第199話 「更地」

 何だったんだ?

 長期戦になるかもと思っていたが、最後になって急に抵抗がなくなった。

 まぁ、お陰で楽に仕留められたから俺としては言う事ないが、どうも腑に落ちんな。


 取りあえず、体の方は再生させれば良いだけの話だが、消化されかかったので服や装備はドロドロで使い物にならなくなった。

 まったく、困った物だ。 事ある毎に装備がなくなるのはいい加減どうにかならん物か。


 ……壊れないとか再生するとかの都合の良い能力を持った武器や防具が欲しい所だ。


 そんな益体もない事を考えながら、辛うじて残った分をかき集めて腰布代わりに巻き付けて準備完了。

 肉をかき分けて心臓を突き破る。

 外へ顔を出すと、アスピザル、夜ノ森、日枝と生き残った獣人達が俺を見て固まっていた。


 ……獣人は若干減っていたが、死んでいて欲しい連中は全員生き残ってたか。


 内心でやや残念に思いながら周囲を一瞥。

 何だその顔は? 英雄の凱旋的な奴なんだからもうちょっと盛大に迎えてくれても罰は当たらないような気がするがどうだろう?


 「やぁ。 無事でよかったよ。 気分はどうだい?」

 

 アスピザルがいつもの笑顔でそう聞いて来るので、俺は率直に今の感想を述べる事にした。


 「汚れたから風呂に入りたい」

 

 それを聞いてアスピザルと日枝が小さく噴き出した。


 『いや、あんた大したタマだな! お陰で助かったぜ!』


 周囲を見ると、敵は全て肉塊へと戻っており、動いている者は居ない。

 どうやら終了のようだな。

 俺は半ば心臓に埋まっている状態の体を引っこ抜いて飛び降りる。


 「酷い有様だね」

 「全くだ。 酷い目に遭った」


 俺は肉片や得体の知れない液体でドロドロ。

 加えて服は大半が消化されてほぼ全裸と言う少しみっともない格好になってしまったな。


 「終わったと考えてもいいのかな?」


 アスピザルの視線は穴が開いた心臓に向かう。


 「恐らくだがな。 心臓を潰したから完全にくたばるまで数分と言った所か」


 魔力の循環がなくなった以上は臓器類も機能を維持できずに止まる筈だ。

 危険はないだろうし、さっさと出て放置でいいだろ。

 死骸は――魚だし食えるんじゃないか? まぁあれだ、俺が考える事じゃないしどうでもいいな。


 「……なら早く出ないと不味いんじゃないかなぁ……」


 何だ? 心なしかアスピザルの表情がやや引き攣っているが……。

 別に問題ないだろ。ほっとけば死ぬんだしそれを待って――。

 ――待て。


 気が付いた。

 ここが何処なのかすっかり忘れていたな。

 これってヤバいんじゃないか?

 

 「どうしたの?」

 『どうなったんだ?』


 周囲を警戒していた夜ノ森と日枝が近づいて来る。

 

 『仕留めたのはいいが、恐らく落ちる』


 日枝にも分かるように日本語でそう言うと、二人は即座に悟ったようだ。

 

 『おい、マジか?』

 『ちょっと、落ちるって……』


 周囲の薄く光っていた壁から光がゆっくりと消え失せ、纏わりつくような感覚も無くなった。

 あぁ、これは落ちるな。

 

 『早く出ないと――』

 『間に合わねぇよ!! 全員何かに掴まれ!! 落ちるぞ!』

 『ははは、仕留める事に夢中ですっかり忘れてたね』


 焦ったように周囲を見回す夜ノ森と間に合わないと判断して衝撃に備えるよう指示を出す日枝に何故か笑っているアスピザル。

 俺も身を固めて衝撃に備える。


 その瞬間は直ぐに訪れた。

 ふっと体が軽くなり、纏わり付く感じが消え、次いで落下する感覚。

 あちこちで上がる悲鳴。 そして衝撃。


 一応、咄嗟に心臓にしがみ付いてはいたが衝撃で引き剥がされてその辺をピンポールみたいに跳ね回る事になったが、幸いにも周囲は肉でできた壁だったのでそこまでのダメージはなく、少々の打ち身で済んだ。

 

 俺は小さく呻きながらも起き上がるが、真っ暗なので周囲が見え辛いな。

 目を凝らしてみると全員派手にあちこちに叩きつけられて大半が苦し気に呻いているが、死者はいないようだ。 獣人は頑丈だな。

 

 『あぁ、くそっ! 何て日だ今日は――。 おい! 皆、生きてるか!』


 最初に立ち直ったのは日枝であちこちに声をかけ始めている。

 

