第262話 「汚染」

 「……天使、ねぇ。 まぁ、悪魔なんてのがいるし、居てもおかしくはねーなぁ」


 俺が一通り話し終えると石切がそうコメントした。

 

 「ただ、プレタハングがそれに当て嵌まるかは微妙な所だ。 見た所、体の崩壊は起こっていなかった」

 「そうだね。 僕の見た限りでもそう言った症状は見られなかったね」


 どちらかと言えばクリステラの状態に近かった。

 結局、あの女を撃退できた理由が不明な以上、はっきりした事が言えんな。

 

 「うーん。 やっぱり自滅を狙うのは難しそうだね。 なら真面目に攻略方法を考えようか? あの能力についてどう思う?」

 「喰らったけど何をされたかさっぱり分からねぇ。 いきなり力が抜けて立っていられなくなったぐらいか」

 「私も同じよ。 力が抜けたぐらいしか分からなかった」


 あの脱力感は何だったんだ?

 ダメージがある訳じゃなかった。 明確に攻撃された感じもしない。

 正体が分からないのだ。


 「俺も同じだな。 最初は比較的軽かったんだが、攻撃した直後には俺も立っていられなくなった」

 「そこだよね。 ローだけ普通に動いていたから僕も気になったんだ。 その辺に突破口があるのかな?」

 「確かめる訳にもいかんから仮説を積むだけになりそうだがな」


 だよねぇとアスピザルが溜息を吐く。


 「仕方がないよ。 手持ちの情報で何とか対策を練ろう。 まず分かっている事を整理するよ? 父上の能力は効果範囲内の対象から力を奪う。 影響下にある者は症状に差はあるけど強制的に脱力させられて最終的には立って歩く事もままならなくなる」


 後は再生能力かな? と付け加える。

 俺も記憶を掘り返してみるがそんな所だろう。

 アスピザルが意見はない?と言って俺達を見回す。


 「ロー君の症状が軽かった事を考えると、プレタハングの能力は対象を意識しないと使えないとかじゃないかしら?」

 「俺も同感だ。 ローが動けたのは野郎の眼中になかっただけで、攻撃を喰らって意識が向いたってのが自然じゃねぇか?」


 そう考えるのが自然かもしれんが、だとしたら全く意識が向いていなかったジェルチ達や味方の筈のシグノレにまで影響が出ているのは不自然だ。

 アスピザルもしっくりこないと言った表情で小さく唸る。


 「違うの?」

 「うーん。 梓や石切さんの意見は的外れって訳じゃないと思うけど、何かが足りないと思う」

 「何か?」

 「うん。 それが何なのかが、ね」


 その点は俺も同感だ。

 二人の指摘は的を射ている。 だが、見落としがあるのは確かだろう。

 どうした物か。


 ……とは言っても、これ以上の情報が出ないのなら後は考えるだけだ。


 「視界に入れる必要があるのなら煙幕でも張って撹乱して仕留める。 後は気付かれる前に奇襲をかける――ぐらいか? 身体能力や反応を見る限り、戦闘経験はそう多くないんじゃないのか?」

 「それで合ってるよ。 父は基本、後ろで指示出して安全を確認してから現場入りするタイプだからね」


 わざわざアスピザル達が動けなくなったタイミングで出て来た辺り、それを物語っているな。

 

 「恐らく、能力さえ突破出来ればあの親父自体は大した事ないから仕留めるのは難しくない」

 「分かった。 方向性としては視界を奪うなどして、こちらを認識させない事を主眼に置いて動こう。 効果がなければ次を考えるとしようか」

 

 妥当な所だな。

 

 「取りあえず、プレタハングに出くわしたらどうするかは決めたが、この後はどう動く?」

 「その前に二人が目を覚ましたみたいだからそっちとの話が先かな?」


 振り返ると治療を済ませた二人が重い動きで身を起こしていた。




 「――と言う訳なんだけど、どうする?」


 アスピザルがそう言うとガーディオは腕を組んで黙り込む。

 意識を取り戻した二人は傷が完治している事に戸惑っていたが、アスピザルの「感謝してよね」と恩に着せる科白に一応は納得したようだ。


「……手足を元通りにしてくれた事には感謝してるがよぉ……。首領を裏切ってテュケと戦り合えってか?」

 「僕は首領の座を降りた訳じゃないよ? だから、立場上は君達が裏切り者って事になる。 その辺、不問にするからこっちに戻ってきなよ」


 シグノレはちらちらとガーディオを見ており、決断を丸投げするつもりのようだ。

 当のガーディオは手を握ったり閉じたりを繰り返している。


 「どうしたモンかね。 首領には切られたも同然。 あんたにゃ手足をくっつけて貰った借りがある。 そっちに寝返る理由はあるし寝返ってもいい。 だがよぉ、悪ぃんだが今の俺じゃ戦力外もいい所だぜ? 何せ部位を全部持ってかれちまったからな」

