第226話 「推移」

 戦場は皆が籠城している事務棟へと推移した為、それ以外の場所での戦闘は目立つ。

 大聖堂での戦闘もその一つだ。

 一際、派手な音がするので俺――エルマンは慎重に気配を消して近づく。


 恐らくだが、クリステラの嬢ちゃんが派手にやっているのだろう。

 相手はマルスランだ。

 あの野郎、ここまで食い下がれると言う事は例の鎧は随分と使い勝手がいいみたいじゃないか。


 ……それとも取り巻きが優秀なのか?

 

 疑問は尽きないが、何とかクリステラと合流しなければ…。

 籠城するに当たって――いや、そうでなくともあいつはこの先必要だ。

 見えて来た大聖堂は酷い有様で、壁があちこちぶち抜かれており見る影もない。


 どうした物かと考えていると、入り口から誰かが飛び出してきた。

 雨雲から微かに漏れる月明かりに照らされたそいつはボロにボロになったダーザインの黒ローブに身を包んでおり、顔等は分からなかったが林の方へ走り去って行くのが見えた。

 一瞬遅れて、それを追うように光る何かが大聖堂から飛び出す。


 速過ぎてはっきりと確認できなかったが、あれはクリステラか?

 確かにあいつの鎧の能力を使えばあんな感じになるんだろうが、あそこまで人間離れした動きが出来るのか?


 それに背中に光る輪のような物が見えた気がしたがあれは……。 

 追いかけようかとも思ったが、考える間もなく二つの影は瞬く間に木々の中に飛び込み、視界から消え失せる。

 どうするか迷ったが、俺は気配を消したまま大聖堂の中を覗き込む。


 荒れたと言う言葉では生ぬるい程に破壊されつくした内部。

 中には破壊された教団の象徴たる像の残骸と、避難していたであろう神父や修道女、護衛の聖騎士達の死体が大量に転がっている。


 ……こりゃ酷い。


 動いているのは数名――いや、数体と言い換えた方がいいだろうか?

 まず目を引くのは巨大な地竜。

 以前に見た経験があるが、地竜とはあんな生き物だっただろうか? 

 

 まず、図体がでかい――と言うより、筋肉の付き方が異常だ。

 正直、鎧でも着込んでいるんじゃないかと錯覚しそうな肉の盛り上がりに、異常に肥大化した手足。

 俺なら撫でられただけで楽に死ねるな。


 変異種の類と考えるべきか。

 稀にその種を逸脱した姿と能力を発揮する個体が存在すると聞くが、ダーザインの連中はあんな魔物まで使役しているとは、そんな情報は今までなかったぞ?


 今回が初のお披露目って事――いや、もしかしたら性能を確かめる為の試金石としてここが選ばれた?

 あの鎧もその一環か?

 考えながらぐるりと視界を巡らせる。


 他には全身焼け焦げた人間のような者が苦し気に立ち上がろうとしているのとあちこち損傷したマルスランが居た。

 両者とも深手のようで動くのも苦しそうだ。


 ……今なら殺れるか?


 俺は槍をそっと握ろうとして――。

 地竜が警戒するように周囲に視線を巡らせる。

 こちらには気づいていないようだが、勘が良いな。


 危ねぇ危ねぇ。 あと一歩踏み出したら気付かれたな。

 正面からやって勝てる気がしないし、ここは逃げた方が良さそうだ。

 戦力を揃えて数で攻めた方がいい。


 迷う。

 クリステラの援護に行くべきか、事務棟に戻って手を貸すか…。

 俺の迷いは一瞬で両断された。


 轟音によって。

 音の発生個所は二つ。 事務棟とさっきクリステラが消えた林の方からだ。

 事務棟の方に視線を向けると光の柱のような物が無数に天に向かって伸びていた。

 

 同時に戦闘の音が激しくなる。

 恐らくスタニスラスの仕業だろう。 ならあっちは大丈夫か。

 俺はどうするか……。


 本音を言えば事務棟に行って合流したい所だが、一人で突っ込んでいったお嬢ちゃんが気になる。

 さっきから林の方で爆発音やら木が薙ぎ倒されるような音が連続で響く。

 大丈夫だと思いたいが、流石に単独で残すのは不味い。


 方針を決めた俺は林の方へ駆け出す。

 脳裏の片隅でガンガンと響く警鐘を無視して。

 




