第237話 「引出」

 「……そうですか……あの子はロレナと言って、とてもよく気が付くいい子でした」


 女は俺が殺した女のプロフィールを詳しく話そうとしているが、俺からすれば「ふーん、あっそ」としか思わなかった。

 正直、そんな話を聞かされてもそんな感想しか返せないぞ。


 「そのロレナとか言うのがあんたに取っていい奴だったのは分かった。 で? 何が言いたい?」


 女はまだ続けようとしていたので、割り込む形で直球を投げつけた。

 言いたい事があるのならはっきり言えと。

 女は声を微かに震わせつつも続ける。

 

 「私達は仲間を殺したあなたを許す事はできません。 ですが恨みもしません」


 俺は黙って先を促すが、内心では無感動に嘆息。

 そもそも突っかかって来たのはそっちが先だろうが、返り討ちに遭った上に逆襲されただけの話だろ?

 恨む恨まない? お門違いもいい所だろうに。 笑わせるのも大概にしておけよ。


 「私達も人から様々な物を奪って来たからです。……でも、せめて覚えておいて欲しいのです。 あなたが私達から奪った物を」


 あぁとそこでこの女が何を言いたいのか朧気にだが理解できた。

 要するに手が出せないから罪悪感の類を俺に植え付けて溜飲を下げようとしているのだろう。

 くだらない――と言い切れる事でもない、か?


 まぁ、俺にはさっぱり理解できないが、こいつなりにロレナとか言う女が死んだ事実を受け止めて前に進む為の儀式なのだろうと解釈する事にした。

 俺からすればいい迷惑だがな。


 何か言ってやろうかとも思ったが、誰も得しないし放置でいいか。


 「……そうか」


 それだけ言ってお茶を濁しておいた。

 女はそれっきり何も話さず、食堂に着くまでこちらを振り返らなかった。



 到着した食堂は広く、長いテーブルが等間隔で並び、奥には広い厨房が見える。

 そこでは調理担当らしきエプロンを身に着けた者達が忙しく動き回っていた。

 案内を終えた女は用事は済んだとばかりに離れて行く。


 それを尻目に軽く周囲を見ると片隅にアスピザルと夜ノ森が居るのが見える。


 傍らにはタロウがおり、アスピザルが上機嫌で餌をやっていた。

 俺が近づくと、各々小さく手を上げる。

 

 「やぁ、遅かったね。 寝てるようだったから先に食事を始めてるよ」

 

 夜ノ森は何も言わずに俺を一瞥するだけだった。

 見た感じやや憔悴しているようで、小さく肩を落としている。


 「……で? あの女は出て来そうなのか?」


 俺は席に着いてそう切り出すと、アスピザルは肩を竦めて、夜ノ森はがっくりと更に肩を落とす。

 

 「ダメね。 いくら言っても出てくる気配がないわ」

 「そもそもあいつはどういう経緯であんな状況になったんだ?」

 「私も当時、居た訳じゃないからそこまで詳しくはないけど…」


 夜ノ森はそう前置きして話し始めた。


 梼原ゆすはら 有鹿あるか

 元々、中学生か何かだったらしく、保護した当時は随分と怯えていたらしい。

 ダーザインに所属していた他の転生者が必死にケアした結果、何とか口が利ける程度にはコミュニケーションが取れるようになったらしい。


 「そのケアしたって奴はどうなった?」

 

 そいつに任せればいいんじゃないのか?


