第233話 「抱擁」
俺の
『「愚かな。 我等の祝福を拒むか」』
……何が愚かだ。 お前等も大して変わらんじゃないか。
どいつもこいつも同じような事ばかり言う。
お前等天使は揃いも揃って上から目線で、生贄になれとほざく。
好き好んでなる奴もどうかしているが、生憎と俺はそこまで血迷っちゃいない。
振り回し方に何となく見覚えがあった。
あれは
何でそんな物をと言う疑問は即座に氷解する。
周囲の天使が集まって
どうやら、あれで周りの連中を操っているのだろう。
やはり指揮棒で間違いないようだ。
周囲の光が強さを増し、天使共の迫力が同様に増した。
恐らくこいつは味方の支援と指揮に長けた天使なのだろう。
強化に治癒、そして蘇生か。
厄介と言うよりは面倒な相手だな。 こいつが居る限り、他の雑魚天使は実質不死身と言う訳だ。
『「汝の罪を浄化によって許そう」』
雑魚天使共が弾かれたように突っ込んで来る。
速いがクリステラほどじゃない。 それに動きも単調。
対処は比較的楽だ。
斬りかかって来た聖騎士の鎧を着た天使の斬撃をギリギリまで引き付けてから、半歩下がって躱す。
振り切った所で貫手で腹をぶち抜く。
もう位置は分かっているから狙うのは難しくない。
胃袋を掴んで引き抜き、掴んだ腕に力を込めて握り潰す。 弱点を砕かれた天使は即座に塩に変化。
少し硬いが問題はない。 どうやらこいつは魔法には強いが物理には弱いようだ。
潰した胃袋を投げ捨てて前へ。
突っ立っている訳には行かないからな。
他も突っ込んで来るが速いだけで連携も甘い。
左右からの斬撃。 走りながら身を低くして躱す。
正面からの殴打。 振り下ろす前に
首がなくなった天使を踏み台にして跳躍。
囲みを抜けた所で数体の天使が俺に向けて手を翳している。
同時に魔法の光がそれぞれに灯った。
……例の光線攻撃か?
あれは発射直前に躱さないと喰らうから回避が難しい。
よく見ないと――。
予想に反して飛んで来たのは炎や土塊、風の刃等の普通の魔法だった。
使えないのか? まぁ、楽でいいけど。
飛んで来た魔法を障壁で防ぎながら潜り抜けて更に前へ。
背後からも天使が来るが、そっちは任せても大丈夫そうだ。
俺の背目がけて剣を振りかぶった連中は横合いから割り込んだ夜ノ森に殴り飛ばされて吹き飛ぶ。
……あの図体で良く登って来れたな。
そんな事を考えながら更に前へ。
魔法を撃って来た連中を
ガラ空きになった天使に<爆発Ⅲ>を叩き込む。
轟音。 爆炎と煙が漂うが光に吹き散らされる。
現れたのは丸盾を構えた天使。 当然ながら無傷だ。
天使が指揮棒を振るうとさっき仕留めた雑魚天使の残骸だった塩が集まる。
瞬く間に塩は固まって剣や槍に変化。
更に指揮棒を振るうと、変化した武器は唸りを上げて突っ込んで来る。
俺は危なげなく左腕で弾くが、武器は空中で回転しながら軌道を修正。
……鬱陶しい。
踵で地面を蹴って魔法を発動。
<地盾Ⅲ>。 俺の背後で地面が隆起して土の壁が聳え立つ。
迫ってきた剣や槍は土の壁に阻まれて止ま――らずに貫通。
俺の背に次々と突き刺さり刃が胴体を貫通、胸や腹から飛び出す。 大した傷ではないので無視した。
土壁程度じゃ無理か。 さっさと引っこ抜こうとしたが、刃が熱を持って傷を焼く。
さっき喰らった蛍光灯程の威力じゃないが刺しっぱなしは危ないな。
刃に手をかけ抜こうとしたが――抜けない。
面倒な。 だが、ここまでで目の前の天使の戦い方が見えて来た。
恐らくは完全な支援タイプで、直接戦闘は不得手。
攻撃手段が少ないから、ああやって物や配下を強化して操るぐらいしかできないのだろう。
その証拠に装備は丸盾と指揮棒。 加えて、雑魚天使を嗾けるが、自分はほとんど動かない。
そこまで分かれば勝ち筋は見える。
俺と違って、無理をしての力の行使だ。 使えば使う程に体が崩れるのはエルフの里で散々見た。
なら、手数を叩き込んで圧殺すればいい。
間合いに入ったと同時に俺は一気に仕掛ける。 天使が何か言おうとしていたが無視。
丸盾で器用にいなされる。 <火球Ⅱ>の連射。
<爆発>は視界が遮られるから止めておいた。
それに防がれるのなら燃費の良い<火球>の方がましだ。
天使は障壁のような物を張って防御。
……だったら。
至近距離まで迫り剣で斬りかかる。
力任せに振った剣は丸盾に阻まれて圧し折れた。
魔法は障壁で防いだが、
要は盾と障壁はそれぞれ物理と魔法の片方しか防げない。
天使は微かに表情を歪めて、指揮棒を細かく振るう。
同時に背に連続した衝撃。
更に剣やら槍やらが突き刺さる。
背後でアスピザルや夜ノ森が何か言っているのが聞こえた所を見ると、ある程度は撃ち落としてくれたようだが、撃ち漏らしがこっちに飛んで来たって訳か。
