第280話 「施設」

 一度領の内側に入ってしまえば移動は容易で、俺達は特に妨害を受けずにゲリーべの街に入る事が出来た。

 実際、目視できる程近いので、移動にはそう時間もかからない。

 街並みはデクシアと同様で驚きの白さだが、こちらは更に酷いようだ。


 グノーシスの関連施設が多い――というよりはほぼ全てがそうらしい。

 引っこ抜いた記憶によれば、店舗も全てが信者ではなく教団の関係者の手によって運営されているようだ。

 徹底したグノーシスの支配領域と言う訳か。


 一応、領主の館もこの街ではあるが、護衛も職員も教団からの派遣と抜かりはない。

 つまりここで完全な外様は領主のみと言う凄まじく皮肉の利いた街と言う事だ。

 領主はグノーシスからの資金援助に頼ってこの地を治めているので逆らえないと、完全に詰んでいるのでもうどうにもならんな。


 ここの領主は今後、グノーシスの言いなりになるしかない名ばかり領主という未来が確定してしまっている訳だ。

 上手く行っている間は問題ないが、逆に問題が起これば矢面に立つ羽目になると言う事を理解しているのかいないのか……。


 ……話を戻そう。


 ゲリーべ。 この領最大の街にしてグノーシスの領域。

 最大の特徴はこの国最大規模の孤児院であるマルグリット孤児院。

 あれだ。 要はあの電波女クリステラの出身地だな。


 聖堂騎士は常駐が最低二名。 本拠としているのは更に三名。

 最大で五人居ると言う事らしい。

 現状、三名は外に出ているので、今は二人いるらしい。


 マネシア・リズ・エルンストとイフェアス・アル・ヴィング。

 この二人が常駐している聖堂騎士で、基本的には街から動かない連中のようだ。

 

 さて、問題は残りの三人だ。

 コルト・アラクラン、ファニー・プテラ、リベリュル・リベリュール。

 こいつらは基本的に外で動いていると言う事になっているが、記憶を抜いた連中は名前を知ってはいるのに誰一人として姿を見ていないという怪し過ぎる連中だ。


 しかもご丁寧に全員名前が一つ。

 聖堂騎士になれる奴は大抵そこそこの身分――最低でもまともな家庭で育っている筈なので、両親からそれぞれ名前を貰っているケースが多い。


 名前が一つの奴は片親、もしくは一つしか名前を付けられなかった場合なのだが……。

 基本的にこっちの世界では両親から一つずつ名前を送られるのは常識だ。

 理由は簡単、名前が少ないと言う事は両親が居ないと言う事で偏見の目で見られがちになる。


 多くの人目に触れるとその辺を突っ込まれて色々なトラブルの元になると言うのはよくある話だそうだ。

 実際、聖騎士で名前が一つの奴は少ない。

 その少ない奴が聖堂騎士になり、ここで三人も固まっていると?


 ……ないなとしか言いようがない。


 まぁ、今までの話を加味するなら十中八九偽名だろう。

 その割には王都に居た蟻は本名だったが……。

 考えられるのは隠す理由がなかったからか。


 つまりは真っ当に聖堂騎士をやっているといった所だろう。

 そうなると怪しいのは――。


 「着いたのはいいけどどこを調べようか?」

 

 不意に隣のアスピザルに声をかけられたので思考を切り替える。


 「マルグリット孤児院だ。 例のクリステラの出身地でもあるし何かありそうだ」

 「……だよね。 ちなみに他に怪しい所って……」

 「無くはないが、出入りが多いし可能性は低い。 だが、あの孤児院に限っては出入りにチェックが入るらしい。 怪しいと思わないか?」

 「そうなんだ? 孤児院でそこまで厳重なのはちょっと不自然だね」


 付け加えるなら、記憶を抜いた連中も用事がない限り近づかんので内部の詳細が不明という点でも怪しすぎる。 出来れば施設自体を見ておきたい。


 「よくそこまで調べられたね? その情報はどこまで信用できるの?」

 

 疑っている風ではないが気にはなると言った所か。

 記憶は嘘を吐かないからな。 ほぼ百パーセントだと言いたいが、どう説明した物か……。

 

 「お前の言う通り、それが間違っている可能性もあるだろう。 だが、見てみない事には始まらない。 そう思わないか?」


 少し返答に悩んだが、当たり障りのない事を言ってお茶を濁す。


 「……なるほど。 それもそうだね。 それと――」

 「尻尾を掴まれるようなヘマはしていない。 今の所、向こうには気付かれていないと見ていい。 ……とは言っても例外はある。 感知に優れた魔眼の類を持っている奴に出くわせば流石に気付かれるだろうが……」

 「それは防ぎようがないから警戒するだけ無駄だよ。 分かった。 ならまずはそこから見てみようか」 

 

