第261話 「移植」

 欠損の治療は治癒ではなく復元だ。

 それが可能なのは現状でグノーシスのみ。

 連中が秘匿している技術の一つで、大枚を叩けば専門施設で欠損を元通りにしてくれる。


 ダーザインですら、部位移植と言う手段を取らないと欠損はどうにもならない。

 つまりは早い所、何らかの手を打たないとジェルチは死ぬと言う事だ。

 まぁ、この様子じゃ確実に死ぬな。


 正直、他人事だったので少し離れて、近くの荷物に寄りかかる。

 

 「アス君でも無理なの?」

 「自己治癒でどうにかなるレベルか元々、修復できる体質の持ち主なら綺麗に治せるけど……」


 アスピザルは困ったねと悩む素振を見せ、こちらに振り返る。

 

 「ねぇ、ローはどう思う?」


 俺に振るんじゃない。

 とは言っても答えない訳には行かないか。 


 「……このままだと確実に死ぬな。 どうしても助けたいのなら適当に誤魔化してグノーシスの教会にでも連れて行ったらどうだ? 最悪、延命ぐらいならどうにかなるだろう」


 一応、当たり障りのない事を言って置いた。

 それでも助かるかは際どい所だろうがな。

 加えて体を調べられて、身元が割れれば面倒な事になる事を考えるとあまり現実的じゃない。

 

 アスピザルは目を細めた。

 あ、嫌な予感がする。


 「ローが治療すれば助かるんじゃない?」

 

 言うと思ったよ。

 まぁ、臓器作って移植すればいいだけの話だから可不可で聞かれれば可能だ。

 もっとも、やるやらないは別の話だがな。


 俺は無言で肩を竦めた。

 その女が死のうが知った事ではないし、助ける義理もない。


 「どうすればやってくれる?」

 「できると言った覚えはないが?」

 「時間もないからお惚けは止めにしよう。 出来るでしょう?」


 全員の視線が集まる。

 俺は無言を貫く。迂闊にできるなんて言えば夜ノ森辺りがうるさい事言い出すに決まっているからな。

 少しの間、見つめ合う形になったがアスピザルが小さく息を吐く。


 「やっぱりローは情では動いてくれないか――なら取引をしよう。 父の処分後、ダーザインの倉庫にある物を前金として、それに加えてテュケを倒した後の戦利品も君の総取りでいい。 これでどうかな?」

 

 それを聞いて俺は少し考える。

 ダーザインの倉庫にある物にはあまり興味はない。

 あるのは精々、そこそこ貴重な装備品や魔法道具、移植用のパーツに儀式用のツールぐらいだろう。


 だが、テュケの研究成果とやらには興味がある。

 連中はこの魔法が幅を利かす世界で銃なんてものを作った奴等だ。

 面白い物があるかもしれんが、これは博打になるな。


 連中を処分する事は確定している以上、報酬額の吊り上げは俺にとっても悪い話じゃない。

 少し考えて、条件を付ける事にした。

 この様子ならごまかしきれんし仕方がないか。


 俺はややわざとらしく溜息を吐いて口を開く。


 「……やってもいいが条件がある」

 「何かな?」

 「まず、治療行為を見られたくない。 これが破られた場合、見た奴とジェルチを殺す」

 「構わない。 他は?」

 「本人に治療の経緯を説明しない。 特に俺の名前は出さない。 これが破られた場合、話した奴とジェルチを殺す」

 「構わない。 他は?」

 「そんな所だな。 時間もないしさっさと始める。 お前等は下がれ」

 「その前にこっちからも二ついいかな?」

 

 俺はどうぞと促す。


 「ガーディオもお願いしていいかな?」 


 手間はそこまで変わらんから問題ない。


 「良いだろう。 その代わりさっきの条件にガーディオも追加する。 もう一つは?」

 「変な細工はなしでお願い」


 ………。


 「了解だ。 治療のみを行う」

 「ありがとう。 じゃあ時間もないし始めて貰ってもいかな?」

 

