第250話 「此居」
ダーザイン。
百年近い歴史がある組織ではあるが、本格的に動き出したのは数十年前。
掲げているスローガンは「人間の限界を越える」
それに基づいて行われていたのが悪魔召喚だ。
悪魔という異界の住人を呼び出し、その一部を移植。
それによって肉体的な限界を突破して進化した人となる。
限界を突破するのはあくまで肉体的という点に拘っているのには理由があった。
単純な話だ。 組織を率いているアスピザルの父親が高齢で先が長くないからだ。
奴の親父さんは蓄えた財や組織を他の誰かにくれてやる気は毛頭ないようで、意地でも復活して永遠に組織のトップに立って裕福な暮らしを続けたいらしい。
要するにアスピザルに席を譲ったのは表向きだけで、本当の意味で退く気は無いようだ。
……正直、反応に困るな。
死にたくないのは人間であれば当然の欲求だろう。
それなりに財を蓄えただろうし、使おうにも体が動かんと言うのは歯痒いだろうな。
行動や考えは理解できる。
好きにすればいいとも思うが、それはアスピザルの事を度外視すればという但し書きが付く。
理由はお前は自分の代役だけやってればいいという考えが透けて見える上にそれを隠そうともしない事だ。
親父とやらはアスピザルの事を慮るという行動を一切取る気はないらしく、それを隠しもしない。
何と言うか、その親父とやらがどういう人間なのか良く分かる。
その辺り、奴自身はどう考えているんだろうな。
表面上は窺い知れんが、少なくとも裏切を決意させる程度には見限られているのは確かだ。
テュケとの接触によって組織の地盤を確かなものにし、今に至るというが――。
まぁ、砂上の楼閣としか表現できない組織だな。
提携と言えば聞こえはいいが、実際はテュケの活動の隠れ蓑に使われたりと、フロント企業みたいな扱いだ。
それに加えて、与えられた技術の運用自体はできているようだが、新しい物を生み出せていない時点でどうにもならん。
以前も触れたが、体よく技術の検証に使われているようにしか見えんからな。
俺に言わせれば肝心な部分の全てを他所から持って来ている時点で先は見えている。
当然ながら連中も実験ばかりやっている訳ではない。
何をするにしても先立つ物が要るのは世の常だ。
ダーザインとしての裏の顔は勿論、金策等で大っぴらに動く表の顔も存在する。
組織にはそれぞれ幹部が治める部署的な物が存在し、それぞれで違う役目を担っているらしい。
まずは勧誘部門。
少し前に会ったジェルチと言う女が責任者で、表向きは娼館経営。
裏の顔は組織への勧誘。
要はアホな男に春を売って骨抜きにして組織に引きずり込むのが仕事らしい。
それだけ聞けば引っかかる奴は居ないんじゃないかとも思ったが、案外馬鹿にできない手法のようだ。
王都で出くわした女の例を鑑みると確かに引っかかる奴はいるだろうな。
次に暗殺部門。
組織にとって邪魔な奴を処分する役目を担っている。
こちらの責任者はジェルチと一緒に居たジェネットという女らしい。
表向きは諜報機関――まぁ、探偵の真似事をするようだ。
浮気調査から密偵までこなす、調べ物の専門家らしい。
管理部門。
組織の物品を管理する倉庫番みたいな連中のようで、表に出しにくい物品を集積したり必要な場所に輸送したりしているようで、表向きは商人として国のあちこちを動き回っているようだ。
ちなみに本拠はオールディアだったりする。
要はあそこで死んだ連中の大半は管理部門の連中で、街が完全にグノーシスに押さえられて保管している物品も全部持って行かれたらしい。
……そりゃ気の毒に。
後は移植等を行う研究部門、荒事専門の部署、戦闘部門。
前者は完全に表に出ず、後者は表向き傭兵として動いているようだ。
最後に部署の統轄を行う、首領直轄の統括部門。
他にも他所の組織と折衝などを行う部署が別系統でいるらしいが細かいので割愛。
「――って言うのが概要なんだけど分かった?」
「大雑把には」
俺が今いるのはタロウとサベージが引いている幌付きの荷車の中で、隣には石切、向かいには夜ノ森とアスピザル。
いよいよ一先ずの目的地であるディペンデレへの到着が近づいた所で、アスピザルにダーザインの事を聞いていたのだ。
正直、今更感があったが、窓もないこの荷車の中では話でもしていないと暇なのでこうしてアスピザルの話を聞いていた。
「後はダーザインの表の顔――要は僕の家についてなんだけど…その前にディペンデレについて話す必要があるね」
まぁ、聞いて欲しいのなら聞くが。
ディペンデレ領。
その首都であるシジーロは領のど真ん中を走るプレジ川の上に作られた街だ。
最初は往来を可能にする為の橋だけだったのだが、気が付けば橋の規模が大きくなり、建物が軒を連ね、最後には巨大な街となったという歴史がある。
川の上に作られただけあって、街には運河があちこちに走る水の都だ。
「ヴェネツィアをイメージしてくれれば分かり易いかな?」
……イタリアかどっかだったか?
