第248話 「打撃」

 蛙を挽き肉にした翌日、俺はサベージに跨ってのんびりとした速度で南を目指していた。 

 隣では夜ノ森とアスピザルがタロウに跨って進んでいる。

 何となく間が空いたので昨日聞きそびれた事を聞く事にした。

 

 「……アリクイ、豚、蛙と片付いたが、残りの二人はどうなんだ?」

 「うーん。 どうだったかな?」


 アスピザルは後ろの夜ノ森へ振り返る。


 「……そこで私に振るのね。 えっと、残りは男女一人ずつで――これから会う石切さんはまだ話を聞いてくれそうだけど最後の針谷さんは多分、話を聞くタイプじゃないわ」

 「もう少し具体的な答えが聞きたいな。 俺はどんな奴かと聞いてるんだが?」


 引き籠りにロリコン野郎、雑魚専の内弁慶と碌なのと出くわさない。

 正直、この手の連中はそろそろ食傷気味なんだがな。

 逆にあの連中以下の奴だったら、多少は気楽になるかもしれないと内心でハードルが下がったなと自嘲する。


 アスピザルは首を傾げる。 あぁ、こいつ話す気がないな。

 そう判断して俺は夜ノ森に視線を向けると、彼女は言い難そうに頬を掻く。

 

 「片方――今向かっている方なんだけど、何と言うか――暴力が好きな人と言うか……」


 凄まじく歯切れが悪いな。

 あれか? その石切とか言う奴は他人を痛めつけるのが好きな蛙の同類って所なのか?

 まだ話し合いの余地があるのなら、蛙よりはましと判断するべきか……。

 

 「残りは?」

 「針谷さんは大原田さんと似た趣味の持ち主で、その――」

 「もういい、分かった」


 会話が必要ないという事が分かれば充分だ。

 

 「取りあえずディペンデレとか言う所が最終的な目的地なのは分かったが、次はどの辺りになる?」

 「次は三つほど領を跨いだレベリオスと言う場所よ」


 ……レベリオスねぇ……。


 知らん場所だな。

 

 「地図で言うのならこの国の南東部に当たる場所よ」

 「これと言った名所や特産は?」

 「うーん。 私も数えるほどしか行った事がないから分からないわ。 ただ、名所の類は聞いた事がないから、これと言った物はないんじゃないかしら?」


 そうか。 見る物がないならとっとと片付けて次だな。


 「残りは終点の近くと言う事でいいのか?」

 「いいえ、終点と同じ場所だからそこでゴールよ」


 なるほど。 なら、向かう場所は後二ヵ所と言う訳か。

 領内を移動する必要がないのか。 面倒が少なくなるという点で言うのなら朗報だ。

 いい機会だし気になっていたことも聞いておくか。

 

 「もう一ついいかな?」

 「何かしら?」

 「ジェルチとジェネットとか言う奴ら以外の幹部と会わないんだが、どこに居るんだ?」


 いくつか拠点を回っているが、それらしき奴と出くわしてない。

 転生者を押さえる為にセットで配置している物と思っていたが、勘違いか?


 「それなら、全員本部のディペンデレへ行かせたよ。 説得するにしても始末するにしても纏めてやった方がいいから集まるように言っておいたんだよ」


 あぁ、それで二人とはグラード領で分かれたのか。

 恐らく今頃は真っ直ぐ目的地に向かっているのだろう。

 居ても邪魔だから個人的には別行動はありがたい。


 ともあれ話は分かった。

 次を片付ければ終点で、後はダーザインの浄化か。

 そっちは俺は見てるだけで良さそうだし、転生者を片付ければ楽な物だ。

 

 まぁ、問題はその後のテュケの処理か。

 話を聞く限りそこまでの規模じゃないらしいが、いつかの蝙蝠女を筆頭に転生者を抱えている。

 王都で出くわした感触からするとテュケはある程度、転生者の手綱を握れている印象を受けた。


 ……厄介な。


 場数を踏んだ転生者が複数。

 アスピザルと夜ノ森が居るにしても厳しくなりそうだ。

 聞いたが、アスピザル達にも正確な規模は分からないらしい。


 人数も規模も不明と。

 それを聞くと本当にダーザインってテュケの使いっ走りだったんだなと思う。

 情報や技術は与えられるだけでその逆はない。 精々、新技術のモニター役と言った所か。


 そんな調子で今までいいようにこき使われて来たんだろうな。

 アスピザルも縁切りしたくなる訳だ。

 今までそれをやらなかったのは奴の親父――要は前首領の意向で、関係を維持していたらしい。


 アスピザルの親父からすればテュケからの技術供与はどうしても必要だったようだ。

 確か延命が目的だったか。

 そんなに死にたくないのなら転生者の素体をアスピザルにではなく自分に使えばよかった物を……。


 まぁ、死ぬのが怖いようだし息子で試してからと考えたのか?

 色々やっている所を見ると、転生者と混ざるのは危険と判断したようだが…。

 自我が変化するような行為は避けたいと言った所なのだろう。


 魔法なんて物が幅を利かせている世界だが、老化を遅らす事は出来ても止められないという訳か。

 そんな調子で胡散臭い連中に協力し続けて、顎で使われ続ける。

 流石のアスピザルもいい加減に我慢の限界だったようだな。


 組織を動かす以上、裏切りを許した時点で破綻は目に見えている。

 親子の情? それとも親だから子は従うべき?