 頷くとアスピザルはその場にいた全員を連れて離れて行く。

 タロウに全員を見張らせ、サベージに周囲を見張らせた。

 念の為に魔法で周囲を警戒しつつ、患者を確認。


 両者とも意識を失っているようで、荒い呼吸しか聞こえない。

 念の為に耳に指を突っ込んで根を伸ばして脳に侵入。

 記憶を引き抜くついでに意識の有無を確認。 よし、完璧に意識を失っているな。


 まずはジェルチからだ。

 正直、形を整えるだけなので、改造に比べれば難易度は遥かに低い。

 指を患部に突き刺して根を伸ばし、欠損部分を確認。 臓器の再構成――完了。


 細かい傷等も並行して修復、ついでに移植部分の能力をコピーして頂く。

 臓器が問題なく稼働している事を確認。 後どうでもいいが消化器官がちょっと荒れてるぞ?

 もっと消化に良い物を食え。 サービスで治してやった。


 作業を済ませた後、指を引き抜いて傷を塞いで完了。


 次はガーディオだ。

 こいつは更に簡単だった。 手足を作ってくっつけてやればいいだけだからな。 

 ただ、部位は吹っ飛んでしまっているので再現は不可能だ。


 普通の手足で我慢してくれ。

 下顎と手足を記憶を基に再構成。

 再度、耳から指を突っ込んで脳に干渉。


 手足と顎の動作確認を行う。

 手を開閉させたり、足を上げ下げし、口をパクパクと動かし問題が見当たらなかったので一つ頷いて根を引っ込めて指を引き抜く。


 よし。 完了だ。

 後は適当に食事と休息を与えれば後遺症も出んだろう。

 俺は終わったぞと声をかけて近くに座り込んだ。


 



 「……驚いた。 どうやったの?」

 

 アスピザルが小さく目を見開きながらそう言い、周りも驚いているのか同じような反応だ。

 

 「先に謝っておくが、ガーディオに関しては部位の再現はできていない。 ただの手足だ」

 「構わないよ。 治療って要求は満たしているからね」


 ジェネットは感極まったように倒れているジェルチを抱きしめていた。

 

 「後遺症とかは大丈夫なの?」

 「問題ない。 断言できる」

 

 夜ノ森が戸惑ったような感じで聞いて来るが、そのまま切り捨てる。

 悪いが教える気は無い。

 俺は夜ノ森を無視してアスピザルの方へ向く。

 

 「それで? この後どうする?」

 「多分だけど、しばらくは大丈夫だから少し休もう。 二人の意識が戻り次第相談、かな?」


 まぁ、良いんじゃないか?


 「……その前にシグノレ。 君はどうする? 父の所に戻る?」

 

 急に話を振られたシグノレはびくりと身を震わせる。

 

 「ど、どうするもこうするもプレタハング様に逆らうと私までガーディオと同じ事に……」

 「じゃあ今死ぬ?」


 そう言われてシグノレが言葉を詰まらせる。

 

 「悪いんだけど、今の父上は正直、手が付けられない。そんな状態で君に戻られるのは非常に困るんだ」


 分かるでしょと言わんばかりに笑顔を浮かべた。


 「な、ならアスピザル様! 私はどうすれば……」

 「ガーディオに何かをしたのは飽野さんだよね。 父に例のギミックが扱えるとは思えない。 つまり君には選択の余地がある」


 適当言ってるな。

 あの蜻蛉女が使える物をアスピザルの親父が使えないってのは言い切れない話だろう。

 その辺分かっていて選ばせようとしている辺りアスピザル自身にも余裕がない証拠か。


 シグノレは傍目にも分かるぐらい顔面を脂汗に塗れさせながらぐるぐると視線を動かす。

 その場にいる全員を順番に見た後、最後に意識を失ったままのガーディオを見ると小さく目を見開く。

 まるで突破口を見つけたかのように。


 「わ、私一人では決めかねます! ガーディオと相談させていただきたい!」

 