正直、ピンと来ない。 船で移動するぐらいの事しか分からんぞ。
そう言うとアスピザルは苦笑して、その認識で合ってるよと言って続ける。
移動は主に小型の船舶を使用。 物資の移動も同様に行うようだ。
「……で、ウチの家はその船を扱う商売をやっているんだ」
元々、アスピザルの家は代々、その商売で生計を立てていたらしい。
水路を進み人や物を運ぶ。
街での需要は絶大だったが、裏を返すと街の外まで手を広げられない。
アスピザルの祖父はその点が不満だったようで、色々と動いていたようだ。
ダーザインは昔からあったが、当時は組織なんて呼べる代物ではなく、ただの集まりと言うのが正確な所だったらしい。
「ダーザインって意味知ってる?」
俺は知らんと首を振る。
「"ここに居る"って意味らしいよ。 寂しい人や日常に疲れた人が集まって悪魔に祈りを捧げるって建前で仲間内で愚痴を吐き合う。 参加した人からすれば居心地のいい集まりだったらしいね」
ちょっとしたサークルや部活動みたいなノリだったんだろうな。
そこで止めとけばいいのにアスピザルの爺さんは見つけなくていい物を見つけて、集まりが組織に変貌。
今に至ると。 結果、アスピザルの親父はその魔力に取り付かれ、延命どころか不老不死なんて夢まで見る始末。
なるほど。 これは俺でも見限るな。
いや、俺の場合は動けるようになった瞬間か。
……話を戻そう。
水路を完全に掌握したアスピザルの家は街中にこっそりと隠し倉庫や、水路を拵えたりして色々とやって裏から街を侵食していった。
今では領主すらも言いなりにできるらしい。
……流通を押さえると強いな。
そんな理由でシジーロと言う街は完全にダーザインの支配下にあると言う事だ。
まぁ、完全に敵地だな。
「それは分かったが、具体的に親父さんをどうするか聞いてないぞ?」
「殺すよ」
即答。
そう答えたアスピザルの表情や声からは完全に感情を抜け落ちていた。
「今となってはあの人はただの老害でしかない。 寝たきりだからさっさととどめを刺して組織の掌握に入るよ。 それが済んだら最後の転生者に話をして――いや、処分する事になるだろうからローと石切さんはそのつもりで居てね」
俺と石切は無言で頷く。
だから幹部を一ヶ所に集めたのか。
話も処分も一度で済むし、下への指示も楽だろうしな。
それに加えて親父さんを始末したのなら、連中はアスピザルには逆らえない。
首尾よく行けば楽に片付きそうだが……。
果たしてそう上手く行くのかね。
話を聞いた限り随分と生き汚い奴らしいし、何か手を打ってるんじゃないかと勘繰ってしまうな。
これは持論だが、信頼しないと言う事は対象を「潜在的な脅威」と認識してると言う事だ。
アスピザルを信じていない以上は裏切を警戒しているという事は充分に考えられる。
「警戒されていると言う事はないのか?」
「……ないと思うよ? 少なくとも僕等はそんな素振りを見せてないし、他の幹部にも説明していない。 この事を知っているのはここに居るメンバーだけだよ」
俺が夜ノ森に視線を向けると彼女は頷きで返す。
尻尾を掴ませる真似はしていないと。
……とは言っても安心する材料としては弱い。
実際、石切はアスピザルの不満を見抜いていた。
他がそうじゃないとどうして言い切れる?
俺はそうかとだけ言って話を終わらせたが、警戒はしておいた方がいいな。
話は終わりと幌から首を出して外の景色を見る。
視線の先には小さく街が見えた。
目的地までは後少しと言った所か。
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