第232話 「照明」

 参った。

 本当に参った。

 クリステラを追っていた俺に届いたのは取り逃がしたと言う聞きたくもない報告だった。


 マルスランが発見後、交戦するも不意を突かれて柵を越えての逃亡を許してしまったようだ。

 ギリギリで駆け付けたトラストが一太刀浴びせたらしいが、浅かったので仕留める事はできなかったと。

 それだけなら仕方がないで済ま――ないが、諦めは付く。


 困った事にこの件に関しては最善があったにもかかわらず尽くさなかった。

 この一点に尽きる。

 要はマルスランが、手柄を独り占めする為に報告を怠ったのだ。


 その結果、重要な標的を二人も取り逃がすと言う失態を犯した。

 これは俺の采配ミスだ。 流石に手に入れてすぐの実戦投入は早計だったか。

 レブナントは確かにバランスのいい戦闘能力に中身が聖騎士なので技量もそこそこ高い。 即戦力と言っていいスペックだ。


 裏を返せばそのスペックしか見なかった故の失敗と言う訳だな。

 マルスランの自己顕示欲の高さについては理解していたが、洗脳を施したので指示には従うといった驕りがあった。

 

 確かに反逆はしないだろう。

 だが、模倣とは言え意思がある以上は性能にどうしてもムラが出る。

 その辺を考慮しなかったのが失敗の原因か。 これは今後の課題だな。


 面白くはないが、逃げ切られてしまった以上は割り切ろう。

 街に出られたのなら追撃は無理だ。

 本来なら人目に付かない内に全滅させて、ダーザイン経由で犯行声明を出す予定だった。


 その為に大掛かりな仕掛けまで用意したのに狩場から出られては人目に触れてしまう。

 オールディアの時は悪魔召喚や街中での戦闘と、何かと都合の良い条件が揃っていたが今回はそうはいかない。


 ウィリードは広い。

 そんな場所に隠れられては見つけるのは難しいし、下手に追いかけると目立ってしまい、何処でボロが出るか分かった物じゃない。

 万が一オラトリアムの関与が露見した場合、非常に困った事になる。


 それにこちらも決定的な物は見せていないので、怪しまれはするが悲観するほどじゃない。

 以上の理由で、俺はトラスト達に追撃をしないように命じておいた。

 指示をしっかりと仰ぐ辺りトラストは扱い易い。

 

 聞けば柵を乗り越えて追いかけようとしたマルスランを押さえて連絡を寄越したようだ。

 正直、外に出られるとフォローが難しかったので何とか助かったな。


 嘆息。

 ともかく、やる事がなくなった以上は、戻ってアスピザル達の援護に行くとしよう。


 山の頂上からは断続的に地響きのような音と爆発音、後は悲鳴のような物まで聞こえる。

 上は随分と盛り上がっているようだな。

 俺はサベージに戻るように指示。 意を汲んだサベージは小さく鳴いて踵を返す。


 もう追いかける必要はないので、舗装されている道に出る。

 遮蔽物が減った事で音と視界が通るようになった。

 上を見ると――何だあれは?


 雲に穴が開いており、覗く月からスポットライトみたいに光が伸び、山の頂上を照らしていた。

 恐らく、天使を降ろしたスタニスラスの力だろう。

 正直、ヤバそうな感じしかしないな。


 俺はサベージに急げと命じて加速させる。 味方が生き残っている内に合流して叩こう。

 流れる風景が加速する前に、サベージが減速する。 

 どうしたと聞く前に答えが目の前に現れた。 数人の神父とシスターが息を切らせて走って来たのだ。

 

 ……騒動に紛れて逃がしたか。


 スタニスラスが随分派手に登場するなとは思ったが、その後のクリステラ発見で他の生き残りの事がすっかり頭から抜けていた。

 まぁ、逃がす気は無いから死んで貰うか。


 「なっ!? 皆、逃げ――」


 サベージから降りた俺は、一気に間合いを詰めて手近な神父の頭を鷲掴みにする。

 神父は何か言いかけていたが、俺が掴んだ手に力を入れると苦痛に呻く。

 残りは要らんのでサベージに――指示を出す間もなく喰い散らかしていた。


 ……まぁ、いいか。


 取りあえず俺の腕を剥がそうと頑張っている神父の耳に指を突っ込み、脳へ侵入。

 直近の記憶を見せて貰おうか?

 

 「なるほど」


 どうも奴は自分が派手に暴れている間に一人でも多く逃がそうと企んでいたらしい。

 結構な人数が一斉に散って逃げたようだ。

 まぁ、サベージに喰い散らかされている連中は運がなかったな。


 天使に憑依されたスタニスラスも厄介だが、逃げた連中の処理もしておかないと不味いか。

 クリステラとエルマンに逃げられた以上、この行為には半ば意味をなさなくなったが余計な事を喋る人間は少ないに越した事はない。


 ――ファティマ。 戦況は?


 まずは状況の把握だ。 <交信>を起動。

 応答はすぐだった。


 ――……芳しくありません。 敵は強大ではありますが、どうやらグリゴリの時と同じケースのようで、肉体の崩壊が始まっています。 時間をかければ討伐は可能ですが…。


 声が苦々しいのは、相手の目的を察しているからだろう。


 ――その時間稼ぎが奴の目的だろう。 逃げた連中が居るのは把握しているな。


 ――はい。 ですが、足止めされており追撃が出せませんでした。

 

 追撃が出せていない。 俺は面倒なと内心で小さく舌打ち。

 聞けばさっきから見えているスポットライトのような光から出られないそうだ。

 

 ――人数と逃げた方角は把握できているか?


