第196話 「穿孔」

 日枝の羽が震えたように見えたと同時に衝撃波のような物が発生。

 前方に居た深海魚共が一瞬で吹き飛ぶ。

 強度が低い物は即死、頑丈な物は吹き飛ぶだけで済んだが、無傷とは行かなかったようだ。


 当然ながら敵も奥から次々と追加が来る。

 日枝は『はっ!』と不敵に笑うと再び衝撃波を放ち、同時にその姿が掻き消えた。

 次の瞬間、敵が凄まじい勢いで挽き肉になっていく。


 おいおい。 何やってるんだ?

 速すぎて見えないぞ?

 察するに高速で飛び回って角と移動の際の衝撃波で潰しているのだろう。


 「ほら、凄いのは分かるけど。 先に進むよ」


 アスピザルが俺の肩を軽く叩いて、奥を指差す。

 驚いて居ない所を見ると、あれぐらいなら珍しくもないのか?


 考えても仕方がないので、俺は頷いて先を急ぐ。

 途中、日枝が討ち漏らした奴が襲って来たが、大した数じゃないので適当に片付ける。


 「うん。 この辺りだと思う」

 

 数十メートルの距離だったが、踏破するのに随分とかかったな。

 アスピザルが上と下に視線を飛ばす。


 「下だね」

 

 当然だな。 下の方が楽だ。

  

 「……で? どうやって穴を開ける?」

 「力技になるけど魔法で押し込むよ」

 

 アスピザルが手を翳すと、土のような物が固まって巨大なドリルのような形になる。

 完成と同時に手を振り下ろすと、ドリルは唸りを上げて回転。

 そのまま穴を開けるべく掘削を開始。


 接触した個所から血と肉らしきものが飛び散る。


 「どれぐらいかかる?」

 「これは、厳しいかも……」


 俺の質問にアスピザルは答えずに、表情を曇らせる。

 どういう事だとドリルの先端を見ると飛び散っている血肉の量が減っているのが見えた。


 「硬いのか?」

 「……肉は簡単に抜けるけど、骨が中々手強いね。 少しかかりそうだ」

 「急げ、日枝がそろそろ限界らしい」


 向かってくる敵を片端から磨り潰していた日枝だったが、動きにだんだんとキレがなくなって来ていた。

 最初は見えなかった動きが段々と目で追えるレベルにまで落ち込んでいる。

 どうやらあの形態は長時間維持できないようだ。

  

 生き残った獣人も奮戦しているが、数がかなり減っている。

 もう半数以下だ。 それだけ物量差があるのかとも思ったが、何かおかしい。

 獣人達の動きが悪い。どう考えても疲労じゃないな。


 「あなたも気が付いてる?」

 

 声をかけてきたのはクラゲを叩き潰していた夜ノ森だ。


 「あぁ、恐らくはこの空間の所為だろうな。 俺は今の所大丈夫だが、動きに何かしらの制限が――もしかしたら緩やかに消化されているのかもな」

 「……だとしたら急がないと不味いわね」

 「日枝も限界のようだし、本格的に厳しくなってきたな」


 飛び回って魚の挽き肉を量産し続けた日枝が、着地して膝を付いた。

 同時に再び全身に亀裂が走り、バラバラと装甲のような外殻が脱落。

 中から元の姿の日枝が出て来た。


 『……くっそ、ギリギリまで維持するときついな』


 膝を付いたまま肩で息をしている。

 他の獣人達が開いた穴を埋めようとしているが、一気に押され始めた。 

 これは厳しい。 相変わらず敵は途切れずに次々と湧いてくる。


 いくら何でも湧きすぎだろう。

 恐らくこのゲテモノ共は奥で作られており、材料は――。

 ちらりと周囲を見る。


 さっきから散々ぶち殺した魚共の死骸も獣人達の死体もない。

 死んだ端から死体が溶けて壁に吸収されているからだ。

 くたばった魚もリサイクルして再利用かよ。 無駄がないな畜生。


 獣人の死体も消化している以上は収支としては完全にプラスだ。

 対するこっちは時間経過で消耗する一方。

 完全にジリ貧の流れだ。


 「まだか? これ以上は流石に保たんぞ」

 「ごめん。 もうちょっとかかる、骨は削れてるけど削った端から直っていて中々穴が開かないんだ」


 珍しく焦った表情のアスピザルが額に汗を滲ませて魔法に集中している。

 掘削している部分を見ると、確かに削り取った端から再生しようとしているのが見えた。

 俺が魔法で手を貸してもいいが、あの様子だと邪魔にしかならんか。


 無限に再生できる訳じゃないんだろうが、限界が分からん以上は考えても仕方ない。

 だが、穴を開けるのが完全にアスピザル頼みなこの状況は不味いな。

 倒れれば完全に詰む事を意味しているからだ。

 

 俺も前に出て魚共を薙ぎ払ってはいるが、いい加減限界が近い。

 体力的な面ではなく単純に手数の差だ。

 左腕ヒューマン・センチピードはもうフル稼働だし、魔法も惜しみなく連発しているが、支えきれん。

 

 最悪、体を変異させてのごり押ししか手が――。

 