 「そんなのは後でどうにでもなるから問題じゃないよ。 僕に敵対せずに父の処分が完了すれば、ちゃんと従ってくれるか。 その点さえ守ってくれれば問題ないよ」

 「……つまりはこの騒ぎが終わるまでは大人しくしてろってか?」

 「そうだね。 でも、シグノレは戦えるようだし、一緒に来て貰うから」

 「なっ!? それは……」

 「戦えるでしょ?」


 他人事のように適当に相槌を打っていたシグノレだったが、いきなり話を振られ、目を見開いて驚く。

 大方、ガーディオの戦線離脱に便乗しようとしたが思惑が外れたといった所か?

 

 「いえ、実は体調が――」

 「今死ぬ?」

 「こ、このシグノレ! 首領アスピザル様の為、身を粉にして戦う所存であります!」

 

 シグノレが泣きそうな顔で何度も頷くの見てアスピザルが小さく息を吐く。


 「はい。 シグノレは参加。 ジェネットは来て貰うけどジェルチはどう? 動けそう?」

 「えぇ。 特に体に異常はないのでやれます。 でも一体どうやって……」

 「貴重な手段を使ったからしっかり働いて元を取ってね」

 

 シグノレが思わずと言った感じで、俺の方を向こうとしたがアスピザルに肩を掴まれて固まった。

 

 「勝手に話を進めちゃったけど、ガーディオもそれでいいかな?」

 「……あぁ、どっちにしろこうなった俺は役立たずだ。 なら――」


 そこでふと思い出すように顔を上げる。


 「そういや、フラグラの奴はどうなった? 姿が見えないようだが……」

 「あぁ、そう言えばそうだね。 もう何となく察してるけど、一応聞くよ。 どうしたの?」


 視線がこっちに集まる。

 特に隠す事でもないので端的に述べた。


 「殺した」

 「――だってさ。 納得した?」

 「……あぁ、野郎、死んじまったのか……」


 ガーディオは少し俯いたがすぐに顔を上げて頷く。


 「……分かった。 俺は大人しくして、勝った方に付く事にする。 それでいいか?」

 「充分だよ。 さぁ、全員の意思確認も終わったし、具体的な動きの話に移ろう」


 それを聞いた夜ノ森が何処からかこの街の地図を持って来て広げる。

 アスピザルが小さく礼を言って地図の一点を指差す。


 「まず、僕達が居るのがこの辺り。 街の中心からやや北寄りの場所だね」


 シジーロと言う街はプレジ川の上に作られた街だ。

 このプレジ川は北から南へと流れており、街は自然とそれを遮らない構造になっている。

 元々、豪雨等で増水したとしても被害はそうでない大人しい川で、通り道さえ作ってやれば問題はそう起こらない。


 街の出入りは西と東に作られた橋のみ。

 建造物はブロック毎に小さな橋で結ばれており、その間を走っているのが運河と言う訳だ。

 この街をデザインした奴は川の流れを計算に入れて運河や建物の配置を考えているようで、今日まで特に問題が起こらなかったのもそのお陰だろう。


 さて、ダーザインの表の顔はミスチフ水運というこの街の有力者だ。

 当然ながらその本部も街の重要施設や公共施設が集中した中央に存在する。

 プレタハングが居るとしたらそこだろう。

 

 「流石に警備は居るから気付かれずに入るのは厳しいね」

 「だったら奇襲は難しいんじゃないか?」

 「うーん。 そこなんだよねぇ。 どうやってあの用心深い父をこっちに都合の良い場所に引っ張りだせるかだけど……」

 「陽動して意識をそっちに向けるなんてどうかしら?」

 「多分失敗する。 あの場で僕達の戦力は把握されているだろうから、姿が見えないのが一人でも居たら警戒されると思う」

 「で、ではアスピザル様。 和解の道を探るのはどうでしょう? そう言う事ならこのシグノレが取り持って……」

 

 この期に及んで日和るシグノレを全員が無視した。

 その後も意見を出しては否定を繰り返すのを見て俺は内心で嘆息。

 これはしばらく終わらんな。


 そんな事を考え、何の気なしに視線を巡らせて止まる。


 ……何だあれは?


 「なぁ、この街の水ってのはあそこまで色が変わる物なのか?」


 俺の発言に全員が訝しみながらもこの倉庫に入る際に使った水路に視線を向ける。

 その先の水は光源の少ないこの場所でもはっきり分かる程に黒く染まっていた。

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