 「……死んだわ」

 「そうか」


 それ以上は言えずに俺は口を閉じた。

 夜ノ森は気を取り直してそのまま続ける。

 梼原はしばらくの間、ダーザインの保護下で穏やかに暮らしていたが、変化した体、元の世界への帰還が叶わないと言う事実は彼女の精神をかなり蝕んでいたらしい。


 それでも何とかギリギリで踏み止まってはいたのだが、ある日にその事件は起きた。

 ダーザインも慈善事業で転生者を助けた訳じゃない。

 わざわざ喋る化け物を拾ったのは戦力として利用する為だ。


 当然ながらある日、性能テストも兼ねて魔物相手の実戦に駆り出されたらしい。

 

 「一応、言っておくけど、代替わり前だから僕は知らないよ」

 

 アスピザルが補足するが俺は無視した。

 別にどうでもいいからな。

 

 梼原の初陣の結果は散々で、頭を抱えて蹲るだけだったそうだ。

 まぁ、冷静に考えればそうなるだろうな。

 いきなりでかい生き物を殺せと言われれば、抵抗の一つもするだろう。


 何せやった事も無いんだからハードルは高い筈だ。

 まぁ、一回やると二回目以降は比較的、気楽にやれると思うがな。


 自分の時はどうだったかと思い出すと、トロールとゴブリンを喰い殺したんだったか。

 我ながら狂ってるなと自嘲する。


 今となっては喰うどころか改造や洗脳もお手の物だ。

 思えば随分と遠い所に来たものだと再び自嘲する。

 

 ……話を戻そう。


 その事件は梼原のボロボロだったメンタルに致命的なダメージを与え、心が折れた彼女は怯え切ってしまい引き籠るようになったと。

 

 「……最初は宛がった部屋に籠ってたんだけど、何とか連れ出そうと色々やった結果、ああなったそうよ」

 「何でまた土の中に?」

 「そこまでは分からないわ」

 

 夜ノ森が初めて会った時には既にあの有様だったらしい。

 逃げて逃げて最終的に落ち着いたのがあの土の中と言う訳か。

 

 「……話は分かったがどうするつもりだ? 他にも居る以上、あいつだけに構っては居られないんだろう?」

 「そうなんだけど……」


 夜ノ森の歯切れは悪い。

 もうその様子で自力で外に出る見込みが薄い事は明らかだ。

 完全に心の折れた奴を再び立たせるのは至難の業だ。 正直、一生そのままと言う事も充分あり得る。


 少なくともあのゴミ屑はそうだった。

 頭じゃわかってるんだろうが、こう言うのは理屈じゃないからな。

 そうなるといくらやった所で時間の無駄だ。

 

 「出せないのならとっとと殺して次に行くか?」


 そう考えた俺の提案に夜ノ森が即座に反応する。


 「ちょっと!? いくら何でもそれは――」

 「梓には悪いけど僕もローに賛成。 僕に付く気がないのなら生かしておく理由は無いね。 万が一、父に付いたり、グノーシスに拉致されたりしたら困るし」


 俺の提案に夜ノ森が声を荒げるが、アスピザルが同意した事により二の句が継げなくなってしまった。

 

 「そもそも、最初からそう言う話の筈だろう? アスピザルに付くのならよし、付かないのなら始末する。 中間はない」

 「でも! あの子はまだ何もしていないわ! そんな子を殺すなんて……」

 

 ご立派な事を言っている夜ノ森を俺は無感動に眺める。

 言っている事はもっともな話なんだろうが、今この場ではクソの役にも立たないな。


 「あんたは何を言っているんだ? 何もしないから処分するんだろう?」

 「……なっ」

 「ここが日本ならカウンセラーでも呼んで、保護施設にでも放り込んで生活の保障をして助成金でもくれてやるんだろうが、残念ながらここにはそんな心の優しい奴もいないし、制度もない」

 「そうだね。 悪いけど、こっちでの命の価値は有用かそうでないかで決まる。 彼女は僕等にとってどっち?」


 夜ノ森は何かを言いたげにしていたが、上げた拳を下ろして力なく項垂れる。

 

 「……分かったわ。 でも最後にチャンスを頂戴。 無理矢理引っ張り出して説得するから。 それがダメなら二人に任せるわ」


 いいんじゃないか?

