第260話 「逃走」

 最後の黒ローブを<榴弾>で仕留め、振り返ると他も終わっていた。

 シグノレは両手を上げて降伏のポーズ。

 アルグリーニはちょうどアスピザルの魔法で吹っ飛ばされている所だった。


 倒れた所を夜ノ森に圧し掛かられて抑え込まれる。

 これで残りはプレタハングだけになった。

 転生者が抜けたら一気に楽になったな。


 「ふう。 ロー、ありがとう。 今回は危なかったから本当に助かったよ」

 「来てくれて良かったわ」


 夜ノ森とアスピザルが、心底ほっとした様子で礼を言って来た。

 俺は特に答えずに頷いておいた。

 さて、残りはアスピザルの親父さんだけになったがどうするんだ?


 「これで取り巻きは居なくなったね。 僕としても血の繋がった家族を殺すのは忍びないから、諦めて隠居してくれないかな?」

 

 プレタハングは何も言わない。

 ただ、その表情には動揺の類は見られず、余裕すら浮かんでいる。

 転生者共が逃げ出したのを見ても驚きはしたが焦りはしなかった。

 

 テュケの連中に何かされたらしいが、自信の源はそれか?

 アスピザルもその辺りは同感らしく、訝し気な表情で父親を見やる。

 プレタハングはふうと深く息をすると、俺達を――いや、アスピザルを見て表情を歪めた。


 「仕方ないな。 直々に相手をしてあげようじゃぁないか」


 ……会話になってない。


 俺から見ても噛み合っていない会話だ。

 恐らくプレタハングは息子とまともに話をする気がそもそもないのだろう。

 たった数回の言葉のやり取りだけで関係性が窺えるのはある意味凄い。


 「アスピザル。 父はお前が嫌いだ。 子は親に従う物だろう? 何故それが理解できん?」

 「僕にだって意思はあるよ父上。 やりたくもない事をやらされれば不満も溜まる。 それでも今まで養って貰ってたから、可能な限りあなたの意に沿って動いていたつもりだよ?」

 「その態度が頂けないのだよアスピザル。 何故、父を心から信じない?」

 

 言いながらもプレタハングの全身から紫――と言うよりは暗い青色の光が漏れる。

 表情は醜く歪み、怒っているのか悲しんでいるのか判別が難しい有様だ。

 対峙するアスピザルの表情は険しく、こちらも考えが窺えない。


 『「……やはり、お前は出来損ないだアスピザル。 創造主の意に背くものは処分されて然るべき。 我が力を見せようではないか『Ενωυ嫉妬 ις ηαρδ硬く ανδして σαμε陰府 ας ηελλ等し』!」』


 瞬間、体が一気に重くなる。

 

 「……これは……」

 「何、これ、体が……」


 重しを乗せられた感じじゃないな。 身体が脱力して力が入り辛い。

 他も同様のようで俺はふらつく程度で済んでいるが、アスピザルや夜ノ森、石切は特に酷いらしく、膝を付いている。


 他へと目を向けるとジェルチを介抱しているジェネットやガーディオを抱えて逃げようとしていたシグノレも影響下にあるようでふらついているが、アスピザル達に比べれば軽い。

 これは転生者に効くようにできているのか? なら俺が軽いのは何故だ?


 プレタハングは愉快そうに嗤う。


 『「良い格好じゃないかアスピザル。 父の威光の前にはひれ伏すしかないだろう? 今更遅いがね」』


 さっきから気になっていたが、いつの間にかこいつ言葉が例の謎言語になっている。

 また天使かとも思ったが、明らかに趣が違う。


 『「さぁ、始めようか? 『Ενωυ ις τηε θλψερ魂の οφ腐敗 τηε σοθλある』!」』


 プレタハングから漏れている光――と言うよは澱みの量が増す。

 光ってはいるが、見た感じ煙やガスのように漂っているような印象を受ける。

 それ以外に変化はなさそうだが、あの手の連中の厄介さは散々経験しているので、油断はできん。


 アスピザルがゆっくり立ち上がり、夜ノ森が取り押さえたアルグリーニの頭部を殴りつけて意識を奪い、前に出る。 その隣には石切。

 俺は少し離れた位置でザ・コアを構える。


 先手はアスピザル達に譲ろう。 相手の手の内を探りたいしな。


 「父上。 あなたにはここで死んで貰います。 もう、見るに堪えない」


 最初に動いたのはアスピザルだ。 地面の石畳から石の鎖が現れプレタハングを瞬時に拘束。

 同時に夜ノ森と石切が突っ込む。

 二人が間合いに入る前に拘束している鎖がぼろりと崩れ落ちる。


 ……?


 破壊したというよりは魔法を解除したような印象を受ける崩れ方だな。

 アスピザルは再度拘束を狙うが、地面から伸びる鎖はプレタハングに触れる前にただの石に戻り形を保てずに崩れる。


 アスピザルは表情を僅かに不快気に歪める。

 その間に先に間合いに入った夜ノ森が拳を固めて殴りかかったがあっさりと片手で止められてしまう。

 妙な能力の影響が強いのか明らかに力が入っていなかった。


 『「使徒ヨノモリ。 貴女には期待していたというのにこうなるとは残念だ」』

 「心にもない事を言うのは止めなさい! 自分の息子すらまともに見れないあなたが誰かに期待する? 冗談はよしてちょうだい! 今までアス君がどんな気持ちであなたの言う事を聞いていたのか分からないの?」

