第198話 「根比」

 心臓に取り込まれた俺はすぐさま消化されようとしていたが、再生を繰り返して肉体を維持。

 同時に全身から根を伸ばして、相手の吸収と肉体の制御に割り込んで消化を阻害。

 流石に脳を乗っ取っている訳ではないから遅らせるのが精一杯か。 全身に痛みと不快感が襲ってくる。


 前者は慣れっこなので然程気にならないが、後者が厄介だ。

 不快感の正体はすぐに分かった。

 記憶を覗かれている・・・・・・・・・

 

 普段は人にやっているだけに、自分がやられるとこんな感じなのかと少しだけ新鮮な気持ちになったが、不快感の方が強いので早い所、何とかしたい所だ。

 俺も似たような事をしている所為か、どう言う訳かこいつのイメージも逆流してきている。


 こっちは別の意味できつい。

 情報量が半端じゃないのだ。

 流石にここまで膨大な量の記憶を保有した個体は初めてだったので戸惑いもある。


 しかも、断片的な物しかないので意味が理解できない物が多い。

 繋がってみて分かったが、恐ろしい事にこいつは既に死に体・・・だ。

 体内の臓器の半数以上がまともに動いておらず、体内に残った魔力を絞り出して強引に臓器を動かし、食事をして代謝を行っている。


 その状態で眷属を生み出して暴れているのだから大した物だ。

 人間で言うのなら完全に気力だけで動いている状態で、生きているのが不思議なぐらいの有様だった。

 思考も限定的で本来の一割も機能を発揮していない。


 加えて、空に広がった海を維持するのにもリソースを割いているのだから恐れ入る。

 そんな状態にも関わらず、無理を押して俺達を狙ったのは、失った魔力の回復が狙いのようだ。

 どうやら俺達転生者の魔力保有量はそこらの生き物の比ではないらしく、自己修復にどうしても必要らしい。


 魔法で機能を停止した臓器を強引に動かし、自力で回復できるまでの延命――要は時間を稼ぐのに使いたかったようだ。

 臓器を強引に動かすなんて力技が可能なんだ、魔力が回復すれば余裕で持ち直せるだろう。

 俺はこいつの狙いを悟るのと並行して、記憶を見せられていた。

 

 思考に捻じ込むような形で入ってくるのは断片的な物だが、こいつ自身が経験した最も強い記憶がフラッシュバックの様に脳裏に瞬く。


 真っ暗な海底。

 音も無い、心休まる闇と静寂。

 そこで自らが生み出した「子」や眷属、同胞達と静かに、そして穏やかに暮らしていた。


 戦いもあった。

 遠くの海から現れる外敵。 姿は良く分からなかったが、どいつも手強く、苦戦を強いられたが力を束ねてその悉くを打ち破る。


 当時は無敗を誇った自分達――あぁ、違う。 意識が混ざりそうになるな。

 気をしっかり持とう。

 こいつらは自らこそを海の支配者と疑ってはいなかった。


 ……実際、負けなしではあったしな。


 付け加えるなら海を支配していただけで、記憶を見る限りは基本的に縄張りさえ荒らさなければ無害な魚と言う印象だった。

 この辺は割と鮮明だったが、問題はこの後だ。

 ある日、いきなり敵が襲って来たらしい。

 

 この辺りで記憶がぶつ切りだ。

 断片的に見えたのは壮絶とも言える戦いのイメージだった。

 凄まじい数の眷属が次々と光線のような物に射抜かれ、空から雷が絶え間なく降り注ぐ。

 

 敵の姿はよく確認できなかったが、光っている人型の何かだった。

 そいつらは空を縦横無尽に飛び回り、バラエティに富んだ攻撃を次々と繰り出し、海の生態系を散々破壊した挙句に巨大な何かが炸裂して記憶は途切れた。


 それ以降は痛いとか苦しいとかのイメージばかりで、要領を得ずに何が起こったかは分からない。

 所で何だが、突如として魚共を襲った迷惑な未確認飛行物体フライング・ヒューマノイド共の姿と攻撃手段に何となく見覚えがあるんだがどういう事だろう?


 雲を介しての雷、光線。

 はっきりと確認できたのはその二種類だけだが、どちらもあのグリゴリ共が使っていた物と規模は全く違うがどう見ても同じ物だった。


 つまり、こいつ等を瀕死に追い込んだのはグリゴリかそれに類する存在と言う事になる。

 まぁ、間違いなくグリゴリだなあれは。

 

 ……またあいつ等か。


 嘆息。

 要するに、この状況の原因はグリゴリ共にあると言う訳だ。

 あのクソ天使共は何処までも祟って来るな。

 俺に何か恨みでもあるのかと胸倉を掴んでやりたくなる。


 結局、まともに読み取れたのはそんな所だ。

 後はグリゴリに対する怒りや恨み等の感情が堆積したヘドロの様にドロドロと流れ込んで来るぐらいか。

 気持ちは分からんでもないが、そんな理由で喰われても敵わない。


 悪いがお前にはここで完全に死んで貰うとしよう。

 相手の消化に対応しつつ奪った部分を片端から壊死させる。

 流石に向こうも俺が何をしているのかを悟ったようで、強引に消化しようと動くが、周囲の細胞が俺の支配下に置かれて居るので、上手く行っていない。


 壊死した部分は再生した上で俺の消化に使用しなければならないので、向こうからしたら回復どころか消耗する結果になり、徐々にだが弱っていく結果になっている。

 

 ……とは言っても俺の方も防御と侵食に集中していないと押し切られる可能性もあるので油断はできない。

 

 気は抜けないが腰を据えてやればなんとかなりそうだ。

 目途が立った所で気持ちに余裕が出来たので、ふと意識を外に向ける。

 外に居た連中はどうなってるんだろう?


