第209話 「割込」
「おいおい、どうなってんだこりゃぁ……」
俺は思わずそう呟いた。
遺跡の入り口らしき物を掘り返した所までは良かったんだが、出土したそれは凡そ入り口と呼べる代物にはとても見えない。
外から見た構造上、奥へ繋がっているように見えるのだが、完全に埋まっているのだ。
土ではなく、岩のような物で。
俺は軽く触ってみるが岩特有の冷たく硬い感触が返ってくるだけだった。
どう見ても自然に埋めたと言うよりは岩を溶かして固めたかのようにびっしりと埋まっているのだ。
隙間が全くない。
愛用の短槍で突いて調べてみたが、薄い壁ではなく相当な分厚さと言う事も分かった。
「これはどういう事でしょう?」
「さあな。 ただ、遺跡として発見された以上、
そうでもなければ変わった岩の塊としか報告されんだろうよ。
……となるとますます、あの領主代行様は怪しいな。
塞いだ理由は中には見られては困る物があった?
だが、その割にはこの入り口らしき物が地滑りで埋まってからそれなりに経過しているように見える。
慌てて隠したという感じがしないのだ。
だからこそ、怪しいとは感じるが明確にそうだと判断できない。
それがただただ、気持ち悪く纏わりつく。
「……中に入る事は可能ですか?」
クリステラが訪ねて来るがその声にはどこか諦めの色が濃い。
質問と言うよりは確認だろうな。
「恐らくは無理だろうな。 これは塞がっているのではなく埋まっている。 魔法やらを使えば砕く分にはどうにでもなるが、見た感じ地下へ続いているようだし、下手に手を出すと遺跡自体が崩れる可能性が出て来る」
遺跡は長い時を経ている建造物だ。
当然ながら、時間が経てば経つほど劣化する。 その結果、全体的に脆くなっている筈だ。
遺跡に入った人間がふとした拍子に崩落させてしまい生き埋めになったという話はよく耳にする。
それに、ここに限った話で言えば塞いだ奴が何か仕掛けている可能性も捨てきれない。
無理に入った瞬間に想像もつかない罠が襲いかかって来るなんて事もあるだろう。
下手に触るのは危険すぎる。
「徒労に終わるかもしれないと言う事ですね」
「いや、ほぼ確実に徒労に終わる。 土弄りの専門家は居ないんだ。 俺達みたいな素人が下手に触るとまず崩落するだろうよ」
言いながらちらりと視線だけでマルスランを一瞥する。
奴は遺跡の探索で成果を出そうと意気込んでいたようだが、この結果になって相当イラついているのか、まったく口を聞かない。
その態度に少し嫌な物を感じていたが、こっちもやる事があるので無視した。
「さて、どっちも空振りに終わっちまったが、どうするねお嬢さん?」
「……スタニスラス聖堂騎士へ報告後、指示を仰ごうと思っています」
ま、帰るにしても向こうの指示はいるだろうな。
裏の事情を知っている身としても判断を聞いておきたい。
「良い判断だ。 報告は俺がやっとくよ。 お嬢ちゃんは部下への指示を頼む。 後、余裕があったら少しは労ってやってくれ」
「分かりました。 では連絡の方はお任せします」
俺は小さく頷いて懐から魔石を取り出し、集団から離れ人気のない所で魔石を使用。
同時に右手首に巻いた腕輪を起動。
これは魔法道具で、効果は自分の周囲の音を完全ではないが消す。
余り聞かれたくはないから念の為の用心だ。
――私だ。
少しの間が開いてスタニスラスから反応があった。
――俺だ。 報告がある。
――どうした? その様子だと、良い報告と言う事ではなさそうだな。
俺は肩を小さく竦めて話を始めた。
オラトリアムについて、領地の一角を切り取る仕切り壁に重装備の警備兵、代行のファティマについて、交渉の結果、そして遺跡についてだ。
一通り聞いたスタニスラスは小さく唸る。
――怪しいな。
――だろ? もう正直ヤバい臭いしかしないんだが。
――代行と言う事だったが、領主本人とは会えたのか?
――いや、とてもじゃないが切り出せる状態じゃなかった。 そもそも表向きは支援の協力を取り付けるって話なんだ。 わざわざ機嫌損ねるような事を聞いてどうするんだよ。
聞き方によっては行けたかもしれないが、「お前じゃ話にならない」と取られでもしたら目も当てられない。 俺なら不快だとでも言って、難癖を付けてから話を優位に進める材料にするな。
スタニスラスも俺の考えを察したのか小さく息を吐く。
――……壁の向こう。 調べられるか?
俺は一瞬、耳を疑った。
――正気か?
――言っただろう、居ないなら居ないなりの根拠を上へ示す必要がある。
――おいおい。 そこまでしてまで、連中は喋る化け物が欲しいのか?
――あぁ。 私も詳しくは知らされていないが、上の執着は相当な物だ。 …もう一度聞こう。 調べられるか?