 上手い手だ。

 時間も稼げるし、他の意見も聞けて考えの指針にできる。

 

 「……分かった。 ガーディオ達が目覚めたらもう一度聞くよ。 ただ、逃げようなんて考えないでね?」

 「勿論ですとも!」


 シグノレは必死に頷いて敵意がない事をアピール。

 まぁ、大丈夫そうか? これで演技だったら大した物だが、目を離さなければ問題なさそうだ。


 「さ、当面の問題も片付いたし、父に対する対策を練ろうか?」


 落ち着いた所でアスピザルが話題を変える。

 まぁ、あの男に対する対策は練った方がいい。

 ジェネットはジェルチに付いており、シグノレも同様にガーディオに付いていて、残りの俺、アスピザル、夜ノ森、石切で車座になって座る。


 「まずは父上のあの状態なんだけど……率直に聞くけど、どう思う?」


 沈黙が落ちる。

 どう思うと言われても形容し難いからなあれは。


 「なんつーか、以前に戦った悪魔に雰囲気が似ていたな」


 最初に口を開いたのは意外にも石切だった。

 

 「ほら、俺らって悪魔の召喚実験する時とかよく呼ばれるだろ? 特に俺と大原田のおっさんは結構な頻度で呼ばれてな。 連中との戦いに関してならそれなりの物だぜ? ……それで何と言うか、俺も一度しか戦った事が無いんだが、上級悪魔の召喚に失敗した時にその処分をやらされたんだが、その時と同じ感じがしたなぁ――あ、悪ぃ、対策の話だったよな?」

 「いえ、大丈夫だよ石切さん。 些細な事でも役に立つかもしれないから何でも言ってよ」


 お、おうと頷く石切を尻目に俺は内心で頷く。

 石切の認識は正しい。 あれは悪魔を憑依させてその能力を得たのだろう。

 少し迷ったが、厄介そうな敵だ。 情報を出し惜しみするのはマイナスだろう。


 「……ムスリム霊山で、最後に現れたスタニスラスの事を覚えているか?」


 俺が口を開くと全員が弾かれたようにこっちを向く。

 ……何だ? その反応は?


 「あ、いや、ローが自発的に意見を言うなんて珍しいなって思って…あぁ、ごめんごめん。 さ、そのまま続けて続けて」


 何故か隣の夜ノ森も同意するように頷く。

 こいつ等は俺を何だと――いや、思い返すと何も間違っていないな。

 言いかけた反論を飲み込んで話を続ける。


 「奴はグノーシスで信仰している天使を自分の体に降ろす事で強力な戦闘力を得ていた。 恐らく奴の力はそれと似たような技術で悪魔の力を得たのではないかと思っている」

 「うん。 多分だけどそれで合っていると思う。 ローが乱入する前に飽野さんが言っていた事があったんだけど――」


 アスピザルは飽野――蜻蛉女が得意げに垂れ流した講釈をかみ砕いて説明してくれた。

 悪魔を部分的に召喚し、魂と融合させることによって強化を図る。

 中々、興味深い話だ。 やはりテュケは凄まじいな。


 俺が体質と偶然の結果、辿り着いた答えを独力で得ている時点で侮れない。

 つまり、連中の研究は肉体だけでなく魂にまで及んでいると言う事だ。

 可能であれば技術者や研究者を手に入れたいな。


 内心で皮算用をしつつ一通り話を聞き終える。

 

 「――って話だったよ。 どう思う?」

 「……細かい理屈は分からんが面白い話ではあったな」


 アスピザルのざっくりした解説に感想を返すと、はははと苦笑で返された。

 

 「ローの話を遮る形になっちゃったけど、その天使について詳しくお願い。 僕は前に聞いているけど皆は知らないしおさらいも兼ねてお願い」


 そうだな――。

 俺は頭の中で情報を纏めて口を開いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る