 俺に集中しているお陰で向こうは多少攻勢が緩んでいると思うが、いっそ俺の知らない所で全滅してくれると後腐れがなくていいんだが――まぁ、あの連中しぶとそうだろうし無理か。


 取りあえず、どちらかが根負けするまで続けようか?





 馬鹿な。

 「彼」の思考は驚きで満たされていた。

 取り込んだはずの獲物が吸収できない。

 

 それどころか逆に自分を滅ぼそうと正体不明の毒を流し込んで来ており、お陰で魔力の吸収が全く上手く行かず、回復どころかむしろ消耗を強いられている。

 獲物とは言っても、今まで戦った敵に比べれば余りにもちっぽけな餌と呼んでも過言ではない相手の筈だ。


 逃げずに向かって来た事は少し驚きだった。

 何故なら、獲物とは逃げる物だからだ。

 「彼」はその現状を好都合と捉える事にした。


 自身の体に余り時間が残されていなかった事もあり、捕食する事に全力を傾ける必要もあった為、余計な事は考えられなかったのだ。 焦っていたと言い換えてもいい。

 対峙して分かったが、この獲物達は愚かだった。


 何故ならわざわざ口に飛び込み、喰われに来たのだから。

 これを愚かと言わずに何と言おう。

 体内にさえ入れてしまえば後は吸収するだけだ。


 最も魔力量の大きい獲物は四つ、その全てが体内に入り後は吸収するだけで全てが元通りになる筈だった。

 肉体を元に戻し、眠っている同胞と共に海に帰り、あの安らかな静寂を――。

 

 自覚はないが全身の機能が制限されているお陰で「彼」の思考は酷く狭くなっており、余り深くは物を考える事が出来なくなっていた。

 だからこそ「彼」を突き動かす最も強い衝動――願いと言い換えてもいい――それは「帰りたい」ただそれだけだったのだ。


 その為に必要な事を単純化した思考で行った結果が今に繋がっている。

 自らに向かってくる物を獲物と断じながら、餌としてしか認識できなかった。

 餌だからこそ口に入れてしまえば終わり、その考えが現状を招いてしまう。


 命の危機と言う現状に。


 「彼」は心臓まで肉薄された事にも危機感を抱けずに、直接取り込んで魔力を吸い出そうと自らの最も重要な器官に最も危険な物を取り込んでしまうと言う暴挙にでてしまう。

 危険性を認識せずに好都合と言う考えの下に。


 結果、思考を驚愕で埋め尽くしながら死に向かって突き進んでいた。


 「彼」は餌から魔力を吸い出す事で再起を図ろうとしている。

 それに必要な物は餌の魔力とそれを吸い上げる自らの細胞だ。

 だが「彼」が心臓に取り込んだ餌は彼の埒外の力を発揮し、周囲の細胞を壊死させていく。


 その為「彼」は魔力を殆ど吸収できず、逆に細胞がどんどん死んで行き、臓器としての機能が損なわれ始めているのだ。

 それも魔力を全身に供給し、必死に命を支えている心臓が。


 思考は焦りと驚愕に埋め尽くされているが、毒を呷った心臓は不可逆の破綻を齎し、彼の死は覆せない現実となった。 出来る事は抵抗し、終わりの時を先延ばしにする事だけ。

 もう、この時点で勝敗はほぼ決していたのだ。


 「彼」はせめてもの足掻きとして餌の記憶を読み取り、突破口を見出そうとした。

 小さき物であった筈の肉体には膨大な量の記憶が詰まっており「彼」は更なる驚愕に包まれる。

 もう少し思考が働いていれば、その記憶の不自然さが分かったはずだが、それは叶わない。


 そして最後に見えた記憶に「彼」は目を見開く。


 あの自分達を襲った外敵が居たのだ。

 記憶の中で餌は憎悪と言う言葉では生ぬるい程の憎い怨敵と戦っていた。

 そして最後に外敵は首を刎ねられ、袈裟に両断されているのが見える。


 怨敵の体が千切れ飛び、最後には焼き尽くされる様を見て思った事は――ちょっとした爽快感だった。

 その瞬間だけ全ての感情を忘れ、胸に心地よい風が吹く。

 もしも「彼」が口を聞けたならこう言っていたかもしれない。


 ――તે સરસ છેざまあみろ


 ……と。

 それを最後に彼の抵抗は終わり、本当の意味での眠りが訪れた。

 覚めない眠りが。

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