第225話 「報復」
突っ込んで来たクリステラの動きは先程までの比ではなかった。
一瞬で間合いを詰められた俺は身を捻って紙一重で斬撃を躱す。
接近戦は厳しい。 至近距離で<爆発Ⅱ>を使用。 指向性は弄らない。
爆炎と衝撃が発現点を中心に炸裂して俺の体を吹き飛ばす。
空中で体勢を立て直した俺はクリステラが居るであろう場所に<風刃>を連射。
同時に<活性>で身体能力を底上げ。
口調や言動にややおかしな点があるが、見た限りではクリステラその物だ。
憑依ではない? 少なくともグリゴリの憑依とは趣が違う。
そして脅威度もこっちが上だ。
グリゴリは性能に任せて力を振るっているだけだったので、付け入る隙が多かったが、こちらは人格どころか技量までがそのまま。
……厄介な。
加えて身体能力等は激増している。
変化した能力に振り回されている感じもしないし、これは厳しいな。
煙が吹き払われ無傷のクリステラが現れる。
『「私が借り受けた権能をお見せしましょう!『
クリステラの背負う金の輪が強く輝くと、不意に俺の首が何かに切られたようにばっくりと開き、腹に風穴が開いた。
同時に全身に打ち身や切り傷が現れる。
……これは。
クリステラのダメージをそのまま返されたのか?
肉体の損傷具合に覚えがある。 比較的軽いが、あの女が受けた物と同じだ。
『「これこそが、正義の権能の一つ。 己が他者に対して行った非道がそのまま跳ね返る応報の力! 貴方は自らの罪によって傷を負ったのです!」』
おいおい。
腹に風穴開けて、首を切ったのは俺だが他は違うだろうが、いい加減な事を言ってるんじゃないぞ。
見た所、ダメージを跳ね返すと言うよりは、自分の損傷を相手にコピーすると言った感じか。
俺の傷が軽いのはクリステラの治療が進んでいたからだろう。
クリステラが蛍光灯を構えるのが見えた。
俺はそれを見た瞬間に全力で背後に跳ぶが、その瞬間には目の前に獲物を振りかぶった光り輝く真の電波女。
反応すらできんか。
斬撃の軌道は辛うじて読めた。
腰を薙ぐような一閃。 俺は咄嗟に腰から下を自切。
『「な……」』
驚く表情を尻目に下半身は腹に蹴りを入れクリステラを吹き飛ばす。
俺の上半身と下半身は空中で合体した後、飛んだ勢いのまま聖堂の外へ。
このままじゃ動きを捉えきれん。
目玉に改造を施す。
瞳を増やした。 白目の部分が消え失せ、眼球が昆虫の複眼を思わせる物に変化。
よし、これで多少は見えやすくなったはずだ。
……さぁ、どこからでも――。
聖堂の奥が光ったと同時にサイドステップ。
一瞬前まで、俺が居た空間にクリステラが蛍光灯を振り下ろす。
速いが何とか見える。 瞳の一部を弄って魔眼に変更。
制止の魔眼。
こいつの自慢は強化されてもその速さにある。
それさえどうにかすれば脅威度は激減するはずだ。
視線に晒されてクリステラの動きが引っかかるように一瞬止まったが、向かってくる。
くそ。 一瞬止めるのが精一杯か。
とにかく足を止めないと話にならん。
――ロートフェルト様!?
脳裏に声が響く。 ファティマだ。
外に出た事で俺の状況に気が付いたのだろう。
配下を呼び戻そうとする気配があったが、俺は内心で首を振る。
――よせ! 援護は要らん。 こいつは動きが速過ぎて他では付いて来れない。
――くっ、ですが……!
歯噛みするような気配。
――こいつは俺がどうにかする。 お前達は制圧を急げ!
