第277話 「愚痴」

 アス君、石切さん、ロー、そして私――夜ノ森 梓の転生者四人での旅に随分と慣れたと思う。

 役割分担はしっかりしているし、お互いに不満を言ったり勝手な行動を取ったりもしない。

 日中は荷車での移動。 二頭の騎獣は疲れ知らずで安定した速度で道を踏破する。


 正直、ムスリム霊山で引き連れていた魔物同様、出所が大いに気になるが聞いた所でまともな答えが返って来るとは思えない。

 ただ、はっきりしている事は二頭は驚く程に知能が高く、明らかに言葉を理解しているという点だ。


 加えて、ローと何らかの方法で意思疎通ができているのか、言葉を交わさずに連携を取っているとしか思えない場面すらあった。

 味方でいる間は彼に忠実だし、優秀な移動手段ではあるのだろうけど……。

 どうしても警戒は解けずにいる。


 次に食事だけど、朝、昼、夕の食事は各員、交代での持ち回りだ。

 石切さんはこの手の作業が苦手なのか、基本的に煮るか焼くだけの料理と呼ぶには疑問符が付くメニューだ。


 幸いにも私を含めて他の三人は料理は問題なく可能なようで、用意された食材から質の高い料理を作っていた。

 アス君に関しては付き合いが長いので驚きはなかったが、ローがあそこまで器用と言うのは正直な所、意外だった。 料理中、何かを思い出すように動きを止めていたのが気になったが些細な事だろう。


 買い出しは基本的にローとアス君二人の仕事だ。

 人間の姿をしている二人なら、街や村への出入りも容易で、私や石切さんのように変装が必要ない。

 羨ましいと素直に思う。 人の形から逸脱した身としては人間の形に未練がある。


 歩きながら自分の手を見た。

 人間と同じ形はしているけど、それとは程遠い熊の手だ。

 慣れてしまったが、当初は随分と苦悩した物だと自嘲する。

 

 アス君がいなければ有鹿ちゃんのように引き籠っていたか、自殺していたかもしれない。

 そんな事を考えながら道を歩く。

 今は買い出しを済ませてからの帰りだ。


 ここ最近、ローとアス君がある事情で外を大っぴらに歩けなくなってしまったので、買い出しに行けるのは私だけになってしまった。

 窮屈な防具を身に着けて街に入るのは憂鬱だが、石切さんは体格を防具で誤魔化せないので消去法で私が買い出しを一手に引き受けている。


 街から離れた所で重い兜を外し、邪魔な籠手と一緒に背負い鞄に放り込み、買い込んだ食材は網籠に入れて抱える。

 人気のない道を進み、皆の下へ歩いていると人影が見えて来た。

 誰かなと思ったがすぐに分かった。 アス君だ。


 「やぁ、お疲れ様。 ごめんね。 押し付ける形になっちゃって」

 「いいのよ。 私以外は街に入り辛いの分かっているから」

 

 私はそれ以上言わずにアス君の返事を待つ。

 わざわざここまで迎えに来たと言う事は何か話があるんじゃないかと思ったからだ。


 「たまには二人で話すのもいいかなって思ってね」


 促されるまま、近くの岩にお互い腰掛ける。


 「……まずは色々と苦労を掛けてごめんね。 こう言うのはちゃんと言葉にしておこうと思って」


 そう言ってアス君は苦笑。

 私は首を振る。 そんな事は別にいいのよ。

 だってやりたくてやっているのだから。


 「……とは言ってもガス抜きは必要だと思うんだ。 色々溜めてるでしょ? 何でもいいから僕に話して?」


 アス君は安心させるような笑みを浮かべる。

 私はその笑顔に釣られるようにぽつぽつと吐き出す。


 「アス君はローの事をどう思っているの?」

 「……今の所は頼れる仲間かな。 ただ、梓の懸念も分かるよ? 僕も全てが終わった後、彼がどう動くか全く予想できない。 正直、終わった瞬間に襲いかかって来たとしても僕は驚かない自信があるよ」

 「そこまで分かっているのならどうにかできないの?」


 感情論だ。 自分でも分かる。

 今、ローに抜けられるのは不味い。 文字通り致命的な損失に繋がるからだ。

 だからこそ、アス君はシジーロでの一件が片付くまでローの機嫌を取り続けた。

 

 この状況に持って行く為に。


 「まぁ、梓も察しているとは思うけど、ローに関しては百パーセント信用はできない。 だから僕は印象が悪くなるのを承知で、降りられない・・・・・・状況を作った。 ローは一言で言うと理性の人だよ。 最低限の損得を考えて行動する性格――と言うか何だろう? 感情の制御が上手いというよりは欠陥を抱えてる感じだね」

 「欠陥?」

 「うん。 多分、その手の感情――要は喜怒哀楽だね。 それがまともに機能していないと思う。 今まで見て来たけど、僕は彼が自然に感情を出した所を見た事がない。 それなりの時間を過ごして来たにも拘わらずね。 最初は上手に隠しているのかなとも思ったけど、違うみたいだ」


 言われてみて、記憶を掘り起こすが確かにローは笑う所か怒りもしない。

 精々口や態度で快、不快を表現する程度だ。

 表情も意識して作ったような物ばかり。 確かにアス君の言う通りだと思う。


 元々、そういう精神の持ち主だったか、表情が自然と出せない生き物なのか……。

 なら以前にアス君が言っていた通り、あの姿は擬態?