 侮っていました。

 そんなつもりは毛頭ありませんでしたが、クリステラと言う聖堂騎士の実力を軽く見積もり過ぎていたようですね。

 内心で私――ファティマは歯噛みしました。


 ロートフェルト様は援護は不要と仰られましたが、素直に分かりましたと言えない状況です。

 木々の隙間からしか戦闘の様子が見えないので、詳しい状況は分かりませんが、苦戦しているのははっきりと分かります。


 戦力は充分に足りている。

 ロートフェルト様抜きでもこの山を陥落させる事が可能な戦力を用意したつもりでしたが、あの女の戦闘能力だけは想定外でした。


 グリゴリの件があったので、天使の出現は想定していましたが、持久力に欠けると言う事でしたので現れれば数で削り潰すつもりでした。

 いえ、そもそも現れないように立ち回ったつもりなのですが、上手く行かなかったようですね。


 忌々しい。

 思えば始めて見た時からあの女は気に入らなかった。

 口を開けば寝言ばかりを垂れ流す。 お前は現実を見てから物を言えないの――。


 「……ふう」


 深呼吸。 いけない。

 余計な考えを頭から追い出して、冷静に思考を回します。

 今、最優先でやるべきことは何ですか?


 ロートフェルト様があの女を押さえてくれている間に事務棟を落とす事です。

 お陰で、事務棟に逃げ込んだ者達以外の始末は済んだ。

 奇襲で速攻をかけたのが功を奏しました。

 

 現在、敵の聖騎士達は事務棟に立て籠もって籠城の構えです。

 何を企んでいるか知りませんが、無駄な事ですね。

 救援の要請はしているのでしょうが近場であったとしても間に合わない筈です。


 万一誰かが来たとしても、門を押さえている聖殿騎士達が追い返すか無理なら最悪、時間を稼いでくれるでしょう。

 こちらの狙いが殲滅と言う行為その物にある事を看破して即座に籠城を決め込んだ判断は見事ですが、そんな消極的な手でこちらの攻めを凌ぎ切れると?


