第281話 「怠業」

 「いつも思うけど、グノーシスの教会のデザインって誰が考えているんだろうね?」


 アスピザルがそんな事を言っているのを聞いて確かにと思う。

 すべて同じ人間が建てている訳でもないのにほとんどデザインに違いがない。

 

 「どこ行っても同じような感じだから何かフォーマットがあるのかな?」


 そんなどうでもいい話をしながら敷地内に足を踏み入れる。

 白亜の教会は立派な佇まいで来客を出迎えた。

 ここは聖地としての知名度も高いので巡礼に訪れる者も多い。

 

 ……と言うか、その手の来客が大半だろう。


 物見遊山で来るにはここは位置が悪い。

 国の外れにあるので明確な目的でもないと足は向き辛いだろうな。

 ここもムスリム霊山と同様に信者用の大聖堂と一般用の小聖堂に別れている。


 当然ながら俺達は違うので小聖堂へ入った。

 中では神父がグノーシスの教義や理念について説明しているのが見える。

 聞き入っている連中は十数人程だが興味深い事に反応は極端だ。


 熱心に聞き入っている者もいれば関心が薄い者も少なくない。

 少し観察していると、関心の薄い連中は神父が入信特典の話を始めると食いつき始めた。


 ……あぁ、なるほど。


 各種割引サービスの詳細が目当てか。

 冒険者等の体が資本の連中は何かあった時の為に治療院へ行けるようにしておきたい――要は損か得かで悩んでいるようだ。


 ……で、残りの熱心に聞いている連中だが……。


 「どう見てもサクラだね」

 

 まぁ、そうだろうな。 いくら何でも熱心過ぎる。

 目は爛々と輝き、神父の説法に過剰なまでに称賛の言葉や同意を示しているのが離れていても分かった。

 大声を出して周囲の関心を引きたいんだろうがあれじゃあ露骨過ぎて引くんじゃないか?


 「あんなので勧誘できる物なのか?」

 「うーん。 人に依るけど、効く人には効くみたいだよ」

 「……溺れる者は藁をもつかむ、か?」


 思いついたのはそんな言葉だ。

 余裕がない奴ほど、何かに縋りたくなるのはどこの世界でも変わらんだろう。

 

 「そうだね。 溺れている人からすればグノーシスの教義は藁どころか立派な救命ボートにでも見えてるんじゃないかな?」


 ……そんな物かね。


 さっぱり理解できんが取りあえずはそんな物かと納得しておこう。

 取りあえず、ここの聖堂騎士をアスピザルに見せる事が目的だが――どこだ?

 片方は居る筈だが……。


 「あれかな?」

 

 アスピザルの視線を追うと確かに居た。

 大聖堂の方に居る事が多いが、今回は運良くこちらに来ていたようだな。

 子供達に祈りの捧げ方を教えているのか、最奥にあるシンボルに跪いているのが見えた。


 長い髪を編み込んだ女で、薄紅色の全身鎧を身に着けている。

 マネシア・リズ・エルンスト。

 常駐している聖堂騎士の片割れだ。


 周囲には聖騎士が数名。

 所謂、世話役とか言う名目で傍に置いている腰巾着だろう。

 兜を着けていないので、立ち上がって振り返ると顔が良く見える。


 「何だか優しそうな感じの人だね」

 

 顔のパーツ配置は悪くない。 まぁ、美人に分類されるだろうな。

 やや垂れた目が優しそうな印象を与える。

 

 「……もう一人いるが、あの様子だと戻るのに時間がかかる。 待ってもいいが長居して怪しまれても面倒だ」

 「分かった。 適当に回ったら今日の所は引き上げようか」


 それがいい。

 俺は分かったと頷いてアスピザルの好きにさせた。




 「……やっぱり孤児院かなぁ……」

 「本当にあるのならあそこだろうな」


 場所は変わって部屋を取った宿に併設されている酒場。

 俺とアスピザルは食事を取りながら今日一日かけて回ったこの街について話をしていた。

 孤児院以外は一通り回り、入れる所は適当に理由を付けて中に入って調べたが、怪しい点はなし。


 もう、あそこ以外に考えられん状況だ。


 「……で? どうする?」

 

 俺の質問にアスピザルはうーんと悩むが――。


 「ローはどう思う?」


 ――俺に振って来た。

 まぁ、意見を言えというのなら率直に言うが……。


 「悪いがリスクに対して得る物が少なすぎる。 ここは素直に引き上げて王都を目指すべきだ」

 

 確かに転生者はいるかもしれない。 ただ、いなかった場合は無意味にグノーシスを怒らせるだけだ。

 その上、足取りまで掴まれると良い事が欠片もない。

 仮にこの拠点を潰したとしても得る物がない以上、はっきり言って攻めるだけ無駄だ。


 付け加えるのならここはオラトリアムからも離れているので戦力的にも厳しい。

 やってやれない事はないだろうが、手間を考えるとやってられんし何より俺の手の内を必要以上に見せたくない。


 「やっぱりそうなるよね。 分かった。 数日だけ様子を見よう。 それで何も得られなかったら引き上げる。 それでどうかな?」

 「具体的には?」

 「……一週間でどう?」


 ……まぁ、明確に期限を設けるというのなら良いんじゃないか?


