第200話 「握手」
「やぁ、ちょっといいかな?」
俺は小さく頷く。
そろそろ来ると思っていたしタイミングとしては悪くない。
アスピザルは笑顔で俺の隣に座る。 どうでもいいけど近いから少し離れて座ってくれませんかね。
「いつかの件。 返事を聞かせて貰っても?」
「条件付きで受けてもいい」
断るつもりだったが、状況が変わった。
俺の返事にアスピザルが小さく目を見開く。
「断られるかと思っていたからその返事は意外だったよ。 ……で? その条件っていうのは?」
「その前に確認させてくれ。 具体的に俺に何をやらせる気だ?」
「まずはダーザインの浄化だね。 僕に付くか父に付くかを決めて貰う。 その際に断った連中の処分とテュケとの縁切り。 ただ、あそこはこの国だけで動いている訳じゃないから壊滅させるのは難しいけどウルスラグナで活動できなくさせるぐらいはできるはずだよ。 後はグノーシスを何とかしたいけど……」
俺は首を振る。
いくらなんでも欲張り過ぎだ。
アスピザルは俺の態度で考えを察して苦笑。
「だからテュケの始末までだね。 ざっくり言ってそんな所かな?」
まぁ、俺にとっても悪くない話だ。
テュケの連中は俺にとっては脅威だ。
得体が知れない上に、切っ掛けがあれば絡んでくるのが目に見えているので、潰してすっきりしたいと言う気持ちもある。
アスピザルは目線で「そっちの話をどうぞ」と促してくる。
「まず、俺はお前達と一時的に手を組むのであって配下にはならない。 第二に今後俺に対する不干渉。 最後にある物を用意して欲しい」
「配下の話は問題ないよ。 最初から君を縛る気は無いし。 不干渉に関しては窓口さえ残してくれれば構わない」
「窓口?」
「うん。 何かあった時とか、お互い連絡できた方が何かと都合がいいとは思わない? 今後の事を考えるとさ」
確かに、向こうが何かやらかしたらクレーム入れられるのなら悪くないな。
それだけ聞くと俺がクレーマーみたいだなと自嘲する。
「それで?最後の用意して欲しいって物って?」
「……あぁ、それなんだが……」
俺は最後の要求を口に出した。
「……なるほどね。 話は分かったよ。 僕等にとっても実のある話だし、用意はするけど……」
話を聞き終えたアスピザルは大きく頷く。
ただ、問題があった。 その点は何となくだが分かる。
「……時間か」
「うん。 出来るだけ急ぐけど、どうしても時間がかかると思う」
「間に合うか?」
「間に合わせるよ。 そっちこそ約束を忘れないでよね」
「分かった」
アスピザルが「交渉成立だね」と笑顔を浮かべて手を差し出す。
俺は差し出された手を握り握手。
これで保険は手に入った。
正直、使わなくて済むに越した事はないが、ファティマに楽観が過ぎると言われたばかりだ。
最悪は想定しておくべきだろう。
「さて、話が纏まった所で早速動こうか? まずはウルスラグナに戻る事になるけど、どうやって戻るんだい?」
もう隠して置く理由はないのである程度は構わないだろう。
どちらにせよ既に見られているしな。
「お前も見た地竜だ。 あいつに乗ってここまで来た」
「あぁ、あの大きな地竜かー。 僕も以前見た事あるけど随分と外見が違うね。 腕とかすっごい太いし、変異種か何かかな? それとも君が何かしたとか?」
鋭いな。
だからこういう奴の相手は苦手だ。
「想像に任せる」
……とだけ言って俺は肩を竦めておいた。
アスピザルは特に追及せずに話は纏まったと立ち上がる。
「分かった。 僕は梓に声をかけて向こうへ動くように指示を出しておくよ」
「なら俺は日枝にここを離れる旨を伝えておこう」