目的は殲滅だ。 こいつに拘って他を疎かにしてしまうのは不味い。
グリゴリと同じ理屈で戦闘力を上げているのなら、どこかで限界が来るはずだ。
最悪それまで粘れば、勝ち目が見えてくる。
光の尾を引く斬撃を躱しながら、俺は勝ち筋を見極めて行く。
――とにかくお前は他の始末を急げ! 後、余裕があれば大聖堂内にトラスト達が居る。 傷が深いから治療できそうな奴を送ってくれ。
――分かりました。
出遅れたサベージが俺の援護に入ろうとしていたが下がるように言う。
悪いが戦闘に集中したい。 用がなければ後にしろと言って<交信>を切断。
『「どうしました? 逃げるだけですか?」』
あからさまにテンションの上がったクリステラは正に絶好調で、神速とも言える速度で斬撃を次々と繰り出してくる。
……この電波女! 随分とテンションが高いじゃないか。
とても上機嫌な顔が不快だったが、冷静に動きを注視。
同時に頭の中でこの近辺の地図を広げ、やり易そうな場所を探す。
平らな場所は良くない。 相手が速力を十全に活かせるからだ。
舗装されていない木々が生い茂った場所に誘い込むとするか。
いくら速いと言っても空を飛んでいる訳じゃない。
足元が荒れれば多少はましになると思いたいが――望み薄だな。
グリゴリの連中は普通に空を飛んでいたし、こいつもそうである可能性は高い。
ただ、それならそれで飛行にリソースを割くはずだから、足を引っ張る結果にはなる。
躱しながら移動し、木々が近づいて来た所でその隙間に飛び込む。
雨が激しさを増したようで、体に当たる雨水の勢いが増しているのを感じた。
周囲に視線を飛ばして、通るルートが少ない木が密集した所に向かい、人一人が通れそうな木の隙間を通って仕掛けを施す。
クリステラは木を蹴りながらこっちに飛んでくるのを視界に捉える。
忍者かお前は。 まぁ、空中の方が都合がいいか。
俺が通った木の隙間を通った所で起動。
『「……ぐっ」』
空中で重力に捕まったクリステラはそのまま地面に叩きつけられた。
これは効いたか。
<重圧>指定した個所に重力を発生させる魔法だ。
空中だと踏ん張れないだろう?
起き上がろうとした所で畳みかけるように<爆発Ⅱ>を連打。
三十発程叩き込んだ所で俺の全身に火傷が広がる。
例のダメージコピーか。
度合から見て、そこそこ通っているようだな。
魔法の余波で雨にも拘わらず周囲の木々が燃え上がる。
『「
爆炎と煙の中から全身を焼け爛れさせながら背に光輪を背負ったクリステラが現れる。
その美貌は炎の所為で凄い事になっているが、光に包まれて徐々に修復していく。
俺の方も修復を開始。 感じからして、修復の速度は俺の方が上か。 削り合いなら分があるな。
追撃をかけようとしたが、クリステラの背の光輪が光を放ち、衝撃波のような物が広がる。
防御は間に合わなかった。
俺は胴体にぶん殴られたかのような衝撃を受けて吹き飛ぶ。
ついでにあちこちで燃え始めた火も消し飛んだ。
俺は近くの木に叩きつけられたが構ってられない。
あちこちが炭化した鎧に身を包んだクリステラが蛍光灯を両手で構えて真っ直ぐに突っ込んで来る。
俺は内心で舌打ちして<爆発>を連打。 迎撃するが止まらない。
クリステラは魔法の直撃を受けながらも気にせずに突っ込んで来る。
開いていた距離は瞬時に零になり、構えた蛍光灯の切っ先は突っ込んで来た勢いそのままに俺の左胸の辺りに突き刺さる。
俺は虫の標本みたいに近くの木に縫い付けられる事になった。
同時にクリステラの鎧が発光。 光は俺の全身を焼く。
やはりこの光、再生に対しての阻害効果があるようで、浴びていると傷の治りが遅くなる。
俺の表面が炭化を始め、徐々に肉体の深くまで浸透していく。
あぁ、これは不味いなと思い、少しだけ焦りが出る。
……出来れば無力化してからの方が望ましかったが、仕方がないか。
手を変えよう。 俺は焼かれながらもクリステラの首を掴んで爪を立てる。
食い込んだ爪から根を伸ばし体内へ侵入。
時間切れまで粘れんのなら直接乗っ取る方針に変えた。
碌な情報は抜けんだろうが動きぐらいは止められるだろう。
正直、この状態の相手に洗脳を喰らわせるのは経験がなく、何が起こるか分からんから余りやりたくはなかったんだが――まぁ、仕方ないな。
どーれ、乗っ取りがてら記憶を見せて貰おうか?
