第195話 「胎内」

 口の中は真っ暗かと思ったが、どういう訳か周囲の赤黒い肉が仄かに光っており、視界は悪いが見えなくはないと言った状態だ。

 そして最大の驚きは水がない事だろう。


 俺はアスピザルに目線で障壁を外すかと確認すると、小さく頷いて返された。

 恐る恐るだが、障壁を解除。

 呼吸は――できるようだ。


 アスピザルが絨毯をゆっくりと降下させる。

 適当に高度が下がった所で飛び降りた。

 

 「何?」


 異様に長い滞空時間を経て着地。

 流石に驚いた。

 何だあの滞空時間は? 何もしてないぞ。

 

 まるで月面に居るかのようだ。 行った事ないから想像でしかないが。

 気分は宇宙飛行士と言いたい所だが場所が場所だ。 気は抜けない。


 他も気が付いたようで戸惑った声があちこちで上がる。

 どうなっているんだ?

 試しに握りっぱなしの斧を持ち上げて放すと、斧はゆっくりと落ちる。


 確認は済んだので空中でキャッチ。

 重力と言うよりは空間に何かしらの作用が働いているのか?

 動くと何かが纏わりつくような感じがする。


 それ以外は特におかしな点はなく、いきなり消化されるような事はなさそうだ。


 「ここ、何かおかしいね」

 「……重力がおかしいのかは知らんが体が重い感じがするな」


 夜ノ森は油断せずに周囲を警戒している。

 

 『おい、突っ立っていてもどうにもならんし移動したいが構わんか?』


 日枝もやや困惑していたが、考えても仕方がないと思ったのだろう。

 口調にはさっさと済まそうと言う考えが滲んでいる。

 それには同感だ。 俺もこんな危ない所からはさっさとおさらばしたい。


 頷いて歩き出す、他もそれに続いて警戒を解かずに移動を開始した。

 



 一寸先は闇と言うほどではないが、視界はお世辞にも良くない――と言うか悪い。


 ……どうなっている?


 俺は夜目が効くので他よりはましの筈だが、どういう訳か見え辛く、遠くまで見通せない。

 この空間の所為か?

 俺が闇の向こうへ目を凝らすと変化があった。


 ぽつぽつと光が現れ――嫌な予感がしたので体を傾けて回避行動。

 瞬間、光線が俺の肩を掠めて近くに立っていた獣人を射抜く。

 額に風穴を開けられた獣人は音もなくゆっくりと崩れ落ちる。


 ……危ねぇ。


 正直、似たような攻撃を喰らっている経験が無かったら反応できなかったかもしれん。

 闇の向こうから現れたのは――何だアイツは?

 空中を泳ぐように闇から姿を現したのは魚だった。


 全体的に丸っこいフォルムで、形だけなら普通の魚だが、サイズが二メートル弱。

 それだけなら特に驚きはしないが異様なのはその頭部だ。

 何故か頭が透けており、光を放っている。


 その透明な頭の中に目玉らしき物や脳みそっぽい物が漂って居るのが見えた。

 

 ……おいおい。 何だあの魚は。


 俺が驚いている間に奇妙な魚は闇の奥から続々と現れる。

 あの光線を撃ってきたのはあいつらか?

 状況からして間違いないだろう。


 魚の額が激しく発光して光が一点に集まる。

 

 『さっきの攻撃が来るぞ!』


 俺は舌打ちして周囲に警告を飛ばす。

 

 『全員散れ! 動き回って狙いを付けさせんな!』

 

 最初に立ち直った日枝が指示を出し、羽を広げて飛び上がる。

 動揺から立て直した他の連中も動き出す。

 同時に闇の奥から更に追加で奇妙なデザインの生き物が現れる。


 クラゲに似た半透明の生き物で表面に七色に光る筋のような物が並んだ生き物。

 鼻の辺りが異様に長く伸びた鮫に似た生き物。

 真っ赤な体に花のように広がった頭部を持った芋虫に似た生き物。


 その他様々な異形の生き物が奥から押し寄せてくる。


 「これは、この生き物の消化器官? それとも――」


 アスピザルが小さく呟いていたが、構っていられない。

 他の連中も腹を括ったのか各々武器を構えて迎え撃つ構えだ。

 真っ先に敵の群れに突っ込んだのは夜ノ森で、手近に居た頭が透明の魚の光っている部分を叩き潰す。


 次に仕掛けたのは日枝だ。

 鮫みたいな生き物を角で突き殺していた。

 

 「利用できるものがないからやり辛いなぁ」

 

 ぼやくように呟きながら、アスピザルが魔法で援護に入る。

 火球が魚の群れに飛ぶが、妙に遅いな。

 着弾。 そして爆発するが、規模が小さい。


 放ったアスピザルも奇妙に思ったのか眉を顰めている。

 

 「……多分だけど、魔力を吸われてる。 ここじゃ魔法の威力は減衰するみたいだ」


 試しに俺も小さな魔法を使ってみたが、確かにイメージより威力がだいぶ落ちている。

 ならアスピザルの援護はあまり期待しない方が良いって事か。

 

