第278話 「癒着」

 「さて、そろそろ今後の細かい動きについて説明するよ」


 外は土砂降りの雨。

 俺達はサベージとタロウが引く幌付き荷車の中で移動中、不意にアスピザルが口を開く。

 その場にいた面子は俺、アスピザル、夜ノ森、石切のみだ。


 最初はシジーロから何人か連れて行くのかとも思ったが、そうでもなかったらしい。

 結局、大人数での移動は目立つのでこの面子で落ち着いた形になった。


 「まずは現状確認から。 もう皆知っていると思うけどこの度、僕とローは見事にお尋ね者になってしまいました」

 

 荷物から人相書きが付いた手配書を引っ張り出して広げる。

 内容は人相、名前、罪状、情報提供または捕縛した際の報酬額が記載されていた。


 「……人相書き、結構似てるな」


 真っ先に出たのはそんな感想だった。

 紙に書いてある俺達の似顔絵はいい感じに特徴を捉えているので、これを見た奴は確実に俺達の事に気が付くだろう。


 まぁ俺は最悪、顔を変えればいいからさほど困らんのであまり深刻に捉えていない。

 罪状に目を通すが、内容はオールディアに始まりシジーロとウィリードでの破壊活動や大量虐殺とその他様々な事が列挙されていた。 恐らく、吹っかけやすい事件の関係者に仕立て上げるという形にしたのだろうが……。


 ……大半、事実じゃないか。


 向こうがどの程度把握しているかは知らんが、かなり的を射ていたので少し驚いたぐらいだ。

 まぁ、やる事は変わらんし今はどうでもいいな。

 

 「真っ先に出る感想がそれって――ローって結構大物だよね」

 「そういうのはいいから、話を続けろ」

 「そうだね。 ……えっと、悪い意味で面が割れちゃったから基本的に街に入るのは梓に任せる事になっちゃうけどごめんね」


 夜ノ森は小さく息を吐く。


 「……事情は分かるし、仕方がないのも理解しているから文句はないわ。 でも、私は目立つから足取りが掴まれやすくなるのは理解してよ?」

 「うん。 分かってるよ。 早めに何とかしないとこの国で生活が出来なくなっちゃうしね。 最悪、変装すれば――」

 「そこまでしなくてもいいわ」


 二人の会話を眺めながら内心で嘆息。


 ……正直、手配されている時点でほぼ詰んでいるような気がするがなぁ…。


 「生活に関しては既に手遅れじゃねぇのか?」


 似たような事を考えていたのか石切がそんな事を言っていたが、アスピザルは苦笑で流す。


 「早めに対処すれば誤報ですと流す事もできるし、やりようはあるよ。 さて、次の僕達の目的地なんだけど、王都に向かう前に寄る所があるので、そこに立ち寄ってからと言う事になるんだけど……」

 「前に言っていた連中の拠点の一つか」

 「うん。 正確な位置までは分からないけど、大雑把な場所は掴んでいるよ」


 ……その様子だと探す所から始めるのか……。


 面倒な。

 

 「一応、聞いておこうとは思うがその拠点とやらはそこまでの手間をかけてまで落とす必要はあるのか?」

 「うーん。 あるかないかで聞かれると微妙なんだけどね。 ……理由としては二点。 一点は彼等の情報を少しでも集めておきたい事と、もう一点は飽野さんと針谷さんが行ったかもしれないから可能であれば事前に排除しておきたい事」


 ……なるほど。


 転生者は替えが利かない。

 始末しておけば安心と言うのはまぁ、分からんでもない。

 居るのがはっきりしているのであれば、俺も同じ判断をしたかもしれん。


 「……話は分かった。 どれぐらいで着きそうだ?」

 「うーん。 このペースだと二、三ヶ月ぐらいかな? タロウ達に頑張って貰えればもう少し早くなると思うけど……」


 無理にペースを上げる必要がない以上、移動時間はそんな所か。

 その後、細かい予定や直近に立ち寄る場所の詳細等、細々とした話をしてその場はお開きとなった。

 石切は腕を組んで目を閉じ、アスピザルと夜ノ森は何やら雑談。


 俺は視線は下に向けて、思索にふける。

 考える事は蜻蛉女と蜂女の対処法だ。

 両者とも余り得意な相手じゃないな。


 共通しているのは動きが読み辛い高速飛行。

 動きが線の蜂はともかく、蜻蛉はかなり動きが変則的に見えた。

 捕らえるのは骨が折れそうだ。


 ただ、幸いなのは当てさえすれば後はザ・コアで粉にしてやれることだ。

 俺は目を閉じて有効な攻撃手段の模索を始めた。






 デトワール領。

 国の東部に存在する領で、有り体に言えば田舎だ。

 特産の類もなく国の端の方にあるから未開拓の領域も多い。

 

