第249話 「被虐」

 扉を開けたその先に居たのは――アルマジロ?

 背中には装甲じみた外皮に愛嬌のある顔、そして人間サイズの体躯。

 どう見ても転生者だな。


 その前には肩で息をしている奴隷。

 手には棍棒。 全身は汗にまみれ、肩で息をしており疲労困憊と言った状態だ。

 さっきの悲鳴の主のようだが妙だな。


 疲労しているようだが、見た感じ外傷がない。

 どういう事だ?


 「オラぁ! へばってんじゃねーぞ! もっと来いや!」


 アルマジロはかかって来いと奴隷を挑発する。

 奴隷はふらつきながらも棍棒を振り上げてアルマジロをぶん殴った。

 そこで力尽きたのか奴隷は殴った勢いのまま倒れ込んだ。

 

 「チッ、もう倒れやがったか。 おい、片付けろ」


 アルマジロがそう言うと傍で控えていた黒ローブ達が奴隷を担いで退出する。

 静かになった所でようやく俺達に気が付いたのか、アルマジロはこちらを向く。


 「ん? 夜ノ森とアスピザルじゃねーか。久しぶりじゃねーか。 そっちは知らん顔だな。 誰だ?」

 「久しぶりだね石切いしきりさん」

 「おう。 お前等がわざわざ来たって事は、仕事か何かか?」

 

 アスピザルはアルマジロ――石切の前に出て話しかける。

 夜ノ森は――珍しく腰が引けていた。

 何だ? 見た感じ豚や蛙に向けていた嫌悪感とは違うみたいだが……。


 嫌いと言うよりは単に近寄りたくないと言った感じにも見える。

 アスピザルもそれを察しているのか、石切への事情説明を積極的に行っていた。

 一通り聞き終えると、石切は腕を組んで一つ頷く。


 「ほー。 親父さんを追い出して組織の完全な乗っ取りにテュケとの縁切りねぇ」

 「そうなんだ。 だから石切さんにも身の振り方を決めて貰おうと思って。 どうする?」

 「答える前に一つ聞きたいが、他はどうなった?」

 「大原田さんと宇田津さんは死んで、えっとあのアリクイの娘はニート辞めて働くって」

 「馬鹿二人は死んだのか――ってかあの豚、始末出来たのかよ。 凄ぇな」


 石切は感心したように頷く。

 やはりあの豚は一目置かれていたようだ。

 普通に強かったしな。 

 

 「どうかな? 答えを聞かせて欲しいんだけど……」

 

 石切は口の端を吊り上げる。


 「テュケの連中は前から気に入らなかったし構わねえぜ。 ただし条件がある」


 そう言うと夜ノ森にねっとりとした視線を向ける。

 向けられた夜ノ森は小さく悲鳴を上げて後ずさった。

 

 「夜ノ森が俺の女になるのならな!」

 

 あぁ、なるほど。 そりゃ嫌がるな。

 それにしてもあんな熊女に欲情できるとかこのアルマジロ、良い趣味をしている。

 だが、夜ノ森にその気はなさそうだしこれは話にならんな。


 ……もう面倒だし殺すか。


 「さぁ、夜ノ森。 お前がちょっと俺とごぼぁ!?」


 何か言いかけたアルマジロの腹にザ・コアを叩き込んだ。

 固い物を砕く感触が手に伝わり、石切はごろごろと転がって壁にぶつかって止まった。

 おや? 俺は自分の武器を眺めて首を傾げる。


 砕いたがダメージが通った感触があまりしなかった。

 頑丈だな。 やはり削り殺した方が早いようだ。


 「ちょ、ちょっとロー!?」


 珍しくアスピザルが慌てるが無視。

 俺はとどめを刺すべく石切の方へ歩く。

 

 「どうせ殺すんだろう? ならさっさと済ませて次に行くぞ」

 「いや、そうじゃなくて……石切さんは――あー……もう手遅れか……」

 

 何だ? 良く分からんが仕留めても問題ないと言う事だな。

 石切の方へ視線を戻すと、奴はゆっくりと立ち上がる。

 

 「……がはっ、いいモン持ってんじゃねえか……」


 血を吐きながらもしっかりと地を踏みしめて立つ。

 胴体に亀裂が入っているが、戦闘に支障はなさそうだ。

 

