第224話 「正義」

 「慈悲、か」


 折角相手が喋ってくれるんだ。 時間稼ぎも兼ねて少し付き合うとしよう。

 俺が口を開いたのが意外だったのか、クリステラは構えていた剣を僅かに下ろす。

 どうやら続きを話せと言う事らしい。 では遠慮なく続けよう。


 「俺の罪を清めると言ったが、お前は他人を裁けるほど偉いのか?」


 罪深いだか何だか知らんが、まるで殺す事が義務のような言い方だな。 

 殺人は異世界だろうがタブーだ。 無論、日本よりハードルは低いが。

 この国には騎士団と言う警察機関に該当する組織と、罪状に応じた刑罰も無論、存在する。


 グノーシスは治安維持組織ではないが、国から異教徒や罪人の討伐許可等の騎士団の権限の一部を与えられている。

 だが、経緯はどうあれ殺人を犯した場合は国と教団に報告する義務が発生するらしい。


 要するに連中が人を殺すのは業務の一環――分かり易く言うと仕事だ。

 結局、何が言いたいのかと言うと、この女は必要があるから殺すのではなく、義務感で殺すと言っている。 どうもその辺が引っかかるのだ。

 殺したいから殺す。 仕事だから殺す。 その辺は理解できる。 俺だって殺したいから殺してるしな。


 だが、殺さなけれ・・・・・ばならない・・・・・と言うのが良く分からない。

 最終的に殺す癖に、やりたくないけどやらなければならないとか意味不明の事をほざく奴の何を分かれというんだ?


 「私は聖堂騎士です。 グノーシスの剣にして地上の執行を代行する者、貴方を裁くのは私ではありません。 主の御心が貴方を裁くのです」


 ……何だこいつ。 変な電波でも受信してるのか?


 敵を殺す理由も神様電波の言う通り?

 前知識がなければそう考えて馬鹿じゃないのかと一笑に付していただろうが、俺は知りたくもない事を知ってしまっている。


 「聞きたいんだが、お前はその主だか御使いだかの声を聞いた事があるのか?」


 電波と会話した事があるのなら不味いな。

 こいつは天使のお手付きと言う事になる。

 そうなると記憶は引き抜けないし、憑依されると厄介だ。


 「いいえ。 ありません。 ですが主は常に私達を見守っています」


 そうかい。 聞いた事がないのなら、ただの電波女って事でいいのか?

 まぁ、天使共が絡んでいないのならさっさと始末して記憶を抜いた後、死体は回収してレブナントにでもしてやろう。 マルスランよりは使えそうだしな。

 聞きたい事も聞いたし、続きと行くか。


 「贖罪の機会を棒に振りますか。 残念です」


 俺が黙ったのを見て、会話の終わりを察したクリステラはそう言うと下ろした剣を持ち上げる。

 こっちも時間は充分に稼げた。

 

 ――殺せ。


 俺がそう念じると倒れていたトラストが跳ね起き、同時に斬撃を繰り出す。

 その動きに合わせて、損傷を復元させたマルスランが槍を突きこむ。

 タイミングは悪くない。


 トラストはクリステラの斜め後方、マルスランは俺から少し離れた場所でクリステラの斜め前。

 背後からの斬撃は完全に虚を突けたと思うし、マルスランは椅子の残骸の陰に隠れての攻撃行動で死角を突けた筈だ。


 俺なら恐らく片方は喰らっているだろう――が、目の前の女は並ではなかった。

 背後からの斬撃を振り返らずに蛍光灯を逆手に器用に持ち替えて弾き、斜め前からの槍を体を傾けて回避。

 クリステラは躱した槍を空いた手で掴む。


 マルスランは強引に引こうと槍に力を込めるが、何かが焼ける音がする。

 

 「なっ!? これは――」


 クリステラの掴んだ槍が光を発してマルスランの手を焼いているようだ。

 マルスランは動揺しながらも咄嗟に手を離そうとしたが、接触部分が溶けて離れないのか上手く行ってない。

 俺は内心で溜息を吐いて、マルスランの脇腹を蹴り飛ばしてクリステラに左腕ヒューマン・センチピードを嗾ける。


 蹴り飛ばした衝撃で、クリステラの手から槍がすっぽ抜けてマルスランごと吹っ飛んで行った。

 百足達は一ヶ所ではなく全身に襲いかかるように攻撃ヵ所を分散。

 瞬間、クリステラの眼球が左右別々・・・・に動いた。

 

 ……え? 何、今の?


