九章
第236話 「引籠」
とことことサベージが歩き、周囲の景色がゆっくりと流れる。
空は曇天だが、切れ間はあるのでぽつぽつと光が差し込んでいるのが見えた。
最近は雨が多くて嫌になるな。
俺は後ろを振り返って付いて来ている連中を一瞥。
馬車が数台と冒険者に扮したダーザインの構成員、それとオラトリアムの息がかかった商人。
後は外套等で見た目を誤魔化している夜ノ森、そして――。
「ロー! いいねこの子! すっごい気に入ったよ」
「そりゃ良かったな」
隣を騎乗して進むアスピザルだ。
何に乗っているのかと言うと、頭が二つある巨大な犬。
ジェヴォーダンを作る際に作った失敗作で、基本的なデザインは共通しているが、頭が二つあり、サイズがやや大きい。
当初は頭が二つあれば火力も二倍とアホな事を考えていたが、上手く行かなかった。
確かに火力と手数はジェヴォーダンに比べれば高いが、頭が二つある事による弊害もまた存在する。
要は体を動かす脳が二つがあるので、左右で意思の齟齬があれば動きに支障が出ると言う困った弱点があったのだ。 その失敗を踏まえて、ジェヴォーダンの頭は一つになった。
余談だがその後、弱点を克服する案を思いついたのだが、それは別の話だ。
ともあれ、失敗はしたが廃棄は勿体ないので、他の失敗作同様にオラトリアムのどこかで放し飼いにしていたのだが、ファティマは何かしらの仕事を振っていたようだな。
まぁ、いなくなった所で困らないので今回、アスピザルの下へ派遣する事になった訳だ。
失敗作とは言え、俺の影響下にあるので何かあれば報告もしてくれるし都合が悪くなれば自壊もさせられる。
誰に取っても損のない話だったな。
オルトロスにはアスピザルに従うように命じてあるので、基本的には大人しい。
当のアスピザルも気に入っているのか片方の頭に抱きついて黒い毛並みを堪能していた。
「あぁ、いいなぁこれ……。 名前も付けたから絶対返さないからね!」
「別に返せとは言わん。 約束だったしな。 ……ちなみに何て言うんだそいつは?」
「タロウ」
……そうか。
正直、斜め上だった。
「……そうか」
何か言ってやろうかとも思ったが、思いつかなかったのでそれだけ返しておいた。
ちらりとオルトロス――タロウを見ると特に気にした様子はない。
お前、それでいいのか?
まぁ、受け入れているのなら俺が口を出す事じゃないな。
そんな事より聞くべき事が別にある。
「……話は変わるが、これから行く先に居る転生者って言うのはどんな奴なんだ?」
「ん? ん~取りあえず、ウチで確保している転生者は全部で五人。 これから行く先に居るのは中でも一番大人しい人だね」
要するに一番マシな奴って事か?
正直「異世界転生最高」とか「奴隷ハーレム最高」等と寝言をほざく奴だったらぶち殺しておきたいんだが。 あの手の輩は信用できないから情報を与えたくない。
……それにあの
蜘蛛怪人やゴミ屑に当てはまるが、あの手の連中は知識をひけらかす事に快感を覚えるアホだ。
そんな調子で俺の事を言いふらされても敵わんしな。
アスピザルには悪いが、洗脳が効かない可能性が高い転生者を仲間にする事に俺はリスクしか感じない。
本音を言うのなら面倒だから全員殺したいくらいだ。
殺せなかった場合も上手く立ち回ってテュケとの戦いの最前線に放り込んで、死線を彷徨って貰うつもりだがな。
「大人しいだけじゃわからん。 もう少し詳しく」
「正直、面通しはしたけどそれだけなんだよねぇ。 ……本当に何もしない人で、代わりにこっちも場所だけ貸してって感じなんだ。 そんな調子だから仕事も振り辛くて――」
……何だそのヒキニートは。
「なら食事とかはどうしてるんだ?」
「どうしてるんだろうね?」
アスピザルはどうでも良さそうに首を傾げる。
なるほど。 使えないから興味もないと。
受け答えの様子から、明らかにその転生者に対する関心が薄い。
……まぁ、会ってみれば分かるか。
グラート領。
メドリーム領南西に位置し、以前訪れた闘技場や迷宮のあるディロードの領の南側に存在している。
これと言った特産品等はなく、未開拓の領域も多いので魔物による被害が多く、備えは必須だ。
その為、冒険者に取っては良い稼ぎ場なので腰を落ち着ける者も多い。
冒険者の数が多いので、ギルドの規模も他と比べて大きいようだ。
魔物から剥ぎ取った素材はそれなりに高値で取引されるので、経済面では特に困窮しておらず、良くも悪くも魔物が生活の一部になっている土地とも言える。
正直、この領に関して言える事はこれぐらいの物だ。
そんな理由で、以前に近くを通った時は興味が湧かなかったのでそのままスルーした。
目的の場所はその領の更に外れ、人があまり寄り付かない場所にひっそりと存在している。
元々は砦か何かだったらしく、年季を感じさせる佇まいだが、手入れは怠っていないようであちこちに改修した跡が見られた。
他が各々荷物を置いたりしているのを尻目に俺はアスピザルと夜ノ森、それと――ジェルチだっけ?――に案内されて奥へ通される。
先頭はジェルチ、その後ろを俺とアスピザル、最後に夜ノ森だ。
「ここはジェルチが管理している拠点なんだ」
「……そうか」
まぁ、そうだろうな。 じゃなきゃ先頭なんて歩かないだろ。
アスピザルの話に適当に相槌を打ちながら周囲を見る。
全体的に石造りで、季節の割にはひんやりとして涼しい。
通された場所は――どう見ても外だった。
正確には砦の敷地内にある中庭のような場所だ。
訓練場所も兼ねているようで片隅に倉庫のような物と、木剣等の訓練用の武具が並んでいた。
俺はおやと首を傾げる。
転生者に会うんじゃないのか? 何で中庭に出るんだ?
