しよう。


 それと並行して儀式が失敗した理由を考える。

 この手段を持って来た異邦人も手探りなので検証を主軸に据えて行うように言って来た。

 まだ、数十人でしか試せていない。 もっと試行回数を増やせば見えてくる物もあるだろう。


 サブリナはそんな事を考えながら次に行う儀式の事を考えていた。

 イヴォンが逃げ出すかもしれないと言う事は考えない。

 何故なら、逃げ出す事なんて不可能だからだ。


 孤児院の周囲に配置した魔法道具、巡回する聖騎士による警戒網。

 仮に施設から逃げ出せたとしてもこの閉ざされた領からは出る事は不可能。

 だからサブリナは警戒しない。


 既にイヴォンを捧げる事は決定事項で、考える事は儀式の進め方だけでいいのだから。

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