まぁ、刺しっぱなしにしておくと危険だが、即座に死に直結する訳じゃないので放置。
無視して蹴りを叩き込む。
胸の中心に突き刺さった蹴りは胸骨と肋骨を粉砕。 臓器のいくつかを破裂させる。
天使が目を見開いて血を吐く。
刺さった刃が赤熱。 痛みが増し、傷をほじくるように刃が回転を始める。
何て事しやがるんだ。
止めないか。
俺はお返しとばかりに天使の胸倉を掴んで引き寄せてから思いっきり仰け反り、そのまま頭を叩きつけてやった。
『「……ぐ、ぬ……」』
天使の頭が陥没し、圧力に負けた目玉が飛び出す。
羽と頭の光輪が輝きを増した。
魔法か。 使わせるわけないだろう。
こうしてやろう。
俺は力いっぱい天使に抱き着いた。
胴体から貫通している剣やら槍やらと一緒に。
当然ながら俺の体を穿り回している刃も天使に突き刺さり同様にかき回す。
残念ながら傷口は焼けていないが、効果は充分だ。
困った事に密着してしまった以上は頭突きが使えなくなったので、首筋に喰らいついた。
そう言えば最初にこの世界で仕留めたトロールもこうやって噛み殺したなと、ぼんやり思いながらしっかりを歯を立てて食い千切る。
天使は何か言おうとしているが、ごぼごぼとうがいみたいな音が漏れるだけで何を言っているかさっぱり分からないな。
何とか俺を引き剥がそうとしているがしっかりと抱きついている上に剣やらでお互いの体が繋がっているので簡単に剥がれない。
俺は抱きつく際に背中に回した手で天使の髪を掴んで思い切り引っ張り、首を露出させる。
これで噛みつき易くなった。
更に力を込めて噛み付くと、歯が骨に当たる。
構わずに噛み砕くと首がだらりと垂れた。
血が噴出するが構わずに咀嚼を繰り返しそのまま首を喰いちぎる。
ぼろりと首が落ちた。
同時に羽と周囲の光が消え、天使や俺に刺さった武器が塩に還る。
……終わったか?
取りあえず抱きしめたままの体を投げ捨てて着地。
アスピザルと夜ノ森が駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫?」
「あぁ、何とか仕留めた」
俺がそう言うとアスピザルはそうじゃないよと言って俺の体をまじまじと見つめる。
おい、そんなに見るなよ。 見世物じゃないぞ。
「いや、背中から剣とか槍がすっごい刺さってたからさ……」
……あぁ、そっちの事か。
俺は何ともないと肩を竦める。
焼かれるような感触もないし傷の修復も進んでいるし、大事はないな。
「問題ない。 掠り傷だ」
「掠り傷って、思いっきり刺さっていたような――まぁ、ローが無事ならいいか」
「本当に大丈夫なの?」
俺は問題ないと二人に頷く。
一番厄介なのを仕留めた以上は長居は無用。 後は撤収の準備だ。
「そんな事より、手筈通り漁れるものを漁って引き上げだ。 夜明けまではまだ時間があるが、悠長にはしていられないだろう?」
「そうだね。 生き残った部下に指示を出すよ。 君の配下は……」
「好きに使ってもらって構わない。 体力なら有り余っているだろうし精々、こき使ってやってくれ」
「分かった。 じゃあ梓、お願い」
アスピザルがそう言うと夜ノ森は分かったと頷いて部下達に指示を出し始めた。
俺も配下に黒ローブ共に協力するよう、指示を出した後、ファティマに連絡を取る。
――こっちは片付いた。 今は手筈通り、武具類や使えそうな道具類を漁らせている。
――こちらも何とか逃げた者達の処理は完了しました。 やはりサベージは優秀ですね。
トラスト、サベージ、マルスランで逃げた連中の処理は完了したらしい。
空中を跳ね回る事が出来るサベージとファティマの指示で何とか討ち漏らしを出さずに済んだようだ。
俺は小さく息を吐いた。
取りあえずは終わりだな。
――……とは言っても聖堂騎士を二名も取り逃がしたのは大きな失態です。
――逃がした物は仕方がないだろう。
問題はどうリカバリするかだ。
流石に街で騒ぎを起こすと誤魔化しようがない。
街へ出られた時点でこちらの負けだ。
後はダーザインの仕業と思わせる証拠を現場に残して、王都やでかい拠点に犯行声明を送り付けてやれば完了だ。
誤魔化せるかは微妙な所だな。
エルマンとクリステラはオラトリアムに来ていると言う点を踏まえれば関与を疑うかもしれんが……。
これはもう言っても仕方がないか。
どちらにせよここの後処理で手を取られるだろうし最低限、時間は稼げるだろう。
後はファティマに丸投げだ。
そんな事を考えている内に損傷の修復が終わったので、手伝う為に作業している連中の所へと歩き出した。
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