 ……いえ、相手はそう愚かではない筈。


 聞けば指揮を執っているであろう、スタニスラスと言う聖堂騎士は人を動かす事に長けていると聞き及んでいます。

 ならば何か逆転の一手を狙っていると見て間違いないでしょう。


 事前に下調べはしたので、ここの戦力は把握しています。

 それを踏まえた上で、戦力を用意しました。

 ここの聖騎士達だけではレブナントやシュリガーラ達を退けるのは難しい。


 それはロートフェルト様が居なくても問題ない筈でした。

 加えて、ダーザインからも戦力を出しているのです。

 必勝を確信していたのですが、それがあの女の存在一つで脅かされるとは思いもよりませんでした。


 こちらの目的は殲滅。 要は皆殺しにする事。

 つまり、生存者がでた時点で作戦の失敗を意味します。

 あの女の動きを見る限り、全力で逃げられると取り逃がす可能性が高い。


 速過ぎて捕らえる事が難しいからです。

 コンガマトーを使えば追いつくぐらいなら可能でしょうが、それ以上は無理でしょう。

 それに彼等が人目に付くのは更に不味い。


 コンガマトーは迷彩能力はありません。 輸送の際は魔法道具で誤魔化しましたが、あれは持続力に欠けるので長時間の使用が出来ない為、戦場に投入するのが難しいのです。

 その為、レブナントの投下後、すぐに下げたのは人目に付く事を避ける為でした。

 私が乗っている者は、私の魔法で姿を消しているから見つかる事はありませんが、流石に連れてきた全ての個体の姿を消すのは難しい。


 それに空中からの爆撃を行えば設置した魔法道具では誤魔化しきれず、街の住民が異変に気付くでしょう。

 必要以上に注目を集めるのは良くありません。

 今回の一件は全てダーザインの仕業と言う事になるので、ある程度は好きにできますが、やり過ぎて私達の関与を疑われる事だけは避ける必要があります。


 眼下ではレブナントやシュリガーラ達が聖騎士達と激しい戦闘を繰り広げていました。

 シュリガーラが速度で撹乱し、隙が出来た者をレブナントが獲物で滅多刺しにしています。

 聖騎士達も負けじと、反撃に出ますが上手く行っていません。


 個体差はありますが、身体の大半が金属で構成されているレブナントは並の武器では傷つけられないので、仕留めるのは難しいでしょうし、シュリガーラもあの身体能力です。

 この乱戦で動きを捉えることは難しいでしょう。


 数に開きはありますが、個々の戦闘能力はその差を補って余りあります。

 この調子で行けば時間の問題かと思われますが、まだ聖堂騎士が二人残っており、両者ともクリステラと同じ事が出来るのなら…少し厳しいかもしれませんね。


 グリゴリは例のシンボルを利用してエルフに憑依したと聞きましたが、彼等も何かしらの道具を――いえ、使ってこないと言う事は使用に何かしらのリスクが?

 使えないと言う可能性もありますが、楽観が過ぎますね。


 戦場を俯瞰で眺めながら、逐次指示を出します。

 空から見れると言うのは便利な物ですね。

 どこが脆いのかが良く分かります。


 彼等は事務棟への侵入を許す気は無いようなので、必死になって押し戻そうとしていますが、比較的手薄な所を突くと、簡単に陣形が崩れるのが見て取れますね。

 揺さぶりつつ、攻めているのですが相手も聖騎士。


 良い守りです。

 そこは素直に認めましょう。

 ですが、こちらも早く片付けてロートフェルト様の支援を行わなくてはなりません。


 ……さっさと潰れてください。


 私は脆い部分を突かせて陣形を崩した後、強引に突破させようと指示を出そうとした所で――。

 轟音。

 何事かと視線を向けると、地面から光の柱が無数に立ち昇ってきました。


 同時に林の方でも何か音がしましたが、まずは目の前の事です。


 あれは?

 私の疑問は置き去りにして、光の柱は直ぐに消えましたがその根元には何かが居ました。

 魔法で視力を強化して、確認。 姿は一見、普通の人間に見えます。


 服装はグノーシスの非戦闘員。

 神父や修道女の服装ですが、全員目が虚ろで一部の物は口の端から涎を垂らしている者もおり、普通の状態ではないのは確かでしょう。


 彼等は微動だにしませんでしたが、内一人が体を震わせると他の者達も同様に連鎖的に体を震わせ始めました。

 余りの光景に聖騎士達は動揺していましたが、目の前の敵の存在を思い出し、直ぐに戦闘に戻ります。


 神父達の背が急激に盛り上がり服を突き破って何かが現れました。

 血に塗れて斑になっていますが、それは白い羽に見えます。

 

 『「せ、正義、せいぎせいぎ、せいぎの為に、いざ我、われわれ我等、剣を振るわん」』


 羽の生えた神父の一人がそう言うと他の者達も同様に「正義正義」と口々に呂律の回っていない口調でそう言うと手近な敵に襲いかかり始めました。

 その身体能力は凄まじく、レブナントを素手で引き千切ろうとしています。


 どうも、能力に身体が追いついていないのか動き自体は雑その物でしたが、人間の枠を超えた速度でした。

 現場で指揮を執っていたライリーも突如現れた敵の脅威に気が付き真っ先に排除すると言う判断をしたようです。


 数はそう多くないので――あれは?

 神父や修道女達は敵味方の区別がついていないのか「正義正義」と連呼しながら味方である筈の聖騎士達にも襲いかかり始めました。


 「ま、待て! 俺達は味方――」

 『「正義、せいぎせいぎせいぎいいいいいいいいいいいいい」』


 止めようとした聖騎士を素手で引き千切っています。

 好都合と言いたい所ですが、出現位置がこちらの手勢の後背を突く形で現れたので優先的にこちらに襲いかかっているようですね。

 

 どうやら、手近な者に襲いかかるようにできているようです。

 厄介な事に変わりはありませんがまだ、対処は可能。 焦る必要はありません。

 増援で少し動揺していた思考が落ち着きを取り戻し、そう言えばもう一ヶ所でも何か――。


 それを見た瞬間、私は全てを放り投げてコンガマトーから飛び降りました。

 

 ……ロートフェルト様!


 見えたのは胸を光る剣で貫かれ光に焼かれている主の姿だったからです。

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