グノーシスは清廉潔白を謳っているが、暗い部分も確かに存在する。
特に背信者に対する制裁は苛烈を極め、場合によっては死んだほうがましな目にすら遭うらしい。
そしてその背信の定義は上が決める。
上――
少なくとも聖堂騎士を顎でコキ使える程の権限を有しており、そこからの命令であるならば聖騎士は絶対に逆らえない。
下手に逆らうと背信者にされる可能性があるからだ。
極端な話、連中が死ねと言えば死ななければならない、俺に言わせれば生涯関わり合いになりたくない類の人種なのだが……。
……まったくどうして俺は聖堂騎士なんてものになっちまったのやら。
毎日が後悔でいっぱいだぜ畜生。
内心で頭を抱えつつ、同僚の質問に答える。
――調べられない事も無いが難しい。 無断で入るのであれば最低限、指揮官のクリステラに事情を話す必要が出て来る。
――……。
スタニスラスは低く唸る。
付き合いがそれなりに長いのでクリステラの性格を熟知しているからだ。
恐らくあのお嬢さんは難色を示すだろう。
良くも悪くも頭が固い。
何かをするにしても筋を通すので無許可で壁を越える事を良しとしない筈だ。
グノーシスの影響力は確かに強いが、だからと言って何をしてもいい訳じゃない。
当然ながら無許可で領主の直轄地を調べるなんて真似は立派な横紙破りだ。
説明すれば首を縦に振るだろうが、できればそれはしたくない。
失敗する可能性が高いからだ。
今回の件は調査自体が成功したとしても、上に失敗と判断される恐れがある。
要するに見つからなかった場合だな。
よしんば見つかったとしても、仕留めるのはご法度。
生け捕りにしなければならない以上、難易度は極めて高い。
ここで説明せずに失敗すれば、事情を知っている俺とスタニスラスの責任だけで済む。
後の二人は知らなかったで通せば、責任は問えない。
――なら、理由を付けてクリステラを戻すと言うのはどうだ?
俺は重い息を吐く。
まぁ、そう来ると思ったぜ。
――結局、俺だけで攻める事になるのかよ。
――だったら二人を巻き込んだらどうだ?
――馬鹿言うな。 貧乏くじは俺達だけで充分だろうが。
――……済まんな。 本来なら私が自分で……。
スタニスラスは役職と管理上、ウィリードから離れられない。
だからこそ俺達を呼び戻したんだろうが、声には自分で動きたいとと言ったもどかしさのような物が微かに混ざっている。
――言うなって、お前がそこから離れられん事は分かってる。 ただ、これは貸しだからな?
――あぁ、こっちに戻ったら好きな物を奢ってやろう。
――そりゃ楽しみだ。 ……クリステラとマルスランの両名は聖務完了の報告の為、帰還。 俺は領主代行へ遺跡の調査結果の報告の為、一時別行動。 建前はこんな所でいいか?
――分かった。 その方向で話を合わせておこう。 気を付けてな。
俺は軽い調子で返事をした後、通話を打ち切った。
嫌でたまらないが、一つ気張るとしますかね。
気持ちを切り替えて、話を通す為にクリステラの下へ向かった。
事情を話すとクリステラはあっさりと帰還命令に応じたが、面倒事も同時に発生するとは俺にも想像できなかった。
「報告は僕が行きます!!」
マルスランが全力で立候補したからだ。
表情には必死さがあった。 普段なら青いねぇと片付ける所だが、今回は事情が違う。
悪いがここは引いて貰うぞ。
「あのなぁ、さっきも言っただろうが、スタニスラスと話は付いていて、嬢ちゃん坊ちゃんは帰還。 俺は報告だ」
「報告だけと言うのならわざわざエルマン聖堂騎士が出向く必要はありません! 僕でも充分にこなせます!」
窘めたが、頑なに自分が行くとの一点張り。
何を意固地になっているのやら。
「それに! 行軍の際、エルマン聖堂騎士の隊は先行しての進路確認に必要なはずです!」
「いや、だから他の聖務があるからお前とお前の部下はそっちに――」
「でしたら僕一人でも充分です! 部下はそのまま連れ帰って頂いても結構です!」
そこで俺は眉を顰める。
何でこいつはここまで必死に――そう言う事か?
途中で察した。
まさか、どうやってか俺とスタニスラスの会話を聞いていたのか?
……で、手柄を立てようと逸ったって所かね。
「クリステラ聖堂騎士! 僕にも何かさせてください! 正直、今回の聖務、僕は何もできていません! せめてこれぐらいは……」
俺は内心で舌打ちする。
また小賢しい真似を――。
予想通りクリステラは少し思案顔になり、小さく顎に手を当てる。
不味いなこの流れは。
「分かりました。 では、エルマン聖堂騎士は私と帰還。 マルスラン聖堂騎士は報告後、こちらに合流して貰います。 連れて行く部下の人選は任せますが、人数は最低限で」
「了解です! このマルスラン、必ずやり遂げて見せますよ!」
意気込んでいるように見えるが、微かにしてやったと言った感情が表情に浮かんでいた。
……やってくれたな。 この馬鹿が。
内心で殴り飛ばしてやりたかったが、事情を悟られる訳には行かないので表には出さない。
この場でごねても下手に勘繰られるだけだからだ。
俺は小さく肩を落として頷く。
「分かったよ。 好きにしな」
そう言うしかなかった。
マルスランは挨拶もそこそこに部下達の下に向かうのを見送る。
……どうしたもんかね。
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