 ――数が多いので何とかと言った所ですが……。


 ……取れる手は多くないか。 なら……。


 ――サベージを追撃に出す。 お前は上から逃げた連中の動きを追って逐一連絡。 できるな?


 ――お任せください。


 ならいい。 俺は<交信>を切断。

 サベージから降りる。 多くを伝える必要はない。


 「任せた」

 

 そう言うとサベージは小さく鳴いて木々の隙間に飛び込んでいった。

 サベージを見送った俺は真っ直ぐに頂上を目指す。

 やはり舗装された道は動きやすい。


 走っているとすぐに頂上が見えて来た。

 同時に光の壁のような物も視界に入る。

 到着。


 見た所、光は山の頂上をぐるりと取り囲むように存在しており、空を見上げると月から光が差し込んでくる。

 ご丁寧に雲が光を避けており、中々風流な光景だが…これは月光なのか?

 光の向こうはよく見えず、辛うじて建物や人の輪郭が見えるぐらいだ。


 手で触れてみると特に熱も何も感じずにあっさりと沈み込む。

 入る分には問題ないのか?


 「……む」


 引こうとしたが抜けない。

 一方通行なのか。

 まぁ、中に入るつもりだしいいか。


 そのまま通り抜けると――。


 『「セイギセイギセイギセイギぃぃぃぃぃ」』

 

 ……はい?


 例の天使共が大量に暴れまわっていた。

 何故か全裸の奴に聖騎士や聖殿騎士まで羽を生やして正義正義と喚き散らしている。

 何が起こった?


 改造種共も数を減らしていたが、まだまだ残っている。

 黒ローブ共は――半分近くまで減っているな。

 アスピザル、夜ノ森は健在。 こちらは当然か。


 「あれ? 早かったね?」


 アスピザルが魔法を連射しながらこちらに駆け寄ってくる。

 そりゃ早いさ。 行って帰って来ただけだからな。

 

 「あぁ、賭けは俺の負けだ」

 「……もしかして失敗した?」


 頷いておいた。

 アスピザルは微妙な表情をする。


 「いや、僕は良いけど、逃がしても大丈夫なの?」 

 「……失敗としては痛いが、決定的な物は見られていない。 どうにでもなるだろう」

 「そこで変に苛つかない所はいいけど、こっちを手伝ってくれるって事でいいのかな?」

 「その為に来た。 時間も押しているしさっさと片づけよう」

 

 ここの連中を片付ければ後は引き上げるだけだし、早い所済まそう。

 

 「状況は? 何で天使共が増えてるんだ?」

 「君が行ってから、あの聖堂騎士が何かしたと思ったら塩になった天使が復活して、他の聖騎士達も次々とああなったんだよ」

 

 全裸の連中は復活した神父やシスターか。

 

 「それに何だか強化されているみたいで、かなり手強いよ」

 

 天使共を見るとなるほど。

 動きが良くなっているし、武器を使っている連中は何らかの付加効果が与えられているのか薄っすらと光っている。


 しかも死んだ連中は塩に変わるが、光を浴びるとゆっくりと復活して戦線に戻っていく。

 これは厳しいな。

 

 「これは大本をやらないとどうにもならないね」

 

 同感だ。

 俺は視線をスタニスラスへ向ける。

 その全身は光に包まれており、背には光の翼。 頭には光輪。


 表情は能面のように平坦そのものだ。

 グリゴリに憑依されているエルフと全く同じ状態に見える。

 その証拠に顔面の穴という穴から血を垂れ流しており、装備の隙間からも絶えず血が滴っていた。


 恐らくは再生と肉体の崩壊を繰り返しているのだろうが、再生が追いついていない。 

 確かに放置しておけば死にそうな感じだが、見た感じではしばらくは死にそうにないな。

 ハイ・エルフの時も思ったが、持続時間は個人差があるのは分かる。


 だが、この差は何だ? 魂? それとも肉体依存なのか?

 クリステラは自己を保ったまま戦闘を行っていたが、スタニスラスは完全に乗っ取られている。

 分からん事が多すぎるな。 可能であるならどうにかして記憶を吸い出したい所だ。

 

 「取りあえず、スタニスラスの相手は俺がやる。 他の抑えを頼む」

 「分かった。 でも大丈夫?」

 「まぁ、何とかなるだろう」


 これでも天使とは何回か戦ったからな。

 まだ何か言いたげなアスピザルを無視して、俺は走り出す。

 周囲の天使共も俺に気付いて襲って来るが他の相手もしているので攻勢は弱い。

 

 向かってくる奴だけを適当に捌いた後、跳躍して事務棟の上で周囲を睥睨しているスタニスラスの前へ立つ。

 俺に気付いた奴は静かに視線を向ける。

 この無機質な感じはグリゴリのそれと同じだ。


 『「異邦の子か」』


 相変わらずの理解できる謎言語。

 スタニスラスは俺をじっと見つめた後、周囲をぐるりと見回す。

 

 『「悪魔との混ざり者ではない生き物は汝の子か?」』


 喋り方もグリゴリと同じだ。


 「だったら?」

 『「非常に興味深い。 異邦の子については知っているつもりではあったが、汝は毛色が違う」』

 

 反応もグリゴリと同じだ。

 この後に言いそうな事も見当がつく。

 どうせ、手下になれとかそんな感じの事を小難しく言うんだろう?


 『「な——」』

 「汝の身を捧げよ――か?」


 被せるように言ってやるとスタニスラスは口を閉じた。

 

 「……で、さすればこれまでの無礼は不問にするとかそんな感じだろう?」


 もうその手の御託は聞き飽きた。

 悪いが何があっても俺はお前等に従う気はない。

 取りあえず死んでくれ。

 

 俺は絶句したスタニスラスの首を目がけて左腕を一閃した。

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