「じゃあ、お互い用事が済んだら街の南側にある仮設テントの外れで合流しよう」
俺達はお互い頷いてそれぞれ別の方向へと歩き出した。
少し探すと日枝はあっさり見つかった。
忙しく動き回っているので一所に留まっていないので時間がかかるとも思ったが、人が集まっている所へ行けばすぐだった。
ああ言う奴は自然と人を集める物なんだなぁとぼんやり思いつつも近づく。
『日枝さん』
俺が声をかけると日枝はやや疲れた感じで振り返る。
『おう。 ローか、色々と動いてくれて助かったぜ。 で? どうした? 何かあったか?』
『悪いが俺達はそろそろ戻らないといけなくなった』
『そうか。……で? いつ頃発つんだ?』
意外な反応だ。 てっきり残れとでも言われるのかと思った。
『お前達は余所者だからな。 残って手を貸せと言うのは筋が通らないだろ?』
俺の考えを察したのか肩を竦めてそう付け足す。
『そう言ってくれて助かる。 発つのはこの後すぐだ』
そう言うと日枝は小さく頷く。
『……訳アリっぽいな。 俺に何かできる事はあるか?』
『気持ちだけで』
『そうかい。 お前等は俺にとっても俺の国に取っても恩人だ。 次に来ることがあったら客として持て成す事を約束するぜ』
恩人? 冗談はよしてくれ。
俺は降りかかる火の粉を払っただけだ。 それに――。
周囲の状況を考えると、とてもじゃないが恩に着せる気にはなれなかった。
『結局、これだけの被害を出してしまっている以上、戦犯呼ばわりされないだけで充分だよ』
率直に言うと日枝は否定するように大きく首を振る。
『いいや、あの時以外に奴を仕留めるタイミングはなかった。 そのチャンスをお前は見逃さなかっただけだ。 だから俺はお前ら三人の事をこう言うぜ「化け物退治して国を救った英雄」ってな』
止めてくれ恥ずかしい。
それに英雄とか俺に一番縁遠い言葉だな。
『そ、そうか。 まぁ、そう言う訳で俺達はここで失礼させて貰う』
何だか座りが悪くなったのでそんな事しか言えなかった。
『おう。 色々助かったぜ、ありがとよ。 また会おうぜ』
拳を突き付けて来た日枝に軽く拳をぶつけてその場を後にした。
何と言うかさっぱりした奴だったな。
やはり、偉い人間はあれぐらい思い切りが良くないとダメなのだろうか?
自分にはどう頑張っても無理だなと自嘲して待ち合わせ場所へ向かう。
そこには既にアスピザルと夜ノ森が待っていた。
「……話は聞いているわ。 少しの間、よろしくお願いね」
夜ノ森は微妙な感じだったが、組むのに異論はないようだ。
「あぁ、それと早速で悪いが――」
「依頼された物に関しては手配済みよ。 揃い次第すぐにオラトリアムへ運ばせるわ」
「悪いな」
俺がそう言うと夜ノ森は小さく首を振る。
さて、今度は俺の番か。
「サベージ」
俺が声をかけると近くに潜んでいたサベージが不可視化を解いて現れた。
「おおー凄いなぁ。 ねぇ触ってもいい?」
アスピザルがサベージを見た瞬間に目をキラキラさせながら聞いて来るので少しならと許可を出した。
体のあちこちをベタベタ触られたサベージは嫌そうにしているが、接待みたいな物だ。
耐えろと無視した。
「この地竜に乗ってあなたはここまで来たの?」
「そうだ。 それと帰りはこいつで森を越える事になる」
絨毯より早いしな。
「えっと、それは私達三人でって事?」
「あぁ」
俺がそう言うとサベージは「え?」と言わんばかりに小さく仰け反った。
夜ノ森はサベージをじっと見つめる。
「確かに私でも跨れるとは思うけど貴方達はどうするの?」
何言ってるんだ? 俺とアスピザルで二ケツするが、お前はサベージに抱えて貰っての移動だぞ?