 明確にリミットを設けるのなら俺に否やはない。

 アスピザルも同様なのか頷く。

 

 「分かった。 なら、明日の朝にでも頼むよ。 期限は昼まで。 構わない?」

 「……えぇ」


 話が纏まったようで何よりだ。

 見計らったかのようにテーブルに料理が運ばれて来た。

 先の目途も立ったし食事と行きますか。



  

 翌朝。

 場所は中庭、梼原宅の前。

 仁王立ちする夜ノ森とその後ろに俺とアスピザル、ついでにタロウ。


 『有鹿ちゃん。 お願いだから出て来て! どうしてもあなたに出て来て貰わないとダメなの』

 『い、嫌です。 出たらまた嫌な事やらせるんでしょう!? 絶対に出ませんし迷惑もかけませんからもう放っておいてください!』


 相変わらずの日本語でのやり取り。

 ふと気になったのでアスピザルに小声で質問する。


 「なぁ、あいつってこっちの言葉解らんのか?」

 「多分そうだと思うよ。 結構、早い段階で引篭ってたみたいだし、言葉を勉強する余裕なかったんじゃないかな?」


 夜ノ森はギリギリまで実力行使に出るつもりはないらしく、何とか出てこさせようと頑張ってはいるが、夜ノ森の「出てこい」と言う言葉に対し梼原は「迷惑をかけないから放っておいてくれ」と返すのみで完全に平行線だった。


 「ダメそうだねぇ」

 「そうだな」

 

 アスピザルは退屈そうにそう言うが昨日と違って目に感情が宿ってない。

 もう半ば以上、殺すつもりでいるなこれは。

 ダーザインの浄化も契約内容に入っているから、時間がくれば俺が始末する事になるだろう。


 ……まぁ、俺がやった方が角が立たんだろうしな。 


 夜ノ森達のやりとりをぼんやりと眺めている内にも時間は過ぎ、太陽がぼちぼち天頂をさそうという所で、事態は動いた。

 

 『悪いけど、無理やりにでも出て貰うわ』


 痺れを切らしたのか、夜ノ森が前に出て拳を振り上げる。

 やっとか。 初めからそうしておけば良い物を。

 梼原の小さな悲鳴と同時に夜ノ森の拳が土の塊に叩きつけられるが、表面が砕けただけで原形を保っている。


 『!?』


 流石に予想外だったらしく、夜ノ森が驚きを露わにする。

 それも一瞬で、連続して拳を叩き込み続けた。

 一撃毎に山に亀裂が入り、崩れて行くが中々出てこないな。


 「流石に何年も籠っているだけあって頑丈だね」

 「いや、それだけじゃ説明がつかんだろ。 魔法の類で強化しているのか?」


 流石に土だけで夜ノ森の拳を防げるとは思えない。


 「うーん。 そうかもね」


 夜ノ森は焦りを滲ませながらなんとか破壊しようと必死だ。

 対する梼原は悲鳴を上げている。


 『お願いだから出てきて! そうじゃないと大変な事になるのよ!』

 『止めて! 止めてください! 何でこんな酷い事するんですか!?』


 俺はそれを尻目に空を見やる。

 そろそろか。

 確認の意味を込めてアスピザルを一瞥。 頷きを返されたので前に出る。


 時間切れだ。


 俺は左腕ヒューマン・センチピードを振るう。

 

 『っ!? 待って!まだ……』


 悪いが交代だ。 引っ込んでろ。

 それにしても夜ノ森は甘い。 狙うなら会話する時に使っていた穴を狙うべきだろうが。

 百足は覗き穴をぶち抜いて中に侵入。


 『え? 何?』


 困惑する梼原を掴んで、思いっきり引く。

 一本釣りだ。 梼原は土煙を上げながら隠れていた場所から引き摺り出された。

 引っ張られた勢いそのままにごろごろと中庭を転がって止まる。


 『う、うう……』


 小さく呻きながら現れたのは――何だあれ?

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