 『ってか見えねぇ。 誰か灯り持ってねえか!』

 『これでいいかな?』


 アスピザルが<火球>を発動させ。

 周囲が明るく照らされる。

 

 『悪ぃな。 取りあえず、無事な奴と怪我して動けねぇ奴は申告しろ! 終わったらしいが、もしもって事もあるし油断はすんなよ!』


 日枝はアスピザルに礼を言うと周囲の獣人達に指示を飛ばし始める。

 それを尻目に俺は小さく息を吐いてその場に座り込む。

 周囲に危険もないし、目の前の問題は片付きはしたがもう一つ面倒な案件が残っている。


 ……どうした物か。


 考えたが答えはすぐに出そうにない。








 『……マジかよ』


 日枝の震える声が口から洩れた。

 夜ノ森も呆然としている。

 

 「……これは予想するべきだったね」


 アスピザルも思わずと言った表情でつぶやく。

 あの後、アスピザルが来る時と同様に体に穴を開けて体内からの脱出に成功したのだが、外に出た俺達の凱旋を迎える物は何もなかった。


 本当に何もなかったのだ。


 ウズベアニモスと言う国が跡形もなく消え失せており、外に出た俺達が見た物は文字通りの更地だった。

 随所に建物の残骸のような物が残っていたので、少なくとも転移した訳でもなく、ここに紛れも無く街があった事を証明している。


 冷静に考えれば当然の結果だろうな。

 あれだけの質量の海水が街の真上にあったんだ。

 それが落ちて来た以上、街の一つや二つは一溜りもない。


 国と言っても街一つの都市国家。

 流石に街の真上から襲って来る大質量の海水には抗えなかったようだ。


 生存者は絶望的かな?

 サベージの奴は生きているだろうか?

 <交信>で連絡を取ると何とか生きているようだ。

 

 ただ、連れていた眷属は俺達を見送った後、殿で残って死んでしまったらしい。

 少し勿体なかったが、必要経費と割り切ろう。

 何、必要ならまた作ればいいだけの話だし、遠くない内にここを離れる以上は置いて行くしかなかったからこれはこれで良かったのかもしれん。


 そんな事を考えている内に、日枝は獣人達を引き連れて生存者を探し始めた。

 夜ノ森もそれに付き合うようだ。

 残った俺とアスピザルも付き合わざるを得ず、捜索に加わる事になった。


 完全に洗い流されているので、捜索作業は難航を極め…と言うより、進まないどころか完全に手探り状態になっている。

 結局、生き残った全員で交代で休憩しながら丸一日近く捜索に当たったが、見つかったのは海に浮かんでいる多数の死体と建物の残骸に引っかかっていた死体ぐらいしだった。


 現状、生存者は皆無。 痛ましい話だな。

 捜索は日枝が手配した部隊が到着するまで続いたが、成果は上がらなかった。

 現在、ウズベアニモス跡地は仮設のテントが大量に張ってあり、かなりの人数が忙しく生存者を探しに動き回っている。


 俺は今後の事を部下と話し合っている日枝を尻目に近くにあった瓦礫に座っていた。

 やる事も無いし、今の内に話だけはしておくか。

 <交信>を起動。 対象はファティマだ。


 ――ファティマ。


 ――ロートフェルト様ですか!?


 ん? 何かいつもと反応が違うな?

 声が微かに上ずっている。


 ――どうかしたか?


 ――いえ、今の所、これと言った問題はありません。


 何か言い回しに引っかかる物を感じたが、それは後にしよう。


 ――それで、連絡を頂けたと言う事はそろそろ戻られると判断しても?


 ――あぁ、それと別口で問題が起こった。


 ――問題ですか? 接点がない土地での問題と言うと――もしかして転生者関係でしょうか?


 ……。


 こいつ本当に察しが良いな。


 ――大抵の事はご自分で解決なさるでしょう? それが出来ていないと言う事は、自力での解決、もしくは排除が難しい事態。 私の知る限り、該当するのは転生者かダーザイン、グノーシス関係ですね。 あんな辺境にまでダーザインやグノーシスが手を伸ばしているとは考え難いので、消去法で転生者です。 大方、国の権力者が転生者で目を付けられたといった所でしょうか?