察したサベージは若干、頬を引き攣らせているが俺は無視した。
「さぁ、そろそろ出発と行こうか」
俺が声をかけるとサベージが膝を折って乗りやすい体勢になると、アスピザルが待ってましたとばかりに跨り、俺がその後ろに乗る。
「あの、私は?」
夜ノ森が自分を指差す。
俺はサベージの頭を軽く小突くと渋々と言った感じで夜ノ森を抱き上げる。
夜ノ森は驚いて声を上げるが、構わずにそのまま保持しろと指示。
「サベージ。 一ヶ月以内に森を越えろ。 出来るな?」
出来ませんと返って来たが無視した。
「行け」
サベージは溜息を吐くと、地面を蹴って跳躍。 そのまま空中を更に蹴って加速。
矢のような速度で森へ向かって飛翔する。
「お、おぉ! うわ、すっごい、梓これすっごいね!」
「ちょっと、これいくら何でも速すぎない? と言うか怖い怖い! 下ろして~!」
興奮するアスピザルと、必死にサベージにしがみ付く夜ノ森を見ながら、俺はいつになったら気楽な旅ができるんだろうかと遠い目をした。
今日もいい天気だ。
丸太のような太い腕から繰り出される一撃が地面を大きく抉る。
その衝撃で石や泥が周囲に散らばりその場にいる全員に襲いかかった。
僕――ハイディは咄嗟に顔を庇ってやり過ごすが防具に守られていない部分に小石などが当たり、小さな痛みが体を襲う。
痛みに顔を顰めながら周りを確認する。
僕と一緒にこの依頼に臨んだのは六人。
見た感じ全員無事そうだ。
「皆、無事!?」
僕が声をかけると口々に返事が返ってくる。
「あぁ、何とか――」
「あちこち痛いけど無事よ」
皆の無事を確認できた所で僕は前を見据える。
視線の先には巨大な魔物――ウルシダエが唸りながら僕達を威嚇するように喉を鳴らす。
短いが太い四肢を備え、全体的に丸みを帯びた形をしている。
本来は人里に余り下りて来ない魔物だが、この時期は別だ。
冬が終わり、春になったばかりのこの季節、ウルシダエは冬眠から目覚め、空腹を抱えて人を襲いに現れる。
その為、この時期はよく護衛や討伐依頼がよく組まれるが、危険が多く、青以下の冒険者は請ける事が出来ないほどだ。
実際、このウルシダエと言う魔物は強い。
丸太のような腕は一撃で人体を粉砕し、分厚い毛皮は魔法の威力を散らして打撃を弾く。
刃物は通用するが重量のある物を使用しないと貫通させるのは難しい。
防御を突破できる程の火力があれば問題ないのだが、ウルシダエを楽々仕留められる程の力を持つ者は少ない。
安全に仕留める場合は五~十人で挑む事が推奨される。
ただ、報酬を欲張った冒険者たちが少ない人数で挑み返り討ちに遭うと言う話も多い。
今回、僕は二つのパーティーの合同クエストに混ぜて貰う形で参加したが、全員がウルシダエ討伐が初めてと言う事で連携は勿論、手際があまり良くない。
僕以外の構成は剣持ち二、斧持ち一、弓持ち一、後衛の
当然ながら全員青の冒険者だが、実力に関しては率直に言って微妙と言わざるを得ない。
元々三人パーティーが二つに僕を加えた編成なので、前衛後衛の均衡はしっかりと取れている。
だが、技量面では前衛の三人は闇雲に仕掛けるだけ、弓持ちは牽制に徹すればいいのに効果のない攻撃を繰り返している所を見ると、積極的に仕留めようとしている意図が見える。
それはウィッチの二人も同様で、全員が仕留める事だけを考えた攻勢に出ているので人数が多い事の強みが活かせていないのだ。
全員、まだ十代という若さで青まで階級を上げている所を見ると才能はあるのだろうけど、経験が足りていないのか「自分が仕留めて賞賛されたい」という考えも透けて見えてしまう。
こういう場でないのなら歳相応と微笑ましいけど、命がかかった場面では文字通り致命的だ。
……仕方がないか。
援護役としての参加だったけど、そうも言っていられない。
息を吸って吐く。 そして集中。
幸いにも相手は一体。 場所も開けているので余計な横やりが入る可能性は極めて低い。
