第238話 「処遇」

 梼原はよろよろと弱々しい動きで立ち上がる。

 やはり転生者特有の人間離れした姿だが、何だろう――少し記憶にない生き物だな。

 全身を覆う灰色の毛並みが土で汚れており、身体は全体的に細く尻尾は長い。

 イタチ? いや違うか?


 「アリクイだね」


 アスピザルがそう言うのを聞いてそうなのかと思う。

 正直、名前は知っているがどういう生き物かよく知らなかった。

 そうか、アリクイってあんな感じなのか。


 元々細いのだろうが、それ以前にかなりやせ細っている。

 恐らくはまともに食事を取っていない所為だろう。

 まぁ、どうでもいい話か。


 弱っている方が仕留める時に楽でいい。


 『うぅ、や、やめてください。 嫌なんです。 魔物も人も殺したくないんです』


 この期に及んでこのアリクイ女はそんな事を宣っている。

 殺されようとしているのに不戦を貫けるとは大した物だと少し感心した。

 

 ……その信念はご立派だが生まれ変わる世界を間違えたな。


 次は平和な世界に生まれ変われる事を祈るぐらいはしてやろう。 じゃあな。

 左腕を一閃。 百足は蹲って頭を抱えるアリクイ女の首を――。


 「何の真似だ?」


 ――刎ねる前に割り込んだ夜ノ森が弾いていた。


 「お願いだから止めて。 彼女には言って聞かせるから」

 「いや、言って聞かせた所で、求めてるのは戦力だろう? 使い物にならん以上は死ぬだけだ。 ならここですっぱり殺した方が本人の為じゃないのか?」


 俺はそう言って夜ノ森にその場を離れるように促すが、彼女は離れる所か拳を握って構えた。

 どう見ても戦闘態勢だ。

 纏めて始末してやってもいいが、夜ノ森と戦うのは流石にまずいだろう。


 指示を仰ぐようにアスピザルへ振り返る。

 

 「梓?」

 「アス君、お願いよ」

 

 アスピザルは小さく息を吐く。


 『君がその子を庇うのは良いんだけど、僕達のやる事は変わらないよ?』


 後ろのアリクイ女に理解できるように日本語に切り替える。

 

 『僕達に協力する気がないのならその子を生かしておく価値はない。 この話は随分前から何度もしていた筈じゃないかな? 梓もそれに同意したと思うけど?』

 『分かっているわ。 でも……』


 二人の話を聞きながら俺はゆっくりと場所を移動する。

 狙い易い位置取りをする為だ。

 あんまり拗れるようなら俺が手間を省いてやろうじゃないか。


 『……だったら、代案を出してくれないかな? 僕とローが納得できるような案を』


 いや、俺はどうでもいいんだが……。

 正直、使い物にならなさそうだしさっさと始末して次に行かせてくれないか?


 『確認するわ。 彼女を殺す理由はアス君にとって不利益になる可能性があるからよね?』

 『そうだね。 組織が割れる以上、敵対の可能性はゼロじゃないからここには置けない。 それと他に奪われないようにする必要がある。 この二点の問題をどうにかできるのなら見逃してもいいよ』


 ……無理じゃないかそれ。


 要するに奪われない保証のある所へ匿えと言っているのだ。

 そんな都合の良い場所なんてある訳ないだろうが。

 何なら、ぶち殺して辺獄へ送れば安全かもな。


 そんな事を考えていると、夜ノ森の視線がこちらに向く。

 何だと見つめ返すと、夜ノ森は困った事を言い出した。

 

 『ロー君。 この子を君の所においてあげてくれないかしら?』

 『………それはオラトリアムでと言う意味でか?』

 

 俺も日本語に切り替えて返すと、頷きで返される。

 ふむと考えてみた。 確かに悪い手ではないだろう。

 あそこは完全に外から隔離されているし、これと言った外敵もいない。

 そう考えると穏やかにスローライフするのなら最適と言ってもいいかもしれん。


 ……まぁ、俺が素直に頷くかは別の話だがな。


 『……確かに、あそこなら匿うには最適だろう』

 『なら――』

 『で? そこのアリクイ女を匿って俺に何の得があるんだ?』


 俺がそう言うと、夜ノ森が硬直する。


 『私達は同盟関係でしょう? 多少の助け合いは――』

 『何か勘違いしていないか? 俺が手を組んだのはアスピザル個人であってあんたじゃない』


 そもそもお前、俺の事嫌いだろうが。

 都合の良い時だけ仲間面するの止めてくれません?

 後、さっきから頭を抱えて蹲っているアリクイ女、少しは自己主張をしたらどうだ?


 お前の事を話しているんだぞ。

 わざわざ、日本語で話してやっているのに、他人事みたいに現実逃避するな。

 

 『もう一度聞こう。 そいつを保護して俺に何の得がある?』


 夜ノ森は何も言えずに沈黙。

 俺はふうと小さく息を吐く。

 少しは譲歩してやるか。


 『何だったら俺が条件を出してやろうか? 定期的に体を弄らせてくれるのならモルモットとして大切に保護してやってもいいぞ?』


 転生者は貴重だし、色々実験もしたいからサンプルとしてなら引き取ってもいい。

 

 『そんな事できる訳ないでしょう!』

 『ならできる事を挙げて、それで説得してくれないかな?』


 思わず夜ノ森は怒鳴るがそれを受け流して、俺は大げさに溜息を吐く。

 