 ははは。 割と的を射ているからこの女怖いわ。


 ――残念ながら微妙に外れだ。


 ――詳しくお聞きしましょうか。


 俺はこの国に来てから、今に至るまでの経緯を話し始める。

 

 都市国家になっていたトルクルゥーサルブ、周辺地形、獣人。

 そして本題のアスピザルと夜ノ森、眷属の襲撃、王である日枝、ディープ・ワン、体内巡りに心臓を破壊して仕留め、今に至るまでを順序立てて語る。


 こうして人に話すのは良いな。

 情報の整理にもなる。

 ファティマは相槌を打つだけで黙って最後まで聞いていた。


 ――お話は分かりました。 魔石の埋蔵されている亀裂は大変興味深いです。 何とかコンガマトーとゴブリンの工兵を送り込みたい物ですが、今の所は現実的ではなさそうですね。 後はダーザインですか? 正直、そのアスピザルなる人物は話だけでは人物像が掴み辛いので判断がし難い所ですが……。


 だろうな。 俺自身も今一つ掴みかねているので上手く説明できなかった。

 まぁ、一言で言うのなら「不思議ちゃん」と言う感想しか出ない。

 

 ――話を受けるおつもりですか?


 ――どうした物かと考えている。 正直、あの二人をさっさと始末してしまえば後腐れがないと思うが、向こうがまともに取引するのなら今後ダーザインに悩まされずに済むので、悪い話ではないと思う。

 

 リスクは連中を含めて不特定多数に正体が割れる事。

 メリットはダーザインの脅威が消えてなくなる事。

 特にメリットは今後ウルスラグナで行動するに当たって、かなり便利だ。

 

 ――私も受けるのは悪い選択肢ではないと思います。


 ――……?


 意外な反応だ。 正直、そうですね始末しましょうとでも言うのかと思った。

 察したのかファティマは補足を入れる。


 ――ロートフェルト様が考えているリスクに関してはすでに手遅れかと。


 ――どういう事だ?


 ――既にダーザインと接触した事を知られてしまった以上、向こうは部下と連絡を取ってロートフェルト様の話の裏を取っている筈です。


 ……。

 

 ――そうなると王都の件は勿論、オールディアの一件も知られている可能性は高いと考えられます。


 ……。


 絶句。

 我ながら言葉が出ない。

 指摘されると迂闊な行動や言動が出るわ出るわ。 正直、頭を抱えたくなってきた。


 ――相手がその件を持ち出してこないと言う事は、なるべくロートフェルト様の機嫌を損ねたくない、つまりはそれだけ貴方に価値を見出していると言う事が考えられます。 


 ――そもそも知らないと言う事は……。


 ――あり得ませんね。 あえて申し上げますが、その手の楽観は捨てた方が良いと思います。


 暗にお前は迂闊なんだからもっと気を付けろと言われているようで反論が全くできなかった。

 

 ――続けます。 聞いた限り、相手は可能な限りロートフェルト様を味方にしておきたいと言う思惑が見えます。 ……とは言ってもその二人がどういう人物か分からない以上は、行動からの推測になりますので参考程度に留めておいてください。


 なるほど。 そう考えるのなら連中の態度も腑に落ちる。

 

 ――分かった。 その辺を踏まえて考えてみる。


 ――お役に立てましたか?


 ――あぁ、助かったよ。


 そう言うとふふふと言う不気味な笑いが返って来たので努めて聞かなかった事にした。

 さて、こっちの話が終わったので向こうの話を聞くとするか。


 ――今度はそっちの話だ。


 ――何の事でしょうか?


 ――惚けるな。 今の所は問題がないと言っていただろう?


 ――ばれてしまいましたか。 隠すつもりはなかったのですが少々問題がありまして……。


 珍しく歯切れが悪いな。


 ――何があった?


 ――グノーシスがオラトリアムに向かっている事が分かりまして、塀の向こうを調べられるのは少々困るので何とか無難に追い返すつもりですが、場合によっては難しいかもしれません。


 今度はグノーシスか。 また、面倒なのが出て来たな。

 

 ――どうも明確な目的があるようで、真っ直ぐにこちらに向かっているのが気になります。 最悪、戦闘になるかもしれません。


 ――分かった。 なるべく早くそちらに戻る。 サベージに本気を出させればそこまで日数はかからないはずだ。


 ――よろしいのですか?


 ――グリゴリの件もあったし、少し気になる。


 目的等もはっきりさせておきたいしな。

 

 ――分かりました。 では、お待ちしております。


 その後、二、三簡単な打ち合わせをして会話を終了させた。


 嘆息。

 何でこう、面倒事が次から次へと湧いて来るかな。


 ふと顔を上げるとアスピザルが小さく手を上げてこちらに近づいてきているのが見えた。

 ちょうどいい。

 面倒な話を済ませておくか。

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