第210話 「優越」
やってやった。
僕――マルスランの頭にあるのはちょっとした勝利による優越感とこれから立てるであろう自分の手柄に対する期待だ。
遺跡の調査が不可能になった時に僕が思った事は焦り。
これでは手柄が立てられない。
帰還したとしても僕のやった事はクリステラの指示に従っただけ。
傍から見ればただの腰巾着だ。
手柄どころか評価もされないだろう。
反面、クリステラは今回、結果こそ伴わなかったが、遠征部隊を見事に率いたという過程が評価される事は間違いない。
ただでさえオールディア復興の件で上への覚えがめでたい筈なので、どう転んでもあの女の評価が上がっていく事は容易に想像できる。
僕が内心で焦っていると、偶然エルマンがこそこそと木陰に入っていくのが見えたので、何だと気になり魔法で気配を消して忍び寄ると、奴は音を消して魔石で誰かと会話を始めるのが見えた。
恐らく相手はスタニスラスだろうが、報告か何かか?
幸いにもエルマンは会話に意識を集中しているので、周囲に対する警戒は薄い。
僕は気付かれないように奴を視界に納め、唇の動きを読む。
過去の聖務で培ったちょっとした特技だ。
……とは言っても完全ではなかったので全ての言葉を拾う事はできなかったが、話の内容を察する事は出来た。
オラトリアムの領主が、新種の魔物を囲っているのかもしれない事。
そしてその魔物の発見はグノーシスにとってかなり重要な意味を持つ事。
最後にエルマンがオラトリアムに忍び込んでその魔物を捕縛しようと画策している事。
僕にとってはその魔物を捕らえる事が大きな手柄に繋がると言う事だ。
これは好機だ。 エルマンを出し抜いて僕がその魔物を手に入れてやる。
そして上に知らしめるのだ。 真に有能なのはクリステラではなくこのマルスランだと。
上に報告だけして評価を上げようとも考えたが、やはり直接捕縛してこそだろう。
やる事が決まれば、後は簡単だ。 クリステラの説得はそう難しくなく、僕の事を軽く見ているエルマンにも一杯食わせることが出来て溜飲も下がった。
後は報告にかこつけて壁の向こうの調査だ。
エルマンが詳細を話していない所を見ると、余り公に明かしていい話ではないのだろう。
ならば部下には最低限の事情を話して僕だけで忍び込むべきだ。
どんな魔物か知らないが、聖堂騎士である僕が負ける訳はない。
聖堂騎士は聖騎士の頂点にしてグノーシスの最大戦力。
その力は世界屈指だ。
僕はその肩書を与えられている以上、負けは有り得ない。
聖堂騎士を倒せるのは聖堂騎士のみ。
それが常識にして当然の事実。
強いて対抗できそうな存在を挙げるのなら純粋な
それも数少ない例外だ。
噂の魔物がどんな奴かは知らないが、僕が負けるなんて有り得ない。
……さぁ、行こう。
僕は足取りも軽く出発する。
戻る時の動きが遅くなるので部下を五十程連れて領主の屋敷へ向かう事になった。
エルマンが最後まで僕の方に視線を向けていたが、あえて無視。
大方、僕に手柄を取られたのが悔しかったんだろう。
所詮は繰り上がりと運で聖堂騎士になれただけの奴だ。
得点を稼いでおきたいって魂胆が透けて見えるんだよ。
そこまでしないと今の地位を維持できない男に少しだが憐れみすら覚える。
成功した暁にはエルマン聖堂騎士が役目を譲ってくれたお陰ですとでも言って手柄を恵んでやろう。
そんな事を考えながら屋敷への道を急ぐ。
来た時よりも人数が少ない分、移動に時間がかからなかったので楽に屋敷に辿り着く事が出来た。
門番に事情を話して中へ通して貰い、屋敷へ入る。
前回と同様、ここの領主代行が対応してくれた。
最初に見た時も思ったが、凄い美人だ。
無能な領主に変わってこの領を切り盛りするなんて…きっと僕には想像もできない苦労があるのだろう。
僕が彼女の伴侶だったらそんな苦労はさせないのに…。
そう考えると、ロートフェルトとか言う無能に対する怒りが込み上げて来る。
同時に、彼女が魔物を囲っていると言うエルマンの想像を鼻で笑う。
少しは頭を働かせたらどうだ?