 『あんたじゃ話にならん。 そいつを前に出せ。 決めるにしても本人に選ばせてやったらどうだ?』

 『でも――』

 『アリクイ女! 前に出て、お前の言葉でどうしたいか言ってくれないか?』


 俺がそう言うとアリクイ女は恐る恐ると言った感じで立ち上がる。

 ほぼ動物の顔なので表情は読み辛いが、強い恐怖を感じている事は分かった。

 身体は震え、目からは涙がぼろぼろと零れている。


 『……わ、わたしは――』

 『本来なら首を刎ねて終わりだが、そっちの夜ノ森さんがお前を助けたいらしいから状況を説明する。 俺の雇い主は戦力としての味方を欲している。 それ以外は要らんから処分の予定だ』


 俺は分かり易く現状を教える。

 実際、夜ノ森は出て来てからゆっくりと説明するつもりだったようで、その辺が抜け落ちていたのだ。

 配慮したつもりなんだろうが、俺に言わせれば無駄な時間だったな。


 だからまずは端的に現実を突きつける。

 それを聞いた梼原はびくりと身を震わせた。


 『そ、そんな横暴な! 誰にも迷惑かけていないじゃないですか! それなのに――』

 『転生者って言うのはな、こっちじゃ貴重なんだ。 ここのダーザインは勿論、お前を欲しがっている勢力は文字通り掃いて捨てるほどいる。 そう言う奴等の所に行かれるのは非常に困るんだ。 お前は迷惑をかけていないというが、今後かけられる可能性がある以上は引き込むか、排除してその可能性を潰したい――と言うのが今、お前が殺されようとしている理由だ』

 

 俺が理解したか? と付け加えるがアリクイ女は震えたままだ。

 丁寧に説明したつもりなんだが分かり難かっただろうか?

 それにしてもこいつこっちに来てそれなりに時間が経っている筈なんだが、その辺を察したりは出来なかったのかね。


 ……引き籠ってたから無理か。


 『な、なら、他へ行かないって約束します! だから……』


 あくまでも引き籠りたいと。

 こりゃ筋金入りだな。

 というか何で俺が懇切丁寧に説明なんてしなければならないんだ?


 抗議の意味を込めてアスピザルの方へ振り返るが、楽し気な笑顔で「続けて」と返された。

 嘆息してアリクイ女へ向き直る。

 

 『それはあくまで前提だ。 悪いが俺を含めてここの連中はお前の親でもなんでもない、保護するに当たって何かしらの対価を支払って貰おうか? ここで話は戻るが、お前は何ができる?』


 面倒くさかったがようやくここまで話を戻せたぞ。


 『今まではどうだったかは知らんがこの世界はニートを許容できる程優しくはない。 生きていたいなら役に立つ何かをしてくれないか?』

 『も、もし、できる事がなければ――』

 『まぁ、死んで貰うな』


 夜ノ森が口を挟もうとしていたが、いつの間にか近寄ったアスピザルに制止されていた。


 『さて、ようやく本題に入れるが、お前が生き残れる道は二つある。 一つはそこにいるアスピザルの為に命懸けで戦う事。 もう一つが夜ノ森さんが言っていた俺の所で暮らす事だ。 前者は覚悟を決めるだけでいいから楽だが、しくじれば死ぬし怖気づいて逃げたら殺す。 後者は――まぁ、お前の心がけ次第だな』


 梼原は少しの間、緊張の所為か、過呼吸気味に荒く息をした後、意を決したように俺へ向き直る。


 『……あなたの所でお世話になれば戦わずに済みますか?』

 『絶対ではないが、必要に迫られない限りは駆り出す事はないだろうな』

 『モルモットと言うのはどういう意味ですか?』


 言葉に淀みがない。

 さっきの沈黙の間に質問を纏めたのかな?


 『そのままの意味だ。 さっきも言ったが、転生者は貴重でな。 身体を調べたい、具体的に言うと血を取ったり生態を調べたり、場合によっては切開して体内の調査。 後は手足を切断して標本を作ったりか。 まぁ、命の保障だけ・・はしよう』


 他は全く考慮しないが。


 『……日本語を話していると言う事はあなたも転生者なのですか?』

 

 答えずに肩を竦める。

 教えてやる必要はないな。

 

 『あなたの所はどう言った事をしているんですか?』

 『まぁ、農業やら武器販売、経営を営んでいるな。 後は自前の土地の開拓って所か』

 

 他にも色々やっているがその辺は省く。

 梼原は俺をじっと見た後、しばらく呼吸を整えるように深呼吸。

 そして意を決して切り出す。


 『切ったり開いたりとかの痛い事は無理ですが、毛や血を取ったりと言った事なら協力します。 それと農業などの人前に出ない仕事を精一杯頑張ります。 ですから……お願いします。 わたしを置いてください』


 そう言って深々と頭を下げた。

 ちらりと他を見るが、夜ノ森は期待の眼差し、アスピザルはタロウに夢中で見てすらいない。

 正直、訳が分からない。 何で俺がこのアリクイ女の処遇を決める事になっているんだ。


 考える。 断る場合はこの隙だらけの脳天をカチ割ればいいだけの話だ。

 受け入れる場合はファティマに丸投げすればいいから俺自身に損はない。

 今のオラトリアムならこいつ一匹ぐらいは余裕で養える。


 転生者は貴重だし、いざという時に何かに使えるかもしれん。

 うーむ。 やや不確定だが、メリットの方が強いか?

 条件を付けてやれば懸念もある程度はどうにかなるだろうし……。


 どうした物か。

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