 足元の百足をステップで躱し、上半身に向かってくる者は体を傾けて回避。

 それでも躱せない物は蛍光灯で切断。 この反応、完全に見えていやがるな。

 内心で舌打ち、百足が抵抗なく切り落とされた。


 ……並の剣なら逆に圧し折れるぐらいに硬度を高めていた筈なんだがな。


 決まりか。 例の天使と同じ系統の武器だ。

 最近、防御力を無視する奴が多いな。 いい加減に対策を練らないと不味いか。

 俺は瞬時に百足を再生――しない。


 何だと傷口に意識を向けると、切断面が薄く光って焼けている。

 よく見ると再生はしているようだが酷く遅い。 あの蛍光灯の能力か。 厄介な。

 加えてあの身体能力に技量。


 正攻法での突破は厳しいと判断。 搦め手で行くか。

 斬りかかって来るクリステラに蹴りを見舞う。

 流石に距離が近い所為か躱さずにガードされる。


 接触部分に熱と肉の焼ける嫌な感触。 やはり光っている鎧に触れると焼けるみたいだな。

 本命はこっちだ。 服を突き破って硬質化した肋骨が襲いかかる。 狙いは顔。

 さっきから見ていたが、この女は執拗に懐に入りたがる傾向にあるようだし、寄って来たら捕まえる手を用意するに決まってるだろうが。

 

 「っ!?」


 流石にこれは読めなかったのかクリステラは小さく驚いたような表情を見せ、首を傾けて躱す。

 俺の肋骨が頬を掠める。 躱したつもりだろうが甘い。

 顔の横を通り過ぎた肋骨は蛇腹のような構造に作り変えており、自在に動くそれは生き物の様にクリステラの首に絡みついた。


 引き剥がそうと掴まれたと同時に一気に締める。

 

 「……か、は……」


 クリステラが端正な顔を歪ませて抵抗する。

 無駄だ。 完全に食い込んでいるから剥がれないぞ。

 ならばと蛍光灯で切断しようとしたが、腕を掴んで抑え込む。


 光に触れて体が焼けるが些細な事だ。


 さーて、窒息するのが先か首が捻じ切れるのが先か――と言いたい所だが、お前は油断ならん。

 確実に仕留めさせてもらう。

 ゆらりと剣を構えたトラストが音もなく忍び寄り、背後から斬りかかる。


 クリステラは躱そうとするが当然ながら拘束されて動けない。

 もっとも首が締まっている以上、そんな余裕はないだろうがな。

 トラストの剣が必死に足掻く聖堂騎士の背を捉えようと迫るが、接触直前にその鎧が激しく発光。


 光は爆発的に広がった様に見えた瞬間、視界が白一色に塗り潰され、全身に衝撃。

 気が付けば壁に叩きつけられていた。

 

 ……何が起こった?


 全身のチェック。

 体の表面はほとんど炭化しており、目玉なんて水分が沸騰して使い物にならなくなっている。

 優先して再生――完了。 視界が戻る。


 視線の先には肩で息をしているクリステラ。

 その周囲にあった物は綺麗に吹き飛んで放射状に散らばっていた。

 どうもさっきの攻撃は消耗がでかいらしいな。


 手にぶら下がっている蛍光灯の光は弱々しく、鎧に至っては光が完全に消えていた。

 トラストも至近距離で喰らったので、あちこち炭化している状態で少し離れた所に転がっている。

 普通なら即死だが、生きているのは流石だ。


 マルスランは余波で吹っ飛ばされていたようで、ふらつきながらも立ち上がろうとしている。

 こちらは距離があったせいかダメージは軽い。

 

 ……が、何か忘れていやしないか?