 まぁ、ないならないで仕方がないか、魔法が通じないなら直接殴ればいいだけの話だ。

 俺は手近に居たザリガニみたいな奴の頭を手斧でカチ割った。


 クラゲが上から襲い掛かって来たが、透明化した左腕ヒューマン・センチピードで薙ぎ払う。

 百足の一撃でゼラチンみたいな体はあっさりと砕け散る。

 周りを見ていると個々の戦闘力では獣人が上回っているようだが、いかんせん数が違うな。


 クラゲが獣人の頭に喰らいつき、体内に入った獣人が内部で焼け焦げて行く。

 芋虫みたいな奴が火を噴いて獣人を火達磨にする。

 鮫が不自然なぐらいに大きく口を開いて獣人を丸のみにした。


 毒々しい色をしたイソギンチャクがあちこちからいきなり生えて来て襲いかかって来る。

 いや、全くとんだビックリ箱だ。

 中に入りさえすれば適当に臓器潰しておしまいと思ったんだが、ここまで盛大に出迎えられるとは予想外だった。


 目の前の敵を片付けていたが切りがないな。

 クラゲが喰らいつこうとしてくるのを下がって躱すと何かにぶつかる。

 振り返ると夜ノ森の背中だった。


 「この調子で来られたら進めないわね」

 「全くだ。 ここまで数が居ると防ぐだけで精一杯だな」


 強引に突破してもいいがこの密度だ、途中で止められるのが目に見えている。 やっても無駄だろう。

 

 「入りさえすれば行けるかとも思ったけど、厳しいね」


 深海魚みたいな連中を魔法で焼き払ったアスピザルが、こちらに合流してくる。

 

 「どうしようか?」

 「どうするもこうするもこのまま押し込むしかないんじゃないのか?」


 俺がそう返すとアスピザルは首を振る。


 「このまま進んだら胃に飛び込むだけになると思うよ。 魚の構造上、脳は上に、心臓は下にある筈だから途中で上下どっちかの壁を抜く必要が出て来るんだけど…」


 マジかよ。

 確かに言われてみればもっともな話だ。

 ゲームのマップじゃないんだから、道なりに進めば目的地に着くなんてのは都合が良すぎるな。


 「ならどうにかして上か下に風穴を開けるか?」

 「そうしたい所だけどまだ浅い。 この位置では脳にも心臓にも届かないだろうからもう少し奥へ行ってからの方が良いと思うよ」

 「私としては、早く倒したいんだけどっ!」


 夜ノ森が妙に目のでかい魚を素手で引き裂きながら叫ぶ。

 声からは少しずつ余裕が失われているのが分かった。

 流石にこの状況はきつい。

 

 奥を見るとグロいデザインの深海魚みたいな連中が次々と湧いて来ており、途切れる様子はない。

 周りの獣人は次々と数を減らし、終わりの見えない戦いに心が折れかかっている奴も居た。

 数が減るのも不味いが士気が落ちるのはさらに不味い。


 『おい! これどうするんだ!? 流石に切りがないぞ!』


 日枝が回転しながら飛び回って深海魚共を薙ぎ払いつつ、こちらに合流して来た。


 「あ、ちょうどいい所に来た。 『日枝さん! もう少し――三十メートル程進みたいんだけど、どうにかならない?』」


 日枝を見つけたアスピザルが途中で日本語に切り替えて日枝に声をかけている。

 

 『三十メートルだと? 無茶言ってくれるぜ』

 『できるでしょ? 目的地に着いた時に何があるか分からないから、できれば使う・・のは一人か最悪二人にしておきたいんだ』


 使う? 何の話だ?

 俺の疑問を置き去りにして、何かを察した日枝が覚悟を決めたように小さく息を吐く。

 

 『……分かった。 俺がやろう。 時間切れ・・・・になったらフォローしてくれるんだろうな?』

 『そこは任せてよ』

 『どうだかな。 つっても手がないのも確かか……下がってろ。 抉じ開ける』


 何だ? 何をするんだ?

 俺以外の全員が分かっている顔をしているんだが、どういう事?

 

 『全員俺の後ろに来い!』


 日枝はそう叫ぶと小さく腰を落とす。

 

 ……何だ? 何かするのか?


 次の瞬間、日枝の全身に亀裂が走る。

 その光景に小さな既視感を覚えた。

 何だったかなと考えていると、直ぐに思い当たる。


 随分前の話だが、いつか仕留めた蜘蛛野郎だ。

 あいつが死ぬ前に全身に亀裂を走らせて何かやろうとしていたが、その時と状況が似ている。

 その時はヤバそうだったので直ぐにとどめを刺したから、何だったんだと首を傾げるだけだったが――。


 俺の見ている前で日枝の装甲のような外皮が弾け飛び、中から出て来たのは――何だあれは。

 基本的な形状は変わらないが体が倍近く巨大化し、全身に凶悪な外見のスパイク、額の角は三本になり、形状も鋸を思わせる物に変化。


 顔の形状もより昆虫らしく角ばった感じになった。

  

 「うわぁ、やっぱり昆虫型は迫力が違うな」 

 「そうね。 解放はリスクがあるけど、急激に強くなるから制御が難しいっていう難点があるけど――」


 アスピザルが感心、夜ノ森は複雑な感情を滲ませて呟くのが聞こえた。


 ……え? 解放って何?


 反応を見るにこれは転生者の共通認識のようだ。

 つまりはこいつ等全員、所謂「変身を残している」状態と言う事になる。

 どういう事だ? 俺にはそんな格好いい機能ないぞ?


 ……まぁ、似たような事は出来るけど。

 

 組み替えればいいだけの話だしな。

 脱皮――どちらかと言えば変態?を終えた日枝が大きく息を吐く。


 『行くぜ!』


 同時に巨大化した羽を大きく広げた。

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