訓練中? いや、ヒキニートだから外に居るのはおかしいだろ。
案内のジェルチの足は止まらない。
無言で付いて行き、しばらくすると足が止まる。
そこは中庭の片隅だったのだが、何故かそこには土を盛ったような小さな山があった。
「何これ?」
「そこに彼女が居るわ」
アスピザルがそう言うと、夜ノ森が頬を小さく掻きながらそう言う。
「そいつは死んでるのか?」
これは墓か何かで死体が埋まっているのか?
「いいえ。 よく見て、覗き穴みたいなのがあるでしょう」
……確かにあるな。
よく見れば山の一部に穴のような物が開いていた。
何? もしかしてこいつこんな所に引き籠っているのか?
夜ノ森がそっと近づく。
『
夜ノ森が日本語で声をかけると中から何かが動く気配。
マジかよ。 こいつ何が悲しくてこんな所に引き籠ってるんだ?
しばらくの間ごそごそと動く気配がした後、空いた穴から目のような物が見えた。
『よ、夜ノ森さんですか――お、お久しぶりです。 きょ、今日はどうされたんですか?』
声からして、性別は女。 使っている言語は日本語。
こいつが転生者で間違いないようだ。
『悪いんだけど大事な話があるので出て来てくれないかしら?』
『ヒッ!? い、嫌です。 わたしはここから出ません! 話があるのならここで聞きます!』
声が震えており、穴の中から強い恐怖が伝わってくる。
もうこの時点でどういう奴か大雑把だが掴めてきた。
要はアレだ。 現実逃避を極めて引き籠った感じの奴だ。
『ごめんなさい。 今日に限ってはそれはできないの。 お願いだから出て来てくれないかしら?』
『い、嫌です! 絶対に出ません! そんな事言うのなら、か、帰ってください。 わたしはここで一生過ごすんです!』
絶句するしかなかった。
え? こいつ本当にここで一生過ごすつもりなのか?
そもそも食事とか排泄はどうしてるんだ?
俺は他の面子を見る。
アスピザルは有鹿とか言う女には微塵も興味がないのか欠伸をしており、早く済まないかなと言った態度を隠しもしない。
ジェルチは終始無言。 視線の動きから頑なに俺を見ないようにしているのが分かった。 嫌われた物だ。
夜ノ森はしゃがみこんで必死に説得を続けているが、これ無理じゃないか。
しばらくするとアスピザルは完全に飽きたのか、姿を消すとタロウを連れて来て中庭で遊び始めた。
ジェルチも何かあったのか夜ノ森に何事か囁いてその場を去る。
俺は根気強く付き合ったが、待つのも馬鹿らしくなったので、夜ノ森に終わったら起こせと言って、近くの空いた場所で横になった。
目を閉じて記憶や知識の整理を行う。
こういう事は時間があるうちにやっておきたいしな。
「……ん?」
ふと、目を開けると日が傾いており、辺りは薄暗くなっていた。
中庭に視線を向けると、アスピザルはタロウに火を吐かせて大喜びしているのが見える。
夜ノ森は相変わらず根気よく説得を続けているが、上手く行っていない。
……いつまでやってるんだ?
日の傾き方を見る限り、四~五時間はやっている計算になる。
よくもまぁ続く物だと感心して再び目を閉じた。
何だかんだで考える事は多い。
強敵相手の対策、改造種の改善案、新種の叩き台、今後の予定等々。
飽きたら息抜きに今までに奪った記憶を眺める。
そんな事をしばらく続けていると、誰かが近寄ってくる気配。
片目を開いて確認すると、女が一人近寄ってきていた。
何だと思ったが、女に見覚えがある事に気が付く。
王都で会った娼婦じゃないか。
娼館で取り逃がしたから、脱出の際にヴェルテクスに消されたのかとも思ったが生きていたのか。
運のいい奴だな。
「……何か用かな?」
「あの、食事の準備が済んだので呼んでくるように言われまして」
「そうか。 それは助かる」
俺は起き上がると周囲を一瞥。
アスピザルは既にいなくなっており、夜ノ森も食事の為に一度引き上げたようだ。
俺は女の後ろを歩く。
「……私の事を覚えていますか?」
歩いていると不意に女が呟くようにそう聞いてきた。
振り返らないのでその表情は窺い知れない。
「王都で会った娼婦か何かだったか?」
「えぇ。 あなた達が襲った娼館にも居ました」
……知ってるよ。
「あの時、あなたを足止めした娘を覚えていますか?」
「……あぁ」
少し迷ったが否定せずに頷いておいた。
確かにそんな奴も居たな。
悪魔の足か何かを移植した娘だったか。 変わった動きをしていたが正直、大した事のない雑魚だったからあまり印象に残っていない。
「彼女は最期に何を言っていましたか?」
最期?
ふむと記憶を探る――確かに何か言っていたような気もするが、よく聞き取れなかったな。
「悪いが聞いていない」
率直に答えておいた。
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