 クリステラは息を整えながら俺にとどめを刺そうと動こうとして――その体がくの字に折れ曲がって吹き飛ぶ。

 危険な体勢で床を転がって椅子やらの残骸の山に頭から突っ込む。


 俺は傷を再生させながら立ち上がり、クリステラを吹っ飛ばした奴へ視線を向ける。

 首のないサベージだ。 奴は今まで死んだふりをしながら隙を伺っており、大技使って油断した所で堂々と不意打ちを喰らわせたと言う訳だ。


 サベージは近くに落ちた自分の首を拾い上げると傷口に押し付けて接合。

 グキグキと首を動かして具合を確かめていた。

 あの様子なら大丈夫そうだな。


 さーて、いい感じに死にかけている所でとどめと行くか。

 

 「くっ、まだです」


 クリステラはふらつきながらも何とか立ち上がり光の消えかけた蛍光灯を構える。

 サベージの尻尾をもろに叩きつけられているにも拘らず立ち上がるとは大した物だ。

 あの喰らい方から肋骨と臓器のいくつかにかなりのダメージがあると見ていたが、そのしぶとさには脱帽する。


 俺はぼろぼろになったフードを剥ぎ取って投げ捨てる。

 正体を隠す小道具は全て燃え尽きてしまったので、代わりに顔の再生は中途半端な所で止めており、半分ぐらい炭化した状態だ。


 再生阻害の効果も消えているので俺の損傷の回復速度が戻る。

 対するクリステラは血を吐きながらも剣を構える。

 活きが良いのは結構だが、後が閊えているんでな。 さっさと死んでくれないか?

 

 「邪悪な者に私達が屈する訳にはいかないのです!」


 そう言って斬りかかって来るが遅い。

 俺は小さく息を吐いて左腕――はまだ再生中なので魔法を発動。

 <氷針アイス・ニードルⅠ>少し大きめに作って無造作に発射。


 「……が、は」

 

 腕ぐらいの太さの氷の針はクリステラの腹をぶち抜く。

 光る鎧は対弾性能は低いのかあっさり貫通した。

 血反吐を吐きながら聖堂騎士は崩れ落ちる。


 俺は一定の距離を保ったまま、近づかずに観察。

 油断すると何されるか分かった物じゃないしな。

 血溜まりが広がるが、視線に諦観はなく戦意は衰えていないようだ。


 この状況で心が折れないのは大した物だが、抵抗はできなさそうだ――いや、油断は禁物か。

 念の為に殺しておこう。 なーに、脳が新鮮なうちは記憶は抜ける。

 頭を残せばいいだけの話だ。


 魔法で首を切断して終わりにしよう。

 

 「私を殺しても貴方は罪からは逃げられない! 必ず裁きの時が来るでしょう! 私はその時を天から――」


 威勢よく負け惜しみを垂れ流し始めたかと思えばいきなり硬直した。 

 何だか嫌な感じがしたので<風刃>で首を狙う。

 風の刃は狙いを過たずに首に命中。 派手に血が噴き出すが、妙だな。


 切断するつもりで放ったんだが、どういう訳か首が繋がっている。

 

 「主よ感謝いたします」


 ……はい? 何で首切られて平気な顔で喋って……。

 

 鎧と蛍光灯に光が戻り、傷が塞がっていく。

 おいおい。 これってまさか。

 咄嗟に周囲をみる、無事な柱は皆無。 アスピザル達はきっちり全て破壊していったようだが……。


 なら、どうやって……。

 どういう事だとクリステラを注視して気が付いた。 首から下げている首飾りが鎧とは別で光を放っている事に。

 

 ……あの首飾りもアンテナに使えるのかよ!?


 入信特典の魔力を通せば光るだけのアイテムじゃなかったのか。


 『「御使い――いえ、天使様の声が聞こえました。 私はまだ死ぬべき定めではないと」』


 例の意味が理解できる謎言語、決まりか。

 あぁ、くそ。 こうならないように先手を打ったのに結局、戦り合う事になるのか。

 今回はアクィエルが居ないから力が削げない以上、前回より厳しくなりそうだ。


 『「今なら貴方がはっきりと見えます。 その悍ましき姿が」』


 おや? 変わった反応だな。

 グリゴリの時と違ってクリステラの意識が残っているのか?


 「お前は誰だ? クリステラではないのだろう?」

 

 俺がそう言うとクリステラの姿をした天使らしき者は僅かに眉を顰める。

 

 『「いいえ。 私はクリステラです。 ですがこの身に一部ではありますが御使いの力が宿っています。 偉大なる天使、光の統率者にして審判者、そして『正義』の体現者。 Μιψηαελ様です!」』


 クリステラは陶酔した表情で天使様とやらの名前を教えてくれたが相変わらず聞き取れない。

 テンションの上がったクリステラの変化は止まらず、背中に黄金の光の輪が現れ、体の光が同色へ変化。

 蛍光灯の光も同様に金に染まって行く。

  

 『「さぁ、今こそ浄化の時です」』


 そう言うと蛍光灯を構えた。

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