……焼け死ぬ前にこの光も何とかしたいしな。
クリステラ。
生まれた時から持っていたのはその名前のみだった。
母親はどこぞの娼婦。 父親は分からないが、恐らくは客の一人だろう。
実の両親に関してはほとんどと言っていい程記憶になく、幼少期の記憶もまた同様だった。
彼女の最初の記憶は錆色の空と色褪せて寂れた街の景色。
そこが何処だったのかも思い出の彼方だ。
……実際、探ってみたが本人も知らなかったようで、あやふやだ。
本人は覚えてないだろうが、母親は生んだ癖に適当に育て、飽きたらあっさりとクリステラを捨てた。
生まれた当初は「私の愛しい子」等と笑顔でほざいていた割には、ゴミを捨てるかのような気軽さでその辺の路地裏に投棄。
その後、一人になったクリステラは残飯を漁って糊口を凌ぎ、ゴミのような生活を送っていたが、ある日に転機が訪れる。
グノーシスのシスターが現れた。
彼女は汚いガキの身を清め、食事を与え、人並みレベルに身なりを整える。
これが彼女の転機にして思考と思想の原点にして、正しさの具現。
少なくともクリステラは目の前のシスターを救いの女神か何かと勘違いしているようだが、客観的に見れば失笑物の茶番だ。
こいつ等は恐らく孤児やらくたばりかけのガキやらをかき集めて孤児院と銘打った施設に放り込むのが仕事らしく、あちこちで似たような事をやっているらしい。
クリステラは恵まれない子に愛の手を差し伸べていると思い込んでいるが、実際はグノーシスの思想を植え付ける洗脳教育だ。
何事も早い方がいいしな。
考えの固まっていないガキにはこの手の洗脳は効きやすい。
クリステラも例に漏れず教育を受けた結果、グノーシスの崇高な理念を腹の底から信じる信者の完成だ。
人が人を助ける事は当然。
持つ者は持たざる者に施しを。
罪には罰、悪には裁きを。 所謂、勧善懲悪って奴だな。
……悪いが俺に言わせれば綺麗事だ。
個人差はあれど、人間は本質的に無償で他者にほいほい施せるほど、気前のいい生き物じゃないと思うがね。
いいとこ、身近な人間限定だろう。
話を戻そう。
さて、孤児院に拾われたクリステラは新たに名前を貰う。
姓は孤児院からマルグリット。
院長を兼任しているシスターから与えられたアルベルティーヌと言う名前。
合わせてクリステラ・アルベルティーヌ・マルグリット。
現在の聖堂騎士様の今に繋がる存在の出来上がりと言う訳だ。
孤児院では思想を植え付けると同時に様々な教育を施す。
その中で適性を見極めて長所を伸ばしていき、頭角を現す者はめでたく未来の幹部候補だ。
クリステラは中でも武器の扱い――中でも剣に優れ、あれよあれよと言う内に聖堂騎士まで上り詰めた。
途中、箔を付ける為に学園に入学させる等のテコ入れを行ったらしいが、些細な事だろう。
聖堂騎士になった後も英才教育は続き、周囲に配置する人間もその教育に配慮したものになった。
適度に盲目な、余計な事を吹き込まない都合の良い存在。
そんな連中を世話役と言う名の従者として配置。
結果、歪ささえ感じる潔白な女聖騎士の出来上がりと言う訳だ。
グノーシスに取って都合の良い物しか見ていないからこその歪さだがな。
そりゃあんな妄言を真顔で垂れ流す訳だ。
さて、一通り記憶は見れたが困ったな。
根が届かない。
脳への接触は成功したが、侵食しようとすると焼かれるのだ。
恐らくあの光の効果なんだろうが体内にまで――いや、魂を守る為の防御機構か?
現状では中途半端な同化しかできていない。
失敗か。
これも失敗となると覚悟を決めなければならんな。
当然ながら死ではない。 首だけ分離して体を自爆させて逃げる。
悪いが付き合ってられない。
体内の魔力を暴走させて爆発させれば殺せなくても多少の手傷は負わせられるだろう。
その隙に撤退だ。
これだけやって無理なら損害を覚悟で飽和攻撃しかないな。
割に合わないからやりたくなかったが、数で押し潰すとしよう。
方針を定め、意識を眼前に戻すと何故か呆然としているクリステラと目が合った。
……何その顔?
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