第285話 「憤懣」

 「情報を集めて来たよ!」


 広場で寝たふりをしながら脳内で新しい魔法の使い方や戦い方の模索、飽きたら記憶の閲覧等で適当に時間を潰し、日が傾いた所で宿に戻ったのだが――。


 「集めて来たよ!」


 ――開口一番これだ。


 俺がベッドで横になっていると少し遅れて戻って来たアスピザルが鼻息荒く、そんな事を言い出したのだ。


 「……そうか。 で? 俺はそれを聞けばいいのか?」

 「うん。 まぁ、聞いてよ」


 ……はいはい。


 俺としてはさっさとここを離れて王都へ向かいたいので、余り聞きたくない。

 正直な話、アスピザルにはさっさと諦めて貰いたいというのが本音だ。

 ざっと見た限り、この街はグノーシスの拠点としてはそれなりに重要なのは分かったが、テュケの拠点としては精々、セーフハウスぐらいの価値しかないんじゃないのかと考えていたのだが……。


 聞けばアスピザルの話は中々興味深い内容だった。

 まずは孤児院の構造だが、あちこちに良く分からないデッドスペースと思われる部分が存在しており、ただの孤児院とは考えられないとの事。


 加えて、ここ最近で里親に出された子供が多く、それなりの数の子供が消えている。

 その話を聞きながら奪った記憶を精査するが――妙だな。

 誰も子供が街から・・・・・・出るのを見ていない・・・・・・・・・


 話によればそれなりの数が消えている筈だが記憶にない。

 まぁ、全員が見ていないと言う事もありえん話ではないが…。

 アスピザルの話が本当なら、子供を里親にくれてやったと言った裏でどこぞで消している事になる。


 控えめに言ってもキナ臭いのは確かだ。

 

 ……それにしても……。


 「よくそれだけの情報が集められたな。 どこで仕入れた?」

 「出て来た聖騎士のお姉さんに偶然を装って接触してそれとなく聞いたんだ」

 「それとなく、か」


 恐らく誘導されたんだろうが、それにしても様子を見る限り情報の取り扱いは厳しそうに見えたんだが……。

 まさかとは思うがガセを掴まされたんじゃないだろうな?


 「……うん。 ローが疑うのも無理はないけど、あのお姉さんが勘違いでもしていない限り信憑性は高いと僕は思う」


 ……まぁ、そこまで言い切るのなら、疑いは脇に置こう。


 「後、僕が話を聞いた聖騎士は外様だよ。 恐らくは誰かの帯同と言う形でここに来たみたいだ」


 なるほど。

 他所から来たのならここのルールに疎いのも頷ける。

 口が他より軽い理由にも一応は説明が付くか。


 だが、そうなると別の問題が出て来る。

 誰の腰巾着をしているかだ。

 

 「ならそいつの主人が居るんじゃないのか?」

 「……そうなるんだよね。 話を聞く限り、聖堂騎士の可能性が高いよ」


 聖堂騎士か、確実に居る二人に居るかもしれない三人。

 それに追加で一人か。

 最大で六人。


 全員がクリステラと同等とは限らないが、転生者が混ざっている可能性がある以上は危険過ぎるな。


 「異邦人の話は聞けたのか?」 

 「……うーん。 聞いた限りは居ないっぽいんだけど……」

 

 単純に顔を見せてない可能性もある。

 デッドスペースがあるのなら、そこが住居と言う可能性もあるからな。

 確かに有用な情報ではあるが、モチベーションと言う意味ではさらに下がった。


 「以前にも言ったが、俺は撤退を勧める。 聖堂騎士が最大で六人。 加えて内数人が転生者。 連中がガキを何かしらの目的に使っているのは分かったが、拠点としての価値はそれだけだ。 お前が何に拘っているのかは知らんが、リスクに釣り合うほどのメリットがここを潰す事で見出せるのか?」

 「…………そう、だよね」


 俺がそう言うとアスピザルは小さく俯く。


 ……随分とらしくない反応だな。


 普段なら「そうだよねー。 じゃあ止めとこうか」とでも言ってあっさり引き上げに同意する筈だが……。

 何がこいつをそこまで動かすのか理解できん。

 そして理解できん物に命は賭けられんな。


 「……ローの言う通りだよ。 僕も冷静じゃない事には自覚がある。 ……分かった。 明日にでも引き上げよう。 ただ、今晩だけ様子を見させてくれないか? それで、何も見つけられなかったら諦めるから」

 「それでお前の気が済むのなら良いんじゃないか?」


 アスピザルは重い息を吐くと、小さく肩を落とす。

 一週間の所を一晩だ。 それぐらいの我慢はしようじゃないか。

 

 「ありがとう。 じゃあ行こうか?」


 俺が同意するとアスピザルはぱっと表情を明るくして踵を返す。


 「……何?」

 「だからこれから孤児院の近くに陣取って様子を見るんだよ」

 「それは分かったが、俺も行くのか?」 

 「来ないの?」


 真顔で言われて言葉に詰まる。

 面倒だし一人で行けと言おうとしたが、少し考える。

 どうせ寝る訳じゃないし構わんか。 それに一晩ぐらいなら大した手間じゃないな。


 「……分かった。 行くとするか」

 「ありがとう! そうと決まれば善は急げだよ! 行こう!」

 「分かったから引っ張るな」


 ぐいぐい引っ張って来るアスピザルに内心でうんざりしながら俺は立ち上がった。 





 