 「あぁ、痛てぇ痛てぇ……」


 ぶつぶつと呟く。

 同時に何故か後ろで悲鳴が聞こえた。

 振り返ると夜ノ森がアスピザルの後ろで小さくなって震えている。


 その反応に訝しみながらも意識は石切に集中。

 石切は唇の端から血を流しながらも吊り上げて笑みのような物を浮かべる。


 「オラぁ! どうしたぁ! もっと来いやぁ!」


 そういって思いっきり胸を張る。

 では遠慮なく。


 「どうしたぁ! びびってんのかオごばぁ!?」


 ザ・コアを脳天に振り下ろす。

 首が危険な角度に曲がる。 骨らしきものを砕いた手応えが伝わった。

 

 ……が、石切は倒れない。


 「ひ、ひひひ。 痛てぇ、痛てぇ……。 もっと来いよぉ。 もっともっともっともっともっともっとぉぉぉぉぉぉ!」

 

 何故か恍惚としたものを浮かべて気持ちの悪い笑みまで零し始める。

 俺もここまであからさまな反応をされると流石に察した。

 夜ノ森が怯えている理由も同様に見当がつく。


 恐らくダーザインに所属する切っ掛けが彼女だったのだろう。

 奴の要求通りに夜ノ森を差し出せば――まぁ、控えめに言って激しいSMプレイが繰り広げられるのは想像に難くない。


 肝心の夜ノ森の反応を見る限り、彼女はその手の趣味に理解はないようだ。

 まぁ、抵抗しないのなら好都合だ。 起動してさっさと磨り潰すと――。


 「ちょっと待って! ロー! 殺すのは待って!」


 アスピザルが慌てた感じで俺と石切との間に割って入った。

 俺は肩を竦めて、ザ・コアを引っ込めて下がる。

 それを見て小さく息を吐いたアスピザルは石切の方へと向き直った。


 「石切さん。 どうかな? 僕達・・と一緒に戦ってくれないかな?」


 何故か「僕達」の部分を強調して言う。

 石切は圧し折れたように見える首を直しながら俺の方をじっと見つめる。

 

 ……うわ。 目が合った。


 見つめ合う事数秒。 不意に石切がびくびくと不自然に体を震わせる。

 それを見て夜ノ森が吐き気を堪えるような声を漏らす。

 石切は口の端を吊り上げて笑う。


 「いいぜ。 お前、ローっつたな。 俺は石切いしきり 丈逸じょういちって言うんだ。 よろしくな!」


 そう言って俺に近づくと馴れ馴れしく肩を組んで来る。

 どうでもいいが耳元で荒い息吐くの止めて貰えませんかね。

 

 「お、お前、本当に良いの持ってるな、はぁはぁ――な、なぁ、今晩……」


 俺は無言で石切の頭を掴み、背負い投げの要領で近くの壁に投げ飛ばした。

 叩きつけられた気持ち悪いアルマジロはびくびくと体を震わせる。

 この変態って使い物になるのか?

 

 「一応聞くが、こいつは戦えるのか?」

 「そこは大丈夫。 大原田さんほどじゃないけど強いよ」


 あ、豚よりは弱いのか。


 「まぁ、その――ウチに入る時に梓とちょっとあってそれで――」

 「聞きたくないから言わなくていい」


 変態との馴れ初めなんぞ聞きたくもない。

 まぁ、戦力になるのなら問題はないか。

 さっさと連れて次だ。


 いつの間にか地面を這って俺の足に縋りつこうとした石切の頭を踏みつける。


 「出発は明日、目的地はディペンデレって所でいいんだな?」

 「うん。 そこを落とせばダーザイン関係の面倒事は終わりだよ」

 「後はテュケの始末か」

 「そうだね。 それが終わればやっと僕は自由になれるよ」


 その点は同感だ。

 俺もお前等から解放されて気ままな一人旅に早く戻りたいしな。

 足元のアルマジロの頭を踏みにじりながらそんな事を考えた。




 来て早々に用事が済んだので次にするのは出発の準備だ。

 石切は体格を誤魔化せないので幌付きの荷車に乗せ、サベージとタロウで引く事になった。

 後は路銀と食料等の補給が済めばもうやる事はない。


 翌日の出発に向けて英気を養うだけだ。 俺は宛がわれた部屋のベッドで横になる。

 ここまで順調すぎるぐらい順調に片付いた。

 転生者も後一人。 そいつの始末を付けてダーザインの浄化。


 そこまでは俺も特に心配はしていない。

 ただ、テュケの処理をどうするのかが気になる。

 アスピザルには考えがあるようだが、聞いてもはぐらかされるだけだった。


 何を考えているか分からん奴だが、今の所は嘘も不義理もないので必要以上に疑う理由はない。

 ……が、肝心の部分を隠されたままと言うのは座りが悪いな。

 