味方の行動に関しても全員が委縮しているので無謀な行動に出る可能性も無くはないけど低そうだ。
……行こう。
地を蹴って走る。
大きな動きをした僕にその場の総ての意識が集まる。
ウルシダエは迎え撃つつもりなのか僅かに身を低くして居るのが見えた。
ある程度近づいた所で、袖に仕込んで置いた魔石を手の平に落として強く握る。
亀裂が入ったと同時に投擲。 同時に視線を足元に落とし、相手の影を注視。
飛んで来た異物にウルシダエは叩き落そうと腕を振り上げるのが影の動きで分かったが遅い。
空中で耐久が限界を迎えた魔石は砕け散り、内部の魔法を解放。
音と閃光が広がる。
僕は閃光をやり過ごした所で顔を上げ、相手の様子を確認。
ウルシダエは目を擦って視力を戻そうと足掻いているのが見えた。
お互いの間合いに入るにはまだ距離があるが、僕には充分だ。
腕を相手に向けて真っ直ぐに翳す。
仕込んでいた鎖分銅が飛び、ウルシダエの首に巻き付く。
しっかり絡みついた所でそのまま巻き戻す。 体が引っ張られて距離が一気に縮まる。
空中で腕を小さく振って鎖を解く。
首に巻き付いた鎖が外れ、僕の手元に巻き戻って来る。
体が引っ張られた勢いのまま飛んで、ウルシダエの肩に着地。
首にしがみ付くが、絞殺は狙わない。 僕の腕力では無理だからだ。
腰の短剣を抜いて目に突きこみ、柄まで沈んだ所で捻ってかき回す。
ウルシダエは振り落とそうと暴れるが、それに逆らわずに勢いに乗って飛び降りた。
着地と同時に後ろに跳んで距離を取る。
……手応えはあったけど――。
相手が動かなくなるまで油断はしない。
僕は相手の動きに集中して動けるように備える。
ウルシダエはしばらく腕を振り回していたけど徐々に動きが弱くなり――。
――地響きを立てて崩れ落ちた。
しばらく様子を見て完全に動かなくなった所で力を抜く。
振り返ると味方の冒険者たちが呆然と僕の方へと視線を向けていた。
「た、倒したんですか?」
剣持ちの前衛が恐る恐ると言った感じで声をかけて来た。
「何とかね。 それより君達は大丈夫だった?」
「はい、何とかですが……」
彼は他の仲間を振り返りながらそう言う。
他の皆も次々と起き上がってこちらに歩いて来る。
「ごめんね。 牽制役で呼ばれたのにでしゃばるような事しちゃって」
「いえ、ハイディさんが出てくれなかったら多分何人か殺されてたと思うんで……」
他の前衛の面々も力なく首を振るが反面、比較的元気な後衛職の娘達が詰め寄って来た。
「凄いです! ハイディさん! いえお姉さまと呼ばせてください!」
「ウルシダエを単独で仕留めるなんて同じ女として尊敬します!」
「流石は単独パーティーで「赤」まで上り詰めただけの事はあります!」
そう。 僕はいつの間にか赤の冒険者まで上り詰めていた。
赤三級冒険者「アノマリー」のハイディだ。
一応、パーティー登録はしているけど長い事、単独行動だなぁ……。
ちらりと今回戦った皆を一瞥する。
いけないとは思っていてもどうしてもローと比べてしまう。
彼がいない日々が当たり前になりつつあるのが少し悲しかった。
順調に階級を上げて実績を積み重ねている僕に声をかけてくれる人は多い。
同じパーティーに入らないか? 一緒にパーティーを立ち上げないか? 俺の嫁にならないか? 私の嫁になりませんかお姉さま?
後半意味が分からない勧誘もあったが、僕は今の所、すべての勧誘を断っている。
僕にとって肩を並べるべき仲間はロー以外にあり得ないと思っているからだ。
周囲の人達は口々に彼は死んだと言うが、何故だろう? 生きていると根拠がない確信を抱いている自分がいる。
もしかしたらそう思いたいだけなのかもしれない、でも――。
「会いたいなぁ……」
口の中で小さく呟く。
その言葉は周りの冒険者達の声に呑まれて誰の耳にも入らなかった。
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