 くだらない。


 本気で従わせたいなら絶対に裏切れない土壌か、裏切った際の対抗策を練るべきだろうに。

 中途半端に信じるからこうなる。

 俺に言わせればアスピザルもアスピザルだ。


 嫌ならさっさと殺すなり逃げるなりすればいいというのにわざわざ、こんな面倒な手順を踏む辺り親に対する情を捨てきれていないのが丸分かりだ。

 現状で最も大きな懸念材料でもある。


 果たしてアスピザルは自分の父親を始末する事が出来るのだろうか、と。

 いざとなれば夜ノ森が動くだろうが、一手間増える事は間違いないだろう。

 もしかしなくても父親の始末は俺がやった方が話が早いか?


 先の事をぐるぐると考えながら、俺はアスピザルとの会話を続けた。

 




 レベリオス領。

 事前に聞いていた通り、これと言った特産や名所もない平凡な場所ではあるが、道等がしっかりと舗装されており、ウルスラグナ南東部を訪れる人からすれば良い通り道となっている。

 

 それを見越してか、宿泊施設や飲食店等の施設は中々充実していた。 

 ご丁寧に広い道に並べるように軒を連ねている。

 恐らくは売りがないからそう言う点で勝負しようという経営戦略のような物が垣間見えた。


 アスピザル曰く「道の駅」みたいだねとの事。 

 正直、俺も賢いやり方だと思う。

 領自体に見る物がないのなら通り過ぎる人間を狙って商売をするのは良い判断だ。


 しかも通りたくなるように道の整備にかなり力を入れているようで、サベージ達も歩き易そうにしていたが、残念ながら連れて行く訳にもいかない。

 人が多い場所に入る前にサベージとタロウとは近くで別れ、帰りに合流だ。

 

 「場所は?」

 「例によってこの領の外れよ。 えっと、あの山見える? あそこの麓にある屋敷よ」


 夜ノ森が指差した方向に目を向けると、山と言うにはやや小さな盛り上がりが見える。

 そこまで広い領でもないし、目的地が見えているから今日中には着くな。

 街に入ってから、目的地までの道中は中々快適だった。


 広い道に軒を連ねている店はよく見ると食事処だけじゃなく、旅に必要と思われる消耗品や道具類等も取り扱っており、ここの領主や商人の手腕が窺える。

 それは道を通る人の多さが証明しており、かなり賑わっているようだ。

 

 ……ただ。


 この領はあくまで道の延長らしく人が居付く事は少ないようだ。

 聞けば冒険者ギルドはあるらしいが、出て行く奴はいても入ってくる奴は少ないと聞く。

 何事も一長一短か。


 「食べ歩きできるような物を売ってる店が多いね」


 いつの間にかアスピザルは食べ物を買い込んでいたようで、串焼きのような物を美味しそうに食べていた。

 これまたいつの間にか夜ノ森がやや呆れながら食べ物を抱えている。

 俺の視線に気づいたのか、無言で食べるかと焼いた肉のような物を差し出した。


 礼を言って受け取り、口に運んで齧る。

 あ、結構美味いなこれ。

 もそもそと肉を食いながら歩く。


 適当にアスピザル達と食べ歩きをしながら目的地を目指す。

 夜ノ森は鎧やら衣服で誤魔化してはいるがその巨体のお陰で少し目立つが、絡んでくる馬鹿も居らずに特に問題なく目的地へと辿り着いた。


 大通りから外れて少しずつ人通りが減って行き、完全に途切れた所にそれは建っている。

 見た目は砦に近いが山に埋まる形で作られているという変わり種だ。

 中に入り、適当に挨拶を済ませて奥へ通される。


 何故か応接間ではなく倉庫のような所へ行き――。


 ……地下か。


 もう流れで分かった。

 予想を裏切らずに地下への隠し階段を下りて行く。

 降りた先を少し進むと、何故か体格のいい男達が筋トレをしている姿が多く見えた。


 ほとんどの男達が首輪を付けており奴隷と言う事が分かるが表情は余り暗くない。

 何故か鬼気迫る表情で肉体の鍛錬に余念がない事を窺わせる。

 そいつらを見て最初に思った事は蛙の時と同じパターンかとも思ったが、奴隷連中の表情に悲壮感がない。


 どういう事だ?

 考えたが答えは出なかった。

 まぁ、先へ行けば分かるか。


 筋トレしている奴隷達の横を通って奥へ。

 少し歩くと微かに打撃音――何かを殴るような音が聞こえる。

 音は断続的に響き、途切れる事がない。


 ……いよいよか。


 心構えを済ませて進む。

 近づくと声のような物も聞こえて来た。

 片方は荒く息をしており、もう片方が怒鳴りつけている感じだ。


 「はぁ…はぁ…す、すいません…。 もう無理です」

 「ざっけんなこらぁ!!! まだやれんだろうが! 立てオラぁ!」


 更に打撃音。


 「勘弁してください!」


 声が悲鳴に変わる。

 それを聞いて嘆息。

 どうやら蛙と同じサンドバッグが好きなタイプか。


 考えている間に到着。

 先頭の夜ノ森が扉を開けて中へ入る。

 そこには――。

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