 「……で? 近くまで来たのは良いが、監視だけでいいのか?」

 

 時間は夜。 現在地は孤児院から比較的近い建物の上だ。

 距離がある所為で細かい所までは見えないが、変化などがあればすぐに分かる。

 

 「いや、一応だけど狙いはあるよ」

 「……それは今聞かせて貰えるのか?」

 「うん。 さっきの話なんだけど、子供が消えるって話したでしょ?」

 

 俺は無言で頷く。

 大方、何かしらの実験にでも使われているのだろう。

 

 「今晩、一人里親に届けられるそうなんだ。 もし、中じゃなくて外でやるのなら誰かが引き取りに来るんじゃないかと思って」

 「そこを押さえようと言う訳か。 だが、内々で処理しているのなら誰も来ないんじゃないのか?」

 「そうだね。 来ない場合は子供たちは施設内で消えていると言う事になる。 つまりは何かしらの設備があそこにある事が証明される」


 ……なるほど。


 最低限、情報だけでも持ち帰ろうという訳か。

 怪しい聖堂騎士、孤児院での子供の失踪。

 グノーシスの後ろ暗い部分だ。 今後、何かに使えるかもしれんしな。


 視線の先にある孤児院は僅かな明かりが漏れるだけで、月光を受けて静かに佇んでいる。

 あの様子だと、内部で処理していると見て間違いないだろう。

 周囲を見るが施設に近づく者も見当たらない。


 ……一晩、暇になりそうだ。


 そんな事を考えていたら不意にアスピザルがこちらを見ずに話しだす。


 「……もしかしてらしくないって思ってる?」 

 「そうだな」


 即答した。

 今回は腑に落ちない点が多い。 らしくないと言い換えてもいいな。

 アスピザルとの付き合いもそれなりに長くなったのでその程度の事は分かる。

 

 「自覚はしているよ。 でも、こればっかりはちょっとどうにもできなくてね」


 俺は無言で先を促す。

 

 「父の話はしたよね」

 「そうだな」


 正直、小物としか言いようがない男だったが……。

 

 「僕はあの時どうしようと思っていたのか自分でも分からないんだ。 結果的にだけど予定通りに話は進んだ。 ……でも、父がああならずに寝たきりだったら僕は殺せたのかなって……」

 

 何だ、自覚があったのか。

 傍から見ても迷いがあるのが透けて見えていたからな。

 その辺りは夜ノ森に期待していたが、奴はでかい蛇の相手をしていて肝心な時に居なかったので、俺が処理する羽目になったが……。


 嘆息。

 この様子だと、俺が殺して正解だったようだな。

 土壇場で躊躇われても困る。

 

 「どう転んでも殺さなければダメな事は分かってたんだけど、最後に何を考えていたのか――それだけは知りたかったな……」


 何か幻想を抱いているようだが、お前の親父はお前の事なんて便利な道具か目の上のたんこぶ程度にしか思っていなかったぞ。

 実際、奴はアスピザルを始末する事に躊躇が欠片もなかった。

 教えてやろうかという考えが脳裏に浮かんだが、誰も得しないし必要ないなと思い直す。


 「……お前が父親に思う所があったのは良く分かったが、今更言っても仕方がないだろう? それとも殺した俺を恨んでいるのか?」

 「まさか。 あのまま戦っていたら僕は間違いなく負けていただろうし、ローは命の恩人だよ。 少なくとも恨むという事はないよ。 ……ただ、考えが知りたかった。それだけなんだ」


 アスピザルはゆっくりと振り返り、目線でどう思うと問いかける。

 心底どうでも良かったが、顔には出さずに答えを探す。


 「……あの様子を見る限り、お前が父親に向けるほどの関心は向こうにはなかっただろうな」


 結局出て来たのは当たり障りのない答えだった。

 要は会話と態度から抜き出した事実だな。

 

 ……そう言う事か。


 ここまでの会話の流れで大体察した。

 らしくない事になるのも無理はないな。


 「要は親父の敵討ち――と言うよりはテュケへの意趣返しか」


 考えを口にするとアスピザルは苦笑。


 「最初はそんなつもりはなかったんだけどね。 ローの引き上げようって提案に自分でも驚く程の拒否感が出たんだ。 自覚はなかったけどテュケに対してかなり苛ついてたんだろうね。 何としてもあいつらに嫌がらせの一つでもしてやりたいって…思ってたみたいだ」


 別にそれ自体は否定する気はない。

 復讐、仕返し、意趣返し、言葉はどうあれ、連中に何かしてやろうと考えるのは経緯を見れば分からんでもない。

 ただ、俺がそれに付き合わされるのはまた、別の話だ。

 

 俺はわざとらしく溜息を吐く。


 「これは貸しにしておく」


 ……どこで回収するか――いや、ファティマに押し付けよう。 あの女なら俺より上手に元を取る。


 そう言って強引に会話を打ち切ってその場で横になる。

 アスピザルは俺に礼を言いかけて――止まった。

 理由には俺も気が付いた。

 

 孤児院に動きがあったからだ。

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