 人間ベースじゃない?


 「アス君は彼の正体についてどう思う?」


 募った疑問を言葉にする。


 「……ローの正体か……。 正直、僕自身も計りかねているんだよね。 少なくとも僕と同じ人間ベースの転生者じゃないのは確かだ。 今までの情報から多少の予想はできるけど、どこまで当たっているか……」

 「それでもいいわ。 聞かせて」


 アス君の洞察力は私よりも遥かに上だ。

 少なくとも私よりはましな意見が聞ける。

 

 「落ち着いて聞いてね。 多分、ローの正体は混合魔獣キマイラの類じゃないかと思う」

 「キマイラ?」


 何かしら?

 聞き覚えのない名称だけど…。


 「要は複数の動物――まぁ、こっちでは魔物のパーツを寄せ集めたような生き物の事なんだけど……」 

 

 今一つピンとこないけど、色々な生き物を継ぎ接ぎした物って認識でいいのかしら。


 「もしそうだった場合は、ローは人工的に作られた事になる。 そんな生き物いくら異世界でも不自然過ぎるからね」

 

 ……確かに。


 継ぎ接ぎと言う事はそうデザインした人物がいると言う事だ。

 自然発生したとは考えにくい。

 

 「人間離れしすぎた膂力に動き、左腕に仕込んだ何か、異様に早い魔法の構築速度に展開力。 正直、転生者と言う事を差し引いてもローに関しては突っ込み所しかないよ」

 「そ、そうね」


 い、意外としっかり見ているのね。


 「一番気になるのはあのオラトリアムと言う場所だよ。 どうやってあそこまでの勢力を築いたのか――加えてあの見た事ない魔物達。 サベージやタロウもそうだけどいくら何でも頭が良過ぎる」

 

 それは私も思っていた。

 人型のシュリガーラやモノスと呼ばれた魔物はともかく、四足歩行のジェヴォーダンと言う魔物までが指示を完璧に理解した上で実行している。


 調教の成果と片付けるのは無理がある。

 そもそもあの種はどこから湧いて来た? そしてレブナントと呼ばれる騎士達は――。

 考えれば考えるほど分からない事だらけで、疑問はそのままローへの不信へと変換される。

 

 聞けば聞く程、あの男は底が知れない。

 

 「……とは言っても状況から見た推測だけどね。 魔物は恐らく何らかの方法で、彼が生み出したと思われる。 実際、一部の単純な構造の生き物がベースの転生者はそう言う事が出来るって聞いたよ」

 「それにしたって、あの多様性――だからキマイラ?」

 「うん。 安直な考えでしょ?」


 アス君は自嘲するような笑みを浮かべるけど、首を振ってそれを否定する。

 私ではそこまで思いつかないから、こういう意見は貴重だ。

 不意にアス君は表情を消して真っ直ぐに私を見る。


 「――梓。 無理にローを理解しようとしない方がいい。 色々と頑張ったんだろうけど、無駄だったでしょ?」

 「……ええ。 そうね」

 

 歩み寄る努力はしたつもりだけど、向こうにその気が全くない以上、私も無理と悟った。


 「彼は人の話はまともに聞くけど、聞き入れる気は余りないからね。 こういう時はほどほどの距離感を保っておいた方が気楽だよ」

 「そう、かもしれないわね……」


 それが一番いいのかもしれない。

 不信感は拭えない。 でもこの先、彼の力は必要だ。

 

 「分かってはいるんだけど、ね」

 「うん。 梓がそんなに器用じゃない事も分かってるよ。 だからさっき言った事を念頭に置いて、彼と接すればいい。 我慢できなくなったら僕に話して? ちゃんと聞くから」


 アス君は表情を緩めて笑顔になる。

 それを見て私の胸も少し軽くなった。


 「ありがとう。 だいぶ楽になったわ」

 「そう言って貰えて僕も嬉しいよ。 ローには謎が多い、けど必要以上の詮索は絶対に止めておいた方がいい。 しつこいようで悪いけど、それだけは徹底して。 深追いして地雷をうっかり踏んだら彼は間違いなく表情一つ変えずに襲いかかって来るよ」

 「分かったわ」

 

 私が頷くのを見てアス君は座っている岩から腰を上げる。


 「じゃあ、そろそろ戻ろうか? あんまり遅いと変に思われるかもしれないしね」 


 私はええと返事をしてアス君の背を追って歩き出した。

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