 納得したのかしてないのかは怪しいが、理解は得られたようなので方針は決まった。

 後の問題はどう動くかだ。


 孤児院を調べるのは確定だが、どう近づいた物かと悩む。

 あの周辺は広い道に囲まれているので近づく奴は目立つ。


 ましてや不審な行動を取っていれば即職質だ。

 俺は問題ないがアスピザルは素性が割れると不味い。

 どうした物かと考えていたが、ふと我に返る。 そう言えば大事な事を聞いていなかった。


 「確認だ。 仮に孤児院が連中の拠点だったとして、どうする?」

 「……それを言われると困るね。 場所が場所だけに迂闊に仕掛けるのは不味いし、せめて何をしているかだけでもと思うんだけど…それも難しそう?」

 「……見れば分かる」


 これは一度見せた方が早いか。




 「うん。 ローの言いたい事が良く分かったよ」


 場所は変わって孤児院から少し離れた場所。

 その辺で買った食い物を齧りながら様子を窺う。

 記憶にある通り、立派な佇まいの建物に周囲は広い道に囲まれているので視線は良く通る。


 様子を見に行くには完全に不向きだ。

 

 「中に入るのは少し厳しいかもしれないね。 あれ見える?」

 「どれだ?」

 

 アスピザルの視線を追うと囲んでいる塀の上部には魔石を利用した街灯の様な物が見える。


 「あれ、街灯に偽装してるけど、近寄る物に反応するセンサーか何かだと思う」

 「……位置を考えるに入る奴だけじゃなく出る奴に対しての備えでもありそうだな」

 「うーん。 ますます怪しいね」


 外からじゃ構造は良く分からんな。

 できれば出入りしている奴の記憶を頂きたい所ではあるが…。

 人の出入りも見た限りほとんどないと来た。 併設されている教会の出入りが多いからその点が際立つな。


 「ここは一先ず保留にしよう。 聖堂騎士の所在も知りたいしね」

 「了解だ」


 俺達は踵を返してその場を後にする。

 次に回るのは治療院や聖騎士の宿舎――要はグノーシスの関連施設だな。

 教会は孤児院に併設されているので、最後に巡礼の名目で入る予定だ。

 

 「……どこ見ても神父や聖騎士、グノーシスの関係者が目に入って何だか落ち着かないね」

 

 俺は応えずに頷きで返す。

 まぁ、気持ちは分からんでもない。

 光を反射してギラつく街並みにどこを見てもうろついている聖職者共。

 

 心穏やかになれと言うのが無理な相談だろう。

 だが、住んでいる連中からしたらそうでもないらしい。

 光る街並みは聖なる光に包まれているようで、聖職者連中を見ると安心感があるとか。


 正気かよとも思うが、後ろ暗い気持ちがない奴からしたら居心地が良いらしい。

 

 ……俺には理解できん話だな。


 そんな事を考えていると次の目的地が見えて来た。

 治療院だ。

 名前の通り、魔法で治療する病院みたいな施設なんだが…。


 問題は金額だ。

 老衰だけはどうにもならんが、難しい部位欠損や大抵の病気は治してくれるが洒落にならない金額を吹っかけられる。

 ただ、信者は別だ。 例の入信特典の首飾りを見せれば割引サービスを受けられるらしい。


 ……もっとも何割引きかは今までのお布施の額で決まるらしいがな。


 神の奇跡がキャッチコピーらしいが、結局は金次第と言う訳か。

 昨今、奇跡ですら金貨を積まないと恵んで貰えないとは世知辛い話だ。


 デクシアにもあったが、外から見ても分かるシンプルな構造。

 恐らくは受付兼待合室と治療室で区切っているだけだろう。


 中を見るまでもなく、デッドスペースを仕込む余地はなさそうだな。

 もしあればすぐに分かる。

 地下に何か仕込んでいる風でもないし、ここは完全に白だな。


 「うーん。 ここには怪しい物はなさそうだね」


 同じ結論に至ったのかアスピザルもうんうんと頷く。

 

 「……先に聖堂騎士の所在を確認しておこうか? 孤児院には居ないの?」

 「その辺は何とも言えんな。 ここの聖堂騎士は五人。 内三人が姿を見た奴がほとんどいないらしい。 残り二人は教会に詰めているらしいが、基本的に片方が外に出て雑務をこなし残りは有事に備えていると聞いた」

 「姿を見せない三人ってすっごい怪しいね。 名前は分かる?」


 俺は肩を竦める。

 知ってはいるが惚けておこう。 簡単に仕入れられる物でもないしな。

 

 「やっぱり本命は教会と孤児院か。 もう、孤児院ってだけで碌でもない事やっているとしか思えないね」

 「余り人の事は言えんだろう」

 

 実際、俺達も似たような事をやったりやらせたりしているしな。

 アスピザルはそうだねと苦笑して、歩き出した。

 俺は無言で後を追う。

 

 ……孤児院か。


 何とか今回も無難に乗り切りたい物だ。

 近づくアスピザルの背を見ながらそんな事を考えていた。

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