 その期間、石切と二人っきりになる夜ノ森の苦悩が偲ばれるが俺には関係ないな。


 「了解だ。 期限内で気の済むまでやればいい」 

 「そうするよ。 さて、方針が固まった所で次の話に行こうか? 聖堂騎士についてどう思う?」

 「教会で見たあの女の事を言っているのなら現状では何とも言えん。 得物も持っていなかったようだしな。 まぁ、聖堂騎士になれている以上は手強いと思うべきじゃないのか?」


 この街の治安は良いので、聖堂騎士が出張る案件はここ数年起こっていないらしく、調べた限りでは連中の実力を正確に知っている奴は居なかった。

 マネシア・リズ・エルンストについては訓練などを見た連中の記憶を参照する限り、武器を選ばない器用な人物と言った印象だ。


 訓練には専用の武器は持ち出さずに相手に合わせて剣や槍、斧などを使うらしいがどれも人並み以上に使えるので逆に何が得意なのか分からないといった感じだった。

 器用貧乏と取るべきか万能と取るべきかは判断が分かれるところだろうが、その辺は戦ってみないと分からんな。

 

 もう一人は細身の優男と言った印象の奴らしいがこちらは実際見てみんと分からんな。

 

 ……でだ。


 残りの胡散臭い三人だが、姿を見た奴が居ない以上、居るのか居ないのかすらはっきりしない。

 

 「えっと、ここに居る聖堂騎士は全部で五人だっけ?」

 「所属と言う意味では五人だが常駐は二人。 残りは居るらしいとしか分からなかった」

 「居るらしいって言うのが気になるね。 出入りは管理されているんだから調べればわかる物じゃないの?」

 「さあな。 俺が調べた限りではさっぱり分からなかった」


 実際はふざけた事に連中の出入りに限ってはフリーパスで記録にも残らんらしい。 

 調べたがさっぱり分からなかったというのが実情だ。

 恐らく出入りを管理している奴を調べれば何か分かるかもしれんが戻る必要もあるし、記憶を引き抜く相手も的を絞る必要があるので手間を考えるとやってられんな。


 ……正直、撤退に傾いているので積極的に動く気もない。 

 

 「……悪いが、明日からは別行動と行こう。 雁首並べた所で、効率が上がる訳でもないしな」

 「宿を拠点にして分担して動くって事だよね?」

 「あぁ、お前は孤児院を気が済むまで調べればいい。 俺は他を当たるさ」

 「分かった。 なら明日から頑張ろうね」


 俺は頷いて目の前に並んだ料理に集中する。

 今日の話はそれでお開きとなった。

 明日からどうした物か。



 

 翌日、体よく一人になる事に成功した俺は街を気ままに散策していた。

 並行して抜き取った記憶の精査を行っているが、孤児院は強行な手段を取らないと調べるのは難しい。

 働いている人間を襲って内部事情を調べるという手を考えたが、あそこで働いている連中は孤児院の裏手にある宿舎で寝泊まりしているのでそもそも外に出る事が稀と言った徹底ぶり。


 現状、手持ちの記憶では打開策は出てこない。

 デクシアでもそうだったが、路地の類が存在しないので人気のない場所が極端に少なく、襲うのが難しいのだ。

 実際、襲った時もさり気なく近づいて体調が悪いと適当言って寄りかかる振りをして洗脳を施した。


 注目を浴びやすいので何度も使える手じゃない。

 おまけに夜間は人の出入りが極端に減ると言った徹底ぶりで、出歩くと酷く目立つ。

 まるで、見えない部分があるのが許せないといった意図が透けて見える。

 

 ……嫌な街だ。


 色々な意味でやり辛い。

 そんな事を考えながら街を歩いていると広場に出た。

 位置的には街の中心近くで、真ん中にでかいグノーシスのシンボルが鎮座しており、周囲は花が植えられている。


 景観に力を入れている領は余裕があると言う話はよく聞くがここまでやっている所は珍しい。

 広場の大半が花で埋め尽くされているそこは市民の憩いの場なのか住人らしき連中や聖職者共が思い思いの時を過ごしていた。


 俺は少し考えた後、近くのベンチに腰掛ける。

 ぼんやりと空を仰いで思った。


 ……ここでサボろう。

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