 ……にも拘わらず、知名度は高い。


 何故か。

 グノーシスの影響力がかなり強い場所だからだ。

 国内最大規模の孤児院を抱え、結構な数の聖騎士が常駐。


 お陰で治安は国内有数とも言えるほど良いらしい。

 拠点の質としてはムスリム霊山よりは下だろうが、こちらは領全体が拠点と言っていい場所らしいので完全に敵地だ。


 最初に聞いた時は耳を疑った物だ。

 何でグノーシスの支配領域にテュケの拠点があるのかと。

 

 「……本当にここで間違いねぇのかよ? 俺にはここに連中の拠点があるなんて到底思えないんだが?」


 そうコメントしたのは石切だ。

 正直、俺も同感だったので黙ってアスピザル達の方を見る。


 「……だよねぇ。 僕も間違いだと思いたかったんだけど残念ながらそうとしか思えないんだよ。 今までの物の流れと使徒――転生者達の動きを見ればここで間違いない筈なんだけど……」

 

 物流を根拠に持ち出されると多少ではあるが説得力はある。

 何をするにも先立つ物は必要だからな。

 ダーザインはテュケの使いっ走りみたいな事もしていたようだし、その関係でここの存在を知ったといった所か?


 まぁ、連中の頭がこの国有数の権力者みたいだし捻じ込む事は不可能ではないと思うが……。

 わざわざこの場所に置いたと言う事に何らかの作為を感じる。

 

 「じゃあ皆、これ見て貰っていいかな?」


 アスピザルが地図を広げるのを見て意識をそちらに向ける。

 地図は領の区画を簡単に記した物で、ざっくりとしたものだが位置関係は良く分かった。

 手書きと言う事もあって精度はあまり期待できないが、それを差し引いてもこの領が極端に狭い事が良く分かる。


 「幸か不幸かそう広い領じゃないし、探せば見つけるのはそう難しくないと思うよ」


 確かにアスピザルの言う通り、探す範囲はそう広くない。

 デトワール領は敷地の三割近くが森で、残った平らな土地に街を作ったといった感じだ。

 北部から東部にかけて森が広がり、中央付近に領主の直轄地を兼ねた主要都市ゲリーべが存在し、その南と西側にやや大きめの街が一つずつ。


 それだけの領だ。

 これと言った特産等はなく収益は完全にグノーシスからの資金に頼っている。

 その為、グノーシスの関連施設は驚く程多い。


 教会に始まり、店舗などはほぼ全てグノーシスの息がかかっていて、店の看板の下には必ず連中のシンボルマークが刻まれているらしい。

 

 「まず、一番怪しいのはこの北から東にかけて広がっている森だけど……」

 「あからさま過ぎて逆になさそうだ」

 「……だよねぇ……」


 グノーシスが常駐している以上、森への備えはしてあるだろう。

 

 ……にもかかわらず今まで問題になっていない所を見ると、対策済みかそもそも存在しないかだ。


 後者であった場合は面倒な事になる。

 本当に施設とやらがあるのなら街中と言う事になるからだ。 つまりは――。


 「これはテュケとグノーシスの間でかなり大掛かりな癒着がある――って考えた方が無難かもね」


 ……またか。

 

 まぁ、オールディアでは聖堂騎士が寝返っていたぐらいだ。

 そこまで驚くような話じゃない。


 「おいおい。 連中とグノーシスがグルって事を考えるとよぉ、街へ行くのも難しいんじゃねぇのか?」

 「……そうね。 出入りも他より厳しいみたいだから、面が割れているロー君とアス君は難しいと思うわ。 後は――顔を隠すのも難しいみたいだし、私も無理だと思う」


 残りの石切は論外だしな。

 アスピザルはうーんと腕を組んで悩む素振を見せるが、ぱっと顔を上げてこっちを見て来る。

 嫌な予感がする。 こっちを見るな。

 

 「ねぇ。 ローは街に入れる?」


 俺は沈黙で返す。

 当然ながら可能、不可能で言うのなら可能だ。

 単純な話、顔を変えればいいだけの話だからな。 


 「沈黙は肯定と取るよ?」

 

 ……確信した上で言っているな。

 

 誤魔化すのは難しいか。


 「……まぁ、やってやれない事はない」


 そう曖昧に答えておいた。

 

 「なら、街を調べるのは僕とローで行こう。 梓と石切さんはここで待機。 荷車を見てて。 何かあれば連絡するからどちらかは常に連絡を取れるようにしててね」

 「……いいの?」

 「おう。 何かあったらすぐに呼べよ?」

 「うん。 大丈夫だから、ちょっと行って来るよ」


 両者の対照的な反応にアスピザルは笑顔で応える。 


 ……結局こうなるのか。


 俺は内心で嘆息して抵抗を諦めた。

 現在地はデトワール領とやらまで、後一週間と少しと言った所か。

 グノーシスのお膝元と考えると、面倒事しか起こらないとしか思えなかった。

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