 ――……あの手の輩は、刺されるまで不意打ちに気付けないと言う事もあり得ます。


 不意にファティマの言葉が脳裏に浮かぶ。

 アスピザルに関しては俺もファティマと同感だ。

 何を考えているか分からないと言う事は何を考えていても不思議じゃない。


 せめて夜ノ森や石切ぐらい分かり易ければ付き合い易かったんだがな。

 そんな事を考えていると――。


 「よう。 邪魔するぜ」


 石切がノックもなしに入って来た。

 うわ。 正直、会話もしたくないから来ないでほしいんだが。


 「何か用か?」


 身を起こしてベッドに腰掛ける。


 「いや、これから組むんだし話ぐらいはしといた方がいいかと思ってな」


 そう言って俺の隣に腰を下ろす。

 近い。 離れてくれませんかね。

 石切は離れる気は無いようなので、さり気なく距離を取るが、離れた分だけ寄って来た。


 ………。


 「アスピザルから聞いたぜ。 あんたも転生者なんだってな」


 余計な事を。


 「まぁ、そんな所だな」

 「っつー事はアスピザルと同じで、人間に喰わされた口か?」

 「まぁ、そんな所だな」

 

 適当に返事をす――待て。 どう追い返すか考えていた思考を切り替える。

 こいつはアスピザルの事情を知っているのか?

 

 「こっちからもいいか?」

 「おぅ。 何でも聞いてくれ」

 「アスピザルの事だ。 今回の件、お前はどう考えている」


 そう聞くと石切は腕を組んで少し考え込むように唸る。


 「……そりゃ裏があんのかって話か?」


 俺は答えない。

 石切は小さく息を吐いてそのまま続ける。


 「つっても俺もあいつとはそこまで突っ込んだ関係じゃないから、言い切れねぇけど今回に限っては他意はないと思うぜ」

 「……根拠は?」

 「まぁ、あれだ。 今まで見てきた感じっつーか、アスピザルが親父さんをあんまりよく思ってねーのは何となくわかるし、何か我慢してんのかなーって感じる場面も何度か見てるからよ。 この話聞いた時は、ま、当然の流れだなって思ってよ」


 石切はその辺は夜ノ森の方が詳しいんじゃねーのと言ったが、それだけ聞ければ充分だ。

 夜ノ森は俺に対していい印象を持っていない以上、大事なアスピザルの事を素直に喋ってくれるかも怪しいからな。

 

 「もう一点構わないか?」

 「あぁ、構わねえよ」

 「アスピザルは転生者と聞いているが、決定的な物を見たか?」


 正直、そこまで疑っていないが、いい機会なので念の為に聞いておいた。

 日本の知識を持っているようだが、裏を返せばそれだけしか証明できるものがない。

 観察した限り奴の戦闘スタイルは魔法のみ。


 それに限って言えば屈指の実力者だろう。

 仮に奴が転生者でも何でもなくて何らかの方法で日本語を習得しただけと言う可能性もなくはない。


 「疑うのも無理ねぇが、それを言うならアンタもって事になる――ってそれは話が違うか。 単純だよ、転生者には切り札があるのは知ってるだろ?」


 ……あぁ、あの日枝や豚が使っていたやつか。


 昆虫なら脱皮、動物なら急速な肥大化を行い、身体能力を爆発的に高める能力。

 まぁ、俺は使えないが。


 「要はそれを見たと?」


 石切は大きく頷く。

 なるほどな。 取りあえずは一つすっきりした。

 聞きたい事も聞いたしもういいな。


 「今度はこっちから聞くけどいいよな?」


 そう言って更ににじり寄って来る石切にうんざりしながら俺は溜息を吐いた。

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