一番怪しいのは病気と言い張って、顔も出さないロートフェルトとか言う無能だろう?
恐らく、魔物関係の疑惑は全てそいつが原因だ。
彼女は婚約者を庇って矢面に立っているに過ぎない。
考えれば考えるほど、自分の考えに信憑性が増していく。
僕はそう考えながら、彼女を安心させるように笑みを向けつつ報告を始める。
遺跡へ向かったが完全に入口が塞がっており、入る事が出来なかった事、軽く調べた限りでは魔物は見当たらなかった事等を順序立てて説明した。
彼女は時折「まぁ」や「そうなんですね」と相槌を打ってくれる。
とても聞き上手だ。
一通り聞き終わった彼女は薄く笑みを浮かべる。
「……お話は良く分かりました。 わざわざ、オラトリアムの為に動いて頂きありがとうございました」
「いえ、聖務ですから。 それよりです、魔物についてなんですが、本当に何もご存じないのですか?」
「えぇ。 特に何も」
彼女の表情に変化はない。
いや、もしかして隠している?
僕は視線に力を込めると、じっと彼女の目を見てもう一度、言葉を紡ぐ。
「僕はこう見えても聖堂騎士です。 自慢ではないですが、腕にもかなり自信があり、どんな魔物が現れても倒せる自信があります。 ですから、安心して下さい。 本当に何も知りませんか?」
「えぇ。 特に何も」
返事は同じ。
まさか本当に何も知らない?
ならばと切り口を変えた。
「そうですか。 ところで話は変わるのですが、領主のロートフェルト様の具合はどうですか?」
そう聞くと一瞬、ほんの一瞬だが彼女の表情に変化があった。
眉が微かに動いたのだ。
それを見た僕は確信した。 やはり黒幕は領主なのだと。
同時に自然な動作で周囲に視線を巡らせる。
居るのは
変わった所は――耳が長い位か。 もしかしてエルフと言う種族か?
……監視の類はなさそうだ。
隠れているような気配はない。
魔法的に監視されていると言うのなら感知が難しいが、見た所では怪しい物は見当たらない。
「ロートフェルト様は現在療養中です。 まだ人前に顔を見せられる状態ではありませんが、快方に向かっている事は確かです」
「では、我々グノーシスの治療を受けてはいかがでしょう? 近場のウィリードにある教会なら上位の治療魔法が使える者が大勢います。 彼等に診せては?」
「結構です」
声が固い。 さっきまでとは打って変わっての強い拒絶。
「お気持ちはありがたいのですが、当家には治療専門の
「ですが、そんな素性のしれない者より我々の方が――」
「重ねて言いますが不要です」
声の質が変わった。
穏やかな物からやや不快気に。
これ以上は危ないと判断して、僕は失礼しましたと謝罪して提案を引っ込めた。
どこの誰かは知らないけどグノーシスの魔法使い程じゃないはずだ。
彼女にはそれが分かっていない。
くそっ。 どうすれば彼女は分かってくれるんだ?
……いや、まさかこれも演技? 当主の事を隠そうとしている?
さっぱり分からない。
分かる事は彼女が何かを隠している事だけだ。
やはり調べる必要がある。
僕はそう決心した。
やると決めたら後は行動あるのみだ。
魔物の捜索のついでに領主とやらの正体を突き止めてやろう。
見つかればただでは済まないのは分かっているが、僕は自分の実力を正しく把握している。
屋敷の警備や巡回している重装備の兵士の練度も大雑把だが分かった。
あの程度なら僕なら問題なく侵入できる。
やれると確信した。
僕は帰り際に部下に重要な部分は隠した簡単な事情を伝えて魔法を使った。
<
これで、部下の一人に僕に見えるよう化けて貰った。
僕は<
この魔法は姿を隠す事が出来るが動くと周囲の空間が歪んで見えてしまうので、日のあるうちは移動できない。
空を見上げると日は僅かに傾いている。
夜を待とう。
僕は巡回の兵士に見つからないように近くの木陰に隠れ、夜が来るまでじっと息をひそめていた。
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