 「梓」

 「何? 今忙しいから余裕ないんだけど!?」


 不意にアスピザルが夜ノ森に声をかける。 

 夜ノ森も手いっぱいのようで返事は雑だ。

 

 「使う・・から後はお願い」

 「ちょっ、待って! アス君に使わせるぐらいなら私が使うわ!」

 「ダメだよ。 抜けた先で何があるか分からない以上は、強力な前衛は必須だ」

 「……でもっ」


 何を盛り上がっているかは知らんがどうにかなるならさっさとしてくれませんかね。

 追加で群がってくる魚共を不可視の百足達を嗾けて仕留める。

 一応、百足に魚を喰わせて俺は回復しているが、そもそも足りない物が頭数である以上、厳しい事に変わりはない。


 これは俺も腹を括った方が――。


 ――――。


 不意に俺の思考を断ち切るかのように意思が滑り込んで来た。

 それは自分を使えと訴える。

 俺は内心で少し驚く、動くなと命じていたはずだが、隠れるのが難しくなったので近くまで来ていたらしい。


 使用する事のリスク等を考えたが、俺自身の手札を晒すよりはましかと判断。

 俺は命令を下す。 好きに暴れろと。

 同時に背後で衝撃。


 「何!?」

 「挟撃? これは不味いかな?」


 背後から現れたのは例の眷属だ。

 眷属は戦闘している獣人達を押しのけて、前に出て触手で敵を薙ぎ払う。

 

 攻撃を仕掛けようとした獣人達が困惑したかのように動きを止める。

 眷属は胴体の穴を大きく広げると中から巨大な何かが飛び出した。

 恐竜にも似た姿を持つ地竜――サベージだ。


 眷属の中に入って移動してきたようだ。

 あの海産なら水中移動もお手の物だろうからな。


 サベージは空気を震わせるような咆哮を上げ、嬉々として魚達に喰らいつく。

 手近な魚を掴んで頭を喰いちぎり、クラゲを尻尾を伸縮させて薙ぎ払う。

 鮫が脅威と感じたのか、喰らいつかんと口を大きく開けて突撃。


 サベージは迎え入れるかのように胸を張る。

 鮫との接触の瞬間、胸が大きく開いて鮫の頭を逆に丸齧りにした。

 咀嚼するかのように胸が上下する。


 思いついた機能などはまずはサベージで実験しているので、見た目こそそのままだが、中身は今まで作った新種の機能をふんだんに盛り込んだ異形に仕上がっている。

 ちなみにさっきのはタッツェルブルムの口だ。


 他にも色々仕込んでいるが、どうやらうまく活用しているようだな。

 サベージは口から<火球>を発射したが、威力が減衰している事を悟って攻撃手段を変更。

 口から可燃性の液体を吐き出し、魔法で着火。


 火炎放射だ。 あれは魔法由来じゃない攻撃だからこの空間の影響を受けない。

 喰らった魚共は一瞬で火達磨になり、クラゲは水分が蒸発して萎んでいく。

 その凄まじい戦いぶりに他の連中は呆然と見ていた。


 俺は内心で舌打ち、見てないで動け。


 『あの二体は味方だ! 援護してやってくれ!』


 俺が声を上げると我に返った連中が戦っている眷属とサベージの援護に入る。

 疑問や異論を鋏む奴はいなかった。 何故ならそんな余裕がないからだ。

 

 「あの眷属、前に君が仕留めた奴だよね?」

 「あなた、魔物を操れるの?」

 

 まぁ、そう来るよな。

 悪いが答えてやる気は無い。

 

 「話は後だ。 今はここを切り抜けるのが先だろう?」

 「……そうだね」


 そう返すとアスピザルは素直に頷いたが、夜ノ森はやや不満そうに敵の掃討に向かった。

 俺も前に出るとするか。

 眷属とサベージの参戦により、戦況はかなり持ち直したようだ。


 図体のでかい眷属が壁になって前線を支えているお陰で、他がかなり自由に動けているのが大きい。

 それに加えてサベージが派手に敵を引っ掻き回しており、負担が激減したのも要因だろう。

 日枝の動きも凄まじかったが、あいつの攻撃はあくまで線だ。


 サベージの殲滅力に比べれば一歩譲る。

 限界はあるが、この調子ならしばらくは支えられるはずだ。

 

 「よし! 開いた! 皆、もういいよ!」


 アスピザルの掘削作業が終了したらしい。

 振り返ると巨大な大穴が口を開けていた。

 

 「急いで! 固めてるけど長く保たない!」

 

 その言葉通りに穴は徐々にだが塞がって行っている。

 

 『行け! あの穴に飛び込め!』


 多少回復したらしい日枝が叫んだ後、穴へ飛び込む。

 それを聞いた獣人達が次々と後に続く。

 生き残った獣人が全員飛び込んだ所で、夜ノ森が飛び込む。


 サベージと眷属は――無理か。

 あの二体の図体でここを抜けるのは無理だ。

 

 ――穴が塞がったのを確認したら適当に暴れて撤退しろ。


 サベージに<交信>でそう伝えると了解の意が返って来た。

 

 「ロー! 急いで!」

 「分かった」


 アスピザルに急かされるように俺は穴に飛び込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る