 『「何故、私が息子の気持ちを慮るような真似をせねばならんのかな? 子は親に従う。 常識だろう?」』


 プレタハングは掴んだ夜ノ森の拳ごと腕を捻り上げ、空いた胴に蹴りを入れた。

 それだけで夜ノ森は派手に血反吐を吐いて吹き飛び、入れ替わるように石切が身を丸めて回転しながら突っ込んで来るが、正面から殴って弾き返す。


 『「ふははは。 素晴らしい。 使徒を相手にここまで圧倒できるとは、やはり私は選ばれた人間だったのだ!」』


 弾かれた石切は空中で体勢を立て直し、四つん這いで着地。

 苛立たし気に地面を叩く。


 「くそ、力が入らねぇ」


 入れ替わりに俺は前に踏み出す。

 ザ・コアを起動して、腰の辺りを狙って薙ぐ。

 プレタハングは回転部分を掴んで止め――られずに手が巻き込まれて挽き肉になる。


 『「が、ぐぁぁぁぁぁぁ!!」』


 苦痛の悲鳴を聞いて俺はおやと内心で首を傾げる。

 何だ? 案外脆いぞ。

 仕留められるのならそれでいい。 このまま胴体を――。


 ――畳みかけようとした俺の足から力が抜け、思わず膝を付く。


 おいおい。 いきなりだな。

 

 『「何をする!? 冒険者風情がぁぁぁぁ!!!」』


 喚き散らしながら飛んで来た殴打を躱す事が出来なかった。

 顔面に貰い体が吹き飛ぶ。 ダメージはそこまでじゃない。 精々鼻が折れたぐらいだ。

 ザ・コアを地面に突き立てて体勢を立て直す。


 『「何だ? 何なんだお前は? 何でただの人間にも関わらず私に傷をつけられる? どういう事だ?」』


 プレタハングが俺を見てぶつぶつと呟く度に体から力が抜けて行く。

 一体、何をされているのかさっぱり分からん。

 魔法の類だろうが、具体的にどう作用しているかが分からんから対処ができないのだ。

 

 目の前で挽き肉にした腕を再生させながらプレタハングは濁った眼で俺を睨みつける。

 対抗策が思いつかない。

 脳裏でいくつかの攻撃手段を挙げるが、どれも効果がなさそうだ。


 ……いっそクリステラの時のように侵食を試してみるか?


 上手く行けば吐いてぶっ倒れてくれるかも――。


 「ロー!」


 声をかけられて振り返るとアスピザルが力なく首を振る。

 それを見て内心で溜息を吐く。 意図を察したからだ。


 ……まぁ、妥当な判断か。


 業腹だが仕方ない。

 <交信>を使用。 サベージ達に指示を出す。


 『「私に傷をつけた無礼。 命で償いたまえ!」』


 御免被る。

 俺とアスピザルはほぼ同時に魔法を使用。

 <爆発>で石畳を吹き飛ばし、舞った土などをアスピザルが風で巻き上げる。

 

 視界を完全に潰した所で運河からサベージとタロウが飛び出す。

 タロウは走ろうとしたアスピザルを即座に銜えて走り、夜ノ森と石切がそれに続く。

 サベージがジェルチ達を抱えた所で、俺の所に来る。


 跨ろうとした所で腕を掴まれた。

 何だと見ると、ジェルチが弱々しい動きで俺の腕を握りしめている。

 

 「放せ」

 

 そう言うが放さない。

 

 「……おねがい。 ガーディオを……」


 ……ガーディオ? あぁ、あの死にぞこないか。


 無視しようかとも思ったがまた出て来られても面倒だ。

 まぁいい。 回収しておくか。

 俺は小さく頷いて、ふらつきながらもガーディオを抱えて地面をはいずって逃げようとしているシグノレの所へ向かう。


 「な、何を――」

 

 黙ってろ。

 面倒だったのでシグノレを殴って気絶させ、二人とも担いで走る。

 視線の先で、先頭を走っていたタロウが運河に飛び込み、夜ノ森、石切と続く。

 

 前を走っていたサベージが飛び込むのに少し遅れて俺も飛び込んだ。

 




 「皆、無事かな?」


 水を蹴立てて運河から上がったアスピザルがこちらを振り返る。

 濡れ鼠になった俺達は特に答えずに順番に水から上がっていく。

 現在地は街の地下にあるダーザインが秘密裏に作った倉庫の一つだ。


 運河を泳いで進み、アスピザルの案内で水中に作られた入口を通ってここまで来たのだが……。

 倉庫をぐるりと見回す。 木箱が大量に積まれており、中身は良く分からんが碌な物じゃないだろうな。

 

 「お、おい! そんな事より怪我人の治療をしないといかんだろうが!」


 声の主は俺が引っ張って来たシグノレだ。

 傷が深いガーディオとジェルチを指差している。

 

 「そうだね。 細かい話は後でもできるし、今できる事をしようか」


 アスピザルが寝かされている二人の怪我を診る。

 俺も後ろで見ていたが、これは酷いな。

 ガーディオは四肢と下顎が吹っ飛んでいるが治療が早かったので命には別状ないだろう。

 生活には支障あるだろうが。


 問題はジェルチだ。

 傷自体は塞がっているが、いくつか臓器が吹っ飛んでいるので生命維持に支障が出ているようだ。

 ジェネットは細い息を漏らすジェルチの手を両手で包み込むように握りしめていた。


 アスピザルは患部に手を当てて小さく首を振る。

 

 「……ごめん。 これは無理だ。 肝臓や腎臓が軒並み吹っ飛んじゃってる。 治癒魔法はあくまで、自己治癒の延長だから完全に欠損してしまうと……」


 ……だろうな。


 手足や臓器の欠損はもっと高度な魔法的な治療が必要になる。

 この近辺でそれが出来そうなのは――。


 「グノーシスか」  

 

 俺の呟きに場が沈黙した。

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